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出逢い編 颯馬Happy End

私はあれから颯馬教官の補佐として復帰を認めてもらい、いったん一息ついた形になった。

(SDカードの中身については、教えてもらってない···)
(協力者の人とのやり取りから見て、私みたいな下っ端が知ることもないのかもしれないけど···)

ぼんやり考え事をしていると、前方から見覚えのある人が歩いてくる。

黒澤
サトコさん!お元気でしたか?
オレはもう白い粉の吸い過ぎでハッピーハッピーで···

黒澤さんは、相変わらず気さくすぎるほど気さくに話しかけてくる。

サトコ
「もう。あの粉、本当はハッピーな粉じゃなかったんですよね?」

黒澤
フフ。まあホントに100億を爆発させたら
オレの国籍は外国に10ドルくらいで売られますよ
朝起きたら、お腹に縫い目があって
いろいろごっそり無くなってるパターンかもしれませんけどね?

サトコ
「代わりに雑巾とかが詰められてるんですね···」

(黒澤さんのギャグ、真っ黒すぎる···)

黒澤
まあ、絶対にたくさん暴力団なお方がいると思ったので、気を逸らす必要がありましたから
まあ花火なのはオレの趣味なんですけど
周介さんにいろいろ買い物を頼んじゃって···

(ん···?そういえば、一緒にジェラードを食べた日)
(随分変なものをたくさん買ってるな、とは思ったけど···)
(爆発させるのに必要なものだったのかな···)

サトコ
「その話だと、最初から取引現場に乗り込むことは決まってたってことですよね?」

黒澤さんはちょっと考えていた。

黒澤
麻薬の方は本来、4課と半分ずつ進めるつもりだったんですよね
あんまり公安は表立ってタッチしない予定でした
周介さんが4課と話をつけて、麻薬の情報は全部渡すから
政治団体の手荒な捜査にはある程度目をつぶってくれるって決まってたんです
ただ、協力者が身柄を拘束されて、ちょっと事態が変わったんですよ
周介さん、顔がマジだったな···

(やっぱり颯馬教官は、最初から杉村さんを助けるつもりだったんだ···)

サトコ
「よく4課が一緒に捜査をすることを承知しましたね。あんなに仲が悪いのに···」

黒澤さんは笑顔で私の肩をバシバシ叩く。

黒澤
周介さんには誰もがメロメロになりますよっ☆

サトコ
「あ、それは確かにそうかもしれません。刑事さんたちも驚くほど懐いてましたし···」

黒澤さんは嬉しそうに目を細める。

黒澤
市民を守るために、公安は命を懸けて徹底して任務を遂行する。それが周介さんの信念ですよ
でも、今回の件で公安や協力者の命も市民と同様に大切だと感じたのではないでしょうか
協力者の方を助けに向かったのは、あなたの行動に影響された気がしますよ
あなたの元へ駆けつける時、周介さん険しい顔してましたしね

サトコ
「私はただ、勝手に行動してしまっただけで···」

黒澤
サトコさんなら周介さんをメロメロにできるかもね!

???
「廊下で人の噂をしているのは誰ですか」

振り向くと、颯馬教官が笑っていた。

黒澤
ああっ!周介さんっ

黒澤さんはもう颯馬教官の周りをくるくる回っている。

颯馬
あ、黒澤。向こうで石神さんが探してましたよ
隠れても日本野鳥の会より速くカウントされると思います

黒澤
ぎゃ~っ!

黒澤さんが走っていく背中を、颯馬教官は優しい目で見ている。

颯馬
これからの公安には、黒澤みたいな新しい人間が必要なんです
根っからの公安でありながら、柔軟で新しい発想。パワーがあり、純粋であること
貴女もそうです

颯馬教官は私の顔を見て微笑んだ。

サトコ
「私が······」

颯馬
あなたはいい目をしています

協力者
「ああ、公安の目だ。根っからのね」

黒澤
あなたは、最高に公安に向いていますよ

(いつか···そうなれる日が来る···いや、なってみせる)
(まだまだ背中は遠いけど···黒澤さんや、颯馬教官のような公安刑事に)

サトコ
「はい!」

私も颯馬教官を見て、深く頷いた。

佐々木鳴子
「お疲れ~!」

千葉大輔
「お疲れ、氷川!」

私と鳴子、千葉さんは近くの居酒屋でジョッキを合わせた。
小気味の良いカンッ!という音が響く。
みんな喉が渇いていたせいか、一気に冷たいビールを流し込む。

佐々木鳴子
「プハー!」
「本当にどうなるかと思ったよ」
「本来学校に入学資格はない。単身ヤクザの麻薬取引場所に乗り込む···」
「アンタ、とにかく盛りすぎっ」

千葉大輔
「聞いただけでめまいがしたよ···」

サトコ
「ご、ごめん。心配かけちゃったんだね。ハハ···」

佐々木鳴子
「ハハ、じゃないよ。サトコが取引現場に乗り込んだ時、千葉さんは」
「真っ青になって、何度も様子を聞きに行って、自分も駆けつけようと···」

何故か千葉さんは目を白黒させて鳴子を止める。

千葉大輔
「そ、それはいいよ」
「それより今日は全員査定に通ったお祝いなんだから」

佐々木鳴子
「そうそう。誰も脱落者が出なくてよかった」
「加賀教官、相変わらずだったよね。末端のクズはこれからも使い倒してやるから覚悟しろって」

サトコ
「成田教官は私が査定に通った時、すごくすごく残念そうだったけど···」
「よっぽど嫌われてるんだなぁ」
「まあ私、成田教官の言葉は勝手に翻訳してるけどね」

千葉大輔
「翻訳って?」

千葉さんは冷奴を食べる手を止めて、興味深そうに私に聞いてきた。

サトコ
「成田教官が “ぶん殴られたいのか、使えない奴らめ!” って言ったら」
「 “これもお前たちを育てるためなんだ。許してくれ!” みたいにポジティブに訳して聞いてる」

佐々木鳴子
「絶対ありえない、ありえない」

千葉大輔
「きっと本当にぶん殴ってやろうと思ってるよ」

サトコ
「それに嫌われてるかもしれないけど、成田教官のことを結構好きなんだよね」

千葉大輔
「えっ?好きなの?」

佐々木鳴子
「ちょっと全然意味が分からないんだけど」

サトコ
「ああいう人がいたほうが燃える。いつか必ず倒す!って思えるし」

ぐっと拳を作る私を見て、鳴子が苦笑いした。

佐々木鳴子
「アンタ···少年マンガの読みすぎだよ」

私は成田教官と取調室でやった試験を思い出した。
私が娘さんや奥さんが爆弾を仕掛けたデパートにいるとはったりを利かせた時の目。

(試験だから嘘だって分かってるはずなのに、動揺してたっけ)
(なんだか、とっても人間的な反応だった···)

サトコ
「それになんとなく憎めないんだよね。可愛げがあるっていうか···」

???
「ゴ···ゴホン、ゴホン!」

強い咳払いが聞こえてくる。

サトコ
「······」

千葉大輔
「······」

佐々木鳴子
「······」

薄い衝立の向こうを見てみると、成田教官が苦虫を噛み潰したような顔で、
一人でお酒を呑んでいた···

本当に久しぶりの休日。
私はベッドに横たわって、手足を思い切り伸ばしてお休みを満喫していた。

(ん~!お休みっていいな···)
(なんか久しぶりに映画でも観たい)

そう思って、DVDでも借りに行こうか考えていた時だった。
スマホが鳴って、慌てて表示を見ると颯馬教官からだ。

(あ、あれ?颯馬教官からだ)

サトコ
「はい、氷川です」
「はい。ええ、はい···」

言われた場所に走っていくと、颯馬教官は派手な格好をした女性2人に囲まれている。

女性1
「どうして最近来てくれないんですか」

颯馬
すみません、どうにも仕事が忙しくて

女性2
「え~?今、暇そうじゃないですか」

(う···なんとなーく不穏なムード···)

サトコ
「あの···」

声をかけると、颯馬教官はニッコリ笑ってパッと私の手を取る。

颯馬
これから、彼女とデートがあるので···申し訳ありません

女性1
「なんだー今日は彼女とデートか。残念だなー」

女性2
「えー颯馬さん彼女いたの?私のようないい女がいるのにひどい!」

サトコ
「······」

女性1
「ほら!颯馬さんは諦めて、客寄せに行くわよ」

女性たちは他の男性に声をかけに行った。

サトコ
「······教官。あの人たちは?」

颯馬
ああ。協力者の女の子たちですよ

サトコ
「前にも女性と一緒にいるところを何度か見ましたけど···」

颯馬
ええ。それも協力者の女の子たちです。彼女たちには主に情報収集を手伝ってもらってます

颯馬教官は少し困ったような顔をした。

颯馬
ただ、協力者の中には、恋愛感情を持ち込んでくる人もいて少し困ってます

(それは仕方ないんじゃ···颯馬教官甘い言葉もささやくし)

颯馬
では行きましょうか

何故か家具を見に行きたいということなので、一緒にお洒落なインテリアショップに出かける。

(うわ···高そう···)

私がキョロキョロしていると、颯馬教官はいきなりベッド売り場を物色した。

颯馬
ここは···やはりダブル···いやセミダブル···

サトコ
「ダブルか、セミダブルですか?」

颯馬
ええ

(そ···それって、だれかと一緒に寝るって前提だよね···)
(1人だったらシングルだし···誰かと結婚するのかな)

思わずチラチラ横顔を見てしまう。

颯馬
サトコさん。ちょっとここに横たわってみてください

サトコ
「ええっ?」

(どれくらいのスペースができるのか、とかが見たいのかな···)

つい身を硬くしつつベッドにころんと横たわる。

サトコ
「こんな感じですけど···」

颯馬
うん、割と隙間がありますね

サトコ
「!?」

颯馬教官は自分もベッドに寝転んで、私の横に寝転がる。

颯馬
あ、スプリングがいい感じです

(うっ···近い···近いよ···)

もう颯馬教官の息がかかるほどに···近い。

颯馬
抱き合って眠るとしたら···これくらいの幅か。大丈夫かな

そう言って私のことをばっと抱き締める。

(えっ······)

颯馬
ん···

颯馬教官は私を抱きしめたまま、目を閉じ考え事をしている。

サトコ
「······っ」

颯馬
こういうベッドの色は好きですか?

(い、いきなり耳元でそんなこと言われても···)

サトコ
「は、はい。す、好きですけど···」

焦りすぎていい言葉が出ない。

颯馬
それにしても···

サトコ
「······」

颯馬
貴女は温かいですね

そう言うと颯馬教官は私の頭を一瞬だけきゅっと抱える。

サトコ
「···!」

次の瞬間、バッと起き上がって店員を呼んだ。

颯馬
このセミダブルをお願いします

(あ、相手の人の意見も聞かずに決めていいの···?)

颯馬
次はテーブルを見に行きましょうか

(どうしても気になる···)

サトコ
「あの···引っ越しか···結婚されるんですか?」

颯馬
フフ。どうなんでしょうね

そう言ってちゃんと教えてくれない。

(買い物に付き合うんだから、それくらい教えてくれてもいいのにな···)

買い物がひと通り終わると、他にも見て欲しいものがあるとのことで、颯馬教官の後について行く。

高層マンションの前に連れて行かれて、ますます疑問が募る。

(綺麗なマンション···)
(この中に何か見て欲しいものがあるのかな···)
(それとも部屋を見て欲しいってこと?)

颯馬
さ、どうぞ中に

中はシン地区らしい匂いがして、広くて使いやすそうな部屋だった。

(ここが颯馬教官の新しい部屋なんだ···)
(家具の内容からして、1人で住むんじゃないよね···)
(相手の人は···どんな人なんだろう。ちょっと羨ましいな···)

もう本棚だけは備え付けてあって、颯馬教官の物らしい本がたくさん揃っている。

サトコ
「······」

棚には、杉村さんとやり取りしていた時の『ライ麦畑でつかまえて』も収まっている。

(確か、妹さんがこの本を好きだって聞いたっけ)
(私もこの話、すごく好き)
(この本にも妹が出てくるんだったな。ダメなお兄ちゃんの唯一の味方で、理解者···)

棚の本を見て考え事をしている時だった。

サトコ
「えっ···」

いきなり後ろから抱きしめられた。

(颯馬教官···?)

颯馬
はい。この部屋の鍵です

颯馬教官の指先には、鍵が光っている。

サトコ
「どうして···ですか」

颯馬教官は腕の力を強めて耳元で甘く、焦らすように囁いた。

颯馬
···オレたち、夫婦だから

サトコ
「···っ」

(どういう、こと?)

颯馬
ダメ?

サトコ
「え?私···」

颯馬教官のコロンの香りが強くなる。

(胸の鼓動が高鳴るのを感じる)

颯馬教官に優しく包まれて、全身の力が···少しずつ抜けて行った···

Happy End

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