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魅惑の!?恋だおれツアー 石神2話

秀樹さんと向かった任務。
ターゲットの男と共に行動しているとーー


「最初から、こうしたかったんだろ?」

サトコ
「なっ···!」

人気のないバラ園の風車の裏。
ガバッと抱き締められたかと思った瞬間に、お尻を鷲掴みにされていた。


「手っ取り早く済ませようぜ。お互い、バレたくないしな」

サトコ
「え、いや···」


「わかるよ。こういうシチュエーションって燃えるよな」

(いやいや!盛大に勘違いされてる!)
(多少気のあるフリはしたけど!そもそも、ここ小屋の裏!)

サトコ
「いくら何でも、ここはちょっと!誰に見られるかわからないし!」

(任務じゃなかったら投げ飛ばすところなのに!)

何とか男の手をかわそうと身体を捩じりながら次の手を考えているとーー

社長夫人
「たっくん!?」

石神


「百合子さん!」

サトコ
「!」

(秀樹さんと社長夫人!)

バラ園の方からカツカツと高いヒールの音が迫ってくる。

社長夫人
「やっぱり若い女の方がいいのね!キーッ!!」


「ち、違うんだって!これは気分が悪いって人がいたから···!」

(わ、馬乗りになって男を引っ掻き始めた!)
(あの尖ったネイルじゃ凶器に近い!)

石神
百合子さん、落ち着いてください

社長夫人
「前々から、他で遊んでると思ってたのよー!」

サトコ
「本当に気分が悪くなって、よろけたところを支えてもらっただけで···」

観光客A
「なんだ、なんだ?」

観光客B
「痴話喧嘩?」

(しまった!人が集まって来た···!)

石神
早急に収集させるぞ

サトコ
「はい!」

秀樹さんに耳打ちされる。

サトコ
「集合時間ですし、とにかくバスに戻りましょう!」

秀樹さんが男を、私が夫人を引っ張り一目から逃げるように急いでバスへと向かった。

バスは無事に出発し、社長夫人と男の方も何とか収まったけど。

(任務中に注目を集めるなんて、公安刑事失格···)

サトコ
「はぁ···」

石神
反省会は後日。今日は報告書を上げ、速やかに帰宅するように

サトコ
「はい」

秀樹さんは前を向いたまま厳しい雰囲気だ。

(アプリを入れるっていう最低限のことはこなせたけど)
(これじゃあ及第点も貰えないかも)

落ち込む気持ちを抑えながら、何が失敗の原因だったのか。
帰りのバスでは、それだけを考えていた。

公安課に戻り、すぐに報告書作りに取り掛かると···

津軽
あれ?ウサちゃん、香水つけてる?

サトコ
「いえ···私、匂いますか?」

津軽
うん
これ···男物?移り香するほど、どこで誰と何してきたの

サトコ
「あ···それ、たぶん今日のターゲットの男の香水だと思います」

津軽
ああ、そっか。今日のウサちゃん、ハニートラップだったんだっけ
こんなに匂いが移るほど、積極的だったんだ?

サトコ
「···耳に息を吹きかけないでください」

津軽
上司として報告して欲しいな。どうやって男を誘惑したのか···

いつもより低い津軽さんの声が耳に流れ込んできたと思えばーー

石神
セクハラは上に報告する

サトコ
「!」

上から降ってきた声が鼓膜を凍らせた。

津軽
セクハラなんて人聞き悪いな
かなり疲弊しているみたいだから、気にかけただけなのに
うちの子をコキ使わないでよね

石神
当初の予定以外のことはさせていない

津軽
ほんとに?帰りのバスの中の雰囲気、最悪だったみたいだけど

サトコ
「どうして、それを!?」

津軽
ウサちゃん、深淵を覗く時深淵もまたこちらを覗いているんだよ

サトコ
「それって···」

石神
氷川、スマホを調べてみろ

サトコ
「は、はい!」

(まさか私のスマホにも不可視化盗聴アプリが!?)
(津軽さんなら、充分あり得る!)

慌てて調べたもののーー結局、津軽さんに振り回されただけだった。

サトコ
「はぁ···」

(疲れた···今日はこのまま寝たい···)

床に突っ伏しそうになる私の頭に響いたのは、帰りのバスでの秀樹さんの声。

石神
反省会は後日

(記憶が薄くならないうちに、ひとり反省会をしておこう)

下を向きそうな顔をぐぐっと上にあげた時。
ピンポーンーーと、部屋のチャイムが鳴った。

(こんな時間に誰だろう?)

宅配が届く予定もないし···と思いながら、インターフォンに出ると。
画面に映ったのはーー

石神
飯、まだじゃないか?

秀樹さんが軽く紙袋を持ち上げて見せてくれる。

サトコ
「すぐに開けます!」

(反省会って、もしかしてこれから!?)
( “後日” は聞き間違いで “後で” だったのかも)

気持ちを立て直しておいてよかったと思いながら、玄関に急ぐ。

サトコ
「どうぞ」

石神
···帰ったばかりか?

サトコ
「少し前に帰って来たんですが、ちょっとぼーっとしちゃいまして」

石神
バスでの長距離移動は、それなりに疲れるからな
それに今日は昼も食べていないだろう

サトコ
「あ···」

(あのゴタゴタでお昼食べ損ねてたんだった)

石神
お前が空腹を忘れるとは、珍しいこともあるものだ

サトコ
「本当に···はは、どうしてでしょうね」

石神
理由は大体察しが付く

秀樹さんの表情も声も静かなものだった。
今日の失態を怒っている風もなく、ほっとする。

サトコ
「どうしてだと思いますか?」

石神
···匂いだ

サトコ
「え?」

石神
先に風呂に入ってこい
嫌だろう、あの男の香りが移ったままは

サトコ
「そういえば···」

(自分の鼻は麻痺しかけてたけど、津軽さんにも香水の匂いするって言われたっけ)
(この匂い、確かに食欲がなくなる···)

石神
いや···今の言い方は正確ではないな

サトコ
「いえ、その通りです。この匂いのせいで食欲湧かないんだと思います」

石神
そこの話じゃない。お前に『嫌だろう』と言った部分だ
お前の話じゃない···俺が嫌なんだ

サトコ
「秀樹さん···」

眉間にシワを寄せ一点を見つめている秀樹さんは、
めずらしく自身の感情を持て余しているように見えた。

(抱きしめたい···)

苦悩するような横顔に、そんな想いに駆られたものの。
他の男の移り香を纏ったままでは抱き締められない。

サトコ
「···一緒に入りますか?」

石神

眼鏡の奥の瞳が見張られた。

サトコ
「え、ええと、その···深い意味があるわけではなく!」
「秀樹さんもサッパリしたいかなと···」

石神
···あとで入らせてもらう

サトコ
「そ、そうですよね!じゃあ、シャワー浴びに行ってきます!」

石神
ああ

うっかり大胆なことを口にしてしまった私は赤くなった頬を隠すようにバスルームに向かった。

シャワーから上がってくるとーー

石神
サトコ

近くで声がしたかと思ったら、背中からその腕で囲われた。
今日、初めて名前で呼んでもらったな···なんて、そんなことが嬉しい。

サトコ
「もう香水の匂い、しませんか?」

石神
お前の匂いだ

抱き締めるようにしたままソファに座る。
お風呂上がりの私からすれば、秀樹さんの肌は冷たかった。

(今日の結果が結果だから、もっと厳しい空気になるのかなって思ってたけど···)

後ろの秀樹さんの顔をチラッと見てみる。

石神
······

(表情から考えを読むのは、さすがに無理か)

それでも背中から秀樹さんの鼓動と温もりが伝わってくれば。
私の身体からも自然に力が抜けていった。

(これが反省会なら···夢かな?)

サトコ
「今日は訓練生のような失敗をしてしまい、すみませんでした」

石神
···なぜ、ひと気のないところで二人きりになった

サトコ
「秀樹さんがまだ夫人といたので、情報収集をしている可能性を考えて」
「もう少しの間、男はこっちに引き付けておこうと思ったんです」

石神
···俺たちの間で、もっと話を詰めておくべきだったな
俺は俺でお前の仕事が終わるまで、なるべく長く···と会話を引き延ばしていた

サトコ
「そうだったんですね。すみません、任務完了を上手く伝えられなくて」

石神
お前だけの責任じゃない
状況から任務の進捗が図れるという、俺の驕りもあった
あそこで夫人を駆け寄らせたのも、俺の落ち度だ

サトコ
「秀樹さん···」

己の不手際を叱られると思いきやーー秀樹さんの口から出たのは自身の非についてだった。

サトコ
「でも、きっと···後藤さんなら上手くできたはずです」

石神
後藤?

サトコ
「はい。後藤さんならアイコンタクトだけで、もっと通じると思うので」

石神
確かに、それはあるかもしれないが···

秀樹さんの吐息が耳の先端にかかった。

石神
後藤の女装では、あの男の気を引くのは無理だろう

サトコ
「それは、まあ···」

ぼんやりと後藤さんの女装姿が頭に浮かんでくる。

(切れ長の美人だけど、あの体格の良さは隠し切れないかも···)

石神
まあ、後藤であれば俺の心が余計に乱されることもないが

サトコ
「え?」

秀樹さんの手が肩から腕、指先へと···そっと身体の輪郭を辿っていく。

石神
あの男に、どこを触られた?

サトコ
「それは···」

カチャッと背後で眼鏡を外す音がする。
まだ湿った髪をかき上げられ、首筋に唇を落とされれば小さく身体が震えた。

サトコ
「それを言わなきゃいけないなら···秀樹さんも教えてください」

石神
何をだ?

サトコ
「見過ごせない、もうひとつの花ーーでしたっけ?」
「他にはどんな歯の浮くような言葉を言ったんですか?」

石神
お前も言って欲しいのか?

気が付けば横抱きにされ、上から見下ろされるような体勢になっている。

サトコ
「たまには、そういう秀樹さんも新鮮かなって」

石神
つまり、マニュアルに載っている言葉でいいと?

サトコ
「マニュアル···」

石神
ふっ

その口元に浮かんだのは、やや意地悪な微笑。

サトコ
「秀樹さん自身の言葉がいいです···」

石神
なら、よく聞いておけ
俺が裸眼で見る顔は、お前だけだ

サトコ
「!」

眼鏡越しでない熱い眼差しに灼かれる。
どうやら反省会は今夜ではなく、やはり後日ーーのようだった。

Happy End

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