後藤教官に話を聞いてもらった翌日、私はひとり悩んでいた。
(もう一回告白するって決めたけど、でも実際どうすればいいんだろう)
(いきなり教官のところへ行って『好きです!』っていう訳にも行かないし···)
サトコ
「じゃあ、教官を呼び出す?でも私が教官を呼び出すなんて、おこがましいような気が···」
「いや、でももう当たって砕けるしかないし、悩んでる場合じゃ···」
佐々木鳴子
「あ、いたいた!サトコ、探したよ」
振り返ると、鳴子が手を振りながら走ってきた。
サトコ
「どうしたの?」
佐々木鳴子
「さっき、颯馬教官と会って、サトコを知らないかって」
「探してたみたいだから、個人教官室に行ってみたら?」
サトコ
「うん。わかった、ありがとう」
(資料と報告書を頼まれた覚えもないし···何だろう?)
(でも、個人教官室ってことは他に誰もいないよね。もしかして···告白のチャンス!?)
ドアをノックすると、颯馬教官の返事が聞こえた。
そっと中を覗くと、ファイルに収められた書類を確認していた教官が顔を上げる。
颯馬
「ああ、佐々木さんが伝えてくれたんですね。いきなりすみません」
サトコ
「い、いえ···」
普段と変わらない教官の笑顔に、勝手に頬が熱を帯びて行く。
サトコ
「あの、ご用でしたか」
颯馬
「ええ。書類整理をお願いしようと思ったんです。いいですか?」
サトコ
「はい!このファイルですね」
デスクに積んであった書類を手に取り、本棚から空のファイルを取り出してファイリングしていく。
私の様子を眺めながら、颯馬教官がどこか嬉しそうに微笑んだ。
颯馬
「だいぶ、手慣れてきましたね」
サトコ
「颯馬教官のおかげです。最初にすごく丁寧に教えていただいたので」
颯馬
「···私も、貴女に教えてもらったことがありますよ」
サトコ
「え?」
手を止めて振り向くと、教官は何かを思い出すように少し遠くを見つめている。
颯馬
「私の中に、今まで···『誰かを信じる』という気持ちは欠落していました」
「石神さんも後藤も、ここぞという時にはちゃんと私を信頼して任せてくれる」
「それでも···私自身は、周りに対してその気持ちを持つことができなかった」
サトコ
「それは···」
颯馬
「ええ···妹を見殺しにしてしまったという事実で、自分自身すら信じられなかったからです」
サトコ
「見殺しなんて···妹さんの事件は、教官のせいじゃないです」
颯馬
「それでも、あの子が私へのプレゼントを買いに行かなければ」
「私の誕生日がその日でなければ···先に『プレゼントなんていらない』と言っておけば」
「そう考えると、どうしても罪の意識が消えないんですよ」
(教官は、妹さんを亡くしてからどんなに辛い思いを一人で抱えて来たんだろう)
(誰も信じられなくなるほど···自分のことすら、許せなくなるほど)
颯馬
「···でも、もう少し···みんなを信じてみようと思います」
サトコ
「えっ?」
颯馬
「私たちが閉じ込められたあの時」
「まさか石神さんたちが、上の指示が出る前に来てくれるとは思いませんでした」
「でも、貴女はそれを信じていた···私よりも、みんなとの付き合いは短いはずなのに」
サトコ
「教官たちが、仲間を見捨てるようなことはしないって思っただけです」
「石神教官も加賀教官も、怖いですけど···でも、そういう人だって信じてます」
私の言葉に、颯馬教官が優しく微笑む。
何となく恥ずかしくなって、慌ててファイルに視線を落とした。
颯馬
「公安は、私の居場所なのかもしれないと初めて思いました」
「今まで、そんなふうに思ったこともなかったのに」
サトコ
「今の言葉を聞いたら、きっと黒澤さんが喜びますね」
颯馬
「彼を喜ばせる趣味はないんですが」
「それに···自分の居場所である公安のみんなも大事ですが」
「私にとっては、サトコさんはそれ以上に大切ですよ」
サトコ
「えっ?」
予期せぬ言葉に、私の手からバサバサと書類が落ちた。
サトコ
「あっ···す、すみません!」
颯馬
「ふふ···大丈夫ですか?」
まるで私が慌てることを予測していたかのように、教官がしゃがみ込んで一緒に拾ってくれる。
(い、今のって···いや、でも···)
書類を拾い終わると、立ち上がってデスクに置く。
そして恐る恐る、同じようにしている教官に声をかけた。
サトコ
「あの、教官···」
颯馬
「なんですか?」
サトコ
「い、い、今の···その、補佐官として大切、ってこと···ですよね?」
颯馬
「そうですね···」
その言葉に、心が重く沈んでいく。
教官がすぐ目の前にいるのに、顔を上げることができない。
颯馬
「もちろん、それもありますが」
「貴女のことは···一人の女性として、とても大切です」
サトコ
「···え?」
颯馬
「これからも、私の補佐官として···」
「それだけじゃなくて···恋人として、そばにいてくれませんか?」
思いがけない言葉に、一瞬、思考が停止してしまう。
呆然とする私を、教官がそっと、包み込むように抱き締めてくれた。
サトコ
「きょ、教官···!」
颯馬
「返事を聞くまでは離しませんよ」
サトコ
「だ、え?ウソ!気付いていたんですか!?」
颯馬
「さすがに、あんなふうに言われて告白だと気付かないほど、鈍くはないですよ」
耳元で、教官がクスクス笑う声が聞こえる。
吐息がかかって、くすぐったさ以上に緊張が身体中を駆け巡った。
サトコ
「東雲教官たちとの話、聞いてたんですね」
颯馬
「もうずっと前から、貴女を女性として意識していました」
「貴女は、全く気付いていないようでしたけどね」
サトコ
「だって···そんな素振り、全然」
颯馬
「さすがに、そう簡単に気付かせるほど若くはありませんよ」
「それで···返事をもらえますか?」
サトコ
「え?」
颯馬
「私としては、このままでも構いませんが···」
颯馬教官のことがすべて分かったわけではない。
ただ、明らかにからかっている口調だとわかる程度には、彼との距離は近づいていたみたいだ。
颯馬
「私の補佐官、兼、恋人になってくれますか?」
「それとも···補佐官のままの方がいいですか?」
サトコ
「返事なんて分かってるのに、意地悪です!」
でも、改めて言われると、嬉しくて胸がいっぱいになる。
私の目に浮かんだ涙を、颯馬教官が指でそっと拭ってくれた。
(私も、もう一度ちゃんと、教官に気持ちを伝えたい···)
サトコ
「私、教官のこと···」
後藤
「周さん、いますか?ちょっと聞きたいことが···」
突然、ガチャッとドアが開いて、後藤教官が顔を覗かせた。
後藤
「······」
サトコ
「あ···」
颯馬
「···ふふ」
後藤
「······」
抱き合ったままの私たちを見て立ち尽くす後藤教官の顔が、みるみるうちに赤くなっていく。
サトコ
「あ、あの···ち、違うんです!これは···」
黒澤
「後藤さん、どうしたんですか?そんなところに突っ立って」
後藤
「···いや、見間違いだ」
黒澤
「え?見間違い?」
「あ!何やってるんですか!?周介さん、逢引き?逢引きですか!?」
サトコ
「ち、ち、ちが···」
黒澤
「オレというものがありながら!キィッ、悔しい!」
颯馬
「はいはい」
慌てて颯馬教官から離れたけど、腕のたくましさや温もりが身体中に残っていて、勝手に頬が火照る。
必死に俯いて顔を隠していると、今度は黒澤さんの後ろから東雲教官が現れた。
東雲
「うるさいんだけど···何の騒ぎ?」
黒澤
「あっ、歩さん、聞いてください!周介さんが鬼畜なんですよ!」
東雲
「それは今に始まったことじゃないけど···」
「ところで、キミ。顔赤いけど···熱でもあるんじゃない?」
サトコ
「ハ、ハハ···」
(東雲教官、絶対この状況を見て分かってて言ってる···!)
石神
「入り口で止まるな。中に入れないだろう」
加賀
「揃いも揃って、クズが」
颯馬
「はいはい、そろそろ仕事に戻りますよ、みなさん」
黒澤
「えーっ、もうちょっといいじゃないですか!詳しい話を聞きたいんですよ!」
颯馬
「黒澤?」
顔を上げられず颯馬教官の方は見れなかったけど、怖い笑顔をしているのは容易に想像できた。
黒澤
「ダメだ···海に沈められる前に帰ろう」
東雲
「いっそのこと、オレらのために犠牲になってくれてもいいけど?」
黒澤
「そんなぁ~っ!」
颯馬
「サトコさん」
サトコ
「は、はい!」
颯馬教官の教官室を出る直前、耳元で囁かれる。
颯馬
「···今日は、私のマンションに来ませんか?」
颯馬教官のお家にお邪魔すると、リビングに通された。
サトコ
「ど、どうしよう···」
(うっかりというか···張り切ってきてしまった···)
(教官の部屋···も、ものすごく緊張する)
颯馬
「今お茶を淹れて来ますから、ソファに座って待っていてください」
サトコ
「は、はい。ありがとうございます」
ソファの方に向かうと、窓際に盆栽が並んでいるのが見えた。
(やっぱり家にもあるんだ。教官室にあるくらいだから、きっと家でも育ててると思ったけど)
思わず笑うと、後ろに颯馬教官が立った気配。
振り返ると、両手にコーヒーカップを2つ持っている。
サトコ
「あ、手伝います!」
颯馬
「ええ、ありがとうございます」
「···貴女を抱きしめようとしたのに、カップで手が塞がってしまいました」
サトコ
「···え!?」
颯馬
「残念ですね。まあ、もういつでも好きな時に貴女に触れられますから」
爽やかに笑い、カップをテーブルに置く。
(ダメだ···教官、色々と不意打ちすぎる)
カップを持ってソファに座ると、再び盆栽を眺める。
サトコ
「やっぱり、おうちにもあるんですね」
颯馬
「盆栽ですか?」
サトコ
「はい。この子たちも『ステファニー』っていうんですか?」
颯馬
「そうですね···」
何か考えながら、颯馬教官が飲んでいたコーヒーをテーブルに置く。
颯馬
「盆栽の話もいいですが、いま大切なのは···」
そして、空いた手で私を抱き上げて、自分の膝の上に座らせた。
サトコ
「きょ、教官!?」
颯馬
「貴女との、2人きりの時間です」
何か言おうとする前に、教官の柔らかい唇が触れた。
慌てる私を宥めるように、優しいキスが何度も繰り返される。
颯馬
「···今日は、貴女を帰したくないのですが」
サトコ
「颯馬···教官···」
颯馬
「貴女も、同じ気持ちでしょう?」
そう問われると、何も言い返せなくなる。
颯馬
「ふふ···貴女に盆栽の話をした時は、まさかこんなふうになるなんて」
「ステファニーも、思わなかったでしょうね」
悪戯っぽく笑う教官は、しばらくの間、そうやって私を抱きしめたままでいた。
教官と別々にお風呂に入った後、教官にいざなわれるようにベッドに入る。
恥ずかしさのあまり教官の顔が見れない私の額に、柔らかく唇が触れた。
サトコ
「っ······」
颯馬
「···怖いですか?」
顔を覗き込まれて、至近距離で教官と目が合う。
サトコ
「き、緊張してるんです。まさか教官に想いが通じるなんて思ってなかったから」
颯馬
「そうですか?オレはいつか、こうなると思ってたよ」
その言葉に、ハッと顔を上げる。
優しい、でもどこかいつもとは違う強い微笑みに、思わず見惚れてしまった。
(教官、今、『オレ』って···)
颯馬
「···そんなふうに見られると、オレも男だから」
サトコ
「え?」
颯馬
「そろそろ限界なんだ」
もう一度、額にキスが落ちてきた。
それから頬、鼻にと、チュッと音を立てながら教官が口づける。
首筋を軽く食むようにキスされた瞬間、身体に甘い痺れのようなものが走った。
颯馬
「···これくらいで感じてる?」
サトコ
「ち、ちが···」
颯馬
「かわいいよ、サトコ」
唇が触れ合い、深く重なり···そのまま、颯馬教官の匂いがするベッドに押し倒された。
颯馬
「力を抜いて···オレに、身を委ねて」
サトコ
「颯馬教官···」
目を閉じると、教官の甘いキスが身体中に落ちてくる。
教官に言われるままで、身体の力を抜き···すべてを委ねた。
慣れない温もりと優しい手の感触を頭に感じて、ゆっくりとまぶたを開く。
私を見つめながら、颯馬教官が頭を撫でてくれていた。
颯馬
「おはようございます」
サトコ
「おはようございます···」
「···え!?」
驚きのあまり身を引こうとした私の肩を引き寄せて、教官がそっと、こめかみに唇を寄せる。
サトコ
「···っ」
颯馬
「逃がさない」
サトコ
「きょ、教官っ···」
手を取られ、緊張に呼吸が止まってしまいそうだった。
(私、昨日···こ、ここで、教官と···!)
颯馬
「ふふ···真っ赤ですよ」
サトコ
「み、見ないでください!」
慌ててシーツの中に隠れようとしたけど、教官が手を押さえてそれを許してくれない。
颯馬
「こんなことくらいで照れて、この先どうするんですか?」
サトコ
「え···」
颯馬
「オレの愛を全部受け止めたら、身が持ちませんよ」
(あ、愛···!)
更に照れる私の肌に、教官が唇を這わせる。
颯馬
「···昨日の続き」
サトコ
「!」
颯馬
「もっと、貴女を感じさせてくださいね」
甘いささやきを拒むことなどできるはずもなく、私は教官と一緒に、シーツに沈み込んだ···
Happy End