カテゴリー

魅惑の!?恋だおれツアー 東雲2話

サトコ
「係員の方に聞いてきましたが、しばらくは動かないみたいです」

思いがけず歩さんとバスツアーに参加することになったものの、
登って行った山で足止めを食らっていた。

サトコ
「幸い大したものではないので、待っていれば動くそうですが···」

東雲
でもそれだと、バスの集合時間には間に合わないんじゃない?

サトコ
「はい···山を下りる車にも希望すれば乗せてもらえるそうですけど」
「それでも、迂回ルートを通ることになるので、結局集合時間には厳しいです」

東雲
完全に足止めか

サトコ
「そうですね···」

(楽しみにしていたツアーだったけど、目的の雪は見れたわけだし···)
(あぁ、でもローストビーフ···)

溢れそうになった溜息を飲み込みながら、スマホを手に取る。

サトコ
「残念ですけど、ツアーの方に連絡してきますね」
「こうなったらもう、仕方ないですし」

東雲
じゃあ、オレの分も伝えといて

サトコ
「はい」

(歩さんとせっかくの旅行だったのにな···)

電話をかけながら、少し離れたところで思案にふけってる歩さんを横目で見た。
彼の指は、何かを検索するようにスマホの上を走る。

(何見てるんだろう?)
(バスじゃなくなったし、電車での帰り方とかかな)

その時、電話が繋がり、スピーカーから声がする。
状況を説明すると、近場の駅への行き方も教えてもらえた。

(ここからじゃ、駅までタクシーで行くしかないのか···)

サトコ
「歩さん、連絡取れました」

東雲
そう

サトコ
「あとはしばらく待つだけですね」

時間を潰すことになり、景色がいいことが幸いだった。
どうしようもない、ということで歩さんと、ぼんやり雪で出来た恐竜を眺める。
まだ冷たい風が吹き抜ける音を聞いていると、ふいに歩さんが口を開いた。

東雲
これを見るためにツアーに参加したの?

サトコ
「まぁ、始まりはそうですね。後からご飯も美味しいそうだなぁ、って思いましたけど」

東雲
どうせくだらないこと考えてたんじゃない
自撮り写真撮ってオレに送ろう、とか

(か、完全に読まれてる···!)

サトコ
「それは考えてましたけど、まさか待ち受けにしてもらおうなんて···!」

東雲
絶対しない

サトコ
「···ですよね」

東雲
最初から、こうすれば良かったでしょ

サトコ
「え?」

視線は目の前の恐竜に向けられたまま、歩さんはどこかぶっきらぼうに呟いた。

(それはもしかして、誘わなかったことに対して言ってる···?)

サトコ
「実は言おうか悩んでたんですけど···」
「この雪、絶対に見れるってわけじゃないらしいんです」
「ツアーに参加できても、見られなかったらどうしよう、って」

東雲
今回は運が良かったってこと?

サトコ
「はい。それに、仕事も休みも被らないだろうなって思ってましたし」

東雲
ふーん···

歩さんはおもむろにスマホを雪の方へと向けた。
音は出ないものの、写真を撮っているらしい。

(これはもしや、チャンス···!)

見切れでも自分を映り込ませようと、そっと身体を歩さんの方へと寄せる。

東雲
いや、入ろうとしないで画角に

サトコ
「はい···」

秒で止められ、その願いは潰える。

(でも、写真に収めようとするくらいには喜んでくれてるのかな···)

それだけでも、ここを見つけて良かったと思えるのだった。

それから2時間後、ようやくロープウエイは動き麓へと下りられた。
すぐにタクシーを捕まえ、2人で乗り込む。

(確かここから1番近い駅の名前は···)

東雲
ここに行ってください

サトコ
「え?」

歩さんが運転手にスマホを見せると、そのまま車は走り出した。

(駅だったら名前を言えば分かる気がするけど···どうしてスマホを?)

疑問符が浮かび続ける中、車は着実に進んでいく。

(え、いや、駅って感じじゃないんだけど···)
(というか、これって···旅館?)

明らかに立派な門構えの旅館の前でタクシーは止まる。
それに目を白黒させていると、歩さんはさっさとタクシーの会計を済ませてしまった。

サトコ
「あの、歩さん···?」

東雲
今日、泊るから

サトコ
「え!」

(歩さんと旅行先でお泊まり···!?)
(しかも、こんな立派な感じの旅館に、急に!?)

サトコ
「こんなのいつの間に···!」

歩さんはタクシーとの扉を開け、先に降りて行ってしまう。
慌てて追いかけようとすると、車を降りたすぐそこで歩さんがぼそりと呟いた。

東雲
···帰りたくないから

(え···)

呆然とする私に構わず、歩さんはスタスタと旅館の中へと歩いていってしまう。
その背中を見つめながら、高鳴る鼓動の音を聞いていた。

(一緒にいたいってこと···なの?)

逸る胸を抑えながら、歩さんの後を追った。

サトコ
「···ここ、ですか?」

東雲
そうだけど

案内されたのは離れの個室だった。
開放感のある室内に、窓の向こうには中庭の雅な景色が広がっている。

(急な宿泊なのに、こんないい部屋に泊まるなんて···!)

東雲
ここ、露天風呂が有名なんだって

サトコ
「え、そうなんですか?」

(って、準備早っ!)

中庭の景色に見惚れている間に、歩さんはお風呂への支度を整えていた。

サトコ
「歩さん!こんな素敵なところ、予約してくれてありがとうございます!」

東雲
感謝するのもいいけど、置いてくよ

サトコ
「あ、待ってください!5秒で準備します!」

(まさか今日、こんなところに泊まることになるとは思わなかったなぁ···)

女湯の露天風呂で、のんびりと脚を伸ばしながら息をつく。
オフシーズンのせいなのか、人も少なかった。

サトコ
「露天風呂を独り占めなんて、景色もいいし···」

山頂で冷えた身体は暖められ、目の前には山々の連なる荘厳な景色。
バスの移動で固まった身体を、グッと思い切り伸ばした。

サトコ
「最っ高ー···!」

???
「1人で騒がないで」

サトコ
「!」

高い壁の向こうから突然聞こえてきた声に、思わず肩を跳ねさせる。
壁の向こうからも白い湯気が起ち上げるのを見ると、どうやら男湯と隣り合っているらしい。

(今の声は間違いなく···)

サトコ
「もしかして、歩さんも今そこに···?」

東雲
同時に入ったんだから当たり前

(それもそうか···)

先ほどまで1人だと安心して呟いていた言葉が、全部聞こえていたかと思うと恥ずかしい。

サトコ
「男湯も、歩さんの貸切状態ですか?」

東雲
みたいだね

サトコ
「ロープウエイ止まった時はどうしようと思いましたけど」
「こんなところ貸切にできたから、結果オーライですかね?」

東雲
ローストビーフは良かったの?

サトコ
「歩さんとこんな風に過ごせるなら諦められます」

東雲
へぇ···

壁越しでも、同じ夜空を見ながらこうして会話ができる。
それだけでも、十分に幸せだった。

東雲
あのさ···

サトコ
「はい?」

続きの言葉を待つも、なかなか言葉が聞こえてこない。
チャプ、と小さく波立つ音だけが聞こえて、首を傾げた。

(歩さん···?)
(はっ!まさか逆上せたんじゃ···!)

サトコ
「歩さ···!」

東雲
今日のことだけど

サトコ
「え?」

唐突に聞こえてきた声に、立ち上がろうとした動きをピタリと止める。
聞こえてきた歩さんの声を反芻していると、また彼の声が聞こえてきた。

東雲
嬉しかった···
ありがとう

サトコ
「!」

(ありがとう、って···)
(一体どんな顔して言って···)

顔が熱くなっていくのは、きっとお湯のせいだけではなかった。
相変わらず、高さの変わらない壁を見上げる。

(これさえなければ、今歩さんがどんな顔をしているのか分かるのに···!)

サトコ
「歩さん!今の言葉、あとで部屋でも聞かせてもらえたりなんかは···!」

東雲
じゃあ、先に上がるから

サトコ
「え、ちょっと歩さん!言ってもらえるんですよね!?」
「歩さん!歩さーん!」

東雲
うるさい!

部屋に戻ると、2組の敷布団がピタリとくっついて敷かれていた。
なんとなくそこに関して触れることはなく、それぞれに布団の中へと入る。

(ずっと歩き回って疲れているはずなのに、眠れない···)

暗くなった部屋の中で、横になったままじっと瞳を閉じた。
日帰りのバスツアーだったため、明日は普通に仕事の予定もある。

(寝なきゃいけないって、分かってるんだけどな···)

歩さんと思いがけない宿泊デート。
そして、こんな乙女の恥じらうシチュエーションが目の前に広がっている。

(いや、もう乙女ってわけでもないけど···!)
(でも、隣には歩さんが眠ってるわけで···)

歩さんが眠るその方向を向いたまま、そっと瞼を開けた。

東雲
······

(綺麗な寝顔···)

静かにそこに横になっている彼の顔を眺める。
暗闇の中で、差し込んでくる月の明かりの中でキメの細かい肌は輝くようだった。

(ふいに、私の方を見てくれたりなんか···)
(···いや、ないよね!寝よう!)

寝返りをうち、また瞼を閉じた。
何も考えるな、とふっと息を吐きだしたその時。

東雲
ねぇ

サトコ
「?」

声が聞こえ、改めて寝返りをうち、歩さんの方へと向き直る。

サトコ
「起きてたんですか?」

東雲
隣でモゾモゾされると気になる

サトコ
「すみません···なかなか寝付けなくて···」

東雲
あんなにはしゃいでたのに?

サトコ
「あんなに楽しかったからですよ」

東雲
蕎麦もいっぱい食べて、山頂に取り残されて

サトコ
「旅にトラブルはつきものです!」

(何だか···こうやって布団の中で会話してると落ち着く···)

サトコ
「それに、歩さんと一緒だったら、なんでも楽しいんです」

東雲
何でもって···

サトコ
「だって、旅行の計画を立ててる時から、一緒に行けたらいいなぁ···」
「なんて考えていたのが、実現しちゃったので」

東雲
お気楽すぎ···

サトコ
「まぁ、さすがに山では冷えましたけどね」

雪を一緒に眺めていた時のことを思い出すと、また自然と笑みが零れた。
その時、隣の布団から衣擦れの音が響く。

(え···?)

暗闇の中で目を凝らすと、歩さんはそっと自分の掛布団の裾を持ち上げていた。
そして、こちらへと向ける表情は変えないまま静かに呟く。

東雲
···こっち、来る?

サトコ
「······!」
「い、行きます···!」

(あ、歩さんからのお誘い···!)
(どうしよう!またすごい良い匂いとかしちゃうのかな···)

東雲
寒い、早く

サトコ
「はい!じゃあ、失礼します···」

そっと布団へと滑り込めば、彼の温もりに全身が包まれるようだった。
自分よりも体温の高いそれを感じると、トクトクと音を立てて心臓は逸りだす。

(温かくて···ちょっと、眠くなってきたかも···)

それまでが嘘のように瞼が重くなってくる。
やんわりと回される彼の腕の重みが、どうしようなく愛おしかった。

翌日。
仕事は半休で出勤することになり、歩さんと帰りの電車に揺られていた。

東雲
······

お互いの肩を寄せ合い、うたた寝をする間に私たちは運ばれていく。
繋いだままの手は温かくて、窓から差し込む日向のようだった。

私は知らない。
歩さんが、LIDEと私とのチャット画面の待ち受けを実は変えていたこと。
それは音もなく撮られたあの山頂からの景色と、
それに喜ぶ満面の私の姿を写した写真だってことを。
その時の私は、まだ知らない。

Happy End

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする