津軽さんと訪れた、憧れの展望レストラン。
津軽
「乾杯しようか」
サトコ
「は、はい。でも、何に···」
津軽
「俺とウサちゃんの初デートに」
サトコ
「初デート···に···」
グラス片手に微笑む津軽さんが様になり過ぎていて、つられてしまう。
サトコ
「ここの料理、津軽さんでも楽しめるんですか?」
津軽
「前来たときは、イマイチだったんだよねー」
「マイ七味の持ち込みはNGだって言うし」
サトコ
「そりゃそうだと思います···」
(こんなに美味しそうなのになぁ)
運ばれてきた前菜とスープは彩りもよく、いい匂いもする。
サトコ
「では、いただきます」
津軽
「え、あ···うん」
津軽さんが先にスプーンを手にしていた。
サトコ
「食べる時は、ちゃんと『いただきます』って言わなきゃダメですよ」
津軽
「ウサちゃんって、そういうとこ細かいよねー···いただきます」
サトコ
「はい、いただきます」
「ん···美味しい!」
“季節の野菜のポタージュ” は、野菜の甘みと滑らかさがあって濃厚な味がする。
津軽
「へぇ···」
一口飲んだ津軽さんが動きを止めた。
サトコ
「やっぱり物足りないですか?」
津軽
「味、する。シェフ変わったのかな」
サトコ
「ほんとですか?よかったですね!」
津軽
「···うん」
ふっと津軽さんの表情が緩んだように見えた。
その顔にドキッとしてしまう。
(なんか、素の顔みたいな···ただの美味しい顔なのかもしれないけど)
津軽
「この魚も美味しいよ」
サトコ
「ステーキも最高です!」
行儀があまりよろしくないとはわかりつつ、少しずつ交換して食べてみたりする。
サトコ
「んー!全部美味しい···今年1番のご馳走かもしれません!」
津軽
「······」
ひとつひとつの料理を噛み締めて味わっていると、
津軽さんが手を止めてこちらをじっと見つめていた。
サトコ
「あ、すみません···はしゃぎすぎちゃって···」
津軽
「んーん。ウサちゃんって、美味しそうに食べる子だと思って」
「いいよね、そういうの」
目を細めて微笑まれると、カッと頬が熱くなる。
(こ、こんな顔、初めて!?何て顔を···!)
いつもふざけて顔を直視できないだの何だの言われるけど。
今回ばかりは本当に顔が見られなくなりそうだ。
サトコ
「津軽さんも食べてください!せっかく味するんですから」
津軽
「うん。あ、そうだ」
「ご飯のあといいところに連れてってあげるよ」
サトコ
「いいところ?」
普段なら絶対に裏があると思ってしまいそうな、津軽さんのニコリとした笑顔。
けれど今夜は、その笑みを素直に受け入れてしまった。
サトコ
「わ、ここ···!」
津軽
「デザートはここで食べようね」
連れて行ってくれた先は、展望レストランのテラス席。
夜風と共に都内の夜景が一望でき、吹く風に津軽さんの髪も普段と同じに戻っていた。
サトコ
「警察庁からも夜景が見えますけど、全然違いますね···」
津軽
「ウサちゃんも乙女ちっくなこと言うんだね」
サトコ
「乙女ですから、一応」
津軽
「それ、自分で言う?」
デザートプレートの上ではロウソクが火花を散らしていて、まるで記念日だ。
津軽
「はい、あーん」
津軽さんがケーキをフォークに乗せて差し出してくる。
サトコ
「あ、あーん···?」
津軽
「ん、あま···山椒が欲しいな」
サトコ
「!」
(食べさせるフリして自分で食べるとか!)
サトコ
「小学生···むぐっ」
津軽
「ね、甘いでしょ」
サトコ
「···んぐ」
(かなり大きい塊を放り込まれた···いつもの激マズお菓子じゃないだけマシだけど)
喉までクリームがいっぱいになった状態で頷くと。
津軽
「はい、これ」
サトコ
「!?」
目の前に小さなブーケが差し出された。
可愛らしい色の花束。
(こ、これは···!)
ゴクンとケーキの塊を飲み込む。
サトコ
「て、手品ですね···?引っかかりませんよ!」
津軽
「は?」
サトコ
「花束からオモチャの銃とかが出てきて、ポンって国旗が出るやつですよね」
「こんなイタズラに引っかかる私じゃありません!」
津軽
「その荒い鼻息で、匂い嗅いでみたら?」
サトコ
「え、ちょ···っ」
ぐっと鼻先に花束を近づけられると、生花のいい香りがした。
サトコ
「本物の花束?どうして···」
津軽
「俺が遅刻して花も用意してない男だと思った?」
「その色のワンピにはこの色の花でしょ」
(あらかじめ、このレストランに花束を手配していたの?あの短い時間のなかで?)
(しかも···)
今日の私の服に合わせた色の花束を用意してくれてたなんて。
サトコ
「な···なにいい男みたいなことしてるんですか!?」
津軽
「いい男だから。はい、チーズ」
サトコ
「!?」
スマホを取り出した津軽さんが屈み、不意打ちでツーショットを撮ってきた。
サトコ
「ぎゃー!?急に写真、撮らないでください!」
津軽
「自然体が撮れていいじゃん」
サトコ
「だ、だ、だって今、私、絶対変な顔に!」
津軽
「いや、可愛いよ」
津軽さんがスマホを見せてくれる。
サトコ
「ちょ···なにこのマヌケ顔!これ、消してください!」
津軽
「あっははは、かわいい、かわいい!」
サトコ
「ウソです!ねえ、こんなツーショット嫌です!」
津軽さんはスマホを高い位置へと上げる。
サトコ
「撮り直しましょう!」
津軽
「俺はこれがいいなー」
サトコ
「そんなこと言わずに!」
ジャンプして取り返そうとするも、身長差はいかんともしがたい。
サトコ
「牛乳毎日飲んでれば···!」
津軽
「今さら背、伸びないでしょ。はい、キャッチ」
サトコ
「わっ!」
飛び跳ねた身体をそのまま抱き留められた。
まるで、抱き締めるように。
津軽
「せっかくだから、景色見なよ」
抱き合った状態で、顔を横に向かされた。
さっきと違うのは夜景を見ながら津軽さんの心音が聞こえること。
(こ、このロマンチック空間は、なに!?)
サトコ
「津軽さ、離して···」
(このままだと心臓が爆発してしまう!)
津軽
「俺って夜景の良さ、1ミリも分かんなかったんだけど」
サトコ
「···そんな感じですよね」
津軽
「······」
サトコ
「く、苦しい!これ、抱き締めるとかじゃなくて鯖折りレベル···!」
その胸を叩くと、やっと胸が緩められた。
津軽
「人の話は最後まで聞けって言ってるだろ」
サトコ
「え···」
急に男っぽくなった口調に、落ち着きかけた心臓がまた飛び跳ねた。
津軽
「今日、初めて分かったかも。ウサの目、キラキラしてる」
サトコ
「······」
(私、いつからハニトラの対象になったんだっけ?)
夜景でキラキラしてるのは津軽さんの方だ。
おまけにいつものノラクラ口調とは違う甘めの声が鼓膜に響く。
サトコ
「あの···」
津軽
「ん?」
いつもと違う津軽さんの雰囲気が、私の気持ちも素直にさせる。
サトコ
「今日は来てくれて、ありがとうございました」
津軽
「ああ···」
サトコ
「嬉しかったです。本当は···楽しみにしてたので」
津軽
「そりゃ今日のために、ここ最近頑張っ···」
突然、強い風が吹いて津軽さんの髪が大きく揺れた。
声も風の音にかき消されて聞こえなくなる。
サトコ
「今、なんて···」
津軽
「ちょっと風強くなりすぎじゃない!?」
サトコ
「···っ、突風!?」
急速に吹き付けてくる風に、津軽さんの腕が再び強くなった。
頭を押さえられ、その胸にピッタリと顔を伏せさせられる。
(今日は距離近すぎっ···!)
サトコ
「津軽さ···」
顔を上げれば、強風で爆発した頭の津軽さん。
サトコ
「ぷっ···!」
津軽
「なに?俺の顔見て吹き出すとか」
サトコ
「津軽さんの髪、鳥の巣みたいで···」
津軽
「······」
サトコ
「ちょ、いたっ!私の髪クシャクシャにしないでください!」
津軽
「ほら、これで一緒」
(そんな急に子どもみたいな顔で···)
サトコ
「ぷっ」
津軽
「はははっ」
サトコ
「ははっ···もう、こんなロマンチックな場所で、なにするんですか!」
津軽
「雰囲気壊したの、そっちじゃん」
サトコ
「風のせいですよ、風のせい」
本当なら陶酔しそうなほどの夜景なのに、今は目に入らない。
お互いを見て笑っている。
(こういうの、私と津軽さんらしいって···私たちらしいって思ってもいいのかな)
大人な雰囲気とは遠くても、それが心地いい。
そんな風に思っていた、この時はーー
津軽
「突風じゃない風はいいねー。歩いて帰ることにしてよかった」
サトコ
「ソ、ソウデスネ」
(思いっきりホテル街に足を踏み入れてるんですが!)
当然、周りはカップルだらけ。
女性
「酔っちゃった~」
男性
「じゃあ、少し休んでこっか」
(デートを強調してたのは、こういうこと···なわけないよね?)
(津軽さんなら、よりどりみどりなんだから、わざわざ私を選ぶわけない···し···)
サトコ
「あの、あっちの広い道を行きませんか?」
津軽
「こっちの方が近道じゃん」
サトコ
「それはまあ、そうなんですが···」
(意識してないから、全然気にならない?なら、私も気にしないでいれば···)
津軽
「あー、急に眠たくなってきた」
サトコ
「!?」
津軽
「珍しく酔ったかなー」
サトコ
「!!??」
(“ご休憩” アピール!?)
サトコ
「わ、私、胃薬持ってます!」
津軽
「胃薬?」
サトコ
「酔ったって言ってたんで···」
津軽
「いや、そこはウコンとかでしょ」
サトコ
「ウコンなんて持ち歩いてませんよ」
津軽
「ウコンの錠剤ってポリポリ食べると美味しいんだよ」
サトコ
「そんなの津軽さんだけです」
津軽
「酔いを覚ますには、横になって休むのが1番」
サトコ
「···カモシレマセンネ」
津軽
「ねえ、なんで急にロボットみたいになるの」
サトコ
「ナッテマセンヨ」
津軽
「変なウサちゃん。おいで」
サトコ
「え!?」
手を掴まれ、ぐっと引っ張られた。
すぐそこはホテルの入り口を隠す塀。
サトコ
「こ、ここっ、こういうのは困ります!」
津軽
「は?」
サトコ
「最初のデートで、こんなこと···っ」
津軽
「じゃあ、何回目のデートならいいの?いつもは何回目?」
サトコ
「それは···って、何てこと聞くんですか?」
津軽
「話を始めたのはウサちゃんなのに」
サトコ
「津軽さんが連れ込もうとするから!」
津軽
「連れ込まれたいの?」
サトコ
「なっ···だって今、引っ張って···!」
津軽
「そこ、酔っ払いが歩いてて、ぶつかりそうだったから」
サトコ
「あ···」
津軽さんが顔を向けた先では、ベロベロの酔っ払いがカップルに手当たり次第に絡んでいた。
津軽
「俺らが絡まれたら面倒でしょ。ウサちゃんんが腕の骨折っちゃうかもしれないし」
サトコ
「一般人相手に、そこまではしませんよ···」
酔っ払いをやり過ごすと、津軽さんがもう一度歩き出した。
なぜか手を繋いだまま。
(しかもさっきより手の力強いような···津軽さん、手に汗かいてる?)
いつもだったら冷たさも温もりも感じないのに、今日は汗ばんでいる。
(本当に酔ってるのかな···)
(あの程度のワインで酔うとは思えないけど、疲れてるからとか···?)
津軽
「······」
サトコ
「······」
津軽
「······」
不意に落ちてしまった状態に居心地が悪い。
(どうしたんだろ、急に黙っちゃって···)
サトコ
「そういえば···」
会話が欲しくて、ふと気になっていたことを口にする。
津軽
「ん?」
サトコ
「少し前の話なんですけど、津軽さんが、断られたらヘコむことって何ですか?」
津軽
「え···」
ゆっくりと、その目が見開かれるのが分かった。
津軽
「その話、どこで···」
サトコ
「百瀬さんが。津軽さんが、そう言ってたの気にしてたみたいで」
「誰かに頼み事したのかなって思ったんですけど、石神さんに聞いても加賀さんに聞いても···」
津軽
「的外れ」
サトコ
「じゃあ、何の話なんですか?」
津軽
「君ってさー」
手を繋いでない方の手で津軽さんが髪をかき上げた。
津軽
「連れ込むよ、ほんと」
サトコ
「どうして!?」
津軽
「いいから早く送ってって」
サトコ
「え?」
津軽
「家まで送って」
サトコ
「は、はい···」
(送るも何も、同じマンションなのに···)
色々と考えたけど、今はなにも聞かない方が賢明に思える。
津軽
「ねー、月見て跳ねてよ」
サトコ
「パワハラやめてください」
いつもの会話をしながらも、手だけはしっかり握られたままで。
結局、手を繋いだままマンションの前まで帰ってしまった。
翌日。
加賀
「おい···」
石神
「何だ、これは···」
東雲
「新手のテロ?」
颯馬
「そのようですね」
後藤
「······」
黒澤
「いいなー、俺もこういうの欲しいなー」
課内の空気がいつもの朝と明らかに違う。
サトコ
「あの···?」
全員
「······」
(な、なに!?この責めるような視線は!)
その答えはデスクの上にあった。
サトコ
「なっ!昨日の···!」
(津軽さんとのツーショット写真!しかも写真立てに入れられてる!)
そしてそれは皆さんのデスク全部に置かれていた。
サトコ
「な、なんでこんなことが···」
石神
「···説明しろ」
サトコ
「私は本当に何も···!」
津軽
「おはよー」
サトコ
「!」
(津軽さんだ!)
サトコ
「これ、何のつもりですか!」
津軽
「デートのお土産。皆、気にしてたみたいだから」
加賀
「······」
東雲
「···おっと」
(皆さん、ゴミ箱に放り込んでる!)
後藤
「······」
サトコ
「あの、こちらで引き取りますので」
後藤
「あ、ああ」
(よりによって、こんな顔の写真···)
津軽
「またデートしようね、ウサちゃん」
サトコ
「······」
ここで『いいえ』と言えないのが、今の私で。
コッソリ回収した写真は全部警察手帳の間に挟んだのだった。
Happy End