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恋の行方編 颯馬4話

住民が集団で忽然と消えてしまう事件が発生し、私と颯馬教官が捕まえた銃の密売人は、
結局、今回の事件とは全くの無関係だということが分かった。
あれから、手がかりもないまま時間が過ぎ···
失踪した住民たちの行方を掴もうと、教官たちは毎日のように聞き込みに出かけている。
もちろん颯馬教官も例外ではなく、私たちの講義には臨時の教官が付くことが多くなった。

サトコ
「ここにも、戻って来るかどうかわからないし···」
「盆栽たちも、教官が忙しくなってから元気ない気がする」

颯馬教官が忙しくなってからは、ネットや本屋さんで手入れ方法を調べ、
私が水やりや病気のチェックなどを毎日していた。

(さすがに間引きとかはできないから、それは教官が帰ってきてからお願いしよう!)

東雲
あれ?サトコちゃん、何してるの?

振り返ると、資料を持って東雲教官が入ってきた。

サトコ
「盆栽のお手入れとか、資料の整理とかです。東雲教官は、今日は捜査じゃないんですか?」

東雲
いや、これ置いたら行くよ。資料の整理してたなら、これもお願い

手渡された資料をファイリングしていると、東雲教官がぐるりと部屋を見渡す。

東雲
もしかして、毎日掃除してるの?

サトコ
「そうですね。今の時期はこの盆栽に毎日水やりが必要みたいなんです」
「ついでに、デスク周りを片付けたりとか······」

東雲
いいな。オレもサトコちゃんみたいな気の利く補佐官がよかったよ

ため息をつきながら、東雲教官が部屋を出て行った。

数日後。

佐々木鳴子
「今日の講義も、ほとんど臨時の教官だったね」

サトコ
「教官たち、大変だよね。時間がある時はこっちに来て講義だし」

佐々木鳴子
「颯馬教官から連絡とかないの?」

サトコ
「うん···もともと、自分が捜査でいないときは講義に集中してください、って言われてるし」

佐々木鳴子
「でもサトコ、毎日教官室で仕事してるよね?」

サトコ
「少しでも、教官の役に立てればなって思って···雑用ぐらいだけど」

(本当に、私ができることなんて雑用程度なんだよね···)
(それでも、教官が帰って来たときに仕事しやすいと思ってもらえたら)

サトコ
「それじゃ私、これから教官室行ってくるね」

佐々木鳴子
「偉いな~。いってらっしゃい!」

鳴子に見送られて、颯馬教官の個人教官室へ向かった。

ノックしてから教官室に入ると、誰かがデスクのところに立っているのが見えた。

颯馬
はい、どなたですか?

サトコ
「颯馬教官!帰ってたんですか!」

颯馬
サトコさん···

サトコ
「颯馬教官の講義は臨時の教官だったので、今日はもういらっしゃらないと思ってました」

颯馬
少し、必要な資料があって取りに戻ったんです
でも···

整頓されたデスクを見て、颯馬教官が軽く目を見張る。

颯馬
これは···すべて貴女が?

<選択してください>

余計なことしてすみません

サトコ
「あの···余計なことしてすみませんでした」

颯馬
いえ···
···盆栽も手入れしてくれたんですか?

サトコ
「は、はい。水やりくらいしかできませんでしたけど」
「間引きとかはできなかったので、教官のお時間のある時にでも」

頑張ってみました

サトコ
「あの、掃除とか書類整理とか、ちょっと頑張ってみたんですが」

颯馬
私がいない間に、わざわざ?

サトコ
「余計なことかと思ったんですけど、何か役に立てたらって」

颯馬
もしかして、盆栽も貴女が?

サトコ
「はい。調べながらやったので、大丈夫だと思うんですけど」
「間引きとかはできなかったので、教官のお時間のある時にでも」

盆栽たちも元気ですよ

サトコ
「盆栽たちも元気ですよ。ほら!」

盆栽たちが並んでいる方を指すと、颯馬教官が目を細める。

颯馬
盆栽まで···

サトコ
でも、教官がいない間は盆栽たちも何だか寂しそうでしたよ
間引きとかはできなかったので、教官のお時間のある時にでも

颯馬
···ええ、そうします

言葉少なに、教官が資料のファイルを手に取って視線を落とす。
その様子を不思議に思いながらも、邪魔にならないように私はそっと、教官室を出た。

数日後。

佐々木鳴子
「今日も颯馬教官、捜査でいなかったみたいだね」

サトコ
「うん···この間も、戻って来たけどすぐまた捜査に戻っちゃったし」

千葉大輔
「他の教官たちもみんなそうだよね。やっぱり兼任って大変そうだな」

夕食の時間になり、3人で食堂まで歩きながら、何となく颯馬教官のことを思い出す。

(この間、教官室で会った時···なんだか様子がおかしかった気がする)
(デスク周りとか、資料とか、勝手にいじらない方がよかったかな···)

佐々木鳴子
「千葉さん!チャンスだよ、チャンス!」

千葉大輔
「え?何が?」

佐々木鳴子
「だから、今ここで、落ち込んでるサトコを慰めておけば」
「2人の距離は急速に縮まり、いつしか···」

サトコ
「何の話?」

佐々木鳴子
「ううん、何でもないよ」

振り返った私に首を振り、鳴子が取り繕うように笑う。

千葉大輔
「あのね、オレは別に···」

佐々木鳴子
「いいから、颯馬教官がいなくて落ち込んでるサトコを慰めてあげて!」

千葉大輔
「いや、っていうか···」

(颯馬教官、今頃危険な捜査とかしてないかな···この間も、犯人に銃を向けてたし)
(そういえばあの時も、いつも冷静で飄々としている教官らしくなかったような···)

千葉大輔
「氷川···大丈夫?」

サトコ
「え?」

千葉大輔
「なんか最近、ずっと元気ないけど」

振り返ると、何故か千葉さんの後ろで鳴子が拳を握って千葉さんを応援していた。

サトコ
「えっと···うん、大丈夫。ありがとう」

千葉大輔
「やっぱり補佐官って大変だよな。教官がいない間でも自分で考えて動かなきゃだし」

サトコ
「だけど、その分勉強になるし···それに、颯馬教官ならきっと無事に戻って来るから」

佐々木鳴子
「ああー、もう!」

サトコ
「えっ?何?」

佐々木鳴子
「千葉さん、もっとぐいぐい行かないと!」

千葉大輔
「いや、だから···」

2人の会話についていけないまま、食堂へと向かう私だった。

教官がほとんど学校に来なくなって、数週間。

(それでも、やっぱり自主練は欠かさないようにしなきゃ、身体がなまっちゃうし)
(颯馬教官に教えてもらったことを思い出して、まずは素振りと筋トレと······)

素振りしていると、カタン、と物音が聞こえて、戸口のところに後藤教官が現れた。

後藤
随分頑張ってるな

サトコ
「お疲れさまです。後藤教官も自主練ですか?」

後藤
いや、違う
···アンタは、いつも一生懸命だな

戸口のところにもたれかかりながら、後藤教官がじっと私を見つめる。

サトコ
「一生懸命やらないと、颯馬教官に迷惑がかかりますから」

後藤
···最近の周さん

サトコ
「えっ?」

後藤
少し、変わってきた気がする

<選択してください>

急にどうしたんですか?

サトコ
「後藤教官···急にどうしたんですか?」

後藤
少し前から思ってたことだ
ただ、アンタに言う機会がなかった

サトコ
「颯馬教官···変わりましたか?」

後藤
ああ。アンタの影響でな

(私の···?)

いつも通りですよ

サトコ
「そうですか?いつも通りに見えますよ」

後藤
アンタにとってはそうだろうな
近くで見てると、変化に気付かないもんだ

サトコ
「でも、後藤教官だって近くで···」

後藤
いま一番、周さんに近いのは···アンタだ
周さんは、アンタの影響で変わったように思える

いいことなんでしょうか

サトコ
「それって···いいことなんでしょうか」

後藤
そう思う
アンタの影響を受けて、いい方に変わってる

サトコ
「私の影響···?」

後藤
···前に、アンタが杉村の部下から電話をもらって、現場に一人で向かったの、覚えてるか

サトコ
「それって···」

後藤教官に言われて、あの時のことを思い出す。
杉村さんを慕う御子柴さんに電話をもらって、ひとりで港へ向かったあの日。

後藤
あの時、アンタが電話してたこと、周さんは気付いてた

サトコ
「え···?」

後藤
あの日、アンタが謹慎を無視して寮から飛び出した時···

後藤
···いいんですか?

颯馬
なんのことです?

後藤
一人で行かせて

颯馬
そうですね···きっと、無茶をするでしょうね
誰かを利用するという利口な生き方も、かといって助けを無視することも出来ない
とても一生懸命で純粋なんですよ、彼女は

後藤
だったら、なおさら···

颯馬
確かに、そこが危うくはあるんですけどね

後藤
···周さんがいれば、安心だと思いますが

颯馬
···ええ、確かに

後藤
その後、アンタを追いかけて現場へ向かった
あとは、アンタが知ってる通りだ
あのストラップに内蔵されたGPS機能で、アンタを見つけた

サトコ
「そう···だったんですか」

(てっきり、GPS機能だけで追いかけて来てくれたんだと思ってた)
(だけど、全部知ってて···それでも颯馬教官は行かせてくれた···)

後藤
周さんは、基本、誰も信用しない
···俺たちのことも、だ

どこか寂しそうに、後藤教官が目を細める。

後藤
あの時も、アンタを完全に信用してないから発信機能付きのストラップを持たせた
でも···それ以上に、アンタを心配してたんだと思う

サトコ
「······」

後藤
あの人が、誰かの話をするときにあんな表情してたのは初めて見た

(私···)

そっと、胸に手を当てる。
颯馬教官の顔が次々に浮かんできて、止まらない。

(きっと、あの時には、もう···)
(颯馬教官のこと好きになってたんだ···)

後藤
周さんのそばにいてやってほしい

サトコ
「後藤教官···」

後藤
きっと、あの人には···アンタみたいな人が必要だから

それだけ言うと、後藤教官は私に背を向け、道場を出て行った。
その背中を見つめながら、私は胸に当てた手をぎゅっと握り締めていた···

数日後、久しぶりに石神教官の講義があった。

石神
···なお、今日の講義を復習できるように課題を準備してある
全員、次の講義までに必ず終わらせてくるように

石神教官の言葉と、教卓に置かれた大量の課題を前に、全員が絶句する。

佐々木鳴子
「···次の石神教官の講義って、いつだっけ」

サトコ
「明後日···」

佐々木鳴子
「どうかそれまでに、他の教官から課題が出されませんように!」

サトコ
「っていうか、あの量、明後日までに終わるかな···」

課題を取りに行くと、石神教官と目が合った。

サトコ
「あの、他の教官たちはまだ捜査でしょうか?」

石神
なぜそんなことを聞く

サトコ
「いえ、颯馬教官に指示を仰ぎたいことがあって」

石神
急用でもないなら、そのまま待機しておけ
それに、そんなことを考えている余裕があるのか?

フンと鼻で笑い、石神教官は私が持つ課題の上に、更に課題を乗せた。

サトコ
「···これは?」

石神
追加だ

サトコ
「え!?」

石神
余計なことを考えてる余裕があるのなら、簡単だろう?

(石神教官に聞くんじゃなかった······)

がっくりと肩を落とす私に、石神教官は眼鏡を押し上げた。

石神
ただ、これからは、お前たち生徒を現場に向かわせる機会も増える

サトコ
「それって···やっぱり、人員が足りてないからですか?」

石神
それもあるが、実地で学ぶ方が効率的という意味合いも兼ねてだ
ただし、優秀な者に限るがな

最後にしっかり釘を刺され、私は課題を抱えてすごすご席に戻った。

to be continued

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