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あの日、僕らは隠れてキスをした 東雲2話

(······きた)

ほぼ予想していた通りの、津軽さんからの質問。

(でも、大丈夫)
(ちゃーんと答えを用意しておいたから)

サトコ
「ええと、今日はずっと身体を動かしてました」

津軽
へぇ、体力作りってこと?

サトコ
「まあ、そんなところですね」

(間違ってない···間違ってないよ、うん)
(化石発掘って、けっこう体力を使う作業だったし)

津軽
で、誰と?

これも、予想通りの質問だ。

サトコ
「東雲さんとです」
「旅館を出た先のバス停で、偶然お会いしまして」

津軽
じゃあ、歩くんと体力作りを?
意外だね。彼、そういうことに興味がなさそうなのに

サトコ
「そ、そんなことないと思いますよ。東雲さんもアラサーですし」
「そろそろ体力作りをしようって考えたんじゃないかと」

津軽
なるほど、さすが兵吾くんの部下だなぁ。感心、感心

(よかった、信じてくれたっぽい···)

津軽
そういえば、兵吾くんもよく運動しているよね
主に、いろんな女の子の上で

サトコ
「ゲホッ···」

(それって、つまり···)

津軽
なーんてね!冗談だよ、ウサちゃん
兵吾くんは、かなり選り好みが激しいからね
『いろんな女の子』だなんて有り得ない、有り得ない

サトコ
「は、はぁ···」

(そうなんだ···)

津軽
それに、ああ見えて、意外と一途なところもあったりして···

加賀
くだらねぇこと言ってんじゃねぇ

(ぎゃっ!)

まさかの本人登場に、喉の奥がひゅっと鳴った。
けれども、塔の津軽さんはなんだかかえって楽しそうだ。

津軽
えーだって事実だよね?
一途な兵吾くん、俺、けっこう好きなんだけど

加賀
勝手に決めつけるんじゃねぇ

津軽
でも、聞いたよ?20代の頃、キミってば···

(なんか不穏な空気が···こういうときは···)

そろりそろりと、私はふたりから距離を置いた。

(···よし、脱出完了!ついでに、歩さんのところに行こうっと)
(渡しそびれてたものもあるし···)

サトコ
「···あれ?」

(歩さん、いない···?)
(ええっ、どこに行っちゃったの?)

というわけで、旅館中を探し回ること30分ーー
けれども、歩さんらしき人は見当たらなくて···

サトコ
「うう、どうして···」

(歩さん、いったいどこに···)

???
「すみませーん、『幻のピーチネクター牛乳』をひとつ」

(え···)

東雲
···いえ、オレンジ牛乳じゃなくて
そっちの、ピーチネクター牛乳···

(あゆ···っ、じゃなくて···)

サトコ
「東雲さん···っっっ」

東雲
······え
ちょ···っ

サトコ
「探しました探しました、めちゃくちゃ探し···」

東雲
近っ···キモ···
怖···

サトコ
「なんとでも言ってください!とにかく、ずーっと探して···」
「う···っ」

(ま、まぶしい···!)
(なに、この湯上りたまご肌···っ)
(しかも、髪の毛サラッサラすぎる···)

サトコ
「あの···もしかして、もう温泉に···」

東雲
入ったけど

(やっぱり···!)

東雲
で、何?
早く飲みたいんだけど、ピーチネクター牛乳···

サトコ
「待ってください」
「帰り際、歩さんに渡しそびれたものがあって」

私は、半纏のポケットから、小さな包みを取り出した。

サトコ
「これ、受け取ってください」

東雲
···化石?
これ、今日の···

サトコ
「はい!『研修』で、私が発掘したものです」
「本当は、恐竜のを歩さんにあげるつもりだったんですけど」
「『モサモサ』は寄付しちゃいましたから」

歩さんは、化石を取り出すと、蛍光灯にかざした。

東雲
へぇ、貝···

サトコ
「そうなんです!しかも、この形ですけど···」
「ハートっぽくないですか?」

東雲
······

サトコ
「つまり、これはですね」
「私の想いが、化石並みに長く続くっていうことで···」

東雲
怖···
無理すぎ。1万年以上とか

(ちょっ···せっかくの告白を···)

東雲
いいよ。100年くらいで

サトコ
「!」

東雲
受け止められそうだし
それくらいなら、キミの体当たりの好意も

(歩さん···)
(歩さん······っ)

今すぐ抱きつきたいのを、グッと堪える。
今ここでそんなことをしたら、今度こそ突き飛ばされるに違いない。

(ここは我慢···我慢して···)

サトコ
「ひゃ···」

東雲
ひゃ?

サトコ
「100年たったら、130歳近いですよね」

(ああ、でも抱きつきたい···)

サトコ
「それまで、お互い長生きして···」
「めちゃくちゃラブラブでいましょうね···」

(ハグしたい···)
(今すぐ、ぎゅう···って、歩さんに···)

サトコ
「それで、近所でも評判のラブラブカップルに···」

東雲
怖いんだけど
そんな、もぞもぞしながら言われても

(うっ、バレてる···)

歩さんは、辺りを見回した。
そして、ちょっとだけ腕を広げた。

東雲
いいよ。誰もいないし

サトコ
「!」

東雲
5秒くらいなら、とりあえず···

サトコ
「歩さーーん!」

「待て」を解除された犬のごとく···
私は、目の前の大好きな人に飛びついた。

(ああ···歩さん···歩さん、ポカポカしてる···)
(それにいい匂い···温泉の匂い···)

東雲
···5秒なんだけど、そろそろ

(もう少し···あと1秒だけ···)

東雲
···バカ

だいぶ離れているはずの宴会場から、黒澤さんの歌声が聞こえてくる。
それなのに、今、この世界には私と歩さんしかいないみたいで···
頭の中は、歩さんのことでいっぱいでーーー

サトコ
「はぁぁ···」

(どうしよう···今の私、超幸せ過ぎるんですけど···)

訓練生時代の「研修旅行」といえば、大変なことばかりだった。

(宴会中にいきなり訓練が始まったり、ひたすらしごかれたり···)
(そういえば、帰りに熱を出したこともあったっけ···)

それなのに、今日の研修といえば「化石発掘」のみだ。

(しかも、歩さんとふたりきりだったし)
(夜は、湯上りたまご肌の歩さんと···)
(歩さんと···)

サトコ
「ふふふふふふ」

さすがに、このあとの予定は部屋で寝るだけだ。

(でも、絶対···)

(いい夢見られそう···)

ご機嫌なまま、部屋のドアに手を掛けた。
温泉にたっぷり浸かったおかげで、歩さんほどじゃないけど肌がつるつるだ。

(鳴子、もう寝てるかな)
(寝てるよね···だいぶ酔っ払ってたみたいだったし)
(だったら、起こさないようにしないと···)

サトコ
「···あれ?」

(鍵がかかってる···?)
(まさか···私、鍵を持ってきてないんだけど···)

サトコ
「そうだ、スマホ···」

(って、そっちも部屋に置きっぱだよ!)
(こうなったら···)

ドンドンドンッ!

サトコ
「鳴子、起きて!」

ドンドンドンッ!

サトコ
「鳴子ーっ、起きてってば!」

(嘘でしょ···嘘だよね···?)

サトコ
「有り得ないですけどーーっ」

to be continued

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