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出逢い編 颯馬9話

事件から数日後。私は教官室に呼び出されていた。
全ての教官がずらりと揃っている。

成田
「呼び出された理由はわかってるな」

サトコ
「···はい」

(上官の指示も仰がずに単独行動)
(たくさんの人に迷惑をかけた。退学処分も当然だし、覚悟してる···)

成田
「公安の職務とは何の関係もない麻薬取引の現場に乗り込むとは···」

成田教官は大袈裟に額に手を当てる。

成田
「お前のような奴はいつか問題を起こす、起こすとは思っていたが、まさかこんな···」

東雲
問題ってなんかあったんですか?

石神
初耳ですね。どういった概要なのか気になるところです

(えっ!?)

石神
······

石神教官が私を目で制した。

成田
「初耳?なん···だって···」

成田教官は目が点になっている。

成田
「この間第3埠頭のA倉庫で起きた騒ぎを忘れたわけじゃあるまい。今世紀最大の麻薬押収量で···」

後藤
はい。4課の泳がせ捜査が見事だったと聞きました

加賀
運び屋や関係者をしばらく泳がせてあれだけの量を押収するなんて、4課もやるな
認めてやってもいい

成田
「何を言ってるんだ?」

颯馬教官はふっと笑って成田教官に近づく。

颯馬
あの日、氷川さんは私の命令で自室で謹慎していましたよ

成田
「なん···だと?」

颯馬
もちろんあの暴力団が、我々のマークしている政治団体と関係があるのかは明らかです
この件であの団体に資金が流れるのを防げて、本当に良かった

教官全員が深く頷く。

成田
「なっ···」

成田教官はあっけにとられている。

颯馬
4課は麻薬の入った重機を移動するトラック運転手になりすましていたらしいですね

東雲
へぇ。そうなのか。策士だね

東雲教官はニヤニヤしている。

石神
しかも中身をすり替えて、本物はとっくに押収していたらしい
違法薬物と認識して所持すれば摘発対象となるしな

(ええっ···)
(あの時、黒澤さんが爆発させてたものは、偽物だったんだ)
(一瞬ヤクザたちの気を引くためにあんなお芝居をしたんだ···)

成田
「わ、私は氷川が麻薬取引現場に乗り込んであの場を引っ掻き回したと···」

颯馬
しっ!

颯馬教官は人差し指をそっと成田教官の唇に当てて、かわいらしく首を傾げる。

成田
「!?」

颯馬
公安が麻薬取引の現場に関わっていた···なんて発言は4課に失礼じゃないですか
担当の刑事さんたち、聞いたら怒りますよ?

成田
「う···」

成田教官は真っ赤になって口ごもる。

颯馬
警察庁長官が交代するこの大事な時期に、そんな噂が流れたら大変です

加賀
ああ、新しい警察庁長官は久しぶりに刑事畑だったな

颯馬
麻薬取引を阻止したのは公安だ
なんてデマを流すと、また刑事警察と公安警察の仲が悪くなるかもしれませんし
事件の書類にもそんな痕跡は見られません
成田教官は何か勘違いなさってるんだと思いますよ
ね?

そう言って成田教官にニコッと笑いかける。

成田
「くっ···くくっ···か、勝手にしろ!」

成田教官は真っ赤になって、バァンと扉を開けてすごい勢いで走って行ってしまった。

サトコ
「······」

(どうなってるの···)

加賀
いいか。お前みたいなクズは一秒も考えるな、とりあえずそういうことだ

加賀教官はそう言って部屋を出て行く。

石神
謹慎処分は解けた。休んだ分の遅れを取り戻すように

石神教官は相変わらず感情を見せないまま部屋を後にする。

後藤
······

後藤教官は何も言わず、部屋を出て行くときに私の肩を軽くポン、と叩いた。

東雲
ま、おかげで退屈しなかったよ

東雲教官はにやりと笑って出て行った。

<選択してください>

何も言えない

サトコ
「······」

感謝の気持ちで、言葉にならない。

(私のことを···どの教官も庇ってくれたんだ···)

黙って頭を下げる

教官の後ろ姿にぐっと頭を下げる。

サトコ
「······」

(私のことを···どの教官も庇ってくれて···)
(感謝の気持ちでいっぱいだ···)

きちんとお礼を言う

サトコ
「あ···ありがとうございました!」

(私のことを···どの教官も庇ってくれたんだ···)
(感謝でいっぱいに···)

加賀
声がでけぇよ!ったくうるせぇなっ

加賀教官がぷんぷん怒っていた。

最後に颯馬教官が···私のところに歩いてきた。
いきなり肩を両手でグッと掴まれる。

サトコ
「!」

颯馬
二度とこんな軽はずみなことは許しません!

サトコ
「は···い」

その怖い目に顔が強張る。

颯馬
いいですね?

次の瞬間···颯馬教官は、私のことをぐっと抱き締めた。
胸の奥まで届くような、落ち着く香りで力が全部抜けていく。

(颯馬教官···)

颯馬
すみません···

颯馬教官はハッと手を離した。

あれからしばらくして、杉村さんと御子柴さんたちの面会が許された。

杉村
「颯馬さん、サトコさん!」

杉村さんは私たちを見て嬉しそうに笑う。

颯馬
具合はどうですか

杉村さんは、りんごを剥いて御子柴さんたちに手渡しているところだった。

御子柴
「へへ。来てくれたんだ」

サトコ
「かなり良くなったんですね···あの時、電話をくれてありがとうございました」

御子柴
「それより、アニキを助けてくれてありがとうな」

サトコ
「私は何も···」

ヤクザ1
「オ、オレだってアニキを助けてたんだぜ?」

もう片方の子分が自分をグイッと指差す。

杉村
「バカ。自分をアピールしてんだ」

ヤクザ1
「だ、だって···」

颯馬
このリンゴは?

颯馬教官が紙袋いっぱいのリンゴに目を留める。

杉村
「田舎から送ってきたんです。こいつらに食べさせてやろうと思って」

御子柴
「うまいっす」

ヤクザ1
「ほんとっす」

2人ともリンゴをシャキシャキと嬉しそうに食べている。

杉村
「なあ、お前ら。おつとめが終わったら···」

杉村さんは、何か言葉を選んでいた。

サトコ
「······」

杉村
「オレの田舎に来てリンゴ作るの、手伝えよ。お前ら2人くらい食わせてやるから」

御子柴
「······」

ヤクザ1
「······」

2人とも、一瞬手が止まり···ぼろぼろ泣き始めた。

御子柴
「リンゴ···う、うまいっす···」

ヤクザ1
「は、はいっ···アニキの田舎に···」

杉村
「バカ。泣くか食うかどっちかにしろ!」

(···杉村さんは公安の協力でヤクザに関わってたから、いろんなことが適用されないのか···)
(これをきっかけに田舎に帰るのかな···)

杉村
「おい。ちょっとお茶飲んでくるわ」

颯馬
あ、私はパフェが食べたいですね

御子柴
「うらやましい···」

ヤクザ1
「オレも行きたい」

杉村
「お前ら、まだ歩けないだろ」

ヤクザ1
「うう···」

杉村さんと一緒に、病院の屋上に向かった。

病院の屋上には誰もいなかった。

颯馬
これを機に、田舎に帰った方がいい

杉村
「断ります」

杉村さんは強い口調でそう言った。

杉村
「SDカードの中身を見たでしょう?今ここを離れるわけにはいかない」

颯馬
見たからこそ言ってるんです。この国は、年間何人の失踪者が出ていると思ってるんですか
そのうち何割が見つからないままだと?
どこかの山奥で人知れず、土の中に埋まりたいんですか!?

(颯馬教官がこんなに言葉を荒げてるのを初めて見た···きっとそれだけ危険なんだ···)

杉村
「···それでもこの件だけは··· “Under the Rose” が実行されたこの国は···」

(SDカードの中身···颯馬教官が顔色を変えてたよね···)

颯馬
それにあなたはもう相手に存在を知られている。これ以上こちらも使えないのはわかるでしょう
ヤクザのボスまで、公安が絡んでいることを知っていました

杉村
「······っ」

杉村さんは唇を噛んだ。

杉村
「それでも “Under the Rose” 作戦が盗まれたことまでは気が付いていません」

颯馬
······

颯馬教官の眉間にシワが寄る。

杉村
「オレ、昔颯馬さんに言われました」
「歳を取れば取るほど、自分のために生きるのが辛くなるって」
「一生自分のためだけに生きれるほど、人は強くないって」
「この人のために頑張りたいって思う人を作りなさいって言ってくれたじゃないですか」

颯馬
あなたには守らなければいけない人がいるでしょう?

颯馬教官は厳しい顔でたしなめる。

杉村
「おふくろやあいつらのためにも手伝いたいんだ。この国が滅んだら終わりじゃないですか···」
「この作戦が終わったら、田舎に帰るつもりなんです。お願いします、颯馬さん!」

颯馬教官は静かに首を振る。

颯馬
あの作戦の内容を持ち出してくれただけでも、本当に感謝しています
あとは我々に任せてください
あなたを···嫌な形で失いたくないんです。ここで笑って元気でやってくれと言いたいんです
私も···これでも人間ですから

サトコ
「······」

(颯馬教官···)

杉村
「···わかり···ました」

颯馬
今まで、本当にありがとう。長い間···どれだけあなたの情報に助けられたか
飛行機のチケットとお金を用意します
うんと親孝行してあげてくださいね

颯馬教官は杉村さんの肩に手を置いて、優しく言った。

杉村
「······」

杉村さんは、肩を落としてうなだれたまま···動かない。

颯馬
···じゃあ、みんなでコーヒーでも飲みに行きましょうか

サトコ
「······」

(協力者は利用するって言ってたけど···)
(颯馬教官も、杉村さんが大切だとはっきりわかった)
(杉村さん、お元気で)

颯馬
私に突きなんて10年早いですね

サトコ
「ぐっ···」

突きを狙って喉元を狙った竹刀は、すぐにはねられた。
私は、あれからも颯馬教官に稽古をつけてもらっている。

颯馬
まだ無駄な動きが多いです。ほらそこ!

引き際に胴をピシリと竹刀で叩かれる。

(今度こそ···)

サトコ
「やあっ!」

ピシッ

颯馬

一瞬、颯馬教官も私も動きが止まった。

(え···?)
(今···少しかすった?)

試合なら、当然それは1本と認定されない。

(それでも···今少し教官の面にかすった···)

颯馬
打った後ががら空きです!

まともに胴を入れられて座り込む。

サトコ
「うっ···」

颯馬
···休憩しましょうか

颯馬教官は少しだけ嬉しそうに見えた。

道場の隅で、2人で座って話をした。

颯馬
強くなりましたね

サトコ
「そうですか?で、でもまだまだ···」

颯馬
顔が笑っています
よく見るとステファニーに似てませんね

サトコ
「ステファニーって当たり前になってますけど、あんまり嬉しくないですよ」
「もう言われすぎて、ステファニーが気になりますけどね」

1人で変な顔をしていると、颯馬教官はくすくす笑いながら、私の耳元でこう言った。

颯馬
気になるなら、また部屋に見に来ます?

<選択してください>

困惑する

サトコ
「えっ···それって···えっと···?」

颯馬教官はずっとクスクス笑っていた。

どういう意味か聞く

サトコ
「部屋に···行ってもいいんですか?えっとどういう意味の···」

颯馬
言葉のままですよ

颯馬教官はふっと笑った。

行きたい

サトコ
「また見に行ってもいいんですか?ぜひ行きたいです」

颯馬
はい、いつでもどうぞ

颯馬教官はニコニコしている。

颯馬
その後のことはちょっと責任が持てませんけどね
私も男ですよ?

サトコ
「えっ···」

思わず硬直してしまう。

颯馬
なんて、ね?

颯馬教官はちょっと悪そうな顔でニヤッとした。

to be continued

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