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あの日、僕らは隠れてキスをした 津軽3話

割と急に決まった公安課の温泉旅行。

(去年までの銀室だったら、考えられない流れだな)

主に暗躍したのは透くんで、良い仕事をしてくれたと思う。

(温泉なんて、どれくらいぶりだろ。しかも混浴か~)

混浴に食いついたのには、理由がある。

津軽
混浴の温泉って、初めてなんだよなぁ

サトコ
「······」

チラチラッと様子を窺うと、半眼でこちらを見てくるウサの視線。
非難の一言では片付けられない瞳を見ていると、ぞくぞくと込み上げるものがある。

(面白いよなぁ。俺にあんな顔するの、ウサくらいだよ)

石神
氷川、少し手を借りれるか?

サトコ
「はい、もちろんです!」

秀樹くんに呼ばれると、半眼を見開いて笑顔になった。

(···あ、面白くない)

津軽
ちょっと、ウサちゃん。君はどこの子なの

サトコ
「手持ちの仕事は全部終わってます」

石神
訓練生時代に関わった事件について聞きたいだけだ。そう時間は取らせない

(面白くないのは、俺の話を聞き終わるまでもなく、秀樹くんのデスクにいるってこと)

津軽
ね、俺が旅行に持って行くものリストアップしといて

サトコ
「それくらい自分でやってください!」

津軽
じゃ、よろしくね

サトコ
「話聞いてます!?」

ウサの意識がこっちに向くと満足する。
俺のことで八の字眉になると、気分がいい。

(これじゃ、小学生男子並みだな)

それくらいの自覚はあるが、かといってどうしようもない。
混浴ネタで構う気は、まだまだ満々なのだから。

そして、翌日登庁するとーー

津軽
これ···

デスクに置いてあるのは『持って行くものリスト』と書かれた1枚の紙。

(着替え、充電器、常備薬···これ、わざわざエクセルで作ったの?)

こういうことするから、ウサにちょっかいを出すのは、止められない。

津軽
ねぇ、どうして温泉旅館に会議室があるの?会議するなら、せめて温泉入りながらしよーよー

石神
第一に会議室があるのは、ここで会議する者がいるからだ

津軽
ねー、秀樹くんの人生の楽しみって、なに?

(温泉旅館に来て、この味気ない会議室に直行って···どういう生き方してきたんだろ)

自分が “普通” ではないことは自覚しているが、秀樹くんも相当だと思う。

石神
俺が今、楽しいと思える条件は、この会議を円滑に進めることだ

津軽
それはそれでいいけどさ。兵吾くんは?

石神
荷物を置き次第、来るように言ったんだが···

津軽
来ないね

石神
······

津軽
俺のことは耳を引っ張って連れて来たのにね?

石神
加賀を連れてくる。お前はここに居ろ

津軽
はいはい

秀樹くんが出て行って2分後。
速攻でこの味気ない部屋をあとにした。

会議室を抜け出すと、前方に見慣れた小さな背中が見える。

(あれがウサの浴衣姿かー)

ひなびた宿の地味な浴衣が似合っているところがまた、あの子らしい。

津軽
ウーサちゃん

サトコ
「津軽さん!?会議は···むしろ会議しかなかったんじゃないですか?」

津軽
もう終わったよ。俺が仕切れば一瞬

サトコ
「······」

また半眼で見てくるウサに口元が緩む。

津軽
浴衣ってさ、マシマシに見えるよね

サトコ
「それは私に対する感想ですか?さり気なく失礼ですね···」

(そういう格好もいいねって言ってんのに。素直に受け取らない子だなぁ)

サトコ
「会議、いいんですか?石神さん、怒ってますよ、きっと」

津軽
あのね、いちいち秀樹くんのことを気にしてたら生きていけないよ
短い人生楽しまなくっちゃ

サトコ
「楽しむのに、混浴···ですか」

(ん?機嫌悪い?)

半眼ではなく、ジロッとこちらを見ている。
彼女は何故か時々、急に機嫌が悪くなるーー気がする。

(そういうところは女の子っぽい···とか言ったら、セクハラ扱いになんのかな)

そんなことを考えていると、何故か足を踏まれた。

津軽
いたっ!

サトコ
「あ、すみません」

津軽
ウサちゃん、なんかトゲトゲしてない?

サトコ
「してませんよ。全然」

津軽
わざと足踏んだでしょ

サトコ
「浴衣の裾がもたついただけですよ」

津軽
ウソ

サトコ
「ほんとですってば」

(あ、もしかして···混浴なのに誘ってないから、怒ってる?)

その考えを確信したのは、部屋に戻ってから。

(ん?カバンの中···)

津軽
俺のカバン誰か触った?

百瀬
「氷川に七味の缶を取らせました」

津軽
そう、ウサちゃんが

(これを見たからか)

印をつけてあるのは、ここの混浴風呂 “月の湯” のページ。
恐らく七味の缶を取り出した時に、目についたのだろう。

(仕方ない、このあと誘ってあげるか)

宴会で回ってきたウサちゃんに “月の湯” で待ち合わせるように言った結果ーー

津軽
······

(久しぶりに貞操の危機を感じた···)

“月の湯” の前に来たのは、なぜかモモで。
そのあとのことは思い出したくない。

サトコ
「そもそも、なんでそんなに混浴にこだわるんですか?」

ずっと聞きたかったことを聞くようにウサが聞いてくる。

(温泉ネタで引っ張りたかった···って言ったら怒るかな)
(怒るよな)

考え、出た言葉はーー

津軽
混浴じゃなきゃ、見せてくれない子もいるじゃん

サトコ
「いるんですか?」

津軽
······

(適当に口から出たけど、これもまた真実かも)
(ていうか、混浴に入んなきゃ裸見れないって···)

どれだけ鉄壁の守りだと笑いたくなってしまう。

(女を脱がすのなんて簡単なことのハズだったのにな)
(なんで、こんな子相手に···)

津軽
モモだって彼女に慰めてもらってるんだから
俺のことはウサちゃんが慰めてよ

サトコ
「!?」

顔を近づけると、その目を丸くする。
ふっと吐息をかけると、ひっと息を止めるのが分かった。

津軽
······

サトコ
「······」

(まだ息止めてんの?いつまで止めてるつもり?)

顔を近づけて息を止められたのは初めてだ。
理由が分からず、そのままの体勢でいると。

サトコ
「う···つっ···ぷはっ!」

津軽
1分半ってとこかな

サトコ
「なんでタイム計ってるんですか!?」

津軽
なんで息止めたの?

サトコ
「···津軽さんが顔を近づけるから」

津軽
フツウ、顔近づけられたら目を閉じない?

サトコ
「なんでですか!?」

津軽
なんでって···

(キスかも···とか、ちょっとは思わないのかよ!)

こちらとしてもそういうつもりはなかったが、ここまで意外だという顔をされるのは心外だ。

(言わないでおいてあげようかと思ったけど、やっぱ言お)

津軽
さっき、俺とモモが “月の湯” の前にいたの見たって言ってたよね

サトコ
「言いましたけど···」

津軽
ってことは、“月の湯” に来たんだ?

サトコ
「!」

彼女が “しまった!” という顔をする。

津軽
俺と入りたかったの?温泉

サトコ
「ち、ちがっ!断るために行ったんです!」

津軽
いいって、いいって。今から行こうか?俺の口直しにもなるし

サトコ
「味覚が壊れてる津軽さんには、口直しなんかいりません!」

津軽
ワケがわかんないうえに、失礼だね

目をグルグルしそうな勢いで慌てるウサの肩にあまたを乗せてみる。

(ああ、これが···)

癒されるってことなのかーー
出逢って間もない君だけど。
こんな時間が、これからも少しでも長く続けばいいな、なんて···夜空の満月に願ってみたりした。

Happy End

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