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出逢い編 颯馬5話

試験が無事に終了し、颯馬教官の時間がある日は剣道の稽古をつけてもらうようになった。
もちろん、まだまだ颯馬教官に全く歯が立たない。

颯馬
頭で考えてはダメです。添えるだけの右手をそんなに使ってはいけません

サトコ
「···っはい!」

何度も身体ごと床に叩きつけられて、全然かすりもしない。

颯馬
小手の払いが遅いっ!

(1本どころか触れることも出来ない···)
(私と颯馬教官の身長差だと、面を決めるのは厳しい···)

サトコ
「っ···」

(それなら···小手で一本取るしかないっ!)

小手を狙って踏み込み···

(···と見せかけて、まさかの面狙い!)

ダンッ!

サトコ
「···っ!」

騙しも虚しく、また思い切り床に叩きつけられてしまう。

颯馬
いいところをついてきましたが、まだまだです

サトコ
「はいっ!」

颯馬
さあ、もう一度やってみましょうか

颯馬教官はフッと笑って構えに入った。

(···よしっ!)

私は気合を入れ直し、ビリビリとオーラを放つ颯馬教官へ向き直った。

サトコ
「あ···ありがとうございました···」

肩で息をしながら、礼をする。

颯馬
お疲れさまでした

颯馬教官はやっぱり息ひとつ乱していなくて、流石だなと感心してしまう。

(全然ダメだ···)
(もっともっと頑張って自主トレしないと···)

私が道場の隅で素振りを始めると、颯馬教官は不思議そうな顔をした。

颯馬
まだ帰らないんですか?

サトコ
「はい。少し自主練をしてから帰ります!」

颯馬
······

サトコ
「まだ左手の筋力が足りないから、振りが遅れるんですね」

颯馬
···そうですか。では、私はお先に失礼いたします
あまり、無理はしないように

サトコ
「はい!ありがとうございました」

颯馬教官はニコリと微笑み帰って行った。

(颯馬教官と互角に戦うのはまだまだ遠いけど···)
(でも、いつか一本でもいいから、颯馬教官からとりたいな···!)

素振りを終えて、道場の雑巾がけをしようと校内にバケツに水を汲みに行く。

(やっぱり剣道は気持ちが落ち着いていいな···)

後藤
アンタ···まだ残っていたのか?

サトコ
「後藤教官、お疲れさまです!」

後藤
ああ

ちょうど教官職員室から出てきた後藤教官とばったりと会った。
後藤教官は私が持っているバケツを不思議そうな顔で見る。

サトコ
「あ···さっきまで、颯馬教官に剣道の稽古に付き合ってもらってたんです」
「それで、道場を雑巾がけしようかと思って···」

後藤
···そうか

サトコ
「?」

じっと私を見つめる教官の視線を辿ると、そこは私の頭だった。

(しまった!防具を外したばかりで髪がくしゃくしゃなんだった···)

慌てて手で頭を隠すと、後藤教官はプッと小さく吹いた。

後藤
···周さんが生徒の稽古に付き合うなんてな

サトコ
「珍しいことなんですか?」

後藤
ああ
少なくとも俺は見たことがない

(そうだったんだ···)
(同期の中でも剣道してる人いないけど···なんで付き合ってくれてるんだろう?)
(私が補佐だから?)

サトコ
「私が盆栽に似てるから付き合ってくれているとか···」

後藤
は?

サトコ
「盆栽のことを調べてみたんですけど」
「長寿梅の画像を見ても、私との共通点は分からなかったんですけどね···」

後藤
······

そう言うと、後藤教官は目を見開いた後、肩を震わせて笑いだした。

後藤
クッ···
クク···

サトコ
「ご、後藤教官···?」

(わ、笑われてしまった···)

後藤
アンタのそういうちょっと天然なところとか、諦めず頑張ってるところは似てるかもしれないな

(盆栽が頑張ってる姿が想像できない···)

サトコ
「ステファニーにですか?」

後藤
いや···

後藤教官はかすかに言い淀んだ。

後藤
周さんの妹に

サトコ
「妹さん···颯馬教官って妹さんがいらっしゃるんですね」

後藤
······

一瞬だったが、後藤教官の顔が曇った気がした。

後藤
···周さんには、妹の話は聞かないでやってくれ

<選択してください>

聞いてはいけない理由を聞く

サトコ
「どうして妹さんのことを聞いたらいけないんですか」

後藤
···俺からは言えない

(そうなんだ···)

後藤をジッと見る

サトコ
「······」

(それって話題にしない方がいいってことだよね···)

後藤教官をジッと見ると、目を逸らしたままだった。

妹のことを尋ねる

サトコ
「妹さんは、どんな人だったんですか」

後藤
明るい性格で気立てのいい子、だった

(今、『だった』って言ったよね···?)

後藤教官はすっと目を逸らした。
これ以上は触れてはいけない気がした。

後藤
遅くならないうちに帰れよ

後藤教官はそれ以上何も言わずに行ってしまった。

(妹さんの話を聞いちゃいけない···何かあるってことだよね)
(それにしても、私に似てる妹さん、か···)

私はふぅーっと息をついた。

(あ、掃除掃除)

私は颯馬教官の妹さんのことが気になりながらも、道場へと戻った。

数日後···
いよいよ明日は潜入捜査の日だった。

颯馬
明日はヤクザの本部に入り込んでいる私の協力者に接触していただきます

サトコ
「はい」

(とうとうこの日がやってきた···)

颯馬
協力者は私たちと麻薬の取引をするかのように接触してきますが
本当の目的はヤクザの裏にある過激な政治団体です
協力者には政治団体のメンバーや活動、アジトの情報を逐一報告させています
あくまでも彼とは麻薬の売人として接触してください
でも、ほかのヤクザに分からないように政治団体の情報を入手すること。いいですね?

サトコ
「わ、わかりました」

(かなりの演技力を要求される···)
(他のヤクザに怪しまれてもいけないし、政治団体の資料も受け渡ししなくてはならない···)

颯馬
最初は私のやり方を見ていてください。あまり必要以上に喋らないことですね
芝居が下手だと、協力者も私もあなたもダムに沈むかもしれませんから、そのつもりで···

颯馬教官の言葉に、緊張が走り黙って頷くしかなかった。

そして潜入捜査当日。
喉がカラカラになるほど緊張しながら、ヤクザの本部へと向かう。

サトコ
「······」

颯馬教官はいつもと変わらず、落ち着いていた。
前方に目をやると、いかにもヤクザといった感じの男たちが3人、こちらへ歩いてくるのが見える。

颯馬
行きましょうか

私は軽く頷きながらも、緊張で心臓が激しく打つ。

颯馬
フフ···緊張しすぎですよ

そう言って優しく微笑んだ颯馬教官が、私の頭にポンと手を置いた。

御子柴
「よ。最近どうだい?」

颯馬
そうですね。やっぱりちょっと厳しいですね

ヤクザ1
「だよな。まあ、ここで話すのもなんだから中で話そうか」

協力者
「······」

最後に目を合わせた男が協力者であることは、あらかじめ颯馬教官から写真で教えられていた。

(この人は、ヤクザと通じている政治団体にも出入りしているんだ)
(それって、情報を公安に売ってることがバレたら)
(政治団体にもヤクザにも命を狙われるってことじゃ···)

サトコ
「······」

思わずじっと見てしまった。

中は映画で見るヤクザのお屋敷そのものだった。

(うわぁ···いかにもな感じ)

私は顔に出さずも、心の中でいちいち驚いていた。

御子柴
「悪い。本当はお互いアシがつかないように外で受け渡しするのが一番なんだけどな」
「ちょっと今日は話したいことがあるんでね」

ヤクザ1
「ああ。大きな話だ。人に聞かれたくない···」

颯馬
大きな話ですか?大歓迎です

協力者
「ああ。近々アジアルートでかなりの大口取引をするんだ」

御子柴
「ヤクをかなり大掛かりにね。そこで、いいお得意先を探して欲しい」

ヤクザ1
「···ところで、このお嬢ちゃんは?全然売人っぽくねぇな」

サトコ
「は、初めまして」

慌てて笑顔を作って頭を下げる。

颯馬
最近女の子から買いたいって者が増えてるんですよ。男性だと、職質の対象になりやすいですから
売人から芋づる式にあげられることが増えてるんでね
いかにもそれっぽくない子を雇ったんです

(確かに、大口の話に知らない人がいたら怪しまれるよね···)

颯馬
大丈夫です。売り専門で、自分では摘まないタイプなんでね

私の設定は、麻薬を売る専門で自分では使わないということになっていた。

御子柴
「自分でもやる奴は、確かにそこから捕まるから困るよ」
「ソーマちゃんくらいインテリで金に汚くないと信用できねぇからな」

(教官、本名でクスリの売人やってたんだ···)

御子柴
「うちの組も使ったら、即刻破門なんだ。そこから組が壊滅しかねないからな」

ヤクザ1
「だから、売るに限るよ。ソーマちゃんが雇ってる女の子なら安心だ。よろしく」

サトコ
「は、はい」

颯馬教官をチラリと見ると、ヤクザと親密に話をしていた。

颯馬
そういえば、この間インポーターからすごい麻雀牌の話を聞きましたよ

御子柴
「すごい麻雀牌?」

颯馬
持ち主は絶対に勝負に負けないって噂の麻雀牌です

ヤクザ1
「やべぇ、欲しいな!」

颯馬
まあ、その代わりただの麻雀牌じゃないみたいですが···
なんせ、いわくつきですからね

御子柴
「いわくつき!?もったいぶらず早く話してくれよ」

みんな、固唾を飲んで颯馬教官の話に聞き入っている。

颯馬
材質がちょっと···いや、かなり特殊みたいなんです

ヤクザ1
「ゴクリ···」

(さすが颯馬教官だ。ヤクザの心までがっちり掴んでる···)
(それにしても、なんで作ってある麻雀牌なんだろ···)

協力者
「おう、お前ら。とりあえず済ませちまってから馬鹿話をしようや」

御子柴
「あ、ああ···そうっすね兄貴」

ヤクザ1
「すんません」

協力者の人が声をかけると、みんなすぐに真面目な顔になった。

協力者
「今回は入れるのは、覚醒剤200キロだ」

サトコ
「···!」

覚醒剤の量に驚き、声も出ない。

(に、200キロって···末端価格にしたら100億円以上!?)

颯馬
それはすごい量ですね。かなり慎重にやらないと目立ってしまいます

協力者
「おう。そこでちょっとソーマちゃんにも手伝って欲しいんだ」

(えっ!?)

思わず颯馬教官の顔を見てしまう。

颯馬
ふふ。力仕事以外なら構いませんよ

そう言って教官はニコリと微笑んだ。

(颯馬教官···引き受けるのかな?)

それから受け渡しの日程や段取りを決める。
来月港から覚醒剤が入ってきたら、重機に隠して覚醒剤を入れることになった。

(貨物コンテナの中に入ってるし、確かにちょっと分かりづらいかもしれない···)

御子柴
「まあ、今日はでけぇ仕事の前にお姉ちゃんのいる店で呑もうぜ」

ヤクザ1
「いこーぜ!ソーマちゃん」

颯馬
いいですね。すごくいいお店があるんですよ

(はぁ···全く何の話をしてるんだか···)

協力者
「オレはちょっとこの子に話があるから、お前たちで言って来いよ」

サトコ
「えっ!?」

御子柴
「おっ、アニキも隅に置けないっすね!」

協力者
「バカ。キャバクラにこの子を連れて行くわけにはいかねえだろーが」
「売人として受け渡し方法とか教えるんだよ。この子だけを使うこともあるだろうしな」

(···そっか、例の書類の受け渡しだ)

<選択してください>

颯馬は来ないのか聞いてみる

サトコ
「あの···颯馬さんは、来ないんですか?」

颯馬
すみません。私は、ちょっと

ヤクザ1
「ごめんねー。男同士いろいろあってさ」

(確かにこの場合、颯馬教官は彼らに付き合った方がヤクザを油断させられる)

サトコ
「···それじゃ、お願いします」

協力者についていく

(確かに颯馬教官は、彼らと行った方が油断させられるかもしれない···)

サトコ
「···そうですか。それなら私だけで大丈夫です」
「いろいろ教えてください。お願いします」

様子を見る

サトコ
「······」

颯馬教官の様子を見る。

颯馬
じゃあ、よろしくお願いします

颯馬教官は笑顔で頭を下げた。

協力者
「おう、行くか」

ヤクザ1
「ひゅーひゅーアニキ!」

協力者
「こら。シメるぞ」

私たちが出る時、さっそく颯馬教官は彼らと続きの馬鹿話をしていた。

颯馬
···だそうですよ

御子柴
「げっ!この世にそんな麻雀牌あるのかよ!」

ヤクザ1
「そんな不気味なヤツ、普通作れないだろ。オレ、気分悪くなってきたわ···」

颯馬
いや、本当なんです

(颯馬教官って、やっぱりすごいな···)

女性から成田教官にヤクザまで、全部取り込んでしまう颯馬教官に感心してしまう。
私はそう思いながら、協力者の人と一緒に外に出た。

連れて来られたのは、潮風がかなり強く吹いている港の外れだった。

杉村
「颯馬さんには、いつもお世話になっています。杉村です」

そう言って、協力者の人は深々と頭を下げた。
先程とは全く違う、丁寧な口調に驚いてしまう。

サトコ
「いえ、あの。は、はい!」

あまりの驚きに、つい変な返事をしてしまった。

杉村
「これなんですけど···」

そっと手渡されたのは、文庫本だった。

(この中にSDカードが挟まってるのか···)

サトコ
「あ、ありがとうございます」

文庫本を受け取ると、なぜか協力者の人は嬉しそうに笑い、ポツリポツリと話し始めた。

杉村
「···ここまで長かった」

サトコ
「え?」

杉村
「オレ、次の取引でやっと全部のことから足を洗えるんです」

サトコ
「全部のことって···」

杉村
「ヤクザからも、政治団体からも」
「颯馬さんが、必ずそうしてくれるって言ってくれたんです」

サトコ
「······」

杉村
「そうしたら、今度こそ田舎に帰って、オフクロを喜ばしてやりたいんですよ」

そう言って、そっとシャツの袖をめくった。

杉村
「ヤクザの世界にいるために、こんなものまで入れちゃったけど」

腕に入った刺青を悲しそうに見つめていた。

サトコ
「······」

(この人は長い間ずっと、ヤクザの構成員としてあの中に入り込んで)
(颯馬教官のために情報を売ってきたんだ···)
(ヤクザが資金を提供してる政治団体にまでも出入りして···)

サトコ
「···怖くないんですか?」
「もし見つかったら、ヤクザにも政治団体からも命を狙われる可能性とかありますし···」

協力者の人は黙って首を振った。

杉村
「オレが怖いのは、そんなことじゃないんです。さっき見たでしょう?」
「あんなに慕ってくれている子分を、長い間ずっと騙してるんだ···」

サトコ
「······」

杉村
「その方が何倍も辛いです」

サトコ
「どうしてそこまで···」

杉村
「それでも···オレは颯馬さんの為なら、なんだってします!」

サトコ
「!」

この前、颯馬教官がファミレスで言っていた言葉が蘇る。

颯馬
いいですか。こうやって協力者を獲得するんですよ?

サトコ
「···え?」

颯馬教官はふっと笑う。

颯馬
恩を売り、この人の為なら何でもしたいと思わせる
適度に優しく、適度に厳しく···使えるだけ使います

サトコ
「······」

颯馬
覚えましたか?

(颯馬教官···この人にもそういうことをしているのかもしれない···)
(ううん···でも、まだ決めつけてはダメだ。もしかしたら違うかもしれないし···)

私が顔に出してしまっていたのか、協力者の人は不思議そうな顔をした。

杉村
「···どうかしました?」

サトコ
「あっ···いえ。この本、面白いんですよね」

SDカードが挟まっている文庫本は『ライ麦畑でつかまえて』と書かれていた。

サトコ
「この主人公、全然世間とうまくいかなくて···夢見がちで失敗ばっかりなんです」
「何をやってもはみ出しちゃうし···気持ちがよくわかるんですよね」

(なんとなく、自分自身と重ねてしまい、共感してしまう···)

静かに手にした本の表紙を撫でる。

杉村
「オレもその本、大好きなんですけど指定したのは颯馬さんなんですよ」
「いつもこれに挟んで受け渡しをしてるんです」

サトコ
「···颯馬教官が?」

杉村
「妹さんが大好きな本だったと聞きました···」

サトコ
「···だった、ですか?」

思わず聞き返してしまった。

杉村
「颯馬さんの妹、テロで亡くなってるんです···」
「写真は見たことあるけど···あ、明るい雰囲気が少し貴女に似てましたよ」

サトコ
「······」

遠くから船の汽笛が聞こえた。

to be continued

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