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カンタンにイチャイチャできると思うなよ 石神カレ目線

朝イチで入っていたメッセージに書かれていたのは『漬物が食いたい』
差出人は誤魔化されているが、相手は誰だかすぐに分かる。

(難波さんからの呼び出しか)

この連絡が来たときには、1時間後に公安学校の屋上に集合と決められている。
なぜ、『漬物が食いたい』が難波さんからの呼び出しになったかと言えばーー

(難波⇒NMB⇒逆にするとBMn⇒ホウ素とマンガン)
(⇒農業系肥料に含まれる微量要素⇒特に大根と白菜にいい⇒漬物)

工夫されているんだか、余計なこと課、判断に迷うところだが。
難波さんからの指示であれば、従わないわけにはいかない。

加賀
チッ

(あの顔、加賀のところにも呼び出しが来たようだな)

あいつとの任務ならば、尚更気は進まないが。
任務というのは、往々にしてそういうこともある。

難波
お、来たか
ご両人。上手くやってるか?

石神
「呼び出しの要件を聞かせてください」

加賀
これでも忙しい身なもんで

難波
おいおい、銀室で心まで凍えちまったのか?
俺からの久しぶりの頼み事なんだから、もっと喜べよ

石神
喜んでいるので、ぜひ詳細を

難波
お前ら2人に、ここでの臨時教官を頼みたい

加賀
ここにいる連中は何をしてるんですか

加賀がいかにも面倒という顔で眉をひそめた。

難波
どっかから邪魔が入って、教官がごっそり捜査に駆り出された
こっちでも手を回して人員の補充はしたが、それでもどうしても人手不足でな
お前らだったら1日で3日分の内容の講義ができるだろ。頼むよ

(ここでの教官任務はもう終わったと思っていたが···)

難波さんに『頼む』と言われれば、断れないのが俺たちだった。

難波
じゃあ、仲良くな。お2人さん

左右の手で俺と加賀の肩を叩き、用件は済んだとばかりに難波さんは屋上を出て行く。

石神
仕方がない。スケジュールの調整だ

加賀
···あいつも使うか

石神
あいつ?

加賀
サトコだ

タバコに火を点けた加賀に眉間にシワを寄せる。

石神
どこにその必要がある。今の氷川は津軽班だ
公安学校の件に巻き込めば面倒なのは目に見えている

加賀
女の訓練生の指導をさせるいい機会だ

石神
それはそうだが···

(この男が訓練生のことを考えて、こんなことを言い出すか?)

石神
津軽の説得が面倒だと分かっているのか

加賀
わかってねぇわけねぇだろ。あいつは俺らに貸しを作りたがる
そこを利用してやりゃいい

石神
ツケはお前が払え

この時は “難波さんからの指示” という点が俺の目を曇らせていた。
加賀のこんな言葉を真に受けるなんて。

尾行訓練、終了後。

加賀
お前、俺を落としてみろ

サトコ
「はい?」

石神
「何を言っている」

(本当に何を言っている···!!)

怒鳴らずにいられたのは、公安刑事としての日々のおかげだろう。
理由を聞けば、ハニートラップの実地訓練も必要だーーという、もっともらしい回答だったが。

石神
「こういうことは木下あたりの意見を聞いた方が···」

加賀
いいのか?あいつに指導をさせた日には···

加賀の口角が上がる。

石神
「······」

(木下に指導させた日には、必要以上のことを教えられる可能性が大きい···)

その余波を考えれば、彼女を頼ることは賢明とは言えない。
結局、自分が相手になるという加賀を説き伏せるだけのいい材料がなく。

加賀
指をくわえて見てろ。テメェだけ···
カンタンにイチャイチャできると思うなよ

石神
「!」

(こいつが今回の仕事を請けた狙いは、これか···!)

気付いた時には、すでに時遅し。
乱入してきた黒澤と颯馬の手によって、ことは勝手に進められる。
こういう時の颯馬はーー腹黒い。

加賀とサトコの部屋の隣でモニターを見つめる。

石神
······

加賀
ぼんやりして興ざめさせるんじゃねぇ

サトコ
『は、はい』

なぜ加賀の上に馬乗りになるサトコをモニターで見つめなければならないのか。

後藤
石神さん、カップが割れる前に、こっちへ···

石神
······

後藤が何か言って、俺の手からティーカップを外していった。

東雲
この状況の石神さんに話しかけられるって、すごいよね

黒澤
それが後藤さんなんですよ!

石神
うるさい

黒澤
···はい

傍観している間にもーー

加賀
···焦らすのも悪くねぇが、油断大敵だな

サトコ
『!?』

加賀がサトコを押し倒した。
その瞬間、空気が変わったと思ったのは俺の気のせいではないはずだ。

(加賀、あいつ···!)

サトコ
『私のことが欲しかったら、まず先に話を聞かせてください』

反射的に身体が動きかけたが、
それを止めたのはサトコがまだ訓練続行の意思を見せていたから。

加賀
ほう、言うじゃねぇか。聞きたいなら、最中に聞き出せ

石神
······

加賀がベッドを大きく軋ませる、恐らくわざとだ。
こちらが動けなくなっていくのとは反対に、加賀はサトコとの距離を詰めていく。

加賀
···目、開けてる方が好きか

サトコ
『···っ』

加賀の目が細められた瞬間に分かった。

(あいつは訓練のつもりはない···!)

放置すれば、このままサトコの唇を塞ぐぐらいのことは平然とするだろう。

石神
黒澤!

黒澤
はい!黒澤透、いきまーす!

石神
······

(初めから、中止すべきだった。こんなくだらないことは)

後藤
石神さん、手に爪の痕が···

石神
···ああ。少しひとりにしてくれ

今すぐサトコの声が聴きたくて。
2人だけの通信を繋いだ。

帰ってすぐに反省会という名のもとに、サトコを部屋に呼んだ。

石神
···あの状況を再現してみろ

サトコ
「え···?」

石神
失敗をそのままにしておくつもりか

サトコ
「いえ!」

状況を再現したのは、ただの独占欲だというのは十分に分かっている。
そして同時にーー

(あの時の加賀が、何を考えたのか)

反発しているからこそ、わかることもある。
頼りなく上に乗られるというのは、想像以上に “男” を刺激するものだった。

(これが意図的な演出なら、完璧なハニートラップだが···)

石神
男女の差がある限り、力づくで押さえ込まれる場合もある

サトコ
「!」

確認するために体勢を反転させると、彼女は俺の下から逃げた」

石神

サトコ
「押さえ込まれないように気を付けなきゃいけないんですよね」

(こんな時に冷静な意見を···)

石神
加賀からは逃げず、俺からは逃げるとは、どういうつもりだ

サトコ
「え···っ、だ、だって、これは訓練なんですよね?」

石神
それが理由になると思ってるのか

褒めてやるべきなのかもしれないが、今の俺にはそれができない。

石神
ハニートラップは相手の意表を突き、心を乱すこと
······
···案外、今日は成功していたのかもしれないな

(加賀も初めは遊び半分の様子見だったはずだ)
(それが途中から···)

サトコを押し倒した時には、本気になりかけていた。
自分の女が他の男の欲望に晒されたかと思えば、眉間のシワは深くなる。

サトコ
「加賀さんの時も引き出すべき情報を決めてなかったような気が···」

石神
···そうだったな

サトコ
「それで訓練になったんでしょうか?」

石神
···いや

サトコ
「秀樹さんと加賀さんがいながら、なぜそんな事態に?」

石神
······

(加賀が言及しなかったのは故意だろうが、俺がそれを見過ごしたのは)
(この案が出た時から、俺は冷静さを欠いてた)

石神
お前は、ある意味···
いや、何でもない

サトコ
「あの···?」

(ハニートラップの達人かもな)
(ただし、それは俺限定でいい)

立派な公安刑事として育つことを願っている。
だが、これだけは別だ。
ハニートラップは今後、禁じ手とするーー

Happy End

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