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魅惑の!?恋だおれツアー 東雲1話

(あれ?誰かが座ってる···)

見ればそこには、別のツアー参加者が座っていた。
もう1度座席券を確認すると、1列場所を間違えていることに気付く。

(危ない危ない、もう少しで声かけちゃうところだった)

ホッと息を吐きながら、そそくさと一列後ろへと移動した。

(そうそう、ここの窓際。今度こそ合って··· )

その時、通路側に座っている人物に目が留まる。
キューティクルの眩しい髪、さらっとまとまったその形。

(このシルエットは··· !)

東雲
浮かれすぎ。座席間違えるとか

サトコ
「歩さん··· !?」

東雲
声デカい··· 

サトコ
「あ、すみません··· でも、どうして?」

東雲
いいから座りなよ。そこ邪魔になるだろうし

思いがけない事態にまだ混乱しつつも、促されるままにそこへと座る。
荷物を下ろしながらも、歩さんを窺った。

サトコ
「それで、どうしてここにいるんですか?お仕事あったんじゃ?」

東雲
有給使った

サトコ
「有給って、もしかしてこのバスツアーのためにですか?」

東雲
だからここにいるんだけど

サトコ
「それはそうですけど」
「このツアーチケットすごくレアで、なかなか取れないのに··· 」

東雲
それくらい準備できないと思ってるの?

サトコ
「え、それってまさか··· 」

東雲
一応言っておくけど、合法的な手段しか使ってないから

サトコ
「そ、そうですよね!」

(···って、じゃあ、やっぱりあのことも知ってるのかな?)
(いやいや!それならそれで歩さんと楽しめばいい話だし!)

東雲
それにしてもひどいよね

サトコ
「ひどいって、何がですか?」

東雲
こんなツアーが当たってたのに、オレには黙ってるなんて

サトコ
「えっ」

歩さんは自分のスマホを取り出し、何かを確認し始める。
ちらっと盗み見れば、そこにはバスツアーの概要が映し出されていた。

東雲
目的地では風情溢れる街で散策し、名物のそばを堪能
帰り際には有名ホテルでローストビーフが目玉のディナービュッフェ

サトコ
「そういう、行程ですね··· 」

どこか棘のある言い方に怯みながらも頷き返した。
すると、スマホから視線を外し、私へすいっと流される。

東雲
1人だけで美味しいものを食べようとしていたなんてねー
ずるいよねー

口の端を引き上げながら、歩さんが顔を覗き込んでくる。

(かっこいい······!)
(じゃなくて!食べ物の恨み、怖っ!)

サトコ
「というか、どこでこの情報知って···」

東雲
これを機に、自分の脇の甘さを見直したら?

サトコ
「ぐっ···」

そもそも、チケットが1枚しか取れなかったというのはあるものの。
それでも、お土産を買って来ます、の一言くらい言えば良かったかもしれない。

(まぁ、今となっては後の祭りなんだけど···)

東雲
それで、目的地ではそれぞれ自由時間なんだよね

サトコ
「そうですね。時間になったらまたバスに戻ってくる、という感じで」

東雲
どう回るとか決めてるの?

サトコ
「そ···」

(それってもしかして···!)

サトコ
「一緒に回ってくれるんですか!?」

思わず希望に目を輝かせる。
そんな私の視線から目を逸らすようにして、歩さんは息をついた。

東雲
···まともなプランだったらね

サトコ
「はい!きっと楽しんでもらえると思います!」

(自分が楽しむために考えた計画だったけど)
(まさか歩さんと回れることになるなんて···!)

予想外ではあるものの、歩さんとバスツアーに来られたのは嬉しい。
それだけで、自然と頬は緩んでしまうのだった。

東雲
······っ

山道に入るとカーブが多く、ぐねぐねとした道が続いている。
身体は右に左に振られ、気付けば歩さんの顔色は明らかに悪くなっていた。

サトコ
「歩さん、大丈夫ですか?」

東雲
······

(これは完全に乗り物酔いだろうな···)

サトコ
「あの、歩さん···?」

東雲
···黙って肩貸して

サトコ
「! はい、どうぞ」

東雲
そんな勢いよく貸すものでもないと思うけど···

そう言いながらも、歩さんは私の肩に自分の頭を乗せた。
眉間に寄った隙を見ながらも、肩にかかる重さに鼓動が速まる。

(こんな状況でトキめいている場合じゃないって分かってるけど···!)
(弱ってる歩さんも、この度以上にレアっていうか···)

東雲
何か···余計なこと考えてない?

サトコ
「余計なことなんてそんな···!」

東雲
あっそ···

(んー···やっぱりちょっと元気ないかも···)

その時、もぞりと歩さんが動き、それに合わせて髪の毛が揺れる。
同時に花のような香りがふわりと鼻先を掠めた。

(いい匂い···これ、歩さんのシャンプーの?)
(も、もう少しだけ···)

そっと彼の髪へと鼻を近づけて、すんと匂いを嗅ぐ。
すると、また同じ匂いが香ってきてほわっと頬を緩ませた。

(うわー本当にいい匂い···)

東雲
毛まで吸い込まれそうだからやめて

サトコ
「はっ···!」

気付けば、歩さんの髪に顔を埋めそうな勢いで近づけていた。

サトコ
「すみません、つい···」

東雲
ついって···
はぁ···もう本当に···

盛大にため息を吐きながら、歩さんはこてんと肩に寄り寄ってくる。

サトコ
「!」

(いつもはかっこいいけど、今はちょっと可愛い?かも···)

静かに彼の頭を撫でる。
さらさらと指の下を流れて行く髪を感じながら、ゆっくりとそれを繰り返した。

東雲
···何?

サトコ
「酔った時って、違うことに意識向けた方がいいらしいですよ」

東雲
ふ~ん···
じゃあ、続けて

サトコ
「はい!」

幾分顔色の良くなった彼を見ながら、フッと息をついた。

バスが停車すると、昔ながらの街並みを残すその場所へとやって来た。
都内よりも涼やかな風の流れる街の向こうには、大きな山が聳えている。

東雲
そうだね···

まだどこかだるそうに身体を動かしながら、歩さんは私と同じように山を見上げる。

(外の空気を吸って、だいぶ調子が戻ってきたのかも?)

東雲
それで、これからの予定は?

(歩さん、身体辛いはずなのに私に付き合ってくれるんだ···)

そう思うと、じーんと温かいものが胸に広がっていく。

サトコ
「じゃあ、まずはコンビニか薬局で酔い止め買いましょう!」
「まだバス乗りますし、今よりもラクになるかもしれませんし」

東雲
「···そうだね」

サトコ
「待っててくださいね!今、探してみますから」

スマホを取り出し、近くにそれらしいお店がないか検索する。
その手元を隣から覗き込んでくる歩さんが、また少し可愛く思えた。

薬を無事に調達し、やって来たのは名物の蕎麦屋さんだった。

サトコ
「歩さん、普通に食べられそうですか?」

東雲
そんなに心配されるほどヤワじゃないから
あ、くるみ蕎麦お願いします

サトコ
「!」

東雲
何?自分も食べたいなら同じの選べば?

サトコ
「さすが歩さんだな、って思っただけですよ!」
「くるみ蕎麦なんて女子っぽい響き···!」

東雲
くるみは肥満予防効果も、美肌効果もあるから

サトコ
「え、そうなんですか?ナッツ系が体にいいとは聞いたことがありましたけど」

東雲
気になるなら食べればいいんじゃない?

サトコ
「え···」
「えーっとですね···」

(歩さんが勧めてくれたものを食べたい気持ちはある···)
(でも、私がこのお店を選んだのは···!)

サトコ
「キノコ天ぷら盛り合わせ、せいろ大盛り、でお願いします!」

東雲
······

サトコ
「ほ、ほら!やっぱり蕎麦には天ぷらじゃないですか~」

東雲
別に何も言ってないけど

サトコ
「······」

(め、目が口ほどにものを言ってますー···!)

食事を終えても、どこかじとっとした目を歩さんに向けられたまま旅は続いた。
再びバスに揺られてやってきたのは、山へと登るロープウエイ。
それに乗って、今は山頂からの景色を眺めている。

サトコ
「歩さん!遠くの海まで見渡せますよ!」

東雲
わざわざ報告しなくても見えてる

眼下にはさっき蕎麦を食べていたあの街並みも見下ろせる。
それからずっと視線を伸ばしていった先に、濃い青をした水平線が見えた。

サトコ
「当たり前ですけど、写真とは迫力が違いますよね」
「それを歩さんと眺めてると思うと、テンション上がらないわけないですよ!」

東雲
意味分かんない···

その時、歩さんの口元がフッと小さな笑みを浮かべた。

サトコ
「!」

(い、今、この旅行で初めて歩さんが笑って···!)

東雲
···顔がうるさい

サトコ
「だ、だって歩さんが笑ってくれたので···」

東雲

歩さんは短く声を漏らしながら、ぱっと自分の口元を手で押さえた。
そして居心地悪気に視線を伏せる。

東雲
キミって本当、単純···

(無意識だったんだ···)
(それって、この旅をちゃんと楽しんでもらえてるってことだよね?)

視線を逸らしたままの歩さんを見つめてしまう。
その視線に折れるように、歩さんは溜息交じりにこちらへと視線を向けた。

東雲
オレじゃなくて、景色見に来たんじゃないの?

サトコ
「そうなんですけど、酔いも治って良かったなって」

東雲
···気を遣わせて悪かったね

サトコ
「いえそんな!むしろもっと気を遣わせてほしいというかですね!」

東雲
遠慮しとく

サトコ
「え!?」

東雲
というか、キミの場合、ほとんどお節介でしょ

サトコ
「う···」

(お節介···お節介かぁ···)
(でも、ここまで来たらお節介と何と言われようといくしかない!)

サトコ
「歩さん、あっち見てください!」

東雲
あっち?

訝しむ歩さんをせっつくようにそちらを指差す。
そして同じ方向を向いてくれた歩さんの隣で首を傾げて見せた。

サトコ
「それで、こんな風に顔を少し右に傾けると見えてきませんか?」

東雲
······

サトコ
「見えました?」

東雲
もしかして、恐竜?

サトコ
「はい!」

山の谷間に溶けずに残った雪が、まるで恐竜のような形を成していた。
それをネットで見つけ、このバスツアーでここまで来られることを知ったのだ。

(ここで自撮り写真を撮って、歩さんに送ろうと思ってたけど···)
(一緒に来れたんだし、いいよね)

東雲
もしかしてバスツアーの目的、これだったとか···?

サトコ
「まぁ···」
「どうですか、歩さんから見ても恐竜に見えますか?」

東雲
だいぶデフォルメはされてるけど···
見えるよ、一応

サトコ
「歩さんがそういうなら、間違いないですね!」

(でも、それならなおさら自撮り写真送りたかった···)
(あわよくば、私の写ったそれを待ち受けにしてもらって···!)
(なんて···これは、欲深くて言えないな)

そんなことを思いながら、目の前の雪で出来た恐竜を眺める。
その時、不意に聞こえてきたアナウンスに耳をそばだてた。

アナウンス
『当ロープウエイは不具合発生の為、一時運転を見合わせております···』

サトコ
「えっ」

不意に時間を確認する。
余裕を持っていたはずのツアー旅行に、急に暗雲が立ち込めていった。

to be continued

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