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恋の行方編 颯馬7話

潜入捜査中、政治家の森尾に気付かれてしまった私たち。
森尾と繋がりのあるセレブたちに羽交い絞めにされ、奥の倉庫に閉じ込められてしまった。

颯馬
···行きましたか?

サトコ
「はい。ドアの外に人の気配はないです」

颯馬
···石神さん

インカムで、颯馬教官が小さく呼びかける。

石神
どうした?

颯馬
すみません。森尾に潜入を気付かれました

加賀
しくじりやがって

サトコ
「すみません、私が···」

颯馬
私のミスです。申し訳ありません

私を制して、颯馬教官が話を続ける。
その間、さっき森尾によって撃たれた颯馬教官の傷の手当てをした。

(消毒も何もない···かろうじて、紙ナプキンがあったからそれを使えたけど)
(私があの時、もっと注意していたら···教官がケガをすることも、捕まることもなかった)

石神
東雲、外の状況は?

東雲
今のところ、仲間が近付く気配はないですね
山奥だし、オレたちの応援も間に合わないって踏んでるんだと思います

石神
それなら···颯馬、よく聞け。これから······

石神教官の声に雑音が混ざり始め、聞き取ることが困難になった。

サトコ
「石神教官?」

石神
·········い、聞こえて···か?颯馬······

颯馬
すみません。もしかしてさっきの衝撃で、こっちのインカムが壊れたかもしれません

石神
······だ。上から指示を仰いで応援に向かうから、そのまま待機···

そこで、石神教官の声はぷつりと途絶えた。

サトコ
「通信が···」

颯馬
······
サトコさん、他に脱出口がないか探してください

サトコ
「え?でも、石神教官は待機してろって」

颯馬
その間に森尾に逃げられてしまったら終わりです

話しながらも、教官は何とか脱出を試みている。

(確かに、森尾を逃がすわけにいかない!)
(それに、ここに居たらパーティーが終わった後、私たちは···)

颯馬教官に倣って、なんとか他の脱出口を探す。
ドアはしっかり施錠されていて、無理やり鍵を壊せるようなものではなかった。

颯馬
サトコさん、こっちです!

振り返ると、教官が天井の通気口のフタを開けていた。

颯馬
ここから行けそうです。必ずどこかの部屋の通気口に繋がっているはずです

教官が先に通気口に入り、上から手を差し伸べてくれる。
その手を取り、私も薄暗くて埃っぽい通気口の中へと潜り込んだ。

通気口から他の部屋へと脱出したものの、その先の部屋も鍵がかかっていた。

サトコ
「脱出すること、先読みされてたんでしょうか」

颯馬
でしょうね···クスリをやってるわりには頭が回るらしい

サトコ
「森尾たちは、まだあの部屋にいるでしょうか」

颯馬
わかりません。でも、逃げたとしたら外にいる石神さんたちが気付くはずです

サトコ
「石神教官たちは、もう外にいないかもしれませんよ」

颯馬
外にはいない···?

教官は、私の言葉の意味がわからない、というように首を傾げる。

サトコ
「そうです。だって···」

<選択してください>

私たちを救出に向かってる

サトコ
「きっと、私たちを救出するために潜入してるはずですから」

颯馬
「···石神さんは、上の指示を仰ぐと言ってました
その指示を待たずに応援に来ることはありませんよ

サトコ
「で、でも···加賀教官なら、もしかして『上の命令なんざクソくらいだ』とか言って」

颯馬
そうですね···でも、石神さんが止めるでしょう

上の指示を仰ぎに行ってる

サトコ
「きっと、上の指示を仰ぎに行ってると思いますから」

颯馬
向こうのインカムは壊れてませんから、その場で指示は仰げますよ
ただ、問題は上がすぐ指示をくれるかどうかです
上の指示を待て、ということは、それがなければ動けないという意味ですから

市民を助けに行ってる

サトコ
「市民を助けに、この中に潜入してるはずです!」

颯馬
それはないでしょう。上がその指示をするはずがありませんから

サトコ
「どうして···」

颯馬
まずは犯人の確保。それが公安にとっては最優先事項です
そして···石神さんたちは、上の指示がなければ無理な突入はしません

ゆっくりと、颯馬教官がドアに近づく。

颯馬
とにかく、ここからなんとか脱出しなければ
きっとあいつらは、私たちがまだ向こうの部屋にいると思っているはずです

サトコ
「でも、また私たち2人で突入しても···」

颯馬
確かに、同じことになるかもしれません
でも、私たちを閉じ込めたと油断しているなら、遠慮なく薬物を摂取しているはずです

サトコ
「だから大丈夫だって言う保証はどこにもないです!」

思わず声を荒げそうになり、慌てて口を押える。

サトコ
「···大量の薬物を摂取しているなら、それだけ危険も伴うじゃないですか」
「なりふり構わず、何してくるか分からないんですよ」

颯馬
···下がってください

私の肩を掴み、颯馬教官がドアノブに向かって銃を放つ!

サトコ
「教官!気付かれます!」

颯馬
それよりも、奴らを確保する方が先です

ドン、ドン、と何発も発砲したけど、ドアはびくともしなかった。

颯馬
まったく···随分と頑丈なドアですね

サトコ
「教官!石神教官たちを待ちましょう!」

颯馬
その時間はないと、何度言えばわかるんですか!

バン!と颯馬教官がドアに体当たりを始める。
慌てて止めようとしたけど、腕を振り払われた。

(どうして···どうしてここまで)
(ううん、どうして···何でみんなを信じて待たないの!?)

全身でドアに体当たりを続ける颯馬教官の腕に、血が滲み始める。
それは、さっき私のせいで森尾に撃たれた傷だった。

サトコ
「教官!やめてください!何とか石神教官たちと合流しましょう!」

颯馬
「その間に、逃げられたら?ここに居ても応援は来ない
なら、俺が行くしかない

話しながらも、教官の動きは止まらない。

サトコ
「この状況で一人で行ったって、危険なだけです!」
「応援は来ます!必ず石神教官と後藤教官が来てくれます!」

颯馬
彼らは来ない

歯を食いしばりながら、颯馬教官が体当たりを続ける。

サトコ
「どうして······」

颯馬
公安を信じていない俺を、みんなが信じてくれるはずが···

サトコ
「いい加減にしてください!」

思わず怒鳴ると、ようやく颯馬教官が驚いたように動きを止めた。

サトコ
「もっと自分を大切にしてください!みんなを信じてください!」
「教官に何かあったら、みんな悲しむんですよ!」

颯馬
···貴女には分からない

冷たく、教官の視線が突き刺さった。

颯馬
俺の何が分かる?何を知ってる?

サトコ
「分かりません!でも、分かりたいと思うんです!」
「私は、教官が大切なんです!ずっとそばにいたいんです!」

颯馬

サトコ
「教官に何かあったら、私が一番悲しみます。だから···」
「お願いです。必ず来てくれますから···信じて待ちましょう!」

懇願するように、教官にしがみつく。ようやく、教官の肩から力が抜けるのが分かった。

颯馬
···ふふ

<選択してください>

何がおかしいんですか?

サトコ
「な、何がおかしいんですか?」

颯馬
いえ···貴女はいつもそうやって、真っ直ぐぶつかって来るなと

(あ···教官の話し方、いつも通りに戻ってる)

颯馬
ストレートに気持ちをぶつけてくるから、目を背けられないでしょうね

サトコ
「何の話ですか?」

颯馬
こちらのことですよ

もう大丈夫ですか?

サトコ
「教官···もう大丈夫ですか?」

颯馬
ええ···取り乱してしまってすみません

(取り乱すなんて···教官、こんな時でも冷静だった)
(『私』が『俺』になってたけど、それくらいで···むしろ、普段以上に冷淡だったような)

生意気言ってすみません

サトコ
「生意気言ってすみませんでした···」

颯馬
いえ···貴女がいたから、戻って来れた
私一人だったら、我を失っていたかもしれません

(教官がそんな風になるなんて、想像つかないな···)

そのとき、ドアの外から声が聞こえてきた。

???
「ここか?間違いないな?」

???
「ええ···たぶん」

思わず、教官と顔を見合わせる。

(まさか、パーティーが終わって森尾たちが戻ってきたの···?)
(あれ···?だけど、この声って···)

何度もドアノブを回されたけど、向こう側からも開かないらしい。

???
「おい、こういうのはお前の得意分野だろう」

???
「チッ···こういう時ばっかり遣いやがって」

???
「俺がやりますか」

???
「テメェじゃ時間がかかる」

もう一度顔を見合わせると、颯馬教官が私の前に腕を伸ばして後ろに退かせる。
次の瞬間、勢いよくドアが開いた。

加賀
ほらよ、一発だ

石神
ずいぶんと慣れているな···プライベートでもやっているのか?

加賀
うるせぇよ。テメェがやれっつったんだろうが

サトコ
「加賀教官!石神教官!」

後藤
周さん、無事ですか

颯馬
後藤···

加賀
ったく、めんどくせぇな。だりぃことさせんじゃねぇ

石神
東雲、森尾はどこだ

インカムの向こうの東雲教官に向かって、石神教官が声をかける。

石神
詳しい場所はお前たちが知っているとのことだ

サトコ
「あ···は、はい!場所、覚えてます」

急いで部屋を出ようとした私を制して、颯馬教官が歩き出した。

颯馬
貴女は後ろからついてきてください

サトコ
「教官···」

加賀
どうでもいいからさっさと案内しろ。手柄が逃げんだろうが

加賀教官の舌打ちに、颯馬教官が小さく笑い···
そのまま、みんなと一緒に例の部屋へと突入した。

政治家の森尾学と、麻薬の売買を手伝っていたセレブたちを無事に確保すると、
公安の他の刑事たちも駆けつけ、会場にほぼ監禁状態だった市民たちを解放した。

サトコ
「あんなに洗脳されて、ちゃんと今までの生活に戻れるんでしょうか」

颯馬
そうですね···かなり長い時間が必要かもしれません

サトコ
「でも···みんな、無事でよかったです」

誘導される市民たちを眺めながらポツリとこぼすと、颯馬教官が頷いてくれた。

颯馬
ええ···貴女が救った命ですよ

サトコ
「え?」

颯馬
森尾たちが、彼らを無事に帰すという保証はなかった
でも、今回の救出は私一人では無理でしたから

サトコ
「私も無理です。颯馬教官と、石神教官と後藤教官と、東雲教官と···」
「それに、ドアを蹴破ってくれた加賀教官が救った命です」

颯馬
······

颯馬教官が、じっと私を見つめて微笑む。

黒澤
あれ~?お二人とも、な~んかいい雰囲気じゃないですか?

サトコ
「黒澤さん!来てくださったんですね」

黒澤
来ましたよ~愛する周介さんのためですからねっ

颯馬
でも、私がピンチの時は何の役にも立ちませんでしたね

黒澤
だっ···いや、それはしょうがないじゃないですか!
オレだって作戦の仲間に入りたかったですよ!でも声かけてくれなかったじゃないですか!

後藤
お前がいると作戦が失敗する

黒澤
なんでですか!偏見ですよ?

東雲
確かに透はうるさいから、あいつらに気付かれそうだよね

黒澤
はぁ···オレだって周介さんの役に立ちたかったのに、サトコさんとばっかり仲良くなって

サトコ
「え!?」

東雲
まぁ、彼女は颯馬さんに大胆告白しちゃうくらいだからね

黒澤さんの後ろで、東雲教官がにこやかな笑顔を浮かべている。

(大胆告白って······)

加賀
気付いてねぇのかよ、クズが

後藤
······

頬を染めて目を逸らす後藤教官を見て、あの時の自分の言葉を思い出した。

サトコ
『私は、教官が大切なんです!ずっとそばにいたいんです!』
『教官に何かあったら、私が一番悲しみます』

(あれ···みんなに聞かれてた!?)

サトコ
「な、なんで···確か、インカム壊れて」

東雲
あのあとも、断片的に2人の会話は聞こえて来たよ
それでなぜか、あの瞬間だけはやたらはっきり聞こえて

サトコ
「きゃーーー!」

恥ずかしさに逃げ出したくなる私の腕を、颯馬教官がポンと撫でた。

颯馬
ふふ···ありがとうございます

サトコ
「きょ、教官!」

黒澤
それはどういう意味のお礼ですか!?サトコさんの気持ちを受け入れると、そういう!?
詳しく聞かせてください、周介さん!

颯馬
そうだな···黒澤が森尾を完落ちさせられたら答えてあげてもいいよ

黒澤
それはまた、ハードルが高い···

黒澤さんに追いかけられて現場に戻る颯馬教官の背中を眺めながら···
撫でられた大きな手の感触を思い出し、ただ立ち尽くす私だった。

to be continued

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