カテゴリー

魅惑の!?恋だおれツアー! 難波2話

写経体験の次は、本堂で座禅を組む。

(写経の時正座してたせいで、まだ足が痺れてる···)

もぞもぞする私をよそに、隣の室長は既に静かに目を閉じていた。

(早っ、私も集中するぞ···!)

大きな仏像を見上げて小さく深呼吸すると、ゆっくりと目を閉じた。
頭を空っぽにして、精神統一を試みる。

(精神力を鍛えて、いざという時にも強くならなきゃ)
(そうじゃないと···)

颯馬
貴女は、少々突発的なアクシデントに弱い気がしますね

東雲
その豆腐メンタルどうにかしなよ

(ううっ)

教官たちのお説教を思い出して心が乱れたその時、


「喝っ!!」

サトコ
「イッ···!」

バシーン!と警策で肩を叩かれ、思わず声を上げそうになった。
予想外に大袈裟な音がして、室長も驚いた顔でこちらを見る。

(イッター···)

痛みを堪えて頭を下げると、お坊さんはしずしずと別の場所へ向かって行った。

難波
(大丈夫か?)

苦笑いで頷き返すと、再びギュッと目を閉じる。

(心を落ち着けて。冷静に、冷静に···)

加賀
口だけの反省はいらねぇんだよ、クズが

後藤
やはり氷川は、いざという時に冷静さを欠くことがあるな

(···っ)


「喝っ!!」

バシーン!

(イタイ···)

その後も精神統一はうまくいかず、ついに雑念を捨て去ることはできなかった。

座禅終了後、帰る前に、お寺からお茶と茶菓子を頂く。
縁側でお茶を飲んでいると、先ほど叩かれた方が痛んだ。

難波
まだ痛いのか?

サトコ
「ちょっと···」

難波
見せてみろ

襟元に手を入れてそっと服をずらされる。

(···っ、こんな場所で何ドキッとしてるの)

難波
少し赤くなってるな

サトコ
「放っといても平気です」

苦笑いしながら、内心でため息をつく。

(鍛錬のためのはずが···)

難波
···
もう目的は終わったんだよな?

サトコ
「え?はい」

難波
そんじゃ、この後のツアー、キャンセルして帰るか

サトコ
「え!?」

難波
俺は車で来てるし。この後は土産物屋寄って終わりだろ?

サトコ
「それはそうですけど···」

難波
のんびりドライブでもしながら帰るとしようぜ

戸惑う私の視線に応えることなく、室長がぐびっとお茶を飲み干した。

室長の車で、海岸線の道路を走る。
窓を開けると、潮の香りが流れ込んできた。

サトコ
「海の匂いだ···」

独り言のように呟いて海を見つめていると、室長が車線変更する。

難波
少し寄っていくか

サトコ
「いいんですか?」

室長は返事の代わりに小さく微笑むと、砂浜に続く道へと向かった。

駐車場に車を停めて、砂浜へ降りる。

サトコ
「砂浜なんて久しぶりに来ました」

難波
けっこう人いねぇもんだな

ぶらぶらと歩く室長を置いて、波打ち際に走る。

難波
濡れるぞ

サトコ
「大丈夫ですよ、室長も···きゃ」

予想以上に大きな波が来て、足元が濡れてしまった。

難波
だから言ったろ

サトコ
「もうこうなったら···とことん濡れます!」

靴と靴下を脱ぐと、海に足を浸した。

サトコ
「気持ちい~」
「せっかくだから室長も入りませんか?気持ちいいですよ」

難波
···やめとく。トレンディー感出ちゃうから

(トレンディー感?)

難波
ちっと飲み物でも買ってくるわ

サトコ
「あ、じゃあ私も···」

難波
すぐ戻るって

あたふたと靴を履こうとしている間に、室長はさっさと引き返して行ってしまう。

(行っちゃった···)

ぼんやりと突っ立っていると、波が足元の砂をさらっていった。
不安定なバランスに、中途半端な自分の状況を重ねてしまう。

(足元ぐらぐら···こんなことじゃまた···)

うつむいていると、後ろから焦った声がした。

難波
サトコ!

サトコ
「え···?」
「わっ」

一際大きな波がザバーンと押し寄せ、跳ねたしぶきが顔まで濡らした。

サトコ
「うう、しょっぱい」

難波
おら、風邪ひくぞ

そう言うなり、頭にバサッとタオルをかけられた。

サトコ
「え?このタオルどこから···」

難波
車に置いてたやつ

サトコ
「ありがとうございます···室長っていつも準備がいいですよね」

難波
備えあればなんとやらってやつだ

サトコ
「さすがです···やっぱりこういうところから違うんですね」

難波
は?

サトコ
「先々のことまで見据えて、どんな状況になっても対応できるように常に想定してないと···」

難波
おいおい、たかがタオル一枚で随分大袈裟だな?

うつむく私を見て、室長が小さく息をついた。

難波
···なんか悩んでんなら言ってみろ

サトコ
「!」

難波
急に写経だの、座禅だの···いつもと違う行動を起こす時は、きっかけになる出来事がある

(バレてたんだ···)

見透かすような瞳に、観念して口を開く。

サトコ
「先日、任務で尾行をしていたんですが」
「もう少しで尻尾を掴めると思ったら気負ってしまって···」
「任務は成功しましたが、私が動揺したせいで対象に感づかれそうになりました」

難波
···

サトコ
「颯馬さんたちにも、突発的なアクシデントに弱い」
「いざという時に冷静さを欠くと注意を受けてしまって···」

難波
それで写経と座禅か?

サトコ
「せ、精神面を鍛えたかったんです」

難波
安直だな~

しゅんとすると、タオルの上から頭をガシガシとされた。

難波
んなことだろうと思った

サトコ
「わっ、あの···」

もみくちゃにされながら顔を上げると、室長と視線がぶつかる。
真剣な瞳に、思わず口をつぐんだ。

難波
俺たちは間違えられない、どんな状況でも
たとえ、親が殺されようともな
常に冷静でいろ

サトコ
「はい···」

痛いほど分かっているので、ただ頷く。

サトコ
「だから、強くなりたかったんです。私の迂闊な行動のせいで、大変なことになる前に···」

難波
その心意気は買うが···
写経をしても、座禅をしても、場数を踏んだ経験にはかなわない

サトコ
「場数···」

(経験を積んで確かな自信が持てるようになるのは、いつになるんだろう···)

不安で途方に暮れていると、不意に室長の声音が優しい色を帯びた。

難波
もし落ち着けない時は···大切なものを思い出せ

サトコ
「え?」

難波
家族でも友だちでも···なんだったら、さっき見たあじさいでもいい
お前が守りたい、平和な光景を思い出すといい
それが、頭を冷静にしてくれる

サトコ
「大切なもの···」

難波
俺流だけどな···アドバイスできるとしたらこんぐらいだな~

室長はおどけるように言うと、私の手を取った。

難波
そろそろ帰るか

サトコ
「はい」

私を包み込む、大きな手を見つめる。
その温かさに、少しだけ心が軽くなった気がした。

室長のマンションに帰り着く頃には、すっかり暗くなっていた。

サトコ
「コーヒーでも淹れましょうか」

難波
おお、頼むわ

コーヒーカップを出そうと、上の戸棚に手を伸ばした途端、肩に痛みが走る。

サトコ
「痛···っ」

難波
なんだ、まだ痛むのか?

サトコ
「当たり所が悪かったんでしょうか」

難波
何回も叩かれてたもんなぁ

(きっと集中できてないのバレバレだったんだな。恥ずかしい···)

苦笑いして肩をさすっていると、ソファに座っていた室長に手招きされた。

難波
ちょっと来い

サトコ
「はい?」

隣に腰掛けると、室長が私のシャツに手をかけた。

難波
ほら、脱げ

サトコ
「え!?」

思わず身構える私をよそに、室長がいたって真面目な顔で言った。

難波
手当てしないとだろ

(あ、なんだ···)

難波
期待させたとこ悪いけどな

サトコ
「し、してません···!」

難波
いいから、ほら、恥ずかしいなら背中向けてろ

室長に背中を向けて座り直し、シャツを半分おろす。

難波
確かにまだ赤いな···

室長はキッチンから氷を持ってくると、タオルにくるんで肩に当ててくれた。

サトコ
「う···っ」

冷気にピクリと背中が跳ねる。

難波
我慢

室長がゆるゆるとタオルを動かしながら、患部を冷やしてくれる。
優しい手つきに、甘くて幸せな気持ちで胸が満たされた。

(守りたいもの···大切な人···)

サトコ
「室長、さっきの話ですが···」

難波
ん?

サトコ
「大切なものを思い出す時···室長を思い出してもいいですか?」

室長の手がぴたっと止まる。
緊張しながら返事を待っていると、背後で小さく笑う気配がした。

難波
断る道理がない

ほっとしたその時、むき出しの肩に優しいキスが落ちた。

サトコ
「···っ」

ゆっくりと振り向くと、深く唇を重ねられる。

サトコ
「ん···」

いつもなら首の後ろに腕を回すけれど、
今日は腕が上がらないので、咄嗟に室長のシャツを引っ張った。

難波
···それもいいな。可愛い

ぼそっと囁かれ、背中に甘い痺れが走る。

難波
今夜は無理させられないな

サトコ
「もう···っ」

怒りながら赤くなる私に、室長が笑いながらキスをする。
何度も唇を重ねながら、大切な人のぬくもりを感じる。

(いざという時、室長が思い出す人も私だったらいいな···)

そんなことを考えながら、甘い時間に酔いしれていた。

翌日。

(昨日は思いがけずデートできて楽しかったけど···まだ肩が痛いな)

顔をしかめながら廊下を歩いていると、石神教官に肩をポンとされた。

石神
氷川、姿勢が悪いぞ

サトコ
「イッ···!」

後藤
氷川、後で少し頼みたいことがある

ポンッ

サトコ
「ちょっ···!」

加賀
邪魔だ。俺の進路を塞ぐんじゃねぇ

バシッ

サトコ
「うぐ···っ」

(わ、わざと!?なんで痛めている時に限って···!)

異様に痛がる私を遠巻きに見ていた東雲さんが、黒澤さんに耳打ちする。

東雲
昨日って、確か室長もオフだったよね···いったいどんなプレイしたんだか

黒澤
アクロバティックですね

(はぁ、精神統一の道って、厳しい···でも、強くなるために頑張るぞ)

肩の痛みに耐えながら、そう決意を新たにしたのだった。

Happy End

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする