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本編エピローグ 津軽1話

『赤の徒』の事件が終わって数週間の時が流れた。
帰宅後、テレビを点けるとーー

『今日の特集は今週末公開される、花巻富士夫監督の最新作 “冷鬼の華” です』

(花巻監督の映画、今週末公開されるんだ。試写会では、ちゃんと見れなかったしなぁ)

あの時のことを思い出すと、頭に思い浮かぶのは津軽さんと芹香さんのキスシーン。

サトコ
「······」

(津軽さんはキスしてないって言ってたけど···いや、そもそも私が気にしたところで···)

ハニトラの達人でもある津軽さん相手に考えるだけ無駄というものだ。

サトコ
「···映画、誘ったら一緒に観に行ってくれるかな」

あの時、ちゃんと観られなかったからとか、何とか。
適当に理由を付けて、誘えないだろうか。

翌日のお昼休み。

(ぺ···)
(ペアチケットを買ってしまった···!あとは、誘うだけ···)
(ごく自然に!仕事の延長ですよって顔で声かければ···)

津軽
······

(発見!)

エレベーターから降りてきた津軽さんに駆け寄ろうとした、その時。

女性職員A
「津軽さん、今度、映画行きませんか?」

津軽
映画?

(映画!?)

女性職員A
「 “冷鬼の華” っていう映画のチケットが2枚あって」

津軽
いいよ、行こ

女性職員A
「ほんとですか?」

(ほんとですか!?)

津軽
うん。じゃ、詳しいことまた連絡して

女性職員A
「はい!」

(はい、終了···)
(前売り券、2枚ムダに···)
(というか、そんな軽々しくデートの約束していいんですか!?)
(ちょっとばかり···いや、かなり顔がいいからって調子に乗って!)

サトコ
「···」
「はぁ···」

(ううん、さっさと誘わなかった私が悪いんだよね)
(イケメンは早い者勝ちだって、いつか鳴子が言ってたっけ···)

柱の陰で津軽さんがどこかに行くのを、やり過ごすと。

黒澤
あれ、サトコさん?どうしたんですか、こんなところで棒立ちになって

サトコ
「黒澤さん···これ、あげます」

黒澤
映画のペアチケット?
これってデートのお誘···

サトコ
「後藤さんとでも行ってください」

黒澤
なるほど、そういうこと!

サトコ
「では、私はこれで···」

(後藤さんにはお世話になってるし、少しでも楽しんでくれたらいいな)
(ああ、そうだ。今度、後藤さんにはちゃんとお礼しよ···)

一宿一飯の恩をまだ返していない。
誘う前に散った津軽さんのことは、今は考えたくなかった。

とぼとぼと食堂にランチに行くと、鳴子がいてくれた。

佐々木鳴子
「サトコ、大丈夫?何か魂抜けてるみたいに見えるけど」

サトコ
「え?ああ、うん···ちょっと疲れてるのかな。はは···」

佐々木鳴子
「そういう時は津軽警視の顔見なよ。あのイケメンは心の栄養剤だよ」

サトコ
「栄養剤というか、腹下しの薬というか···」

佐々木鳴子
「津軽さんみたいな人と、この展望レストランに行けたらなぁ」

サトコ
「展望レストラン?」

鳴子がテーブルに置いたスマホを私の方に向けてくれた。
そこには都内の夜景が一望できるという高層ビル最上階のレストランが載っている。

サトコ
「へぇ···ドラマに出て来るみたいなレストラン···」

(ここに津軽さんと···)
(いやいや、映画にも誘えなかった私には、とても無理っ)

サトコ
「2人で行ってみる?」

佐々木鳴子
「んー、でもここってデート御用達みたいだから、女子2人だと浮くかも」

サトコ
「そっかー···高そうなレストランで引け目を感じながら食べたくないしね」

佐々木鳴子
「相手がいればなぁ···この職場、イケメン指数は相当高いけど鑑賞専用なんだよね···」

サトコ
「 “触るな危険”···か」

触るといろんな意味で危険そうな津軽さんの顔が、また頭に浮かんできた時。
テーブルに置いていたスマホが揺れた。

津軽
『今すぐ集合』

(今すぐって···お昼ご飯中だってわかって呼び出してる?)

佐々木鳴子
「呼び出し?」

サトコ
「うん、ごめん。行くね」

佐々木鳴子
「気を付けて」

残りのラーメンを一気にすすって、急いで席を立った。

サトコ
「氷川、来ました」

津軽
ん、いらっひゃい

サトコ
「口の中のもの、食べ終わってから喋ってください」

津軽さんのデスクの上には、“ぶぶ漬けカップラーメン” というものが置いてある。

(また珍妙なものを···)

私の視線に気が付いたのか、津軽さんが割り箸でカップメンを指差した。

津軽
食べる?

サトコ
「それ、行儀悪いって加賀さんに言われませんでしたか?」

津軽
コンビニでカップメン買うとさ、フォーク付けてくるときあるよね

サトコ
「はぁ」

津軽
それって、どう思う?

サトコ
「どうもこうも···フォークの時は、フォークで食べればいいだけでは?」

津軽
あー、ダメダメ。全っ然ダメ

盛大なため息を吐かれてしまう。

サトコ
「何が正解なんですか?というか、このために呼び出したんじゃないですよね!?」

津軽
そうそう、コレ

“ぶぶ漬けカップラーメン” のスープまで飲み干しーーー

サトコ
「スープまで飲むと身体にわる···」

津軽さんが何かをテーブルの上に置いた。

サトコ
「ぶっ···!」

( “冷鬼の華” のペアチケット!?)

サトコ
「こ、これは···」

津軽
さっき透くんから貰ったんだよね。誠二くん誘ったんだけど、断られたんだって

サトコ
「それはお気の毒に···」

(ということは、巡り巡ってまた私の前に···)

津軽
俺と行こうよ

サトコ
「え···」

(でもさっき、誘われて行く約束してたよね?)

サトコ
「いや、でも···」

津軽
···なに?

その眉がぴくりと動く。

サトコ
「······」

津軽
······

沈黙が流れる。
津軽さんはと言えば、チラチラ視線を彷徨わせながらも、結局私に目を向けた。

サトコ
「あの···」

津軽
だから、なに

サトコ
「私の答え、待ってるんですか?」

津軽
は?

サトコ
「いつもなら私の答えなんて待たずに、日時とか指定してくるのに」

津軽
なにそのパワハラ

(自覚ないの···?)

サトコ
「だっていつも、そうだから」

津軽
いつもって···これは···

サトコ
「これは···?」

津軽
······

(最近、よくあるだんまり!)

サトコ
「あの」

津軽
行くの?行かないの?

サトコ
「···行きます」

津軽

サトコ
「そ···って···」

(反応薄っ!)

津軽
じゃ、詳しいことは、あとで

サトコ
「今回はオシャレして来いって言わないんですね」

津軽
え?

サトコ
「撮影所に行ったときは、そう言われたから」

津軽
ああ···まあ、ウサちゃんのオシャレなんてたかがしれてるって、あれでわかったし
俺のカッコよさに霞むのはわかってるし

サトコ
「ほんとに私と行きたいと思ってます!?そんなこと言うと気合入れちゃいますよ!」

津軽
ねえ、映画のあとは、どこ行きたい?

サトコ
「え···」

(映画だけじゃないの?それなら···)

サトコ
「展望レストラン!」

さっき鳴子に見せてもらったページをスマホに出して見せる。

津軽
ああ、ここねー。雰囲気いいよね。料理は、まあアレだったけど

サトコ
「···い、行ったことあるんですか?」

津軽
あるけど?

(あるんだ···まあ、津軽さんだもんね)
(これだけ顔が良ければデートスポットは制覇してる勢いに違いない)

サトコ
「じゃあ、別の場所に···」

津軽
ここでいいよ。ウサちゃんと行きたいから、約束ね

サトコ
「···っ」

(津軽さんのことだから、適当に言ってるんだろうけど)
(私と行きたいから、約束、なんて···)

嬉しくて顔がニヤけそうになるのを、頬の肉をくっと噛んでガマンした。

その日の夕方には、津軽さんから日時の連絡が来た。

(これってデート···なのかな?映画に食事ってデートだよね?)
(いや、でも仕事に関係した映画だから仕事の延長···?)

女性職員B
「津軽警視とデートの約束したの!?」

サトコ
「!?」

(心の声が口に出た!?)

ーーと思ったものの、当然、私の話ではなかった。
少し先に2人の女性職員が歩いている。

(右の人、さっき映画の約束をした···)

女性職員A
「うん。でも、期待しすぎないようにしないと。前にもドタキャンされたし」

女性職員B
「私もー。でもエリートだから仕方ないよね~。顔がいいから許せちゃうけどさ」

耳を大きくして聞いていると、津軽さんの知らない話が聞こえてきた。

(ほいほいデートもするけど、簡単にドタキャンもする?ドタキャンの常連って···)

あの意味あの人らしい。

(私も···期待しない方がいいのかな)

胸にあった期待は小さく萎んでいった。

百瀬
「おい」

サトコ
「はい」

席に着くなり、百瀬さんに睨まれる。

百瀬
「津軽さん、何か言ってなかったか」

サトコ
「何かって···」

(映画に誘われたこと···じゃないよね?)

そうだったら、それはそれで面倒になりそうなので曖昧に首を傾げておく。

サトコ
「特には···ぶぶ漬けカップラーメン食べるか聞かれましたけど」

百瀬
「チッ、使えねぇヤツだな」

サトコ
「何かあったんですか?」

百瀬
「······」

(うわ、思いっきり言い渋る顔···)

サトコ
「あの、私も津軽班の一員なのですが」

津軽
「···クソッ」

サトコ
「そこまで私に話したくないですか!?」

百瀬
「津軽さん、何か気にしてる」

サトコ
「あの唯我独尊の人が?それこそ気にしすぎなのでは···」

百瀬
「テメェ···」

サトコ
「い、いえ!いろいろありますよね、班長ですし」
「それで、津軽さんは何を?」

百瀬
「···断られたら、フツーにヘコむとか言ってたから」

サトコ
「断られたらヘコむ···?」

百瀬
「大きな取引を進めてんじゃねぇかと思って」

サトコ
「なるほど···あの津軽さんが断られるとなると、相手は石神さんや加賀さん···?」

百瀬
「お前、イヌになれ」

サトコ
「はい?」

百瀬
「石神班と加賀班探ってこいっつってんだよ!」

サトコ
「わかりましたから、お尻蹴ろうとしないでください!」

(百瀬さんが自分で行けばいいのに···!)
(下っ端は私だから、仕方ないけどっっ!)

サトコ
「あ」

百瀬
「何か思い出したか?」

サトコ
「それ探って来るので、私もひとつ教えてもらっていいですか?」

百瀬
「俺と交渉しようなんて100万年早ぇんだよ」

サトコ
「津軽さんがデートのドタキャンの常習犯だってウワサを聞いたんですが···」

百瀬
「ああ゛!?」

ダンッとデスクを叩いた百瀬さんが立ち上がった。
今にも噛みつきそうな目つきで睨まれる。

サトコ
「あの、その···っ」

百瀬
「お前、公安刑事がフツウにデートとかできると思ってんのか」

サトコ
「難しい···ですよね···?多分。その、刑事になってからデートしてないので···」

百瀬
「はっ!」

サトコ
「な、何ですか、その勝ち誇った顔は!?」

百瀬
「仕事に決まってんだろ」

サトコ
「で、ですよね···」

(いつ呼び出しがあるか、分からない仕事だもんね)
(あの人でも、デートより仕事を優先するんだ)

そのことに、ほっとしたり見直したりしていると。

百瀬
「さっさと行け!」

サトコ
「うわっ!」

今度こそ百瀬さんにお尻を蹴られた。

しばらく調べて見たものの。
結局、津軽さんが『何を断られたくないのか』は、わからないままだった。

(石神さんも加賀さんも何も頼まれてないって言うし)
(百瀬さんからは役立たず呼ばわりされるし)

サトコ
「うーん···」

わからないまま···で、済ませてもいいのだけれど。
気になる理由が私にもあった。

(今日も津軽さんの席はカラ···)
(最近、ずっと忙しそうで、ろくに課内にいないんだよね)

かといって私が駆り出されるわけでもなく。

(上の仕事なんだとは思うけど、何してるんだろう?)

津軽
ウーサちゃん

サトコ
「!?」

真上から覗き込まれ、心臓が止まるかと思った。

サトコ
「変なところから顔出さないでください!」

津軽
拝んでいいよ

サトコ
「久しぶりに顔見せたかと思えば、また···」

(ワケのわからないことを。でも···)

顔が見られて嬉しいなんてーー気付かれないように口元にグッと力を入れた。

津軽
会いたかった?

サトコ
「なっ!?」

(こんなに頑張ったのに、顔に出た!?)
(もっとポーカーフェイスの訓練しておけばよかった···!)

津軽
合えない時間が愛を育むってね
次の “デート” 楽しみだね

サトコ
「!」

( “デート” の部分だけ、大声で!)

全員
「!」

周囲の視線が一気に突き刺さるのを感じた。

to be continued

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