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カンタンにイチャイチャできると思うなよ 後藤1話

ある日の警察庁の昼下がり。
私は石神班の捜査会議に参加していた。

津軽
うちのウサちゃんを差し出すからには、国家が揺らぐような大事件なんだよね?

石神
氷川、そこに座れ

サトコ
「失礼します」

黒澤
いやー、相変わらず津軽さんとの会話には馬耳東風ですね、石神さん!

(馬耳東風って、津軽さんのためにある言葉だと思ってたけど)
(視点を変えれば、変わるものなんだな···)

後藤
黒澤、お前も座れ

颯馬
そういえば、百瀬くんはどうしたんですか?

津軽
モモは別のお仕事
俺はウサちゃんを差し出すに足る仕事かどうか判断しないとね
···津軽班の班長として

石神
任務内容については書面で連絡してあるはずだ

津軽
人はやっぱり顔を合わせて、お話しないと

サトコ
「すみません。私もひとりで大丈夫だと言ったんですが···」

津軽
うちの大事な子を狼の群れに放り込めるわけないでしょ

サトコ
「狼って···」

津軽

後藤

津軽さんの視線が気のせいではなく誠二さんに向けられている。

(誠二さんが狼だなんて···そりゃたまには···じゃなくて!)
(私たちの関係を知られてるはずは···)

黒澤
いやー、わかります?オレって羊の皮を被ったオオカミなんですよね

石神
······

ダンッと石神さんが会議室のテーブルを叩いた。

石神
始めるぞ

サトコ
「は、はい!」

津軽
はーい

(津軽さんは置いてくるべきだった···)

石神さんの鋭い視線に、これ以上余計なことを言わないように願うばかりだ。

石神
今回の任務は政治家や各界の大物が集う立食パーティーでの捜査だ
氷川と颯馬はパーティーに潜入
俺と後藤はSPとして警備にあたりながらバックアップする
黒澤は会場近くの車内で全体の監視と連絡係だ

津軽
俺は?

石神
······

(黙殺···)

石神
今回の捜査目的は不法な高級売春ルートの摘発

サトコ
「高級売春ルートですか···」

後藤
······

視線を感じて資料から顔を上げると、誠二さんと目が合う。
言葉にこそ出していないが、心配する色が目の奥に浮かんでいる気がした。

津軽
秀樹くん、それでも人間?ウサちゃんに身体売らせるなんて

サトコ
「そういう任務なんですか!?」

石神
そんなわけないだろう

(良かった···)

石神
氷川はパーティーの給仕として潜入し、売春の斡旋ルートを探れ

サトコ
「わかりました」

津軽
パーティーのご馳走、お持ち帰りして来てね

サトコ
「それはまあ、できたらということで···」

石神
より詳細な打ち合わせは潜入当日の車の中で行う
参加者リストの名前だけは頭に叩き込んでおくように

黒澤
これ、100人近くいません?

颯馬
参加者は115人ですね

黒澤
おぼえられなーい

津軽
ウサちゃん、がんばれー

(石神班の任務に参加できる···これまでの成長を見てもらう絶好の機会!)
(絶対に良い仕事をしよう!)

津軽さんの雑な応援を横に、心の中で気合を入れた。

その日の夜。
連絡があり、誠二さんの家へと来ていた。

サトコ
「同じ任務に就くの、久しぶりですね!」

後藤
ああ。くれぐれも気を付けてくれ

サトコ
「売春ルートの調査ですし、潜入先はパーティー···そんなに危険じゃないですよ」
「もちろん、油断はしませんが!」

後藤
そのルートが不明だから、心配してる

誠二さんの腕が腰に回って引き寄せられる。

後藤
見境なく女を拉致している可能性だってある

サトコ
「そうなった時のための、私···と言いたいところですけど、十分に気を付けます」

後藤
···そうだな

抱き締める腕の力が強くなり、誠二さんの声は首筋に落ちた。

サトコ
「心配、ですか?」

後藤
アンタの男としては···な。だが、刑事としては不要なものなんだろう
アンタは優秀で、トラブルがあっても問題なく対応できる
任務は成功すると信じてる

サトコ
「はい。誠二さんたちに指導してもらったことを思い出して、しっかり頑張ります!」

後藤
···うちの班に配属されてたら、なんて思うのは我儘なんだよな

サトコ
「え?」

身体が横に向けられ、その顔が見える。
少し困ったように、気持ちを持て余すように···こちらを見ていた」

後藤
同じ班だったら、『うちの氷川』って言えたか?

サトコ
「それって···」

(もしかして、『うちのウサちゃん』に対抗して!?)

サトコ
「気にしてたんですか?」

後藤
相手は津軽さんだ。気にしても意味のないことだというのは、わかってる
だが···

大きな手に髪を梳かれると心地良くて、身体から力が抜ける。

後藤
それでも、自分のもののような顔をされると、我慢が利かなくなりそうになる

サトコ
「ん···」

髪にキスを落としながら、誠二さんの手はTシャツの下に潜り込んでくる。

サトコ
「私は誠二さんのものですよ」

後藤
あの人に聞かせてやりたい

(誠二さんってば、意外とヤキモチ妬き!)

触れる手から伝わる独占欲に、その首に腕を回せば。

後藤
サトコ···

ふたりだけの夜はあっという間に更けていった。

迎えた任務当日。
私はインカムを装着し、ホテルの給仕係の名札を受け取る。

颯馬
私は別ルートから入ります。中で会いましょう

サトコ
「わかりました」

黒澤
オレが、この車の中から会場内を監視、バックアップするのでご安心を!

石神
武器を所持しているような人物は確認できないが、パーティー開始後入ってくる可能性もある

後藤
応援が必要な時は、すぐに呼べ

サトコ
「はい」

石神班でのやり取りは訓練生時代を思い出す。

(でも、もう訓練生じゃない···)

目を閉じて集中力を高める。

サトコ
「氷川、行きます」

後藤
······

車から出る時、誠二さんに軽く肩に手を置かれる。
一度強く視線を交わしてから、会場へと向かった。

(テレビで見たことのある顔がいっぱい···この人たちが売春の顧客ってこと?)
(表に出たら、世間を騒がすどころじゃ済まなそう)

男性A
「君、グラスをひとつ」

サトコ
「かしこまりました」

トレーに載せているシャンパンをひとつ渡すとーー

男性A
「ありがとう」

サトコ
「!」

お礼と共にしっかりとお尻お触られた。

(セクハラ!)

はっと男の方を見ると、ニヤッとした笑みを返されただけだった。

(こういう仕事も触られるのが当たり前ってこと?)

その疑問はすぐに解消された。
男性客に飲み物を渡すと6割くらいの確率で、どこか触られる。

(コンパニオンの女性も多く派遣されてるのに、セクハラに遭ってるのは給仕係の子の方が多い?)

面割りをしながらスタッフの動きも確認する。

(コンパニオンに触ると目立つから?だとしたら、かなり雑な連中···)

男性B
「ナプキンを1枚もらえるかな」

サトコ
「こちらに···」

胸のベストにあるナプキンを取り出そうとすると。

男性B
「自分で取るから大丈夫だよ」

サトコ
「!」

(こんな堂々と!?)

胸を触ろうとしてくる手を裂けようとした、その時。

颯馬
失礼

伸びてきていた男の手を断ち切るように間に入って来てくれたのは、颯馬さんだった。

颯馬
ノンアルコールの飲み物はありますか?

サトコ
「はい。こちらへ」

セクハラ男の視界から隠すようにしながら、颯馬さんは私を会場の隅へと誘導していく。

サトコ
「ありがとうございます」

颯馬
飲み物を頂きに来ただけですよ

サトコ
「代議士の方ですか?」

颯馬
いえ、まだ勉強中の身でして。代議士秘書です

(なるほど、颯馬さんは代議士秘書で潜入したんだ。違和感がなさすぎる!)
(でも···)

ふと、疑問に思う。

(潜入捜査と言えば、誠二さんの得意分野のはず。どうして、颯馬さんになったんだろう?)

石神
一旦、待機室に戻れ

インカムから入った通信に私と颯馬さんは目で頷き合うと、
用意されているホテルの部屋に時間差で向かった。

あらかじめ手配されていた客室に入ると、そこには石神さんと誠二さんが待っていた。

石神
何か分かったか?

颯馬
サトコさんから、どうぞ

サトコ
「はい」
「売春のために呼ばれているような女性は見受けられませんでしたが···」
「給仕係へのセクハラがかなり多いです」

後藤
俺の目からも、そう見えました

(さすが、誠二さんも会場の様子をきちんと見てるんだ)

サトコ
「コンパニオンの女性はほとんど触られていませんでした」
「私を含む給仕係の女性ばかりが目を付けられていた印象です」

颯馬
となると···あの噂も真実味を帯びてきますね

石神
噂というのは?

颯馬
代議士と裏方のスタッフから、いくつか情報を手に入れました
給仕係を派遣している会社に裏帳簿が存在するとか

石神
怪しいのは給仕の方か

サトコ
「親元の会社まで探りますか?」

後藤
給仕係が売春そのものに関わっているのであれば
当初の氷川の任務と大きく変わってきます

石神
確かにな。囮捜査になりかねない

颯馬
報告書を見たら、津軽さんがうるさいかもしれませんね

石神
···氷川、お前はコンパニオンに変更だ

サトコ
「今から···ですか?」

石神
化けられるか?

サトコ
「た、多分···」

颯馬
私がメイクを手伝いますよ

サトコ
「助かります···!あの、服は···」

後藤
念のため、黒澤が手配しておいた

誠二さんが客室のクローゼットを開ける。
そこには普段私が着ないようなセクシーな服が並んでいた。

颯馬
ドレスは、これを

後藤
いえ、こっちで

胸元が大きく空いたドレスを取ろうとした颯馬さんの手を、誠二さんがグッと押さえた。
誠二さんが見せてくれたのは、極力肌の露出が少ない1枚。

サトコ
「これなら、なんとか!」

颯馬
「ふふ、そうですね」

後藤
······

颯馬さんが誠二さんを見て微笑み、誠二さんは決まりが悪そうに目を伏せている。

サトコ
「そっちは、胸が大きくないと似合いませんからね!」

石神
······

後藤
······

(あ、余計なフォローだった!?)

黒澤
大丈夫!女性の魅力は胸の大きさじゃありませんよ!

後藤
お前がセクハラしてどうする!

サトコ
「いえ、その、私が言い出したことなので···」

皆さんのおかげで上手く緊張が緩み、私はコンパニオンとして再潜入することになった。

to be continued

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