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カンタンにイチャイチャできると思うなよ 黒澤カレ目線

(今、サトコさんは何て言った···?)

目の前の光景が信じられず、この場で呆然と立ち尽くしてしまう。
後藤さんとサトコさんがこちらを見ている。
それが分かりながらも、今起こっていることを整理するのに必死だった。

(さっき、2人は確かに···)

今朝、登庁してきた彼女の様子がおかしくて何となく後を追っていた。
周りの気配を気にしているところがますます怪しい、と思っていたその時。

後藤
まさか、今朝?

サトコ
「はい。私の家に忘れられていたので···気付くのが遅くてすみません」

後藤
いや、持って来てくれて助かった。本当に何から何まで···

黒澤
な···っ!?

黒澤
忘れ物···
サトコさん、後藤さん、後藤さんのスマホ、サトコさんの家···
給湯室、朝は探して···

ちらりと見た後藤さんの表情は相変わらず無表情のままだった。
心のノートがパラパラと勢いよく開き、後藤さんの名前を書き綴っていく。
さらに蛍光ペンでマークまで引いていった。

(なんて、何をここまで揺さぶられているのか)

サトコ
「ご、後藤さ···っ」

後藤
? 昨夜は氷川の家に泊まらせてもらったが···

昨日、この2人であの酒癖の悪いおじさん連中の接待に行ったことは知っている。
酒に比較的強くない後藤さんが、潰れてしまった様子も容易に想像できた。
そこにいらぬ気遣いをした彼女の行動から、今の会話に繋がったのも頷ける。

(だから、別にそういう関係を持ったとか、全然疑っていないだけどなぁ)

黒澤
はい、言質いただきましたー···

サトコ
「······!」

(なのに、なんでそんなにオロオロ、アセアセしちゃってるんですか?)

久々に思い出してしまいそうだった。
あのキラキラとただ真っ直ぐな輝きに、嫌気しか感じなかったあの時を。

(あー···ダメだな)
(でも、この苛立ちはきっとそういう類のものだけじゃ、ない···のも、また···)

相変わらず不安そうにこちらを見つめる彼女。
そんな表情を跳ね返すように、にっこり笑みを浮かべてやった。

黒澤
あ、そうだった!オレ、自販機に飲み物を買いに行くところだったんですよー
では、お邪魔しました★

咄嗟に動きかけた彼女に向けて一瞥を送る。
すると、ピタリとその動きが止まった。
追ってきていないことも確認して、ふっと息を吐きながら用もない自販機へと向かう。

(今のオレと話しても多分、ロクなことないから)

給湯室のコーヒーの匂いが鼻に残っていた。
ただ、それを飲むのは何となく癪で、コーヒー牛乳を選ぶ。

(イライラした時にはカルシウム、ってね)

買ってきたコーヒー牛乳を啜りながら、課内の2人を見ていた。
別に大した意味はないが、どうしようもなく目に入ってきてしまう。
すると案の定、サトコさんから屋上に呼び出された。

(コーヒー牛乳程度のカルシウムじゃ足りなかったかなー···)

思い返せば、コーヒー牛乳の味なんてほとんど覚えていない。
そして、目の前の彼女は相変わらずどこか恐々とこちらを窺っていた。

(どう来る、ってのも何となく予測できるけど)

突然、ガバッと頭を下げる彼女の頭頂部を、特に感慨もなく見下ろした。

サトコ
「ごめんなさい···!」

(ですよねー、あなたならそういうド直球の謝罪をしてくると思ってました)
(でも···)

彼女は昨夜は何もなかったのだと、それを丁寧に説明してくれる。
しかし、後藤さんと彼女のことを考えれば、そんなのは想定の範囲内だ。

(的外れな謝罪···本当に、オレをイライラさせるの得意なんだから)
(だから、ちょっとくらい虐めてもいいですよね?)

胸の内で、むくりと嗜虐心が頭をもたげる。

黒澤
それを信じられると思います?

サトコ
「······!」

予想以上に表情を強張らせる彼女に、少しだけ胸がすっとした気がした。
そして、ただの演技にするはずが、
そこに自分の苛立ちが乗ってしまっているのにも気付いていた。

(···やっぱり間違えたかも)

黒澤
なんて、冗談ですよ

サトコ
「え···」

そう打ち上げると、一転してポカンとこちらを見つめてくる。
自分の言動で表情をコロコロ変える様が、可愛らしく思えた。

(でも、まだ分かってなさそうだなぁ)

後藤さんの誠実さは身を以て知っているし、だからこそ要注意人物であることに変わりはない。

(もしサトコさんに本気になっちゃったりしたら、勝ち目はないだろうけど)
(オレも離すつもりなんて毛頭ないし)

黒澤
そうですね~···
サトコさんは、オレが莉子さん泊めたりしたら嫌じゃないですか?

サトコ
「それは···」

気付いて欲しいという例え話。
しかし、それも真剣に表情を曇らせた彼女に少し胸が弾みそうになる。
そして思い至ったように彼女はハッと顔を上げた。

サトコ
「もしかして、ずっと嫉妬してた···?」

嫉妬と疑念は別物。
それがやっと分かってもらえたらしい。

(どんなに醜くてもいい、カッコ悪くてもいい···)
(そうすることであなたが離れていかないのなら、オレは喜んでそれを選ぶ)

黒澤
自慢じゃないですが、そんなに心広くないんですよ、オレ
こと、あなたに関しては

誤解は解けたし、思いも多分伝わった。
だからこの話は、これで終わりだと思っていたのに。
後藤さんがまだ隠し球を持っているとは、この時は思ってもいなかった。

布団の中でスヤスヤと眠る彼女。
それを見ながら、ベッドの端に腰掛ける。

(もう、大丈夫か···)

ノートに書かれていた後藤さんの名前を消していく。
自分がどれだけ嫉妬心を抱いていたか、それも全て晒してしまった。
彼女がもう分かったと音を上げてしまうほど、執拗に。

(直接的な言葉がどれだけサトコさんに効くかも分かってるし)

それがいかに照れ臭く、恥ずかしくても、そうやって伝えることにした。
眠りにつく前の彼女の反応を思えば、どこか心は穏やかだった。

(誰相手でも、もう手遅れだから)

それほどに、彼女を愛おしいと離したくないと思ってしまっている。
サトコさんにだけは好かれたい、と。

黒澤
もっと欲を言えば、もう少しオレのことだけ考えて欲しいけど
どうすればいいんでしょうね~···

眠ったままの彼女の頬をぷにっと突っつく。
明日の朝は彼女の手作り朝食にありつけるだろうか。
それとも、このままベッドでうだうだしてしまうだろうか。

(まぁ、どっちでもいいけど)

少なくともその時間は、オレのことだけを考えてくれるだろうか。

サトコ
「ん···」

(やば、起こした···?)

サトコ
「透···くん···」

黒澤

サトコ
「······」

一瞬、名前を呼ぶも再び寝息を立て始める。
そして、ふにゃりと表情を緩める彼女に、胸の奥が締め付けられた。

(そういうとこ、本当にずるいですよ···)

思わず顔を伏せていると、もぞっと彼女が身じろぐ。
そして、柔らかかった表情が急に顰められた。

サトコ
「···後藤さ···スマホ···」

黒澤
······

(夢には後藤さんも登場しちゃってる、と)

一度閉じたはずのノートが再びパラパラと開く。
まだ消した痕の残るそのページに、再び後藤さんの名前を記していった。

(やっぱり要注意人物ってことで)

黒澤
まったく···今隣にいるのは誰か分かってるんですかね···

サトコ
「む······」

つい出来心で彼女の鼻を摘んだ。
すると、苦しそうに漏れた声に思わず苦笑してしまうのだった。

Happy End

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