カテゴリー

魅惑の!?恋だおれツアー 颯馬2話

サトコ
「いよいよ染め物体験ですね」

剣道対決を終え、道場裏にある防具製作所の作業場に移動した。

颯馬
どんな手ぬぐいができるか楽しみです

サトコ
「まずは図案から決めるそうですよ」

颯馬
色々ありますね

サンプルの図案の中から、2人で好きな柄を選ぶ。

サトコ
「これ可愛い!私、これにします」

颯馬
ひよこ、ですか

サトコ
「シンプルで可愛くて、そんなに難しくなさそうですし」

颯馬
では、私はこれにします

颯馬さんは涼し気な、さざ波模様の図案を選んだ。

サトコ
「颯馬さんの雰囲気にピッタリですね!」

颯馬
ひよこも貴女らしくて良いですよ。ふふっ

(うっ、笑われた···!)

颯馬
さあ、始めましょうか

サトコ
「はい···」

(ひよこを選ぶなんて、子どもっぽいって思われたかな···)
(うぅ、選択間違えたかも)

楽しみにしていたはずの染物体験だったものの、若干テンションが下がる。

(でもせっかく一緒に体験できるんだし、可愛い手ぬぐいを作ろう)

指導員に手引きされながら、まずは真っ白な手ぬぐいに下絵を描いていく。

(小さなひよこを横一列に並べようかな)

黙々と作業していると、ふと視線を感じた。

颯馬
手伝いましょうか?

サトコ
「颯馬さんはもう終わったんですか?」

颯馬
私のは単純な柄なので、下絵よりも絞り方が肝心のようです

サトコ
「なるほど」

(波模様なら確かにそうかも)

サトコ
「じゃあ、一緒にひよこを···」

颯馬
描かせてもらいますね

颯馬さんは少し嬉しそうに下絵用のペンを手に取った。

(颯馬さんと合作なんて、楽しいな)

下がりかけたテンションも回復し、いつしか作業に夢中になる。

サトコ
「よし、最後の1羽終わり!」

颯馬
私も描き終わりましたよ

サトコ
「ありがとうございます。これで下絵は完成で···す、が···」

(なっ···なんか1羽だけやけにブサイクな子がいるんだけど···)

広げた手ぬぐいを見ると、颯馬さんが描いたひよこだけ微妙な形と表情をしている。

颯馬
何か···?

サトコ
「い、いえ」

(颯馬さんって、実は絵心がない···?)
(前に石神さんの似顔絵を描いた時はかなりのクオリティーだったけど···)

颯馬
···人物画ならそこそこ得意なのですが

サトコ
「そうなんですね!」

颯馬
いじり甲斐のあるモデルが居ればなおのこと

(···確かに相当いじられてた······)

颯馬
これは言わば···みにくいアヒルの子、です

サトコ
「な、なるほど、物語性があっていいですね」

とりあえず納得しつつ、再び作業に戻った。
描いた下絵に沿って刺繍のように糸で縫い、最後にその糸をキュッと絞る。
それを染料を溶かした液体に浸し、一定時間待つ。

颯馬
あとは流水で洗って干すだけですね

サトコ
「糸を解いた所がどうなるのか、楽しみです!」

ひと通りの作業を終え、干している間に少し遅めの昼食タイムとなった。
作業場の中庭で、配られたお弁当を皆で食べる。

サトコ
「剣道でひと汗かいて、染め物体験も楽しいし、ご飯が美味しく感じます」

颯馬
天気も良くて、風も気持ちいいですしね

中にあの奥にある干場の手ぬぐいたちが、そよそよと風になびいている。

サトコ
「綺麗ですね」

そう口にした時、干し場から見覚えのある男性が立ち去るのが見えた。

(あの人、さっきのおじさんじゃ···)
(昼食中に何してたんだろう?)

添乗員
「では皆さん、そろそろ乾いている頃だと思うので干し場に戻りましょう」

不思議に思っていると添乗員さんから声が掛かり、昼食を終えた人たちが片付け始める。

颯馬
私たちも行きましょうか

サトコ
「はい」

他の参加者たちと揃って干し場の方へ移動する。

参加者A
「わぁ、素敵!」

参加者B
「予想以上の出来だなぁ」

自分の作品を手にした人たちが、次々と歓声を上げた。

サトコ
「私たちのも···えっ」

颯馬
あ···

そこで目にした物に、2人同時に言葉を失った。
私と颯馬さんの手ぬぐいだけが、地面に落ちて泥だらけになっている。

サトコ
「どうして···」

颯馬
······

手ぬぐいを拾い上げた颯馬さんが、ふと視線を横へ流す。
その先で、サッと目を逸らす人物がいた。

(あのおじさん···!?)

剣道で対決した中年男性が、僅かに口元を緩めている。

サトコ
「まさかあの人が···?」

颯馬
そのようですね。先程もこの辺りをうろついていましたから

(颯馬さんも気付いてたんだ···)

サトコ
「颯馬さんに負けたからって、こんな子供じみた仕返しをしてくるなんて···!」

颯馬
放っておきましょう。相手にする価値もありません

颯馬さんは、抗議に向かおうとする私の手を引き、洗い場へ向かう。
そんな私たちを他の参加者たちも道場の目で見ている。

颯馬
もう一度洗って干しましょう

サトコ
「はい···」

(ひどいな···せっかくの颯馬さんとの思い出なのに···)

落ち込みながら手ぬぐいを洗っていると、泥が落ちたところから愛嬌のある顔が現れた。

サトコ
「あ···ふふ、可愛い」

ひょっこりと顔を出したブサイクなひよこに、思わず笑みが零れる。

颯馬
よかった、貴女が笑顔になって

サトコ
「颯馬さん···」

ひよこの出現で綻んだ顔は、颯馬さんの微笑みでさらに大きく綻んだ。

洗い直した手ぬぐいが乾ききらないうちに、帰りの時刻となった。

中年男性
「···」

サトコ
「···」

生乾きの手ぬぐいが入ったビニール袋を持ってバスに乗ると、あの男性と一瞬目が合った。

(文句のひとつも言いたいところだけど···)
(颯馬さんのおかげで笑顔になれたし、もう忘れよう)

素知らぬ顔で通り過ぎ、自分たちの席へ向かう。
その途中、他の参加者さんたちが声をかけてくれる。

参加者A
「酷い目に遭ったねぇ」

参加者B
「手ぬぐいは綺麗になった?」

サトコ
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

参加者C
「全く、ひどいことをするヤツがいるもんだ···」

“犯人” の察しはついているらしく、皆の視線は前に座るあの男性の方へ向けられている。

颯馬
私たちの騒動で皆さんの思い出まで汚してしまい、申し訳ありませんでした

参加者A
「いやいや、仲睦まじく作業しているお二人の姿に、私たちも癒されたよ」

参加者B
「本当よねぇ。羨ましいくらいだったわ」

嫌味のない愛ある冷やかしに照れながら、2人で並んで席に着く。

サトコ
「楽しい思い出もたくさんできましたね」

颯馬
ええ。やはり来てよかったです

何事もなかったかのように微笑み合ったその時ーー

???
「あの···」

通路から声をかけられ顔を上げると、あの男性が立っていた。

颯馬
何か

中年男性
「その······大人げないことをして申し訳なかった」

男性は殊勝な様子で頭を下げた。

中年男性
「武道を愛する者としてあるまじき行為だった···いい年して情けない」

(······本当に反省してるみたい)
(武道の精神を大切にしている人みたいだし、それならよかった···)

サトコ
「顔を上げてください。もう気にしてませんから」

中年男性
「···」

サトコ
「色々な思い出ができてよかったです。彼との絆を再確認することもできましたし」

にっこりと微笑む私に、男性も僅かに微笑むと、もう一度頭を下げて去って行った。

颯馬
見事な返し技でしたね

サトコ
「え?」

颯馬
ふふっ。貴女にはいつも驚かされます

そう言って笑う颯馬さんの手には、見知らぬ名前の名刺が握られている。

サトコ
「誰の名刺ですか?」

颯馬
お近づきのしるしに一応頂いておいたのですが

(って、まさかあのおじさんの名刺!?いつの間に···!)

颯馬
とりあえず指紋採取でもしておきましょうか

(おじさん、気を付けて···!)

去っていく男性の背中に、思わず心の中で叫んだ。

颯馬
今日はお疲れさまでした

サトコ
「色々ありましたけど、楽しいバスツアーにでしたね」

バスを降りた後、颯馬さんの家に一緒に帰宅した。
帰りは渋滞で予定より遅めの到着となったため、そのまま泊ることに。

サトコ
「長い時間バスに揺られていたせいか、まだ身体がなんかフワフワしてます」

颯馬
ベッドも揺らしすぎたかな?

サトコ
「···もう!」

颯馬
ふふ

半裸姿のまま妖しく微笑まれ、火照りが残る頬が再び熱くなる。

(こういう時の返し技も身に着けないと···)

颯馬
また何かのバスツアーに参加してみましょうか

サトコ
「いいですね!今度はどんなツアーがいいかなぁ」

颯馬
面白そうなのがあったら、今度はちゃんと誘って下さい

サトコ
「はい···そうします」

(秘密にしても、結局また見破られちゃいそうだもんね···)

サトコ
「そうだ、今日の手ぬぐいなんですけど、一度持って帰ってもいいですか?」

颯馬
ご自宅でも私たちの絆を確かめるんですか?

サトコ
「そう···とも言えますけど···」

颯馬
けど?

サトコ
「うーん、今度こそ秘密です!」

颯馬
どうしても私に秘密を作りたいみたいですね

サトコ
「そういうわけじゃ···」

颯馬
いいでしょう。ただしーー
秘密工作を許可するにあたり、それ相応の対価をいただきます

サトコ
「···んっ!?」

甘く綻ぶ唇で、一瞬のうちに私を黙らせた。
重なり合うだけのキスは、徐々に熱をもって激しくなる。

サトコ
「ん、んん···あっ···」

唇から離れて首筋に移動したキスが、ゆっくりと耳元まで這い上がってくる。

颯馬
やはり染め物体験は愉しいですね

みるみる赤くなる私の肌を撫でながら、颯馬さんはニヤリと妖しく微笑んだ。

数日後ーー
早出の日の朝、幸い課内には誰もいない。

(よかった、今のうちに···)

颯馬さんの机の上に手ぬぐいを置く。
赤い糸で刺繍した『そうましゅうすけ』が見えないよう、内側に織り込んで。

(やっぱり平仮名はまずかったかな?)
(いらないって言われたらどうしよう···)

???
「おはようございます」

サトコ
「!」

背後で囁くように言われた挨拶に、ドキッと鼓動が跳ねあがる。

サトコ
「おはようございます···」

颯馬
ずいぶん早いですね

サトコ
「お預かりしていた物をお届けに···」

颯馬
···

手ぬぐいに気付き、颯馬さんは手に取った。
その瞬間、内側の刺繍がチラリと見えた。

颯馬
ピカピカの1年生になった気分です

サトコ
「す、すみません!漢字にしたかったんですけど、『颯』の字が思いのほか難しくて」

颯馬
ふふ、画数が多いですからね

(うぅ、やっぱり笑われた···)
(でも···)

颯馬さんらしい大人の微笑みの中には、嬉しくて仕方なさそうな少年の笑みも見え隠れする。

(喜んでもらえたのかな···)

颯馬
運命の赤い糸、ですね

サトコ
「はい···」

颯馬
ありがとうございます。大事に使います

颯馬さんは、穏やかに優しく目尻を下げた。
2人の赤い糸が、しっかりと強く結ばれていることに満足するかのように···

Happy End

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする