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カンタンにイチャイチャできると思うなよ 後藤3話

サトコ
「はぁ···」

思わず、階段で走ってきてしまった。

(もうこのことは忘れよう!)
(触られたって意味では、いろんな人から触られたんだし、颯馬さんのはアクシデント!)
(わざわざ言って、誠二さんを嫌な気持ちにさせることは···)
(でも、秘密のままの方が罪!?)

堂々巡りに陥り、頭を抱えていると。

颯馬
大丈夫···ではなさそうですね

サトコ
「そ、颯馬さん···!」

階段で鉢合わせたのは、件の颯馬さんだった。

颯馬
やはりここは私が責任をとるべきなのでは

サトコ
「責任って···そんな、大げさな!」

颯馬
いえ、男としては当然のことです。貴女を苦しめるのは本意ではありませんが
このままじゃ、私の気持ちが収まらない

サトコ
「え、え···」

(な、なんか、どんどん距離が···!)

距離を詰めてくる颯馬さんに後ろにか下がり続ければ、ドンッと背中が壁にぶつかった。

颯馬
···本気なんです

サトコ
「!?」

トンッと顔の横に颯馬さんの手が置かれた時。

後藤
サトコ!

サトコ
「!」

踊り場に響いたのは、私を名前で呼ぶ誠二さんの声だった。
駆けてくる誠二さんの、その髪と呼吸は心なしか乱れている。

サトコ
「後藤さん···」

颯馬
後藤···

後藤
······

それが長い時間だったのか、短い時間だったのかーーは、わからない。
無言でこちらに注がれる視線が痛い。

サトコ
「こ、これには···」

颯馬
事情があるんです

後藤
なければ困る。あったところで許容できるかは別ですが

こちらに来た誠二さんが、私の顔の横から颯馬さんの手を退けた。
その身体が間に入ると、颯馬さんが両手を挙げて後ろに下がるのが分かる。

颯馬
許容できることだと思うから。···多分

『多分』という言葉に、誠二さんの眉間のシワが深くなった。

後藤
周さん、一体彼女に何を···

颯馬
···彼女にキスしかけました

後藤
なっ···

サトコ
「2人だけの『秘密』だって言ったのに!」

後藤
なん···だと···?

サトコ
「い、いえ!これは颯馬さんが、その···!」

颯馬
2人とも落ち着いて。はい、深呼吸

いつの間にか颯馬さんが真ん中に立ち、私と誠二さんの肩に手を置いていた。

サトコ
「ふー···」

後藤
はぁ···

颯馬
そう、深く吸ってー···吐いてー···
はい、よくできました

(深呼吸って、結構効果あるんだ···本当に落ち着いてきた···)

サトコ
「隠したいと言うより、無駄に不快な思いをさせたくなかったというか」
「あの日はあちこち触られていたので、わざわざ颯馬さんのことだけ言うのも···と」

後藤
待ってくれ。そもそも、なぜそういう事態になったんですか?

颯馬
階段から落ちそうになった···という話はしたでしょう?

サトコ
「その時に後ろから颯馬さんが引っ張ってくれたんです。その拍子に···」

颯馬
唇の端をかすめて···

後藤
ああ、なるほど···

やっと合点がいったという顔で、誠二さんが頷いた。

後藤
初めから、そう言ってくれれば···

サトコ
「すみません···」

颯馬
私が『秘密』にした方がいいと言ったからです。サトコさんを責めないでください

後藤
事情が分かれば、俺はそれで···

颯馬
不可抗力とはいえ、すみませんでした。後藤のそれは大切な···

後藤
···周さん

誠二さんが止めると、颯馬さんはニッコリと笑った。

颯馬
昨日、あの環境で本当によく頑張ったと思います
後藤からもぜひ、ご褒美をあげてください

後藤
······

誠二さんは少し困ったような顔で、去っていく颯馬さんに一礼して見送る。
2人きりになり、改めて誠二さんに向き直る。

サトコ
「後藤さんの言う通り、最初から本当のことを言ってれば、こんなややこしいことには···」
「秘密なんてつくって、すみませんでした!」

後藤
いや、俺も配慮すべきだった。いろいろ、すまない

サトコ
「いえ!後藤さんが謝ることなんてないです!」

2人で謝り合うと何とも言えない空気になり、どちらともなく苦笑が浮かぶ。

後藤
···仕事中だったな

サトコ
「報告書の途中でした」

後藤
あとで連絡する。先に戻れ

サトコ
「はい」

人の気配がする前に、私たちは時間差をつけてデスクへと戻った。

その日の夜は2人とも早く上がることができ、誠二さんの部屋で合流した。

後藤
今日のハヤシライス、美味かった

サトコ
「よかったです。誠二さんが作ってくれたスープも美味しかったですよ」

後藤
キャベツをちぎってコンソメで煮ただけだ

サトコ
「オールスパイスが効いてましたよ?」

後藤
···どんな料理にも合うんだろう?オールスパイスというくらいだから

サトコ
「誠二さんも料理馴れしてきましたね」

後藤
そうか···?

私が洗い物をして、誠二さんが布巾で拭いてくれる。

後藤
風呂の用意はしてあるから、先に入ってくれ

サトコ
「ありがとうございま···す···?」

エプロンを外すと、後ろからその腕に囲われた。

(あれ?先にお風呂に···って、言われたよね?)

サトコ
「誠二さんが先に入りますか?」

後藤
いや、アンタが先に

サトコ
「でも、あの、この体勢だと一緒に入るしか···」

後藤
今日は仕事場で、あんな話をして悪かった
家を出たら、恋人扱いしないと偉そうなことも言ったのに

回された腕に手を重ね、首を振る。

サトコ
「秘密はもう···つくりません」

後藤
そうしてくれ

サトコ
「誠二さんは···」

後藤
ん?

サトコ
「誠二さんに限って秘密なんてないですよね」

後藤
······

(ん?ここで、沈黙?)

サトコ
「誠二さん?」

後藤
···秘密はよくないんだよな

サトコ
「まさか、誠二さんも何か秘密が···?」

顔だけで振り返ると、伏せられた目と出会った。

後藤
あのあと···周さんとアンタの話を聞いたあと

サトコ
「はい···」

後藤
あの会場の監視カメラを確認した

サトコ
「え···監視カメラ···?」

後藤
その、触れたという唇が···どのくらいだったのか
どうしても気になって

サトコ
「···見たんですか?」

後藤
···ああ

サトコ
「だ、大丈夫でしたよね?」

(一瞬のことだったから···)

確認されるとなると、やや不安になってくる。

後藤
······

身体が反転させられた。
真顔の誠二さんに見つめられる。

(ま、まさか思ったよりも唇に近い場所に!?)

後藤
······

顔が徐々に近づいて来てーー
その唇が私の左の唇の端に軽く···触れた、それこそ吐息がかかるくらいの軽さで。

サトコ
「ぁ···」

後藤
「ここだろう?」

サトコ
「は、はい···」

後藤
疑ってたわけじゃない。ただ、どうしても···

サトコ
「わかります。そういうの理屈じゃないって」
「反対の立場だったら、私も同じことしたかもしれないです」

後藤
本当か···?

サトコ
「はい」

(だって気になるのは好き、だからだし···)

後藤
···好きだ

サトコ
「!」

思っていたことを言われ、小さく息を吸った、その瞬間。
正面から唇が重ねられた。

サトコ
「ん···」

後藤
···嫉妬深いよな、俺は

サトコ
「そんなこと···」

後藤
他にもアンタが触られたところを見て···

誠二さんの手が腰回りへと伸びてくる。
それから太もも···昨日、セクハラで触られた場所だった。

後藤
様々な訓練は受けてきたが···
この手のことを堪える訓練は、まだまだ必要そうだ

サトコ
「誠二さん···」

女だから、駆り出される任務があるーーそれは理解していたつもりだけれど。

(誠二さんも、何も感じないわけじゃない)
(潜入捜査で反対の立場になれば、私だって···)

サトコ
「私にも必要な訓練です。だから、一緒に頑張りませんか?」

後藤
アンタとならできる気がする。だがその前に、ご褒美をやらないといけない

サトコ
「それって···」

後藤
周さんに言われたからって···それだけじゃない
俺がサトコを甘やかしたいんだ

(も、もう十分甘やかされてます···!)

ぎゅっと抱き締められれば、幸せ過ぎてお風呂に入る前からのぼせていた。

そして交代でお風呂に入り、私は今、髪を乾かしてもらっていた。

(ここは極楽?甘やかされすぎでは···?)

後藤
熱くないか?

サトコ
「大丈夫です···気持ち良すぎです···」

後藤
···そうか

目を閉じていると、びくっと髪に触れている手の動きが一瞬止まった。

サトコ
「あ、そろそろ乾いたので···」

(誠二さんだって疲れてるのに、私だけ極楽気分じゃ申し訳ない!)

サトコ
「今度は私が誠二さんを乾かしますよ」

後藤
俺は、ほとんど乾いてる

サトコ
「本当ですか?」

振り向いてその髪に触れると、少し根元が湿っているだけだった。

サトコ
「軽く仕上げだけでも···」

後藤
寝癖が目立たない髪型にしてもらってるから、大丈夫だ
それに言っただろう?今夜は俺が甘やかすって

乾かしてもらったばかりの髪に、指が差し入れられて梳かれる。
大きな手が心地良くて、少し甘えるようにその手に顔を寄せた。

サトコ
「こんなに甘やかされたら、溶けてしまいそうです···」

後藤
これくらいで···か?

サトコ
「これくらいでって···」

後藤
まだまだ甘やかし足りない

サトコ
「え···っ」

ドライヤーを置いた誠二さんに、今度は抱き上げられた。

後藤
溶けてしまいそうなら···溶ける姿を見せてくれ

サトコ
「!」

耳のすぐ傍で囁かれる声は、これまで聞いていた中でも特別に甘くて。

(甘やかしモードの誠二さん···)
(私、明日、公安刑事に戻れるかな···)

幸せ過ぎる不安もすぐに溶かされてしまう。
寝室に1歩、踏み入れた、その瞬間に。

Happy End

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