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あの日、僕らは隠れてキスをした 後藤1話

公安課の研修旅行先の旅館は、かなり歴史ある建物だった。
歩くたびに木の廊下がギシギシと鳴る。

後藤
随分バスに乗ったが、疲れてないか?

サトコ
「大丈夫です。後藤さんは?」

後藤
長距離の移動には慣れてる。問題ない

大きな荷物は女将さんがひとりで運んでくれたものの。
残った手荷物を誠二さんが運んでくれていた。

サトコ
「持たせてしまって、すみません」

佐々木鳴子
「私の分まで···」

後藤
自分の部屋に行く途中だ。気にするな

(誠二さん、ありがとうございます!)

佐々木鳴子
「サトコ」

サトコ
「うん」

私と鳴子は、1歩前を歩く誠二さんの背中を拝んだのだった。

女子2人は同室で、私と鳴子は客室に入るなり畳に寝転がった。

佐々木鳴子
「あ~、最高~。公安に入って温泉旅行に来られるなんて思わなかったなぁ」

サトコ
「ほんとに。これまで私たちが頑張ってきたご褒美かも」

佐々木鳴子
「だよね~。命の洗濯、命の洗濯!」

サトコ
「さっそくひとっ風呂浴びに行こっか」

佐々木鳴子
「いいね!···って、夕飯何時からだった?」

サトコ
「確か···18時だったかな」

時計を確認すると、17時30分。

佐々木鳴子
「急いで入れば入れないことはないけど···」

サトコ
「ここまで来て、慌ただしく入りたくないよね。ご飯のあと行こっか」

佐々木鳴子
「そうしよ。サトコは浴衣に着替える?」

サトコ
「せっかくだから着替えようかな。鳴子は?」

佐々木鳴子
「私はあとでいいや、ぎりぎりまでゴロゴロしてたい···」

私が浴衣に着替え、時間になると、いそいそと宴会場に向かうことにした。

黒澤
あ、サトコさん、鳴子さん!

サトコ
「皆さん!」

石神
飯の時間には正確な奴らばかりだな

加賀
ぞろぞろとうざってぇ

津軽
ここのご飯って、美味しいのかな~

佐々木鳴子
「ね、サトコ」

鳴子が浴衣の袖を軽く引っ張る。

サトコ
「ん、どうかした?」

佐々木鳴子
「旅館の古臭い浴衣が艶やかに見えるのは、私だけ?」

サトコ
「まさか。周り見てよ」

鳴子と一緒に周りを見ると。

女性客A
「ね、あそこの集団!」

女性客B
「うわ、なに?この旅館で撮影でもあるの?」

佐々木鳴子
「さすが、警察庁きってのイケメン集団だよね」

サトコ
「目立つなっていう方がムリだよ」

(誠二さんの浴衣姿もいいなぁ)

目の保養をしていると、ふと彼が立ち止まった。

後藤
氷川、少しいいか?

サトコ
「え?はい、何か?」

後藤
残してきた仕事の件で、耳に入れておきたいことがある

(残してきた仕事?)

後藤
······

一瞬考え込んだ私に、誠二さんの強い視線が注がれた。
その熱を秘めた瞳にピンとくる。

(2人で話すための口実!)

サトコ
「あ、ああ、あの件ですね!」
「鳴子、ちょっと先に行っててくれる?」

佐々木鳴子
「うん、じゃ、宴会場でね!」

皆さんが先に行くのを見送り···誠二さんはそっと私の腕を暗い廊下の方に引いた。

後藤
悪かった、こんなことして

サトコ
「いえ、全然!」

(私も誠二さんと2人になりたかったし)

こっそりと2人きりになると、何とも言えない甘酸っぱさがある。

後藤
あとで時間、作れるか?

サトコ
「はい。大丈夫だと思いますけど···」

後藤
どこか散歩でも行かないか?抜け出して

サトコ
「行きます!」

後藤
よかった。頃合いを見て、声を掛ける

誠二さんが軽く肩に手を置く。
その温もりと重さが心地良い。

(研修旅行も悪くない···どころか、結構いいかも!)

サトコ
「は~、極楽、極楽···」

佐々木鳴子
「生き返る~···」

露天風呂で夜空を仰ぐ。
今夜は晴れていて、星が綺麗に見えた。

佐々木鳴子
「生き返った···けど、今度はのぼせそう···」

サトコ
「大丈夫!?」

(そういえば鳴子、ずっとお湯に入ったままだったかも)

佐々木鳴子
「美人の湯だって言うから、限界までは言ってたけど···もうダメ!」
「先に上がるね···」

サトコ
「一緒に行こうか?」

佐々木鳴子
「平気、平気。サトコはごゆっくり~」

鳴子が先に上がっていく。

(私ももう少し入ったら、上がろう)

ぐーっと両手を大きく伸ばして、肩を回した時。

黒澤
わーい、温泉だー!

石神
飛び込むな!

加賀
ガキみたいに喚くんじゃねぇ

東雲
へぇ、ここのお湯、肌にいいんだって

黒澤
じゃあ、後藤さんのお肌が玉のような肌に···

後藤
こっちに来るな

黒澤
いいじゃないですか。ちょっと触るくらい

後藤
断る

バシャバシャと水をかき分けるような音が聞こえてくる。

(誠二さんと黒澤さんが追いかけっこしてる!?)

黒澤
つーかまーえ···ごぶっ···ぶっ···ぶくぶく···

(沈められた!?)

サトコ
「だいじょうぶ···」

(いや、ここで声を掛けたら、男湯の話を聞いていたことが···)
(盗み聞きする気は全くないんです!)

津軽
誠二くんって、いい身体してるよね~

百瀬
「······」

津軽
強引に俺の視界に入らないの。モモはちょっと細いんだよね

颯馬
もとの骨格が細身なのかもしれないですね

後藤
百瀬、俺の顔にお湯をかけるな!

百瀬
「······」

黒澤
オレも仲間に入れてくださいよ~

(皆して誠二さんの身体を···!逃げ切ってください、誠二さん!)

私が男湯にいたら助けられたのに!ーーと悔しさを噛み締めながら、そっとお湯を出た。

温泉から上がり、髪を乾かしてから出るとーー

後藤
···氷川

サトコ
「ご、後藤さん!」

暖簾をくぐったところで、誠二さんと出くわした。
湯上りの誠二さんは、微かに頬が上気していて。

(玉のようなお肌に···)

思わず浴衣の向こうの鍛えられた身体を思い浮かべ···ブンブンと首を振った。

後藤
のぼせたか?

心配そうに顔を覗き込む誠二さんに微笑む。

サトコ
「いえ、とてもいいお湯でした」

後藤
そうだな
···まだ、ここが少し濡れてる

サトコ
「え···」

誠二さんの手が襟足に触れ、ドキッとする。

サトコ
「こ、これくらいでしたら、すぐに乾きますよ」

後藤
あ、ああ。そうか

(ああ、顔が赤くなってるのバレてる!?)

黒澤
後藤さーん、卓球行きますよー!

黒澤さんが呼ぶ声がする。

サトコ
「これから卓球ですか?」

後藤
アンタもどうだ?

サトコ
「じゃあ、せっかくなので、鳴子誘って行きますね」

後藤
ああ

別れ際、誠二さんが私の耳に小さくキスを落とした。

サトコ
「ご、後藤さん!?」

後藤
······

しっ···と人差し指を立てる誠二さんは、湯上りのせいかいつもの何倍も色っぽく見えた。

to be continued

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