カテゴリー

あの日、僕らは隠れてキスをした 東雲3話

【カレ目線】

草木も眠る丑三つ時ーー
···には、まだ2時間以上早い真夜中0時過ぎ。

「研修旅行」の大方のスケジュールを終え、何となく気持ちも満ち足りてーー
あとは、心地良い疲労に身を任せて、眠るだけ···
の、はずなのに。

サトコ
「すみません!本当にすみません!」

東雲
······

サトコ
「無茶苦茶なお願いをしているのは、わかっています」
「でも、どうか···」
「今晩ここに泊めてください!」

目の前で土下座している、うちの彼女。
ちょっと甘い香りがするのは、たぶんシャンプーのせい···

(じゃなくて)
(なにこれ)

どうしてこうなった?

思えば、今日は「かなり満足度の高い一日」だった。

宿泊先の旅館には、予定より早めに到着。

(これなら1本早いバスで発掘現場に向かうことも···)

???
「あ・ゆ・む・さーーん」

弾んだ声と共に、背中にドンッと乗っかられた。

黒澤
歩さーん、研修どこに行くつもりですか?

東雲
······

黒澤
海ですか?山ですか?
それとも滝とか···

東雲
うるさい、透

黒澤
そんなぁ、つれなくしないで教えてくださいよ~
オレ、研修どうするかまだ決めてな······

東雲
ほんとうるさいから

ギュウ···ッ

黒澤
あっ······っ
ダメです、歩さん···っ、そこに触っちゃ···

ギュギュギュ···ッ

黒澤
あ···っ、あ······っ

後藤
······うん?
どうした、黒澤。そんなところでうずくまって

東雲
考え事でもしてるんじゃないですか
研修先が、まだ決まってないそうなので

後藤
なんだと?
自分から言い出したくせに、困ったヤツだな
ほら立て、黒澤
悩むなら、もっと隅で······

後藤さんが透に構っている隙に、オレはその場を離れた。
今なら、予定より早いバスに乗れるし、何より···

(あの子を探さないと···)

彼女がオレに着いてくるか、半分は賭けみたいなものだ。
今はお互い所属先が違うので、彼女には彼女の事情があるだろう。

(まあ、申し込みは2名にしておいたけど)
(ジャージも用意しておいたけど)

ようやく、入り口付近にいる彼女を見つけた。
オレは、あくまでさり気なく彼女の傍に近づいて行った。

で、賭けの結果はーー

とりあえず、うまくいった。
彼女は、津軽班ではなく、オレに着いてきてくれたんだから。

(まあ、上司の許可をもらったわけじゃないみたいだし)
(あとで大変な目に遭いそうだけど···)

そのことに気付いていないのか。
あるいは、気付いていても頭の片隅に追いやっているのか。

サトコ
「歩さん、この石···!」
「これなら、きっと恐竜の化石が出てきますよね?」

(いや、オレに聞かれても···)

サトコ
「よーし···今度こそ···」

タガネを握りしめる彼女の横顔は、まさに真剣そのもの。
たぶん、本気で「恐竜の化石」を狙っているのだろう。

(「貝」とか「植物」の化石がメインなんだけどね、ここの発掘場って)

恐竜が出る確率は、実はかなり低い。
だから、オレ自身は「当たれば儲けもの」くらいの気持ちなんだけど。

(この子、かなり本気というか)
(そんなに恐竜が好きだったっけ?)

その謎が解けたのは、旅館に戻ってきてからのこと。

サトコ
「これ、受け取ってください」

彼女が差し出してきたのは、今日発掘してきた貝の化石だ。

サトコ
「本当は、恐竜のを歩さんにあげるつもりだったんですけど」
「『モサモサ』は寄付しちゃいましたから」

(······ああ、そういうこと)

最初から、オレに譲るつもりだったーー
だから、あんなに真剣だったのだ。

(悪くない)

ちょっと胸の奥がムズムズするけど。
そういうの知られたくないから、できるだけ「普段通り」を務めるけど。

東雲
へぇ、貝···

サトコ
「そうなんです!」

彼女は、「待ってました」とばかりに身を乗り出してきた。

サトコ
「しかも、この形ですけど···」
「ハートっぽくないですか?」

(あ···)

サトコ
「つまり、これはですね」
「私の想いが、化石並みに長く続くっていうことで···」

(待って待って)
(なに、その不意打ち)

このままでは、隠していたはずの「ムズムズ」が、こぼれ落ちてしまう。
そんなの、絶対冗談じゃない。

東雲
怖···
無理すぎ。1万年以上とか

(そうだ···そんな1万年とかじゃなくて···)

東雲
いいよ、100年くらいで

サトコ
「!」

東雲
受け止められそうだし
それくらいなら、キミの体当たりの好意も

自分としては、気恥ずかしさを小さくするための発言だった。
けれど、すべて口にした後で気が付いた。

(あれ、「100年」も長すぎ···?)
(それに今···けっこう恥ずかしいことを言った気が···)

現に、目の前の彼女はプルプル震えている。

(ああ、これ···)
(本当は、今すぐ抱きつきたいパターン···)

まあ、いいか。
今のところ、周囲に関係者はいないみたいだし。
腕を広げると、彼女は突進してきた。
あまりにも勢いが強すぎて、危うく尻もちつきそうになったけど···

サトコ
「んんんーーーっ」

彼女は満足そうだし、オレもまぁ···それなりに······

(悪くない。研修旅行にしては)

これが、今日のハイライトだったはずなのだ。

それなのにーー

東雲
ふわぁ···

目覚ましをセットしたオレは、満たされた気持ちのまま布団に潜り込んだ。

(やば···いい感じに眠い···)

あとは、ただ目を閉じるだけーー
トントンーー

東雲
······

トントントンーーー

(···え、誰?)

兵吾さんなら、こんな控えめなノックはしない。

(じゃあ、透?)
(···だったらいいや。部屋飲みとか、絶対ムリ···)

サトコ
「あの···東雲さん···」

東雲

サトコ
「東雲さん、私です···氷川です···」

(は···!?)

部屋の灯りを点けると、すぐさまドアを開けた。

サトコ
「あっ、よかった···」

東雲
よくない。何?

尖った声をぶつけると、彼女はビクッと身体を縮こまらせた。
それでも帰ろうとしないのは、たぶん何かしらのトラブルが起きたからだ。

東雲
···何、用件は

今度は、少し柔らかく訊ねてみた。
彼女は、しばらくモジモジしたあと···
身体を、限りなく90度に近いほど折り曲げた。

サトコ
「すみません、今晩こちらに泊めてください」

東雲
···なるほど
キミは鍵を持たずに、ひとりで温泉に行った···
で、鳴子ちゃんは、そのことに気付かないで···
内側から鍵を掛けたまま、寝てしまった···

サトコ
「···はい」

小さく頷きつつも、彼女はちらちらと布団に目を向けている。

サトコ
「···もう寝てましたよね?」

東雲
当然

サトコ
「ちなみに、お布団は···」

東雲
一組だけ
ここ、一人部屋だし

すると、彼女の視線は、部屋の隅ーー押し入れへと向けられた。

東雲
···なに、疑ってるの

サトコ
「いえ!そうじゃなくて···」
「その···毛布だけでも借りられたら···」
「また押し入れに寝ようかなぁ···なんて···」

東雲
······

なに、それ。
バカなの、この子。

東雲
で、風邪を引くわけだ。2年前みたいに

サトコ
「うっ···」
「で、でも、今回は池に落ちてませんし···っ」
「むしろ、お風呂上がりで、身体もポカポカで···」

だからといって「どうぞどうぞ」と押し入れに案内するわけにはいかない。
あの頃と今では、いろいろ違いすぎるのだ。

(まあ、そういう意味では···)
(こういうのも、本当は避けたいんだけど···)

オレは、掛布団に潜り込むと「ほら」と彼女に声を掛けた。

東雲
来なよ

サトコ
「!」

東雲
寝られるから。いちおう二人でも

できるだけサラリと、なんでもないことのように伝える。
それなのに、彼女はなかなか近づいてこようとしない。

(いや、そんなモジモジされても···)

サトコ
「い、いいんですか?本当に···」

東雲
いいって言ってる
ていうか今更じゃん、押しかけておいて

サトコ
「!」

東雲
ほら、早く
眠いから、もう

サトコ
「······じゃあ······」

おじゃまします、と呟いて、彼女は布団に潜り込んできた。

(ああ、なるほど···)
(背中を向けるんだ、オレに)

異論はない。
そのほうが精神衛生上ありがたい。

(まあ、こっちを向いて寝るなら···)
(腕枕くらいはしようと思ってたけど···)

おかげで、ぐっすり眠れるだろう。
眠れるはずだ。

そう思っていたのにーー

東雲
······
·········

(···眠れない)

なに、これ。
ただ同じ布団にいるだけのに。

(熱い···)

さっきから、背中の辺りに熱を感じる。
彼女とは、身体のどの部分も触れ合っていハズなのに。

(もしかして、近すぎるってこと···?)

それなら、もう少し離れればいいのだろうか。
オレは、できるだけ慎重に、身体全体を布団の隅に寄せようとした。

東雲

すっ、と何かが左のふくらはぎをかすめた。
たぶん、かかとだ。
隣で寝ている彼女の。

(···え、偶然?)

怪訝に思いながらも、改めて布団の端に寄ろうとする。

東雲
···っ

今度は、はっきりと触れてきた。
彼女のかかとが、オレの左のふくらはぎに。

東雲
キミ、誘ってんの!?

たまりかねて身体を起こすと、彼女は「違います!」とすぐさま否定した。

サトコ
「そうじゃなくて!ただ、ちょっと···」
「前はどんな感じだったのか、思い出せなくて···」

東雲
······

サトコ
「2年間も、何もしないで···歩さんと一緒にいられたのに···」

東雲
·········

驚いた。同じだった。
たぶん、自分が上手く眠れない理由もそれなのだ。

(彼女を、もう知ってしまったから···)

サトコ
「あ、あの···!やっぱり私、押し入れに···」

東雲
いいから

起き上がろうとした身体を、さえぎるように押しとどめた。

東雲
離れるな。そこにいろ

サトコ
「でも···」

東雲
平気だから。これくらい

(···嘘だ)

でも、そう言わないと、彼女はここから出て行ってしまうから。

東雲
たしかに、あの頃とは違うけど···
絶対我慢できないってわけでもないし

サトコ
「······」

東雲
あるかもしれないじゃん。これからも、こういうこと
捜査中とか、今回みたいな研修絡みとか
班は違っても、可能性がゼロとは言い切れないし

(でも、それでも···)

東雲
わきまえるつもりだから。これからも
それが、お互いのためだと思うし

サトコ
「······」

東雲
キミがどう思っているのかは分からないけど
それが、オレなりの、キミへの······

サトコ
「かぁぁぁ···」

(······うん?)

まさか、と思いながら後ろを振り返ってみた。
背中を向けていたはずの彼女は、いつの間にか正面を向いていて···

サトコ
「くぅぅぅ···かぁぁぁ···」
「くぅぅぅ······かぁぁぁ······」

東雲
······

(寝てんのかよ!!!)
(有り得ない···ほんと有り得ない···)
(さっきまで「眠れない」とか言ってたくせに)

いっそ起こしてやろうかと、彼女の鼻に手を伸ばした。
それなのにーー

サトコ
「う···ん······」
「歩さ······しゅき······」

東雲

サトコ
「だいしゅき······ふふ······」

東雲
······

違う。
こんな言葉にほだされるほど、オレは単純な人間なんかじゃない。

(まあ、でも···)
(今回ばかりは···)

きちんと眠ってくれた方が、オレとしても気がラクだ。

ーーラクなはずだ。

だから、堅く目を閉じた。
持て余し気味な心情を、一緒に閉じ込めてしまうように。

東雲
おやすみ···サトコ

今見ているキミの夢が、いつもの「おめでたいもの」でありますように。

Happy End

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする