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恋の行方編 颯馬5話

市民失踪事件が膠着状態を見せ始めてから、数日後。
臨時の教官に頼まれた資料を持って教官室へ向かうと、颯馬教官たちの姿が見えた。

サトコ
「教官!帰ってたんですか!」

颯馬
ええ。ちょうど、貴女を呼び出そうと思っていたんです

私から資料を受け取ると、颯馬教官がその場に残るように促す。
私がいても石神教官たちは厳しい表情を崩さず、話の続きに戻った。

石神
結局、居場所の特定には至らない、か···

後藤
今度こそあたりだと思ったんですがね

東雲
なんなんですかね~、ガセネタ多くないですか?

加賀
適当な情報なんて信じるもんじゃねぇ

(あの市民失踪事件の話だよね。それにしても、教官たちが揃ってるのを見るの、久しぶりだな)
(でも、なんだかみんな疲れてるみたい)

そっと教官室を出て、給湯室でコーヒーを淹れて戻ってくる。
教官たちの前にひとつずつ置くと、みんな無意識のうちにカップに手を伸ばした。

加賀
···おい!

サトコ
「は、はい」

加賀
なんだ、このクソ甘いコーヒーは

サトコ
「あの···疲れた時には甘いものだと思って、ちょっと砂糖とミルク多めに」

東雲
こういう時って、別にチョコレートとかクッキーを用意するものじゃないの?

サトコ
「すみません、今何もなくて」

東雲
っていうか兵吾さん、別に甘いもの苦手じゃないですよね?

加賀
コーヒーは別だ。甘いもんは甘くていいが、苦いもんを甘くすんのは邪道だろ

石神
同感だな

(甘いコーヒー、不評だった···)

何も言わずに飲んでくれているのは、颯馬教官と後藤教官だけだった。

颯馬
それで、さっきの件ですが···
一番最近、住民が姿を消した集落に、もう一度行ってみようと思います

後藤
あそこは、他の捜査員が見てきたと思いますが

颯馬
何か見落としがあるかもしれないでしょう?
サトコさん、そのつもりで

サトコ
「え?」

加賀
おい、またそのクズを連れて行くのか

颯馬
ええ。前回の銃密売の犯人も、サトコさんがいたから確保できたところもありますから

サトコ
「わ、私は何も役に立てなくて」

石神
氷川が捜査の役に立つと、本気で思っているのか?

加賀
そのクズに、今回のヤマが務まるかよ

颯馬
前にも言いましたが、彼女は私の優秀な補佐官です

東雲
確かに、捜査官としては全然ダメダメだけど、気が利きますよね

颯馬
ええ。方向性がたまに間違っていますが

そう言って、颯馬教官が笑顔で甘いコーヒーを眺める。

サトコ
「褒められてるんでしょうか、けなされてるんでしょうか?」

颯馬
さあ、どっちでしょう?
それより···今回の件、できますよね?

失踪事件の捜査のことを言われているのだと思い、強く頷く。

サトコ
「はい、頑張ります!」

加賀
努力でどうにかなるなら苦労しねぇ

石神
同感だな

東雲
なんか今日、ふたりとも仲良しじゃないですか?

石神
寝言は寝てから言え

加賀
一生起きられないようにしてやろうか?

東雲
うわ、怖い

教官たちのやり取りを聞きながら、つい頬が緩んでしまいそうになる。

(颯馬教官が私を信じてくれてる···それがこんなに嬉しいなんて)
(自分に何ができるかわからないけど···精一杯頑張ろう!)

今回、市民が集団で失踪したのは、住民が全部で30人ほどの小さな集落だった。

サトコ
「人の気配が全くしませんね」

颯馬
ええ···ですが、手がかりが残っているかもしれません。一軒一軒、しらみつぶしに行きましょう

教官と手分けして、家をひとつひとつ覗いて行く。
どこもまだ生活感が漂っていて、住民がいつ帰ってきてもおかしくないような状態だった。

颯馬
どうでしたか?

サトコ
「どこも同じです。誰かに襲われたような形跡もないし」

颯馬
こちらもですね。住民が自分の意思で出て行ったと考えるのが妥当でしょう

そのあと、教官と一緒に最後の一件に入り、ふと気づいた。

サトコ
「どの家も、ずいぶん豪華な生活してますよね」

颯馬
え?

サトコ
「ほら、家具とか家電製品とか······高そうなものばっかりですよ」
「集落って言うから、てっきりもっと質素な生活してると思ってました」

颯馬
······

サトコ
「そういえばここの人たちって、どこに仕事に行ってるんでしょうね?」
「集落の中には特に勤めるような場所もないし、外に働きに出てたんでしょうか」

颯馬
そうですね···

私の言葉ひとつひとつに、颯馬教官が考え込む。
それから、言葉少なに集落を出た。

現場を見てきた、帰り。

(教官、あれから何か考え込んでるみたい···)

黙って教官の後ろを歩いていると、不意に教官が立ち止まって私を振り返った。

颯馬
サトコさん、このあと寄りたいところがあるんですが

サトコ
「え?は、はい。聞き込みですか?」

颯馬
似たようなものですけど、少し違います
情報収集ですよ

意味深に笑い、颯馬教官は再び歩き出した。

教官が足を踏み入れたのは、オシャレなバーだった。

(ここで情報収集って、いったい···)

???
「颯馬さん、お久しぶりです!」

振り返ると、バーテンダーがカウンターで手を振っている。

(···え!?あの人って···)

サトコ
「す、杉村さんと一緒にいた···」

???
「姐さんもお久しぶりっす!自分、御子柴っす」

サトコ
「姐さん!?」

颯馬
変な呼び方をしないように

御子柴
「すいません。久しぶりに会えてテンション上がっちゃって」

サトコ
「でも、どうして···おつとめが終わったら杉村さんの実家の農家を手伝うって」

御子柴
「はい、自分と一緒にいたもう一人の奴は、アニキを手伝ってますよ」

颯馬
御子柴くんも、一度は杉村さんの手伝いのために、向こうへ行ったんです
でも···こちらに戻って来たんですよね

御子柴
「まあ、そういう訳っす!」

(どういう訳···?)

御子柴
「まあまあ、積もる話もありますから、まずはこちらへどうぞ!」

個室に通されると、御子柴さんが注文したカクテルを持ってきてくれた。

<選択してください>

杉村さんは元気?

サトコ
「杉村さんは元気ですか?」

御子柴
「ええ、頑張ってリンゴ作ってますよ」

颯馬
やり取りはしてるんですか?

御子柴
「たまにですけど、お互い近況報告とかしてます」

どうしてここで働いているの?

サトコ
「あの、どうしてここで働いてるんですか?」

颯馬
それは今から説明しますから

御子柴
「姐さん、焦りすぎはダメっすよ」

サトコ
「姐さんって呼ばないでください······」

颯馬の言葉を待つ

(変に口出ししないで、颯馬教官の説明を待った方がいいよね)

黙っていると、カクテルに口をつけながら颯馬教官が微笑んだ。

颯馬
貴女のそういうところが、居心地いいんでしょうね

サトコ
「え?」

颯馬
いえ、なんでも

颯馬
彼には現在、ここで情報を提供してもらっているんです

サトコ
「それって···協力者、ってことですか?」

御子柴
「自分も最初はアニキのとこで働いてたんすけど」
「アニキが、颯馬さんの力になってくれ、ってこっちに戻してくれたんです」

颯馬
杉村さんから連絡をもらって、私も甘えることにしたんですよ
その方が、杉村さんの気持ちも晴れるでしょうしね

サトコ
「そうだったんですか···」

(確かに、最後に見た杉村さんは、何となく納得してないように見えた)
(信頼する子分の御子柴さんが颯馬教官を助けてくれるなら···って納得したのかも)

御子柴
「それで、ここへ来たってことは情報が必要なんですよね?」

颯馬
ええ。この人たちがここへ来たことは?

そう言って颯馬さんが見せたのは、『クジャクの会』の夫婦たちの写真だった。

サトコ
「これって···」

御子柴
「来ましたよ。もう何度も見てますね」
「他にも、見たことない派手な客も一緒だったと思いますけど」

サトコ
「派手な客···」

颯馬
このバーは、政治家やセレブ御用達なんですよね

御子柴
「そうっす。政治家って言えば、あいつも来ましたよ」
「えーと、なんて言ったかな···森······」

サトコ
「森尾?」

御子柴
「そうそう、テレビで何度か見たんで覚えてます!」
「なんか、武装がどうのこうのって物騒な話してましたけど」
「そういえば、一緒にいた派手な格好した奴ら、なんか様子が変でしたね」

颯馬
どういうことですか?

御子柴
「ただ黙ってうなずいて、何も言わないです」
「目がうつろっつーか···自分もヤクやった奴らたくさん見てきたからわかりますけど」
「それに近いような···」
「まあ、まさかそんな奴らが堂々と歩いてないでしょうけどね」

なんとなく、胸に重たいものが落ちてくる。

(政治家、麻薬、目がうつろで、人形みたいな人たち···)
(集団で失踪した住民。これって、なんだか···)

颯馬
その派手な服装をしていた人たちの居場所はわかりますか?

御子柴
「すみません、さすがにそこまでは···なんせ何も喋ってなかったんで···」

颯馬
そうですか···

颯馬教官は、私の頭の中でごちゃごちゃになっていることを、すでに整理し終えているようだった。

サトコ
「教官、何か考えてるんですか?」

颯馬
森尾と一緒にいた、『クジャクの会』以外のセレブ達の行方を、どうすれば追えるのかと
うつろで、操られているような人間たち···それはもしかして、あの集落の住民かもしれません

サトコ
「あっ!」

颯馬
操られて、自発的にあの集落を出た···
バックに政治家がいるのなら、裕福な暮らしも納得できます

(確かにそうだ···でもそれなら、クスリで操られてるってこと···?)

颯馬
彼らの行方を掴めれば、事態は一気に好転するんですが
まあ、ひと先ず彼らが無事で、森尾が絡んでいるということがわかっただけでも収穫でしょう

御子柴
「また奴らが来たら、すぐ連絡しますよ、あと、できれば写真も撮っておきます」

颯馬
ありがとうございます。でも無理はしないように

2人の話を聞きながら、ひとつ、思いついたことがあった。

サトコ
「あの···教官。今度、スーパーに行ってみませんか?」

颯馬
え?

御子柴
「姐さん、急に何言ってるんすか」

サトコ
「実は、私たちが夫婦役をしてたあのマンションの近所のスーパーで」
「試食販売をしてるおばちゃんが、すごく情報通なんです」

颯馬
そういえば前に、そんな人の話をしていましたね

サトコ
「ゴシップが大好きで、普段から情報収集は欠かさないそうですよ」
「もしかしたらですけど···『クジャクの会』の人たちに何か聞いて、知ってるかも」

颯馬
今はどんな些細な情報でも欲しいですから、行ってみる価値はありますよね
では明日、早速行きましょうか

サトコ
「はい!」

颯馬
御子柴くんの方も、無理しない程度に引き続きよろしくお願いします

御子柴
「うっす!」

颯馬
その話し方、直した方がいいですよ

最後に笑顔で釘を刺し、颯馬教官は席を立った。

翌日。
颯馬教官とスーパーへやってきた。

颯馬
今日は、また私の奥さんに戻ってくださいね

<選択してください>

頑張ります

サトコ
「わかりました!頑張ります!」

颯馬
あんまり意気込むと、逆に不自然ですよ
あの時のように、ごく自然に良妻を演じてください

(あの時も、良妻だった自信はないんだけど···)

照れますね

サトコ
「な、なんか···照れますね」

颯馬
···そうですね

(あれ···?もしかして、颯馬教官も照れてる?いや、まさか···)

颯馬
ぼんやりしてないで、行きますよ

サトコ
「は、はい!」

わかりました、旦那様

サトコ
「わかりました、旦那様!お任せください!」

颯馬
···それだと、別の設定になってしまいそうですが

サトコ
「あ!?そうですよね、旦那様は変ですよね」

(張り切りすぎて、メイドさんみたいになっちゃった!今、私は颯馬教官の奥さん!)

颯馬
それで、例の女性はどこですか?

サトコ
「いつも、あの一角で試食販売をしてるんです。あ、いた!」

おばちゃん
「あらあら、久しぶりじゃない」

サトコ
「こんにちは。最近仕事が忙しくて、なかなか来られなくて」

おばちゃん
「そっちのイケメンが、アンタの旦那様かい?いい男じゃない」
「ほら、これ食べて食べて!すっごく美味しいから!」

颯馬
ありがとうございます。いただきます

サトコ
「そういえばおばちゃん、最近、三好さんとかいらしてますか?」

『クジャクの会』に入っている夫婦の名前を出すと、おばちゃんの目がキラリと光った。

おばちゃん
「それがねぇ、全然見ないのよ。引っ越したって話も聞かないし」

サトコ
「そうなんですか。マンションであまり見かけないので、心配で」

おばちゃん
「ここだけの話だけど、例のセレブ友だちと一緒に雲隠れしたって聞いたわよ」

颯馬
雲隠れ?何かやましいことでもあったんですか?

おばちゃん
「それがわからないのよねぇ。あそこの旦那さんって、官庁勤めでしょ?」
「お給料だっていいはずだし、まさか借金なんてことはねぇ」
「そういえば、最後に見かけたときは他の人たちと一緒で、なんだか様子が変でね」

サトコ
「様子が変···?」

おばちゃん
「私ちょうどその時、もう上がりの時間だったから、着替えて急いで追いかけたの!」

(すごい行動力だ···)

颯馬
私たちも、みんな心配してるんです。管理人さんも探していますし
三好さんの居場所、ご存知でしたら教えていただけませんか?

おばちゃん
「そうよねぇ、家賃だって滞納しちゃうしねえ」

それからひとしきり、おばちゃんの噂話に根気よく付き合い···
ようやく情報を聞き出した私たちは、スーパーを出ると急いで学校へ戻った。

to be contineud

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