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カンタンにイチャイチャできると思うなよ 後藤2話

メイクと服を着替えた私はコンパニオンとして会場に戻った。

(もともと目立ってなかったし、これなら何とか誤魔化せそう)

コンパニオンになることでセクハラの煩わしさが減り、より効率的に状況を把握できる。

男性A
「君、飲み物を」

給仕係A
「かしこまりました」

給仕係の女性がグラスを渡すと、男の手が背中に回った。

(お尻に触るどころか、スカートの中に手を入れてない!?)

さすがに見過ごせない···と、私はその2人に近づいていく。

サトコ
「私にも1杯いただけますか?」

給仕係A
「え···」

男との間にさりげなく入ると、給仕係の女の子に睨まれた。

(これ···余計なことはするなってこと?)

男性A
「君、何も聞いてないのかね?」

サトコ
「···すみません、失礼します」

なるべく相手の記憶に残らないよう、一礼するとサッと下がった。

(給仕係の女子は触れられることを嫌がってなかった)
(『何も聞いてないのか』っていうことは、触るのが暗黙の了解になってるってことだよね)
(これはやっぱり···)

先程の作戦会議での推測通り、給仕係の派遣会社が売春組織になってる可能性が高い。

(ホテルの給仕の仕事なら、表向きは問題ない。その裏で売春行為···)
(ここの女の子たちも事情があるってことか)

他の給仕係の子の様子を見ながら、会場にある螺旋階段を降りようとした。
ドンッと背中を強く押される。

サトコ
「!」

(突き落とされた!?)

傾く身体の視界で隅でとらえたのは、さっきの給仕係の子。

(そこまですることのこと!?)

下は螺旋階段。
衝撃を軽減する方法を考える時間はなくて、反射的に受け身の体勢をとると。

颯馬
···っと!

サトコ
「!」

後ろから突き出された手に助けられたと思った、次の瞬間。
引き戻す時の動きで、颯馬さんの胸に飛び込む形になった。

颯馬
ぁ···

サトコ
「ひゃあっ!」

唇の端に微かに振れた、柔らかな触感。

(そ、颯馬さんの唇!?)

後藤
どうした!?

サトコ
「い、いえ!何でもありません!」

誠二さんからの声に咄嗟に答える。
颯馬さんはと言えば、すぐに私の身体を離し、そっと会場の端にエスコートしてくれた。

颯馬
すみませんでした。本当に

サトコ
「い、いえ!助けていただいて、ありがとうございます」

颯馬
貴女を押した女···さっき、男に触れさせていた女でしたね

サトコ
「はい。客を取られたと思ったのかも···。例の読みは間違いなさそうです」

石神
そこまで確認できれば十分だ。後は派遣会社の方に手を回す
戻れ

サトコ
「はい」

話しが終わると、颯馬さんは私のインカムに手を伸ばし電源を切った。

サトコ
「颯馬さん?」

颯馬
これでここでの話は誰にも聞こえません

サトコ
「は、はい」

耳元で小さく囁かれると、先ほどのこともあってドキッとしてしまう。

颯馬
さっきのはアクシデントです。誰にも言う必要はありません
私たちだけの『秘密』···いいですね?

サトコ
「は、はい···」

笑顔で念を押されれば、絶対に言ってはいけないようなきにさせられるから不思議だ。

颯馬
では、また後ほど

サトコ
「はい!」

(秘密···秘密ができてしまった···)

バクバクという心臓を抱えながら、それぞれ別のルート会場を出て、潜入捜査は無事終了した。

黒澤
お疲れさまでした!万事順調でしたね

車を出しながら黒澤さんが労いの言葉をかけてくれる。

石神
短時間で必要な情報を集められた。颯馬も氷川もよくやった

颯馬
今回、1番頑張ったのはサトコさんですよ

サトコ
「ありがとうございます」

後藤
嫌な思いもしだろう。大丈夫か?

サトコ
「仕事ですから。問題ありません」

黒澤
セクハラ野郎っていうのは、どの世界にもいますからね~

颯馬
女性捜査員の苦労を知るという意味では、私たちもいい勉強になります

石神
今回の件は津軽にも評価を伝えておく

サトコ
「それは有り難いのですが、実は階段から落ちかけるという失態もありまして···」

颯馬
結果的に落ちなかったんですから、問題ありませんよ

(ここまでフォローしてくれるなんて···ありがとうございます!)

心の中で颯馬さんに手を合わせると。

後藤
······

ふと、こちらをじっと見つめている誠二さんと目が合い···
それはやがてゆっくりと逸らされる。

(秘密···誠二さんにも言えないことが···)

罪悪感に似たものが、ちくりと胸を突き刺した。

翌日、私はデスクで昨日の潜入捜査の報告書を作成する。

(セクハラ行為についても、具体的に書かないと···『臀部に男の手が』···?)

津軽
業務中に官能小説とか書いちゃダメだよ?

サトコ
「うわっ」

いきなり横から津軽さんの顔が出てきてイスから落っこちそうになった。

颯馬
大丈夫ですか?

サトコ
「そ、颯馬さん!」

私の身体を支えてくれたのは、またもや颯馬さんだった。

(最近、颯馬さんに助けられてばっかり!)

しっかりと肩に置かれた手を見ると、昨日のハプニングが思い出されてーー

サトコ
「だ、大丈夫です!ありがとうございます!」

颯馬
そう、ですか···

津軽
ねぇ、なんでそんなぎこちないの?

サトコ
「ぎ、ぎこちないって!全然そんなことないですヨ!」

颯馬
今朝、床のワックスが塗り直されたばかりだから、滑りやすいのかもしれませんね

サトコ
「で、ですね!」

颯馬
気を付けて

サトコ
「はい···っ!」

津軽
······

笑顔で去っていく颯馬さんに頭を下げると、津軽さんの視線を感じる。

サトコ
「···何か?」

津軽
ウサちゃんって、結構尻軽?

サトコ
「ど、どうしてそういう話になるんですか!?」

津軽
潜入捜査で、周介くんとどうにかなっちゃったんでしょ

サトコ
「!」

(どうにかなっちゃったといえば、なっちゃったけど!)
(だけど、あれは助けてもらっただけだし!)

津軽
ねぇ···

津軽さんが私のデスクに肘をつくと、覗き込むように顔を近づけてきた。

サトコ
「な、なんでしょう···」

津軽
報告書に書けないことがあるんだとしても、上司には報告するべきだよね?
周介くんと、何があったの?

サトコ
「津軽さんが聞いて面白がるようなことは何も···」

(颯馬さんとキス寸前になったなんて知られたら、当分面白がられるに決まってる!)
(それにこれは···)

颯馬
私たちだけの『秘密』···いいですね?

(絶対に言ってはいけない!)

津軽
俺の目を見て言える?何でもないって

(ここは、何か話をしないと引き下がってもらえない···)

サトコ
「実はその、昨日給仕係の予定だったのが、途中からコンパニオンになりまして」

津軽
へぇ、ウサちゃんのコンパニオン···馬子にも衣装になった?

サトコ
「馬子にも衣装になるために、颯馬さんにメイクを手伝ってもらったんです」
「それがなというか、気恥ずかしくて」

津軽
なるほど。ウサちゃんは周介くんよりメイクが下手···と

サトコ
「颯馬さんが器用だと言ってください!」

津軽
コンパニオンの写真、透くんが撮ってるよね。それ報告書に添付して
あ、今度はバニーガールになってね

サトコ
「······」

津軽さんは黒澤さんを探しに、傍を離れてくれる。

サトコ
「ふぅ···」

(でも、颯馬さん相手にギクシャクしてしまったのは事実)
(あれくらいのこと、気にしないようにしないと!)

ちょうど、お昼休みになる。
一旦仕切り直すために、給湯室に向かった。

(コーヒー、紅茶、ココア···何にしようかな)

給湯室の戸棚を開けて考えてみると。

後藤
これ、飲むか?

サトコ
「ご、後藤さん!」

後ろから頬に冷たいものが触れ、びくっと振り返る。
その手には、いつもの私の好きなミルクコーヒー。

後藤
驚かせたか?

サトコ
「いえ、まさか!全然!」

(私、さっきから同じような反応を繰り返してばっかりな気が···)

サトコ
「有り難く、いただきます。後藤さんも休憩ですか?」

後藤
アンタがここに行くのが見えたから

サトコ
「あ、そうなんですね!」

(2人になるために来てくれたのかな。だったら嬉しい···)

ミルクコーヒーのように甘い誠二さんに頬が緩みそうになりーー

(ん?)
(私がここに来るのが見えたってことは···その前のやり取りも、もしや見られてた!?)

颯馬さんへのギクシャクした態度や、津軽さんとの会話。

(挙動不審だと思われた可能性も···)

後藤
······

サトコ
「······」

後藤さんはブラックの缶コーヒーを飲んでいる。

(何か話さないと···せっかく誠二さんが来てくれたのに)
(ずっと黙ってたら、ますます怪しいことに···)

後藤
···何かあったのか?

サトコ
「え?」

後藤
その、周さんと

サトコ
「!···へ、あ···っ」

(ど、動揺でおかしな声を出してしまった!)

後藤
···何かあったんだな

その目が伏せられ、悲しそうな色が浮かんだ。

サトコ
「ち、違うんです!何もないです!心配されるようなことは!」

後藤
心配されないことはあったということか

サトコ
「それは、その···」

(誘導尋問ですよ、誠二さん!)

サトコ
「ちょっとしたアクシデントがありまして···」

後藤
あの、声がした時だろう?

サトコ
「は、はい」

後藤
あの時、何があった?

私が言葉を濁せば濁すほど、誠二さんは怪訝そうな顔になっていく。

(どうしよう、『秘密』だし···でも、誠二さんに秘密なんてよくないよ!)
(秘密を話すのを秘密にして、でも秘密だからで···)
(ああ、秘密がゲシュタルト崩壊しそう!)

頭の中では、グルグルと笑顔の颯馬さんが回って目が回りそうだ。

サトコ
「ほんと、大したことはないんです!そろそろ仕事に戻らないと···」

後藤
氷川···

サトコ
「では、また···!」

ミルクコーヒーを一気に飲み干し、大きく頭を下げると給湯室を飛び出す。

(ああ、この態度、絶対変!墓穴を掘り続けてる···!!)

背中に感じる視線に、ひたすらに申し訳なさが募ったけれど。
ここでもう一度、引き返すことはできなかった。

to be continued

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