カテゴリー

恋の行方編 颯馬1話

颯馬教官の『奥さん』になった私は、その週の金曜日、2人の愛の巣へと帰った。

(さてと、教官が返ってくる前にご飯の支度終わらせちゃおう)
(えーと、まずは下ごしらえ······)

毎週金曜日の夜から月曜日の朝まで、颯馬教官とこのマンションでの生活を始めて数ヶ月。
マンション内では私は教官のことを『周介さん』と呼び、教官は私のことを···

颯馬
ただいま、サトコ。帰りましたよ

サトコ
「おかえりなさい。周介さん」

玄関のドアが開いた音が聞こえて、料理の手を止めてそちらへ向かう。

颯馬
いい匂いですね

サトコ
「今日は和食です。お口に合うといいんですけど」

颯馬
サトコの料理は、何でも美味しいですよ

(······ようやく、『サトコ』って呼び捨てされるのも慣れてきた)
(けど、呼ばれるとやっぱりちょっとドキドキするな)

玄関のドアを閉めてリビングへやって来ると、教官がソファに鞄を置きながら振り返る。

颯馬
毎週すみません、サトコさん

サトコ
「いえ、颯馬教官こそ、毎週お疲れさまです」

颯馬
金曜日は、どうしても仕事が山積みになりやすいですからね
いつも貴女に食事を作ってもらっている気がして申し訳ないです

サトコ
「いえ、私も誰かのために作るのって、楽しいですから」

月曜日から木曜日までは学校があるので、ここでは生活できない。
でも週末はこうして、2人きりの時間を過ごすのが当たり前になっていた。

(まさか、私が颯馬教官の奥さんになるなんて···)
(······潜入捜査のための、『振り』だけど)

颯馬
どうかしましたか?

サトコ
「あ、いえ!もうすぐご飯できますから」

颯馬
ええ、では着替えてきますね

教官が着替えている間に、食卓テーブルに食事を並べる。
ちょうど並べ終わったところに、教官が着替えて戻ってきた。

颯馬
美味しそうですね

サトコ
「いつも行くスーパーに、試食販売してるおばちゃんがいるんですけど」
「すごく売り方が上手で、ついつい買っちゃって···」

教官は、いつも私の料理を美味しそうに頬張ってくれる。

颯馬
今日の煮物は、この間のとは違いますね

サトコ
「母に電話して聞いたんです。上手に出汁を取る方法があって···」

颯馬
美味しい料理を作ってくれるのは嬉しいんですが、あまり無理しないでください
貴女の本業は、刑事になるために学ぶことですから

サトコ
「はい!」

教官の気遣いに、胸が温かくなった。

颯馬
そういえば、例の件、ようやく動きがありそうです

サトコ
「礼の件···このマンションに住む夫婦と接触するんですよね?」

颯馬
ええ、これがうまく行けば、例の政治家と直接やり取りができるかもしれませんね
そのためにも、明日、近くの大型商業施設に買い物に行きます

サトコ
「大型商業施設?」

颯馬
その中のブランド街で、あの夫婦が買い物をするそうです
2人に接触して、『クジャクの会』に招待してもらいましょう

颯馬教官の言葉に、あの日のことを思い出す···

颯馬
はい。この部屋の鍵です

サトコ
『どうして···ですか』

颯馬
···オレたち、夫婦だから

サトコ
『···っ』

颯馬
ダメ?

突然『夫婦』と言われて混乱する私に、颯馬教官はクスリと笑った。

颯馬
実はこのマンションに、接触したい夫婦がいるんです

サトコ
『へ?』

颯馬
例の暴力団と繋がっている政治家が主催するパーティーに、頻繁に参加している夫婦
まずは彼らに近づいて、そのパーティーに招待してもらおうと

サトコ
『えっと···つ、つまり潜入捜査ってこと···ですか?』

颯馬
その夫婦に近づくには、先に別夫婦に接触しなければなりません
少し長い任務になるので、週末はここで、2人で過ごすことになります

サトコ
『え、2人でですか!?』

颯馬
マンションの中では、夫婦として過ごしてもらいます

サトコ
『ふ、夫婦!?!?』

颯馬教官の言葉に驚いていると、急に耳元に教官が顔を寄せてくる。

颯馬
サトコ

サトコ
『っ···』

初めて颯馬教官から呼ばれる呼び名に、恥ずかしくなり俯いてしまう。
すると、教官は顔を離しニコリと笑った。

颯馬
誰が聞いてるか分からない状況の時は、私はアナタを “サトコ” と呼びます

サトコ
『そっ···』

慌てる私に、颯馬教官は終始余裕気な顔をしていた。
その状況に戸惑いながらも、『潜入捜査』の言葉に、私は颯馬教官から鍵を受け取ったのだった···

あれから何度か、このマンションに住む例の夫婦に接触することができ、
もう少しで、色々話してもらえそうなところまで仲良くなれていた。

サトコ
「それにしても『クジャクの会』、紹介制の食事会なんてずいぶんと仰々しいですね」

颯馬
それくらい、外部に漏らしたくない会なんでしょう
目下の課題としては、そこでしっかり夫婦役を務めることですよ

<選択してください>

任せてください!

サトコ
「任せてください!この数ヶ月でバッチリ夫婦らしくなったと思います!」

颯馬
確かに、マンションの人たちにも疑われていませんしね
この前は、『お似合いの夫婦ですね』ってお隣さんに褒められましたよ

(お似合いの夫婦···)
(って、いやいや、照れてる場合じゃない!これも全部、潜入捜査のためなんだから)

教官は大丈夫?

サトコ
「私より、教官は大丈夫ですか?」

颯馬
ふふ、自分よりも私の心配ですか?

サトコ
「私は、マンションの人に『颯馬さん』って呼ばれても反応できるようになりましたよ」

颯馬
そうですね。ここに住み始めた時には、何度呼ばれても気付きませんでしたけど

(うう···墓穴掘った)

夫婦に見えますかね?

サトコ
「わ、私たち···ちゃんと夫婦に見えますかね?」

颯馬
大丈夫ですよ。マンションの人たちにも『仲のいいご夫婦ですね』って言われてますし
あとは、堂々としていれば問題ないでしょう

(堂々と、か···実はそれが一番不安なんだけど)

颯馬
そういうわけで、明日は何も予定を入れないでおいてください

サトコ
「分かりました」

(教官と夫婦を装ってショッピングか···)
(ちゃんと夫婦として違和感がないようにしないと···!)

翌日、颯馬教官と連れ立って大型商業施設のブランド街を歩く。

サトコ
「そろそろですよね」

颯馬
ええ。あの夫婦がマンションを出た時間から逆算すると···

話していると、見覚えのある夫婦が向こうから歩いてきた。
相変わらずブランド服に身を包み、2人とも優雅な立ち振る舞いをしている。

颯馬
お待たせしました。行きましょうか

サトコ
「は、はい!」

颯馬
こんにちは。お買い物ですか?

にこやかな笑顔を浮かべて、教官が夫婦に近づいた。


「あら、颯馬さんご夫婦じゃない」


「偶然だね。そちらも買い物かい?」

颯馬
ええ。妻がこのブランドを気に入って

サトコ
「素敵なお店ですよね。奥さんのネックレスも、すごくお似合いです」


「ありがとう。実はこれね、ここの店員さんに勧められて···」

(この奥さん、最初の頃はそっけなかったけど)
(やっと気さくに話してくれるようになったんだよね)


「でもいいわね、新婚さんはいつもアツアツで」

颯馬
ええ、彼女と出会えたことが、私の人生で一番の幸福ですよ

サトコ
「えっ···!?」

驚く間もなく、教官に腰を抱き寄せられた。

(かっ···顔が近いっ···)


「いやぁ、うちもたまにはそういうことを言ってやらないとな」


「まぁ、どうせそんなこと思ってないんでしょ?」

颯馬
そんなことありませんよ。お二人だって、いつも仲睦まじいじゃないですか

笑顔の颯馬教官を、思わずチラリと見る。

(捜査のためだって分かってるけど、こういうの、やっぱりドキドキするなぁ···)

週末はずっと一緒だから、颯馬教官音香りがいつもそばにあることが当たり前になってってる。


「そうそう、あなたたちを誘おうと思ってたの、次の木曜日、お時間あるかしら?」


「ああ、そうだった。実は仲のいいメンバーで、毎週食事会を開いてるんだ」
「私たちは『クジャクの会』と呼んでいるんだけど、みんなに君たちを紹介したいんだが」

その言葉に、颯馬教官は眉ひとつ動かさずに笑顔を見せた。

颯馬
ええ、ぜひ。きっと素敵な会なんでしょうね


「もちろんよ。実のある話ができて素晴らしい席なの」

(『クジャクの会』···この中に、例の政治家と繋がってる夫婦がいる)
(その人たちと接触できれば、また一歩、あの麻薬事件の黒幕に近づける!)

翌週末、私たちは『クジャクの会』に参加した。
レストランの個室には5組の夫婦が並び、楽しそうに会話を繰り広げている。

若い妻
「それでね、そこのクルージングが最高だったんですよ」

派手な妻
「あら、クルージングだったらやっぱり夜でしょ?」

派手な夫
「そういえば、あのホテルのスイートルームからの眺めは最高だったな」

(さっきから、会話がセレブすぎてついていけない···)
(でもここで失敗するわけにいかないし、頑張らないと)

気さくな妻
「颯馬さんの奥様は?最近どこかご旅行に行ったりしました?」

サトコ
「え!?えっと···そうですね。夫が全て手配をしてくれて、シンガポールに」

若い妻
「もしかして、あの有名な総合レジャー施設?」

颯馬
ええ。いつも支えてくれる妻に、恩返しをと思って

若い夫
「すごいなぁ、あそこって数年先まで予約で埋まってるんですよね?屋上プールがあって」

事前に打ち合わせしてきた通り、セレブを装いみんなの関心を引く。

派手な夫
「なあ、彼らならお誘いしてもいいんじゃないか?」

派手な妻
「そうね。ねえ颯馬さん、近々、素敵なパーティーがあるんだけど」

颯馬
パーティーですか?

派手な妻
「ある政治家の、政治資金パーティーなんだけど」
「色々な業界の人たちが集まるから、出て損はないと思うわ」

思わず、みんなに気付かれないように颯馬教官と視線を合わせた。

サトコ
「わぁ···ぜひ行ってみたいです!」

颯馬
でも、私たちなんかがいいんですか?

派手な妻
「もちろんよ。でも特別だから、他の人には内緒でお願いね」

サトコ
「私、パーティー大好きなんです」

派手な妻
「わかるわぁ。ああいう場に行くと、身が引き締まる思いがするのよね」

(よし!打合せ通りだ。これで、例の政治家と接触する足掛かりができた)

心の中でホッと胸を撫で下ろしながらも、私はセレブ夫婦たちの会話に笑顔で相槌を打った。

翌週の月曜日。

颯馬
では、また学校で

サトコ
「はい。ありがとうございます」

颯馬教官と一緒にマンションを出ると、学校から少し離れたところで車を降りた。
みんなには、教官と同棲していることは内緒だし、バレないかドキドキしてしまう。

(別に恋人でもないのに、なんかヒミツの関係って感じに嬉しく思ってしまう···)

佐々木鳴子
「サトコ!おはよう!」

サトコ
「わっ!?」

佐々木鳴子
「何でそんなに驚いてるの?」

サトコ
「な、鳴子!どうしてこっちから来たの?」

佐々木鳴子
「学校に行く前に、コンビニに寄りたくて」

(びっくりした···まさか、教官の車から降りたところ、見られてないよね!?)

佐々木鳴子
「ねえ、サトコ···今まで黙ってたんだけど、もしかして···」

深刻そうな鳴子の言葉に、背中に冷や汗が流れる。

サトコ
「な、何···!?」

佐々木鳴子
「最近、すっごい絶好調じゃない!?」

サトコ
「···え?」

佐々木鳴子
「先週末の実地講義も頑張ってたし、加賀教官の試験でもいい感じだったし」

サトコ
「う、うん。自分でも思ってたより、身体が動いてくれて」

ホッと胸を撫で下ろしながらも、鳴子の言葉に少し考える。

(確かに、最近すごく調子いいかも)
(前だったら難しかったことでも、颯馬教官の些細な言葉を思い出すと乗り切れるんだよね)

佐々木鳴子
「ねえ、もしかして何かいいことあったの?」

サトコ
「いいことって?」

佐々木鳴子
「だから、好きな人ができたとか、好きな人といい感じとか···彼氏ができたとか!」

サトコ
「彼氏!?そ、それはないない」

佐々木鳴子
「えー!ほんと~?」

でも、『彼氏』という言葉に、咄嗟に浮かんだのは颯馬教官の顔だった。

(いやいや!別に彼氏じゃないし!潜入捜査で週末だけ、同棲してるだけだし···)
(ど、同棲···!)

自分で思い出して恥ずかしくなってしまった···

佐々木鳴子
「そういえば、今日の放課後も道場に行くの?」

サトコ
「う、うん。颯馬教官と約束してるから」

佐々木鳴子
「へえ~···颯馬教官ねぇ~」

ニヤニヤ笑う鳴子から目を逸らし、私は話題を変えようと必死だった。

平日の放課後は、時間があれば道場へ行くことにしていた。
颯馬教官も忙しくない日は自主練習の相手をしてくれるので、
自分が少しずつ強くなっていくのが分かる。

颯馬
···そこまで

サトコ
「!」

颯馬
すごいですね。先週とはまた動きが違う

サトコ
「教官が教えてくれるおかげです」

颯馬
本当にそうなら嬉しいことですけど、私にはまだまだ及びませんね

サトコ
「教官に勝てる日が来る気がしません···」

こうやって鍛えておけば必ず何か役に立つ。

(最近調子がいいって思ってたけど···それって、教官と同棲を始めてからかもしれない)

颯馬
少し休んだら、また始めますよ

サトコ
「はい!よろしくお願いします」

私の返事に、颯馬教官は笑顔で頷いてくれた。

その週の木曜日。
学校が終わると、セレブ夫婦に招待された政治資金パーティーに参加した。

(す、すごい···政治家主催のパーティーだから、それなりだとは思ってたけど)
(まさかここまで大規模だったなんて!これ、何人くらい集まってるの!?)

各界から著名人が集まり、あちこちで挨拶が交わされている。
私も、教官が選んでくれたパーティードレスに身を包み会場入りした。

(こんなドレス、初めて着た···アクセサリーも、教官が選んでくれたけど)
(似合ってるかな?場違いな気がしてしまう···)

隣を見ると、ちょうどこちらを見ていた教官と目が合った。

<選択してください>

颯馬の言葉を待つ

(『似合ってますか?』なんて聞くのは、ちょっと恥ずかしいな···)

颯馬教官の反応を待っていると、教官がいつもの笑顔を浮かべる。

颯馬
綺麗ですよ。とてもよく似合ってます

サトコ
「あ、ありがとうございます!」

(お世辞かもしれないけど、やっぱり嬉しいな)

似合ってますか?

サトコ
「あの···似合ってるでしょうか」

颯馬
ええ、とても

間髪入れずに教官が答えてくれて、思わず頬が緩んだ。

颯馬
私の見立ても、なかなかでしょう?

サトコ
「はい、教官が選んでくれたおかげです」

すごいパーティーですね

サトコ
「あのっ···す、すごいパーティーですね」

颯馬
どのくらいの規模か、著名人をどれほど呼べるか···
それによって、集まる資金の額が変動するらしいですよ

サトコ
「そ、そうなんですか···」

颯馬
それより

私の気持ちを察したかのように、教官が優しく微笑む。

颯馬
そのドレス、よく似合ってますよ

サトコ
「あ、ありがとうございます···」

(立食形式のパーティー···友達の結婚式とかで経験したことはあるけど)
(さすがに、こんなにすごいのは初めてだ······とりあえずどうすればいいんだろう)

颯馬
ひとまず、向こうのテーブルにでも行きましょうか

サトコ
「え?」

颯馬
飲み物をもらいましょう。食事も好きにしていいようですし

颯馬教官の手が腰に回り、ゆっくりと歩き出した。

サトコ
「あ、あの···」

颯馬
今、貴女は私の妻ですから。胸を張って、堂々としていてください

(そう言われても···教官の手が気になってしまう···)

何とか平静を装ってテーブルまで歩いて行くと、教官がボーイを呼び止めてシャンパンをもらう。
その仕草ひとつひとつが洗練されていて、思わず見入ってしまった。

(すごい···きっと何度もこういう潜入捜査を経験して、慣れてるんだろうな)
(私もいつか、教官みたいに···)

その時、司会者の声がマイクを通して会場に響き渡った。

司会者
『みなさま、こちらにご注目下さい。本日、山江先生のために駆けつけて下さったのは···』

見ると、今回のパーティーを主催した政治家の隣に、恰幅のいい男性政治家が歩いて行く。

颯馬
彼です。森尾学、角界に顔が広い大物政治家ですよ
このパーティーの著名人は、ほとんど彼の知り合いでしょうね

サトコ
「森尾学·········」

颯馬
しっかり見ておいてください。可能なら、あとで接触を試みます

サトコ
「は、はい」

グラスをテーブルに置き、私はステージの方に集中した。

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする