カテゴリー

魅惑の!?恋だおれツアー! 難波1話

バスの車内は、老婦人たちで埋め尽くされていた。

老婦人A
「あら、若い女の子が···」

老婦人B
「あの歳で写経に興味あるなんて珍しいわねぇ」

私を見て微笑むご婦人方に軽く会釈して、空いている席に座る。

(予感はしていたけど、若い人が誰もいない···)
(でも、これも今後の任務に役立てるためなんだから!)

そう、私がこの『座禅・写経ツアー』に参加したのには、ある理由があった。
あれは、先日の任務後の反省会での時のことーー

石神
今回の任務は成功だ
しかし、もう少しで対象にこちらの存在を気取られるところだった点は反省しろ

サトコ
「は、はい」

颯馬
貴女は、少々突発的なアクシデントに弱い気がしますね

東雲
近くで携帯が鳴っただけで動揺する?その豆腐メンタルどうにかしなよ

サトコ
「すみません」

加賀
口だけの反省はいらねぇんだよ、クズが

後藤
そつなくこなしているが···やはり氷川は、いざという時に冷静さを欠くことがあるな

(返す言葉もない···)

畳みかけるような教官たちのお説教に、ひたすら項垂れていた。

そんなわけで、自分の精神力を鍛えるべく、このツアーに参加したのだった。

(室長と一緒に来たかったけど···今回の目的は修行だし)

しかし、一人きりのバスツアーは話し相手もいなくて少し寂しい。
出発したバスの中で、ひたすら流れる車窓を眺める。

(室長、今何してるのかなぁ···)

ぼんやり室長を想っているうちにうとうとし始め、私はゆっくりと目を閉じた。

難波
サトコ、朝だぞ、起きろ

サトコ
「んん···まだ眠いです」

難波
ったく、甘えた声出しやがって

室長が呆れたように笑いながら、私の髪を優しく撫でた。

難波
···キスしたら起きるか?

サトコ
「はい···」

大きな手が私の頬を包み、ゆっくりと唇が近付いてきたーー

添乗員
「ーーーさん。氷川さん!」

サトコ
「!?」

大きな声で呼ばれ、びっくりして目を開ける。

添乗員
「着きましたよ」

サトコ
「え!?」

気が付くと、がらんとしたバスに残っているのは私だけだった。

慌ててバスを降りると、ツアー客はすでに観光スポットである大仏前に集まっていた。

(すごい夢見ちゃった)

これから写経と座禅をしようというのに、煩悩だらけの自分に恥ずかしくなる。
急いで大仏前に向かうと、老婦人方の黄色い声が聞こえてきた。

老婦人A
「いい男ねぇ」

老婦人B
「外国の俳優さんみたい。あれよ、トムに似てない?」

老婦人A
「キャー、似てる~」

???
「いやぁ、よく言われるんですよ、これが」

(ん!?)

ご婦人方に囲まれたサングラスの渋いオジサンが目に入るなり、びっくりして足を止める。

(う、うそ···)

私に気付くと、室長が軽く手を挙げた。

難波
お、いたいた。追いつけたな

(ええー!?)

まさかの登場に唖然としていると、室長がご婦人方の輪を抜け出して私の元にやって来た。

難波
すごい顔だな

サトコ
「どうしてここにいるんですか!?」

難波
お前がこのツアーに参加するって情報を仕入れてさ

(仕入れてさって···)

難波
俺もオフなわけ

まだ呆気に取られている私を見て、室長が少しだけいじけた顔になる。

難波
なんだよ、来ちゃまずかったか

サトコ
「そ、そんなことは···ただびっくりして」

難波
一人で参加するくらいなら、俺にも声かけろよ

サトコ
「いえ、あの···室長はこういうの興味ないんじゃないかと思って···」

しどろもどろに言い訳していると、室長が私の頭をポンとした。

難波
お前が行きたいなら付き合うよ

(室長···優しいな)

老婦人A
「仲がいいこと。羨ましいわあ」

老婦人B
「歳の差、流行ってるからねぇ」

微笑ましい笑顔を向けられ照れていると、添乗員さんの声がした。

添乗員
「ツアーの皆さーん、そろそろ移動しますよー」

難波
お、行くぞ

サトコ
「待ってください」

先に歩き出す室長を、慌てて追いかけた。

お寺に向かう表参道にやってくると、古くからあるお店が立ち並んでいた。
活気があって、お店の人たちが、お茶や漬物の試食を観光客に勧めている。

サトコ
「いい雰囲気ですね~。ね、室長?」

ウキウキしながら振り返ると、さっきまで横にいたはずの室長の姿がなかった。

サトコ
「あれ?室長?」

少し目を離したすきに、室長は再び老婦人方に囲まれていた。

老婦人A
「さっきお饅頭買いすぎちゃったの。もらってちょうだい」

老婦人B
「これも美味しいわよ。私のも食べて~」

難波
いいんですか?ありがとうございます

ご婦人方に次から次にお饅頭を恵まれ、室長の両手がいっぱいになっていく。

(この人気は一体···)

老婦人A
「はぁ、いい男はお饅頭食べてる姿も絵になるねぇ」

老婦人B
「長生きできそうだわあ。ありがたいこと」

老婦人方が、うっとりと両手を合わせて室長を拝む。

(なんか、お地蔵さんみたいだな···)

両手に抱えたお饅頭がお供え物に見えて仕方なかった。
室長はご婦人方に愛想よく手を振ると、私の元に戻って来た。

難波
悪い悪い

サトコ
「人気者ですね」

難波
昔っから年上に好かれるんだよな~

室長はまんざらでもなさそうに言うと、お饅頭を手に取った。

難波
ほれ。お前も食え

サトコ
「ふぁい···っ」

口の中に押し込まれ、驚きながら口をもぐもぐと動かす。
出来立てのお饅頭はまだ温かくて、あんこのほどよい甘さが口の中に広がった。

サトコ
「美味しいです···!」

難波
こういうとこでは、食べ歩きすんのも醍醐味だよな

サトコ
「あそこのお店では抹茶の試飲もやってましたよ」

難波
なんだそれ、最高じゃねぇか。よし、貰いに行くぞ

サトコ
「はいっ」

(自分磨きのつもりで来たのに、普通のデートみたいになってきちゃった)
(でも楽しい···!)

心は正直で、緩む頬を抑えられなかった。

表参道を抜けて、お寺に到着する。
写経体験は午後からなのに、まずは寺を散策させてもらうことになった。

サトコ
「わぁ、素敵なお庭ですね」


「今はカエデが見頃ですよ」

サトコ
「ほんとだ。キレイ」

そっと色づく木々が、庭を彩っている。

(写真撮ろっかな)

カエデを撮っていると、室長が私の隣に並んだ。

難波
見事なもんだな

サトコ
「はい」

2人で見入っていると、先ほどお饅頭をくれた老婦人が声をかけてきた。

老婦人A
「綺麗よねぇ」

サトコ
「本当ですね」

老婦人B
「そうだ、2人はもう結び石には触った?」

サトコ
「結び石?」

老婦人A
「そこに大きな石があるでしょ?夫婦円満にご利益があるのよ」

(夫婦円満···!)

難波
そうなんですか。じゃあ、ご利益もらって帰るか、サトコ

二ッと笑う室長に、つい胸が高鳴る。

(室長ってば···)

老婦人A
「素敵な旦那さんね」

サトコ
「あ、ありがとうございます」

立ち去る老婦人にあたふたと頭を下げると、室長が小さく笑う気配がした。

サトコ
「室長···」

難波
俺たちも夫婦に見えるんだな。俺もまだまだイケるってことか···?

嬉しそうな室長に、がくっと項垂れる。

(もう···私ばっかりドキドキしてるみたい)

難波
そんじゃ、行くか

サトコ
「どこにですか?」

難波
結び石

サトコ
「えっ?」

難波
ここまで来たんだ。触って帰らないと勿体ねぇだろ

僅かに照れた表情に、胸がときめく。

(やっぱり室長と一緒に来られてよかった)

浮かれた気分のまま境内をあちこち見て回り、楽しい時間を過ごした。

ランチは、お寺の近くにあった喫茶店でとることにした。
おすすめメニューにあった、地元野菜の精進カレーを注文する。

難波
精進カレーってとこが、寺っぽいな

サトコ
「そうですね」

難波
それにしても、なんでこのツアーに申し込んだんだ?

サトコ
「えっ」

難波
写経と座禅に興味があったとはな~

サトコ
「それは···」

(いざという時でも冷静でいられるようにするため、なんて···)

公安学校を卒業しておいて、今さらこんなことで悩んでいるのを話すのはためらわれた。

サトコ
「気晴らしです」

難波
気晴らしねぇ···

探るような瞳に動揺していると、精進カレーが運ばれてきた。

サトコ
「あ、来ましたよ!食べましょ」

スプーンを手に取り、急いでカレーを詰め込んだとたん、

サトコ
「んぐ、ゲホッ、辛···」

想像していたよりスパイスがきいていて、思わずむせてしまった。

難波
あーあー、慌てて食うからだ

サトコ
「すみません···」

水を流し込みながら、情けなくなる。

(動揺しすぎ···ほんとに私って、咄嗟のことに弱いんだから)
(···すっかりデート気分だったけど、今日の目的を思い出さなきゃ)

午後からの写経に備えて、気合を入れ直した。

昼食の後、いよいよ写経体験が始まった。
和紙と硯が用意された机の前に、緊張の面持ちで正座する。

(筆を使うなんていつぶりだろう?)

心を落ち着かせて写経を始めたもののーー

(う、腕がぷるぷるする···!)
(字の大きさはバラバラだし、隅が滲んで字が潰れるし)

自分で書いておいてなんだが、全く読めない。

(これはひどい···)
(室長はどうだろ?)

チラリと隣の室長の写経を確認した途端、愕然とした。

(字、めっちゃ綺麗···!)

上品で達筆な文字に、目を見張る。

(おかしいな。普段書類で見てる字はもっと大雑把だった気が···)

室長の筆運びには迷いがなく、さらさらと文字を綴っていく。

(カッコいい···字が綺麗な人って、洗練された大人って感じがするな)

集中している横顔に、思わず見惚れてしまった。

(それに比べて私と来たら···)

ミミズがのたくったような文字を見下ろし、頭を抱えたくなった。


「ーーーはい、それではお時間です」

結局、室長の字のうまさに感動しただけで、写経の時間は終了してしまった。

難波
出来たか?見せてみろ

サトコ
「いえ、お見せするほどのものではないので···!」

慌てて写経の紙を隠し、室長に見られないうちにお坊さんに納める。

(大丈夫、まだ座禅が残ってる!次こそ···!)

難波
···

室長の視線にも気付かず、私はひとりで張り切っていた。

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする