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恋の行方編 颯馬2話

ターゲットの政治家・森尾学は軽く政治について語った後、ステージの袖へ視線を向けた。
すると、秘書らしき男性が布をかぶせたワゴンのようなものを運んできた。

森尾
「ではここから、オークションに移りましょう」

サトコ
「オークション?」

颯馬
政治資金パーティーというのは、割と自由なんですよ。プログラムもありませんから
実際は、政治家同士の互助会みたいなものなんです

首を傾げる私に、颯馬教官がそっと教えてくれる。

(互助会···確かに資金集めのためにこうしてお互い応援し合ってるんだし、そうかも)

サトコ
「でも、オークションって···」

颯馬
森尾はああして、自分の政治資金を集めているそうです
他人のパーティーに出て、自分の資金を集めるのだから大したものですよ

森尾
「では、最初はこちらの有名絵画から行きましょう」

秘書が絵画を持ち上げてみせると、会場が湧いた。
でも颯馬教官は目を細めてじっと絵画を見つめ、小さく溜息をつく。

颯馬
あれは偽物ですね

サトコ
「えっ?」

颯馬
かなり似せていますが、額が違う

サトコ
「額···ですか?」

颯馬
ええ。あの画家は自分の絵を飾る枠にとてもこだわったそうですよ
いつも特注で、同じ額に入れさせるそうです

サトコ
「教···周介さん、詳しいですね」

颯馬
美術品を見るのは好きですから。盆栽と同じで、心が落ち着きますよ

(あの絵が、盆栽と同じ···)

ステファニーを思い出して、思わず笑いそうになった。

森尾
「ではこの絵画、まずは···」

誰にも疑問を持たれないままオークションが始まり、数品が落札され、
最後に、見事な装飾のつぼが壇上に上がる。

森尾
「最後はこちら、あの有名な陶芸作家の作品です!」

サトコ
「あれも偽物ですか?」

颯馬
でしょうね。形が本物よりも多少いびつです
でも···

オークションが始まると、教官がスッと手を挙げて飛び交っていた値段の倍の額を告げた。

サトコ
「きょうか···しゅ、周介さん!?」

颯馬
私はあの陶芸作家の作品に目がないんですよ

(で、でも今、偽物だって言ったのに!?)

森尾
「お目が高い、このつぼはもう二度と手に入らない作品なんですよ」
「では、今の金額で落札でよろしいでしょうか?」

会場から拍手が湧き起こり、教官が私をエスコートしながら壇上へ向かう。

颯馬
話を合わせてください

サトコ
「え···あっ」

(そうか···偽物を落札したのは、森尾に近づくため···)

彼の前まで行くと、教官がつぼを受け取った。

颯馬
ありがとうございます。この作品を探していたんです

森尾
「あなたのような人に落札してもらえて、作品も喜んでいますよ」

颯馬
先生は、美術品への意識が高そうですね

森尾
「いや、それほどでも。まあ、嫌いではありませんが」

(お金になるから嫌いじゃない、ってことなんだろな···)

教官の隣で笑顔を絶やさないようにしながらも、注意深く森尾を観察する。

颯馬
私は以前から、先生の政治活動にも興味があったんです
素晴らしい政治理念に手腕ですから。お近づきになれて光栄ですよ

森尾
「いやあ、なかなか私の政治理念を理解してくれる一般の人は少なくてね」

教官の言葉に気をよくしたのか、
森尾は私たちをステージから連れ出し、近くのテーブルへと促した。

颯馬
先生のように的確に日本を引っ張っていける政治家は、ほとんどいないと思いますよ

森尾
「ありがとう。ここだけの話ですが、私はまだまだ、この国は甘いと思うんです」

颯馬
···と言うと?

森尾
「やはり、日本は武装すべきだと。この間の法案はその第一歩にすぎませんよ」
「それを確固たるものにするために、私はすでに動いているんです」

サトコ
「動いているというのは···」

秘書
「先生、そろそろお時間です!急いでください」

私たちの言葉を遮るように、秘書が慌てた様子でやって来た。

森尾
「ああ、残念だな。もう時間のようです」
「でもあなたたちとはもっと色々話がしたい。これを」

そう言って、森尾が教官に名刺を手渡す。教官は笑顔でそれを受け取った。

颯馬
ありがとうございます。私もまた、ぜひお話を伺いたいです

森尾
「ええ。ではまた」

慌ただしく、森尾が会場を出て行く。
それを見送り、私たちはそっと視線を交わした。

パーティーが終わり、教官と一緒にマンションへ戻ってくると、ぐったりとソファに沈み込んだ。

サトコ
「疲れた···」

颯馬
ええ、顔にそう書いていますよ

サトコ
「でも、目的は無事に達成しましたね」

颯馬
貴女も、なかなかの良妻を演じてくれましたしね
でも、武装ですか···ずいぶんと物騒な思想を持った人でしたね

サトコ
「あれってつまり、自衛隊ではなく他の国みたいに軍隊を···ってことですよね」

振り返った時、キッチンから何かを炒めるような音が聞こえてきた。

サトコ
「教官?」

颯馬
貴女は休んでいてください。慣れないパーティーで疲れたでしょう

<選択してください>

教官もお疲れですよね

サトコ
「でも、教官もお疲れですよね?」

颯馬
私は慣れていますから。大丈夫ですよ
疲れを明日に残さないように、今日はしっかり休んでください

(教官、やっぱり優しいな···教官の方が大変だったのに)

私が作ります

サトコ
「大丈夫です、私が作りますよ」

颯馬
普段は貴女にお願いしてますから、たまには私がやります
とは言っても、簡単なものしか作れませんが

(もしかして、チーズ料理かな···?)

お言葉に甘えて

サトコ
「じゃあ、お言葉に甘えて···すみません」

颯馬
お礼には及びませんよ。私もいつも貴女に作ってもらってますから
貴女のように、レパートリーは多くありませんけどね

(でも、教官にご飯を作ってもらうなんてなんだか新鮮だな)

やがて食卓に、美味しそうなクリームパスタが並んだ。

サトコ
「わあ···いい匂い!」

颯馬
パーティーでは話をしてばかりで、せっかくの高級料理食べられませんでしたからね

サトコ
「でも、食べる時間があったとしても緊張して無理だったと思います」

颯馬
ふふ、貴女らしい

一緒に食卓につくと、教官が作ってくれたパスタを頂く。

サトコ
「すみません、私、教官に甘えすぎですよね。こういうことも、私がやらなきゃいけないのに」

颯馬
気にしないで、私たちは本当の夫婦じゃないんですから

(本当の夫婦じゃない···)

当然の言葉なのに、キュッと胸が掴まれたようだった。

サトコ
「でも···明日は私が作りますね!」
「私は補佐官ですから!」

張り切る私を、教官が目を細めて見つめる。
その視線に、胸が高鳴り、少しだけ居心地が悪くなる。

(お、落ち着かない···)

サトコ
「···き、教官、粉チーズ使いますか?」

卓上に用意された粉チーズに手を伸ばすと···

颯馬

サトコ
「!」

同時に手を伸ばした颯馬教官と、指先が触れる。
咄嗟に手を離すこともできず、一瞬、教官と見つめ合った。

颯馬
···お先にどうぞ

サトコ
「えっ?あ···す、すみません」

(なんだろう、今の一瞬の間···教官、驚いたような顔してた?)
(でも、すぐいつもの教官に戻ったし···気のせいだよね)

小さく首を振りつつも、さっきの教官の顔が頭から離れない私だった。

翌日、講義が始まる少し前に学校へ行くと、歩きながら昨日のことを考えた。

(教官は『良妻を演じてくれた』って言ってくれたけど、実際はほとんど何もできなかった···)
(次は教官ばっかに頼らないで、私自身でも頑張らなくちゃ!)

佐々木鳴子
「あ、いたいた!サトコ!颯馬教官が探してたよ。教官室に来てって」

サトコ
「わかった。ありがとう」

(なんだろう?昨日のパーティーの報告に私も同席しろってことかな)

急いで、教官室へ向かった。

ノックして中へ入ると、颯馬教官と石神教官がいるのが見えた。

サトコ
「失礼します、氷川です」

颯馬
講義前なのに、呼び出してすみません

サトコ
「いえ。それで、用事って···」

石神
昨日、政治資金パーティーに潜入したそうだな

サトコ
「はい。颯馬教官が、森尾の名刺をもらって···」

石神
報告は颯馬から受けた
これで、現状欲しい情報は手に入れた。今回の任務はひとまず終了だ

サトコ
「終了?」

石神
週末は颯馬と夫婦役を演じるよう命じていたが
今日から、普段通りの生活に戻っていい

(普段通りの生活···?もう、あのマンションには戻らないってこと?)

<選択してください>

理由を教えてください

サトコ
「待ってください···理由を聞かせてください!」

石神
今言ったはずだ。欲しい情報は手に入った
森尾と接触して、連絡先も交換した。これ以上、あのマンションにいる必要はない

(確かにそうだけど···)

急すぎます

サトコ
「そんな···急すぎます!」

石神
お前の意見は聞いていない

颯馬
さっき石神教官が言ったように、現状で欲しい情報は手に入りました
これ以上、あのマンションで夫婦を演じて手に入る情報はない···ということです

淡々と告げられて、返す言葉もない。

もう少しやらせてください

サトコ
「ま、待ってください!もう少しやらせてください!」

石神
何をやると言うんだ?
あのマンションから得られる情報は何もない
一番接触したかった森尾の連絡先が手に入ったんだからな

サトコ
「そ、そうですけど···」

颯馬
今回、貴女は本当によくやってくれました
貴女がいたから、『クジャクの会』の夫婦たちも心を許してくれた

サトコ
「それなら···」

颯馬
今後は、通常の講義に戻ってください。お疲れさまでした
荷物はこちらで整理しておきます。いつでもいいので教官室に取りに来てくださいね

何か言う前に、話が終わってしまい···
私は肩を落としながら、教官室を出るしかなかった。

その日から週末まで。
マンションには行かず、寮で過ごし···
翌週の月曜日。朝イチで加賀教官の実地指導があった。

加賀
いいか、しっかり聞けよ。一度しか言わねぇから
聞き逃した奴は即行、前線送りだ

佐々木鳴子
「相変わらず、なんであんな怖いことを言うんだろうね、加賀教官って」

サトコ
「うん···」

(颯馬教官、任務が終わりだって言われた時、すごくあっさりしてた)
(あの生活がちょっと楽しい、って思ってたの···私だけだったんだ)

サトコ
「はぁ···」

佐々木鳴子
「ちょっと、どうしたの?」

サトコ
「うん···自己嫌悪」

(任務だったのに浮かれてた自分が悪いんだ···颯馬教官の態度が当然なのかも)

加賀
···という訳だ。わかったな、そこのクズ

(でも、最近は週末が来るのがすごく楽しみで、教官にご飯を作るのも当たり前になってて······)
(颯馬教官にとっては、そういうのもただの『任務』でしかなくて)

加賀
シカトするとはいい根性してんじゃねぇか

佐々木鳴子
「サトコ!ヤバいよ!」

サトコ
「え?」

顔を上げると、目の前に加賀教官が立っていた。

加賀
何なら、今すぐ現場連れてって捨てて来てやろうか?

サトコ
「え!?い、いえ···あの、すみません!」

加賀
クズは人の話も聞けねぇのか。どこまで使えねぇんだ

舌打ちして、加賀教官が戻っていく。

サトコ
「こ、怖かった···」

佐々木鳴子
「大丈夫?ずっとぼんやりしてたけど」

サトコ
「うん···ごめん。大丈夫だよ」

佐々木鳴子
「よくわからないけど、あんまり悩み過ぎない方がいいよ」

どうやら講義のことで考え込んでいるように見えたらしく、鳴子が心配そうに私の背中を叩く。
鳴子を安心させるため、無理やり笑顔を作って頷いた。

(任務が終わって、今までの生活に戻っただけだもんね···気持ちを切り替えよう)

東雲
サトコちゃんって分かりやすいよね

サトコ
「え?」

加賀教官の補佐についていた東雲教官が、笑いながら私にしか聞こえないように耳打ちする。

東雲
そういうところがかわいいって思ってるのかな

サトコ
「あの···何の話ですか?」

東雲
いや?気にしないで

(って言われても気になる···)

意味深に笑いながら加賀教官の方へ歩いて行く東雲教官を眺めながら、
私は何となく、颯馬教官の顔を思い出していた···

to be continued

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