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カンタンにイチャイチャできると思うなよ 黒澤3話

黒澤
それを信じられると思います?

サトコ
「······!」

心臓が凍り付き、息ができなかった。
固まったまま彼を見つめていると、ふっとその表情が和らぐ。

黒澤
なんて、冗談ですよ

サトコ
「え···」

黒澤
信じるも信じないも、まず疑ってませんから

サトコ
「······!」

停まっていた心臓が少しずつ動き出していくようだった。
さっきまで消えていた風の音も、少しずつ聞こえ始める。

黒澤
最初から後藤さんと···なんて疑ってませんよ

サトコ
「そ、そうなの···?」

緊張が解け、膝から崩折れそうだった。

黒澤
あはは!この期待の新人★透くんの演技に度肝抜かれちゃいました?
これなら主演男優賞も夢じゃないですね

サトコ
「いや、でも···疑ってなかったのならどうして?」

後藤さんとのやり取りや、課内で放っていた圧を思い出す。
それだけでも身震いしそうになりながら、彼を窺った。

黒澤
そうですね~···
サトコさんは、オレが莉子さんを泊めたら嫌じゃないですか?

サトコ
「それは···」

(確かに、もしそんなことがあったら理由が分かっても、もやっとはするかも)
(でも、それって···この感情って)

サトコ
「もしかして、ずっと嫉妬してた···?」

そう尋ねると、透くんはふっと息を零した。

黒澤
やっと気付いてくれました?

サトコ
「すみません···」

黒澤
自慢じゃないですが、そんなに心広くないんですよ、オレ
こと、あなたのことに関しては

サトコ
「透くん···」

透くんにしてしまったことは、褒められることではない。
でも、そんな風に死っとしてくれていたことに関しては、少し嬉しいと思ってしまった。

黒澤
さて!お互いの誤解も解けたところで戻りましょう!
今日も今日とて忙しいですからね

先ほどまでの空気なんてなかったかのように、透くんはからりと言う。
そして踵を返す彼のあとを、私も追っていくのだった。

透くんとタイミングをずらして課内に戻る。
すると、課内はまるで教室の休み時間のような盛り上がりを見せていた。

津軽
え!誠二くん、ウサちゃんの家に泊まったの!?や~ら~し~

後藤
決してそういうわけでは···

東雲
でも、独身のいい年した男女が一夜を共に過ごすなんて、ねぇ?

津軽
ねぇ。何もないとは思えないよ

(えっ···えー!?)
(何で、その話に!)

津軽さんたちに絡まれている後藤さんを見ながら、入り口の前で固まっていた。
そんな私に気付いて、津軽さんはニヤニヤ顔でこちらを見つめる。

津軽
噂をすれば、もう1人のご本人登場?

東雲
眠ったままの後藤さんを自分家に連れ込むなんて、意外とやるよね

サトコ
「期待されているようなことは何もありませんので···!」

後藤
俺が迷惑をかけただけで、彼女に落ち度はありません

黒澤
······

少し離れた席にいる透くんを盗み見る。
無言ではいるものの、こちらに意識が向けられていることは伝わって来た。

津軽
本当に何もなかったの?
責めないからゲロっちゃいなよ

サトコ
「ありませんから!」

東雲
確かに、そんな感じしないか

サトコ
「そんな感じ···?」

東雲
肌ツヤの調子とか

サトコ
「!?」

(こ、怖···っ!そんなパッと見ただけで分かるものなの!?)

津軽
でもさ、そういう状況で襲わない方が失礼じゃない?

サトコ
「そんなのに失礼も何もありません」

石神
後藤は不誠実な男ではない

突然入った横やりに、一瞬その場の空気が鎮まる。

津軽
あれ、秀樹くんも聞いてた?

石神
聞こえただけだ
それに、それ以上の発言は氷川に対してもセクハラだぞ

津軽
は~い。もう、真面目だな、秀樹くんは

石神
後藤もそんな話に付き合う必要はない

後藤
はい···

ピシャリと言い切る石神さんに、津軽さんは肩を竦める。
それにホッと胸を撫で下ろしていると、後藤さんは不意に表情を緩めた。

後藤
まぁでも、氷川と一緒に暮らす男は幸せだと思います

東雲
その心は?

後藤
朝食が美味かった

サトコ
「えっ」

突然の誉め言葉に声が裏返りそうだった。
そして、率直すぎる感想に頬に熱が集まっていくのも感じる。

(あの時ドタバタしてたけど、そんなこと思ってくれてたんだ···)

それを聞いた津軽さんたちは、息を吹き返したように盛り上がった。
同時に背筋に冷たいものを覚え、はっとして透くんの方を見返る。

黒澤
······

デスクに向かう彼の背からどす黒いオーラが漏れていた。
こちらを見てはいないものの、この会話が原因なのは分かる。

(せ、せっかくさっき誤解を解いたのにー···!)

津軽
朝ごはんまで食べたの?メニューは?

後藤
和食です。白米に味噌汁と···

東雲
普通の和食ですね

サトコ
「ふ、普通でいいじゃないですか!」

(あー!つい言い返してしまったけど、やめてー!)
(それ以上、その会話を繰り広げないでー!)

後藤さんから朝食の情報が出るたびに、透くんのオーラは濃くなっていった。
魔人か何かでも生み出されそうで、それ以上はやはりそちらを見れなかった。

それから数日後。
お互い仕事も落ち着き、久々にのんびりとした時間を一緒に過ごしていた。
夕食も終わり、流しっぱなしだったテレビを2人で眺めている。

テレビ
『街頭インタビュー!私のちょっと聞いてよ★のコーナー!』

テレビから派手なタイトルコールが流れてくる。

黒澤
あぁ!

サトコ
「ん?」

急に声を出した透くんの方を振り返る。
すると、綺麗に笑みを浮かべた彼は毎期を持つかのように手を顔の下に持ってきた。

黒澤
黒澤透のー!ちょっと聞いてよ★のコーナー!

サトコ
「え?いきなり?」

黒澤
このコーナーでは、透くんのお話をサトコさんに聞いて頂きます!

サトコ
「拒否権は?」

黒澤
ありません!

サトコ
「横暴な···って、うわっ!?」

透くんがいきなり私を抱え上げ、そのまま立ち上がる。

サトコ
「透くん!?」

黒澤
まあまあ

そう言いながら、透くんはテレビを消して歩き出す。
彼の身体にしがみついていると、ベッドまで連れて行かれてしまった。

サトコ
「どうして急にベッドに···」

腰を下ろせば、にじり寄ってくる彼に思わず身体を引く。

黒澤
だって、ちょっと聞いてよ★のコーナーですから

サトコ
「どう関係が!?」
「っ!」

透くんの手がすっと頬に伸びてきて、柔らかくそこを撫でる。
こちらを見つめる彼の瞳が熱っぽくて、ぐっと言葉を詰まらせた。

黒澤
こっちの方がより親密に聞いてもらえるかと思いまして

( “親密” って···)

ふっと笑う彼に、顔が熱くなってくる。

黒澤
使えるものは何でも使いますよ♪

サトコ
「聞いてよ、っていったい何を···」

黒澤
そうですね。例えば、昨日も加賀さんに怒鳴られまして···

(あれは透くんがしつこかったからのような···)

黒澤
その前は、周介さんにあまりにもスルーされて悲しかったとか

(それも、結構いつもの風景というか···?)
(って、このコーナーの流れは···)

黒澤
それで、更にその前は···
サトコさんが後藤さんに朝食を振舞ってたことを聞いちゃったり?

サトコ
「······!」

(や、やっぱりその話だよね···!)

課内でその話題が盛り上がった後、特に透くんから何か言ってくることはなかった。
ただ、誤解は解けていたし、自分から何を言うでもなく触れずにいたのだが、

(まさか今日になってそれを出してくるとは···)

目の前の透くんが瞳の中で、ゆらりと黒い炎が揺れる。
それを見た瞬間、あの時のどす黒いオーラを思い出して、身が竦みそうだった。

黒澤
お味噌汁がすごく美味しかったそうじゃないですか
飲み明けの身体も労ってしじみの味噌汁なんて。透、妬けちゃうなぁ

サトコ
「あの時は、その···流れというか···」

黒澤
へぇ、“流れ” ですか

私の顔を覗き込んでくる透くんに、視線を泳がせる。
その時、ふいに耳元へと唇を寄せられ、触れる吐息に心臓が跳ねた。

黒澤
じゃあ、オレもそのまま泊ってしまえば
その “流れ” ってやつに乗せてもらえるんですかね?

サトコ
「え、今日泊まるの···?」

黒澤
後藤さんからも言質取りましたから
『サトコさんの家に泊まらせてもらった』って
そうしたら、朝食までご馳走になったわけですもんね?

サトコ
「透くん、そんなに私の朝ごはん···食べたいの?」

黒澤
当たり前じゃないですか!
サトコさんの手料理なんて食べたいに決まってます!

ガシッと肩を掴んで、透くんは真剣に訴えてくる。
その表情に、思わず笑ってしまった。

黒澤
あ、笑うなんてひどいです!オレは大真面目なのに

サトコ
「ふふ、だってそんな風に言われると照れるよ」
「うん、明日は透くんのために朝ごはん作るね」

黒澤
今度はサトコさんの言質取りましたからね
···ってもう、いつまで笑ってるつもりですか?

サトコ
「ふふ···ごめ、何かツボに入っちゃって···っ」

照れを誤魔化すつもりの笑いが、妙なツボにハマってしまった。
むすっとした透くんに、笑いを止めようとするも余計に笑ってしまう。
顔まで熱くなってきたころ、肩を掴んでいた彼の手にぐっと力が込められた。

サトコ
「へ?」

何の抵抗も出来ないまま、背中からベッドへ倒れ込んでいく。

サトコ
「透、くん···?」

天井を背景に見下ろしてくる彼の瞳に、一瞬で笑いの波が引いた。
代わりにドクドクと速まっていく鼓動が、耳元でうるさく響いている。

黒澤
あー、明日のサトコさんの手作り朝食もとても楽しみですが···
加減が難しいかなぁ···

サトコ
「加減って···?」
「···っひゃ!?」

するりと彼の手が服の中に差し込まれる。
その感触に驚いていると、彼のキスが唇へと降ってきた。

サトコ
「ん···っ」

黒澤
···言ったでしょ?アナタを疑ったわけじゃないです
でも、嫉妬はバッチリしちゃったんで諦めてください★

(加減って、まさかそういうこと···!?)

サトコ
「と、透くん待っ···!」

黒澤
もう待てません
オレを妬かせた分の責任、取って下さいね?

サトコ
「っ······!」

彼を拒もうとした手は簡単に絡め取られ、ベッドへと縫い止められる。
降り注がれるキスの熱さに、焦がされて行くようだった。

Happy End

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