颯馬教官が復帰した翌日。
移動教室のために廊下を歩いていると、向こうから東雲教官と黒澤さんが歩いてきた。
東雲
「おはよ」
サトコ
「おはようございます」
黒澤
「あ、大胆告白のサトコさんだ」
私の顔を見るなり、黒澤さんが笑いだす。
サトコ
「それはもう、ほんとに忘れてください···」
黒澤
「いやぁ、忘れられませんよ!」
「歩さんから詳しく聞きましたけど、本当に熱烈告白じゃないですか!」
「ずっとそばにいたい···颯馬さんが大切なんです!」
私の真似のつもりか、黒澤さんが1オクターブ高い声を出す。
サトコ
「うう······」
東雲
「彼女も恥ずかしがってることだし」
「ここは、その後どうなったのかオレたちだけに教えるってことで、手を打つのは?」
サトコ
「なんの手ですか!?」
黒澤
「いいですね~、やっぱり情報は本人から聞くのが確実ですからね」
「で、どうなったんですか?周介さん、返事とかくれました?」
東雲
「いや、そう簡単にはくれないでしょ。焦らせているんじゃない?」
黒澤
「歩さんじゃないんだから、周介さんはそんなことしませんって」
「いや、でもそうやってもったいぶるのも周介さんの手なのかな」
サトコ
「あ、あの···何もないです。返事とかそういう問題じゃ」
私の言葉に、2人が首を傾げる。
東雲
「何?そういう問題じゃないって」
サトコ
「颯馬教官、たぶん告白だと思ってないと思うので」
「補佐官としてずっとそばにいたい、って言ったと思われてると思います」
黒澤
「ええ~?後藤さんじゃないんだからあり得ないですよ、そんなこと」
サトコ
「···後藤教官はそうなんですか?」
東雲
「まあ、特に恋愛に関しては、言葉を額面通りに受け取って深読みはしないよね」
黒澤
「後藤さんになら『好きです!付き合ってください!』って言わないと伝わりませんけど」
「周介さんは、女性に関しては百戦錬磨ですからね!」
サトコ
「あの···私の真似するとき、胸の前で手を組むの止めてもらえませんか···」
東雲
「けどあの時の告白、後藤さんだってちょっと照れてたよね」
「後藤さんすら気付くのに、颯馬さんが気付かないなんてありえないんじゃない?」
(後藤教官『すら』って、ひどい言われようだな···)
(でも、もしそうなら颯馬教官は私の気持ちを知ってるけど、何も言ってくれないってことだよね···)
東雲
「けど、2人が付き合ったらおもしろいのにな~。なんか進展あったら教えてよ」
サトコ
「だから、何もないですって···」
言いかけた時、ぽん、と後ろから肩を叩かれた。
颯馬
「あまり、私の補佐官を苛めないでもらえますか?」
サトコ
「そ、颯馬教官!」
黒澤
「そんな、いじめてなんていないですよ~」
颯馬
「そうですか?サトコさんは困っていたようですけど?」
笑顔を浮かべる颯馬教官に、東雲教官たちの表情が一変する。
東雲
「···透、危険だ。行くよ」
黒澤
「ラジャー···」
「じゃあサトコさん、またゆっくり話しましょうね!」
颯馬
「···黒澤?」
黒澤
「なんでもないでーす!」
東雲
「···見た?今の颯馬さんの笑顔」
黒澤
「見ましたよ···超怖い」
東雲
「ああいう時の颯馬さんには関わらない方が身のためだから」
黒澤
「あとで天誅が下らないといいな···」
ボソボソと何か話しながら、2人が廊下を歩いて行く。
サトコ
「あの···教官」
<選択してください>
サトコ
「助けていただいてありがとうございます」
颯馬
「いえ。あの2人はすぐ悪ふざけしますからね。相手にしないことですよ」
サトコ
「は、はい···」
(さっきの2人との話、聞かれたかな···でも、怖くて聞けない···)
サトコ
「今の話、聞いてましたか?」
颯馬
「私に聞かれてはまずい話でもしていたんですか?」
サトコ
「そそ、そうじゃないんですけど!」
必死に否定したけど、結局颯馬教官が私たちの話を聞いていたのかどうかは分からなかった。
サトコ
「い、いつからそこにいたんですか!?」
颯馬
「気付きませんでしたか?2人と話し込んでいたようなので、声をかけなかったんですが」
(ってことは、結構前からいた!?)
話を聞かれたのかと冷や汗が流れたけど、颯馬教官は相変わらず涼しい顔だった。
颯馬
「では、次の講義に遅れないように来てください」
サトコ
「は、はい···」
笑顔のまま、教官が教場の方へ歩いて行く。
サトコ
「今の話、聞かれてませんように!」
(それにしても、やっぱり素敵だな、颯馬教官)
(ちょっと話しただけで、こんなにも幸せな気持ちになれる。好きな人がいるってすごいかも!)
数日後。
書類を持って教官室へ向かうと、中には後藤教官、石神教官、そして加賀教官がいた。
サトコ
「失礼します。颯馬教官は?」
後藤
「不在だ」
サトコ
「書類を頼まれて持ってきたんですが」
石神
「デスクに置いておけ」
石神教官に言われ、颯馬教官のデスクに書類のファイルを置く。
すると、一瞬だけど加賀教官が笑ったような気がした。
サトコ
「あの···」
加賀
「クズはクズなりに成長するもんだな」
サトコ
「え?」
石神
「こればっかりは、颯馬が正しかったというわけか」
「正直、現場にお前を連れて行くと聞いた時は、使い物にならずにすぐ外すと思っていたがな」
サトコ
「でも···颯馬教官に助けられてばっかりでした。本当にお役に立てたかどうか」
後藤
「それでも周さんがアンタをそばに置き続けたってことは」
「ちゃんと、役に立ってたんだろう」
石神
「実際、思っていた以上の働きはした」
加賀
「思った以上も何も、役立たずのゴミだと思ってたからな」
サトコ
「ゴミ···」
(でも···これって一応、褒められてるんだよね?)
サトコ
「ありがとうございます。もっと教官たちの役に立てるように頑張ります」
加賀
「クズだのゴミだの言われて喜ぶのか。お前、マゾだな」
颯馬
「楽しそうですね」
ドアが開いて、颯馬教官が入ってきた。
サトコ
「あ!頼まれてたファイル持ってきました」
颯馬
「ありがとうございます」
「それで、何の話をしていたんですか?」
サトコ
「えっと···」
加賀
「そのクズがマゾだって話だ」
サトコ
「ええ!?」
颯馬
「そういう加賀さんはサドですよね」
(なんか、凄い話になってる···)
颯馬教官ばかり目で追っていた私は、後藤教官に見られていることに全く気付かなかった。
その日の講義が全て終わった後、ふらりと屋上までやってきた。
フェンスに寄り掛かり、ぼんやりと空を眺める。
(はぁ···憧れの刑事になるために、もっともっと頑張らなきゃ)
(わかってるのに、颯馬教官の顔を見るとこの前の告白のことを思い出して、もやもやする)
中途半端な形で気持ちを告げてしまい、教官からもなんの反応もないせいか、
この間からずっと、頑張ろうという気持ちと、もやもやする気持ちがせめぎ合っていた。
(こんな状態で自主練しても、きっと身にならないんだろうな)
(もし教官が来たら、どんな顔していいかわからないし···)
ため息をついた時、屋上のドアが開いて後藤教官が入ってきた。
後藤
「ここだったか」
サトコ
「どうしたんですか?」
後藤
「ん」
教官が持っていた缶コーヒーのうち1本を差し出してくれる。
サトコ
「ありがとうございます。あの···」
後藤
「たぶん、今日は道場にはいかないだろうと思ったから」
サトコ
「どうして···」
後藤
「アンタ、元気なさそうだった」
図星の言葉に、思わず俯いてしまった。
サトコ
「···あれからずっと考えてるんです。このまま、何もなかったことにして」
「刑事になる夢だけ追いかけて、頑張った方がいいのかもしれないって」
後藤
「······」
サトコ
「だけど···忘れた振りをして」
「颯馬教官の補佐官で居られる自信もなくて」
後藤
「···周さんは」
ぽつりと、後藤教官が独り言のようにつぶやく。
後藤
「いつも、アンタをからかってるように見えるけど、ちゃんと考えてる」
「どうすれば、アンタがもっと学べるか、刑事として経験が積めるか」
サトコ
「はい···入学してから今まで、短い期間にすごくたくさん、学ばせてもらいました」
後藤
「普通の人間には、そんなことはしない」
「少なくとも、俺は見たことがない」
思わず、後藤教官を見つめる。
教官は、真っ直ぐ前を見て何かを考えている様子だった。
サトコ
「···後藤教官がこんな話をしてくれるの、珍しいですね」
後藤
「アンタは一生懸命だから」
「石神さんも加賀さんも、ちゃんとアンタの努力は買ってる」
<選択してください>
サトコ
「それは、後藤教官もですか?」
後藤
「じゃなかったら、わざわざ話に来ない」
サトコ
「ふふ、ありがとうございます」
(確かに、後藤教官がこんなにたくさん話してくれることなんて、滅多にないよね)
サトコ
「そうなら嬉しいです。さっきも、言われ方はひどかったけど初めて褒められたし」
後藤
「あれを褒められたと思えるなら、大丈夫だ」
サトコ
「え?」
後藤
「2人の言葉は厳しいから、なかなか理解されない」
サトコ
「そうでしょうか···あんまり伝わってこないんですけど」
後藤
「さっき、褒められただろ」
どうやら、さっきの教官室でのことを言っているらしい。
サトコ
「あれってやっぱり、褒め言葉だったんですか?」
後藤
「アンタがそう思うなら、そうなんじゃないか」
持っていた缶コーヒーを飲み終えると、後藤教官がドアの方へ歩き出した。
後藤
「どうするかはアンタの勝手だけど」
「···頑張れ」
サトコ
「後藤教官···」
「あの!ありがとうございます」
軽く手を挙げると、後藤教官は振り返ることなく屋上から出て行った。
(頑張れ、か···)
後藤
『周さんは、いつもアンタをからかってるように見えるけど、ちゃんと考えてる』
『どうすれば、アンタがもっと学べるか、刑事として経験が積めるか』
後藤教官の言葉を思い出すと、自然に颯馬教官の顔が浮かんできた。
(本当に、いろんな現場に連れて行ってもらった)
(夫婦役で、豪華なパーティーに潜入して···)
颯馬
『貴女は私の妻ですから。胸を張って、堂々としていてください』
(今考えたら、好きな人と夫婦役なんてすごいことしてたんだな···)
加賀
『最近、ずいぶんとそのクズを買ってるじゃねぇか』
颯馬
『ええ、私の優秀な補佐官ですから』
『何度も言いますが、彼女は優秀な補佐官です』
『危険があれば、私が守ります。今回の件に関しては、必要な人材です』
(私を信じて『優秀な補佐官』って言ってくれた)
ガラの悪い男
『今のは威嚇だ!次は女を撃つからな!』
サトコ
「きょ、教官···!』
颯馬
『···銃を捨てろ』
(普段は冷静なのに、あの時は···冷静に見て、どこかいつもと違った)
(撃たれそうになった私を、守ってくれた···)
颯馬
『貴女が救った命ですよ』
サトコ
『え?』
颯馬
『森尾たちが、彼らを無事に帰すという保証はなかった』
『でも、今回の救出は私一人では無理でしたから』
(教官がいなければ、市民を助け出すことなんてできなかった)
(でも、私のおかげだって言ってくれた)
東雲
『あのあとも、断片的に2人の会話は聞こえてきたんだよね』
『それでなぜか、あの瞬間だけはやたらはっきり聞こえて』
颯馬
『ふふ···ありがとうございます』
(···結局、あの『ありがとう』がどういう意味なのかわからない)
(だけど、やっぱり、この気持ちはちゃんと伝えたい)
後藤
『どうするかはアンタの勝手だけど』
『···頑張れ』
後藤教官の言葉が、背中を押してくれる。
(あの告白を、なかったことになんてできない···颯馬教官に、もう一度ちゃんと伝えよう)
(振られてもいい···私の想いを、教官に知って欲しい!)
to be continued