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カンタンにイチャイチャできると思うなよ 黒澤2話

今日のミッションは、後藤さんに無事スマホを返すこと···ーー
鞄の中に入れた後藤さんのスマホを確かめ、よしと気合を入れ直す。
そして、元気よくその一歩を踏み出した。

サトコ
「おはようございます」

いつも通り課内へと入って行く。
室内もいつも通りの、まだ朝という静かな時間が流れていた。
ただ脳内には、高らかな戦闘曲が流れている。

(普通に『お店に忘れてましたよー』って声をかけて渡せば、万事解決!)
(昨日の夜は実際何もなかったわけだし、変な疑いの目を向けられるわけにはいかない)

自然にデスクへと着きながら、バッグの中に手を伸ばす。
後藤さんがいたら、即座にそれを取り出し渡すつもりだった。

(先手必勝!)
(肝心の後藤さんは···)

???
「誰か探してます?」

サトコ
「!」

驚きで肩を跳ねさせながら振り返ると、透くんが首を傾げていた。
頭の中には警戒音が鳴り響く。

(いやいや、透くんを前にしたからって動揺する必要はない)
(やましいこともしてないし、私は後藤さんにスマホを返すだけ···!)

サトコ
「おはようございます。黒澤さん」

黒澤
おはようございます!
それでそれで、誰を探してたんですか?

(今さら探してない、って言う方が厳しいか···)
(でも、返すことには変わりないんだから、別に言っても問題ないよね)

サトコ
「後藤さんを探してたんです。昨日のお礼を言おうと思って」

黒澤
昨日?

サトコ
「はい。接待の最中、後藤さんにフォローしていただいたので」

黒澤
後藤さんったら、またそんなところで株上げてたんですか?
それでお礼って、サトコさんも律儀ですね~

(···そうだ。スマホのことで頭がいっぱいだったけど)
(透くんからの誘いも結局断る形になっちゃったんだ···)
(やっぱり一言言っておいた方がいいよね)

周りを窺えば、特にそちらに注意を向けている人もいない。
こそっと耳打ちをしようと、僅かに彼に顔を寄せる。

サトコ
「あの、昨日は···」

黒澤
あ!そういえば、後藤さんさっき出て行きましたよ

サトコ
「え、そうなんですか?」

透くんに話を遮られ、それ以上言葉が続けられなかった。

黒澤
なんでもスマホをどこかに忘れたそうで

サトコ
「!」

(やっぱり家に忘れて行ったこと、気付いてないんだ)
(確かに朝は動揺してたし、昨日の夜も朦朧としてたもんなぁ···)

自分の鞄に意識を向けそうになったその時、課の扉が開いた。

(後藤さん!)

咄嗟にスマホを取り出そうと鞄に手を突っ込んだ。
そして立ち上がりかけた時、石神さんの声が飛んできた。

石神
スマホは見つかったのか?

後藤
いえ、昨日の店には忘れていなかったようで···

(······!)
(すでにお店には確認済み!?)

当初に考えていた作戦は、もう通用しないことが判明してしまった。
お店には忘れていなかったことが周知の事実になった今、
ここで渡せば余計な詮索を周りにされてしまいとも限らない。

黒澤
後藤さん、来ましたね

サトコ
「···そうですね」

黒澤
行かないんですか?

サトコ
「今は忙しそうなので、後にします···」

(変に目立たないためにも、今は止めておこう)
(あとで人目につかないところで渡せば、後藤さんもあらぬ疑いをかけられないだろうし···)

そんなことを考えながら、自分に言い聞かせるように小さく頷く。
そんな私をジッと見ている透くんの視線に、その時は気が付かなかった。

ひとまず仕事を始めていた後藤さんが席を立つ。

その様子を見ながら、給湯室に行くと当たりを付け自分も後を追った。

後藤
······

(よかった、やっぱり給湯室!)

サトコ
「後藤さん」

ポケットに入れたスマホを取り出しながら、呼びかける。
コーヒーを淹れている後藤さんの傍まで歩み寄ると、ちらりと彼はこちらを振り向いた。

後藤
氷川か、どうした?

サトコ
「あの、こちらなんですけど···」

後藤

後藤さんは驚きながら、私の手の中にあるスマホを見つめた。

後藤
まさか、今朝?

サトコ
「はい。私の家に忘れられていたので···気付くのが遅くてすみません」

後藤
いや、持って来てくれて助かった。本当に何から何まで···

黒澤
な···っ!?

サトコ
「!?」

私の手から後藤さんがスマホを受け取る瞬間、彼の声が響いた。
目をこれでもか、と見開きながら私たちを見つめる透くんがそこで固まっている。

(み、見られた···!?)
(というか、注意していたはずなのに全然気付かなかった···!)
(話もどこから聞かれて···)

サトコ
「黒澤さん、これはあの···」

黒澤
忘れ物···

サトコ
「え?」

突然、ぼそりとした響きが溢れる。
耳をそばだてると、ブツブツとまだ何かを呟いているのが聞こえた。

黒澤
サトコさん、後藤さん、後藤さんのスマホ、サトコさんの家···
給湯室、朝は探して···

(何か唱え始めてる···!?)

黒魔術の呪文のような透くんの言葉は止まらない。
そして、間違いなく誤解されていた。

(いやいやいや本当に何もなかったし!)
(これっぽっちもやましい気持ちなんてない!)
(ちゃんと説明したいけど···)
(後藤さんに、透くんとのことを勘付かれるのもマズい···)

後藤
違うんだ。黒澤

サトコ
「!」

黒澤
違うって、何がですか···?

ふいに黒澤さんに一歩進み出た後藤さん。
なぜかそれに、ひやりとしたものを感じながらも止められずに後藤さんを見つめた。

後藤
確かに昨夜は氷川の家に泊まらせてもらったが···

(後藤さんー!!!)

さっと顔から血の気が引いていく音が聞こえた。
今きちんと説明できない状態で、そんな単語だけ投げ込まれるのはマズイ。
ギギギ、と顔を透くんの方へと向ければ、彼はぽかんとしたまま後藤さんを見つめる。

黒澤
······
···今、なんて言いました?

透くんの表情には陰が差し、声音からは抑揚が消えている。
しかし、後藤さんは特に気にせずに首を傾げていた。

(ま、まずい···!これ以上は···!)

サトコ
「ご、後藤さ···っ」

後藤
? 確かに昨夜は氷川の家に泊まらせてもらったが···

(ひぃーーーー!!!!)
(後藤さん、正直すぎる···!)

やはり止める間はなく、後藤さんは素直に同じ言葉を言い放った。
透くんは、もはや笑みなのか呆れなのか分からない表情を浮かべている。

黒澤
はい、言質いただきましたー···

サトコ
「······!」

ふっと釣り上げられた口端に、背筋を冷たい汗が流れ落ちていく。

後藤
言質?

後藤さんの言葉に、透くんはにっこりといつもの笑みを浮かべた。

黒澤
あぁ、いえ!こちらの話なので

後藤
?そうか

黒澤
あ、そうだった!オレ、自販機に飲み物を買いに行くところだったんですよー
では、お邪魔しました★

去っていく透くんを追おうかと、一瞬足が進みかける。
しかし、去り際に見えた彼の瞳の冷たい光に射抜かれて、それは留められた。

(これは、もう完全に誤解されてる···)
(どうにか、どうにか誤解を解かないと···!)

ズゾ···ズゾゾゾ···

津軽
モモからの報告も含めて、目標はこっちに絞るから
サトコちゃんは変わらず、この筋から追ってくれる?

サトコ
「はい」

ズゾゾ···ズゾゾゾゾ···

颯馬
後藤、先ほどの資料ですが···

後藤
あぁ、すみません

ズゾゾゾゾゾゾゾ···ッ!

黒澤
······

サトコ
「······」

派手な音を立てながらコーヒー牛乳を啜る透くん。
じとっとした瞳は、私と後藤さんを交互に映していた。

(あれは、何だろう···やっぱり怒ってる、かな···?)
(でも、説明できる状況になかなかならないし···)

背後から透くんの視線を感じながら、胸のうちでため息を零す。
すると目の前にいた津軽さんは、書類を口元に添えながら小声で囁いた。

津軽
ねぇねぇ、さっきから透くん、ずっとこっち見てるけど

サトコ
「やっぱり、そう思います···?」

津軽
ウサちゃん、何かしちゃったんだ?

サトコ
「いえ···大したことは···」

ズゾゾゾゾッ!

(ひぃ···っ)

反論されるように響いた音に、ドキリと心臓が跳ねる。
ただ、津軽さんを前にあまり下手な反応も出来ない。

津軽
何だか俺まで呪われそうな目で見てくるんだけど···

サトコ
「何ででしょうね···」

誤魔化しながらも、このままではいけないことももちろん分かっている。

(とにかく、今日中には何とかしなくちゃ)
(とりあえず話し合える場を作らないと···)

自分のデスクに戻ると、そっとスマホを取り出しLIDEを開いた。

黒澤
屋上に呼びだしなんて、何だか青春ですね~

連絡をした通り屋上で待っていると、透くんはやって来た。
いつも通りの笑顔と、どこかはぐらかすような物言いに感情が読み取れない。

サトコ
「あの、さっきの給湯室での話なんですけど···」

黒澤
あぁ、そのことですか

さらににっこりと深められた笑みが、逆に恐怖を煽ってくる。
怯みそうになりながらも、目の前までやって来た彼の瞳を見据えた。

(でも、来てくれたんだから今ここで誤解を解くしかない!)
(これを逃したら、これこそ終わり···!)

覚悟を決め、ぎゅっと拳を握り締めた。
そして、勢いよく頭を下げる。

サトコ
「ごめんなさい···!」

黒澤
······
···何のマネですか?

頭の上から聞こえてきた彼の声は固い。

サトコ
「先に透くんには連絡しておくべきだった···」

黒澤
連絡?

サトコ
「昨日の接待で後藤さんが潰れて眠ったままで、どうしようか悩んで···」
「結局、自分の家に後藤さんを泊めることにしたの」
「後藤さんとはもちろん別々に寝たし、本当にそれ以上なんて何もなくて···」

黒澤
······

ゆっくり顔を上げると、透くんは静かな面持ちで私を見つめていた。
そして開かれる口の動きに息を飲む。

黒澤
それを信じられると思います?

サトコ
「······!」

その一言は、心臓を凍り付かせるのには十分だった。

to be continued

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