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本編③(前編) 津軽1話

カーテン越しに陽が透けている。
このところ好天が続いていて、朝から気分がいい。

(家を出るまで、まだ15分余裕がある)
(今日はメイクのノリも良かったし、良い日になるかも!)

テレビ
『週末、東京についに移動遊園地がやってきます!』

朝のニュースのエンタメコーナーの話題が耳に入ってきた。

サトコ
「移動遊園地かぁ···めずらしい」

メトロな雰囲気の遊園地はテレビ越しでも楽しそうだった。

(津軽さんと行ったら楽しいかな···って、いやいや!)
(遊園地に行きましょうなんて言ったら、いかにもデートに誘ってるっぽいし!)
(今の考えはナシナシ)

前に映画に誘ったのは、花巻監督と芹香さんの事件の延長だからカウントしない。
そして、あの時のデートと言えば···
テレビを消して部屋の時計を確認すると、目に入るのはブリザーブドフラワー。
この花はーー

津軽
はい、これ

サトコ
「!?」

目の前に小さなブーケが差し出された。
可愛らしい色の花束。

サトコ
「本物の花束?どうして···」

津軽
俺が遅刻しても花も用意してない男だと思った?
その色のワンピにはこの色の花でしょ

(津軽さんからもらった花束···)

枯らしてしまうのがもったいなくてブリザーブドフラワーにしたのは秘密だ。

(時にはパワハラセクハラの嵐だけど)
(毎日好きな人に会えるっていうのは、ある意味ラッキーなのかな)

サトコ
「よし、いってきます!」

気合を入れると、勢いよく玄関のドアを開けた。

サトコ
「おはようございます!」

百瀬
「うるせぇ!」

朝の挨拶が早速蹴散らされた。

サトコ
「今朝はやけに機嫌が悪いですね···彼女さんとケンカでもしました?」

百瀬
「あ゛?」

サトコ
「いえ、何でも···」

(百瀬さん、このまま加賀さんに進化していくのかな···)

サトコ
「津軽さんは、まだですか?」

百瀬
「今日から1週間出張だっつったの忘れてんのか」

サトコ
「!」

(そうだった!昨日の深夜にLIDEで連絡が来てーーー)

津軽
明日から1週間いないけど、さみしくて死んだらダメだよ

(半分寝惚けてたから、忘れてた···)

サトコ
「百瀬さんが不機嫌なのは、置いてかれたからなんですね」

百瀬
「てめぇ···」

サトコ
「ちょ、穴あきパンチ握り締めないでください!鈍器ですよ、それ」
「津軽さんが帰ってきたら言いつけますよ」

百瀬
「告げ口とは、いい度胸じゃねぇか」

チッと舌打ちしてから、百瀬さんは不機嫌オーラ全開で課を出て行く。

(助かった···津軽さんがいないから本調子じゃないのかな)
(でも、そっか、1週間いないのか···)
(···うん、留守にしても大丈夫だって思ってもらいたいし)
(仕事に集中できるチャンスだし頑張ろう!)

班長不在なので捜査に出ることはなく、他班の手伝いに書類作成ーー
時々百瀬さんにこき使われていると、あっという間に日々は過ぎていく。

(津軽さんが帰ってくるの、明日かぁ···)

そう思うだけでソワッとしたものを感じた時。

東雲

サトコ
「東雲さん、お疲れさまです」

東雲
お疲れ

東雲さんは真っ直ぐに歩いて来て、私の前で立ち止まる。
そして顔を覗き込んだ。

東雲
生えてないね

サトコ
「はい?な、何ですか?」

東雲
あんまり頑張ってるから、ヒゲでも生えてるかと思った

サトコ
「素直に褒めてくれればいいのに···」

東雲
津軽さんがいないと気がラク?

サトコ
「まあ···仕事に集中はできますね」
「でも、何より留守でも大丈夫だって思ってもらいたいので」

東雲
百瀬さん2号か···あんまり近づかないで

しっしと追い払われる。

サトコ
「東雲さんから、こっち来ましたよね!?」

(廊下を歩いてただけなのに···)

サラサラの髪を恨みがましく見送ると、今度は高い壁が2つ現れた。

石神
頼んでいたファイル、よくまとまっていた

加賀
調査書もテメェにしちゃ上出来だ

サトコ
「ありがとうございます!」

両班長からのお褒めの言葉に大きく頭を下げると。
おふたりが一瞬視線を交わした···ように見えた。

(ん?)

加賀
テメェは津軽の目がねぇ方が動けるんじゃねぇか?

サトコ
「え?」

石神
本来の力を発揮できないのであれば、環境を変えるのも手段だ

加賀
覚悟があんなら、俺たちも考えてやる

サトコ
「あの、それって···」

(津軽班を出るっていう···?)

津軽班に配属されてから、何かと気にかけてもらっていた。
配属当初はそれが心の支えになり、今でも有り難いと思っている。
けれどーー

(今の私は···)

サトコ
「ありがとうございます。でもーー」

石神
······

加賀
······

おふたりが一瞬、その目を見開いた。

石神
···そうか

加賀
チッ

そしてすれ違いざまに左右から軽く頭を小突かれる。

(え、な、なんで!?答えが不正解だった!?)

津軽さんがいなくても理不尽は存在するのだとしみじみ感じながら歩いていると。

黒澤
サトコさん、お疲れさまです!

颯馬
ほら、やっぱり

黒澤
いやいや、まだわかりませんよ

黒澤さんと颯馬さんは私の前まで来ると揃って首を傾げる。

サトコ
「何の話ですか?」

颯馬
今のサトコさんは溌剌としていますね

黒澤
それが班長不在と関係しているか···は、まだ断言できませんね···

颯馬
データは十分とれたのでは?

サトコ
「それは何のデータで?」

颯馬
いえいえ、いざという時のためのものです

黒澤
石神班の明るい未来の為ですよ!

サトコ
「······」

揃ってニコリと笑われれば、追求する勇気が出るわけでもなく。

(津軽さん、早く帰ってこないかな···)
(って、私がこんなふうに思うようになるなんて、人生ってほんとわからない)

廊下で初めて遭遇した、あの時を思い出しながら。
その存在の大きさをいろいろな意味で実感したのだった。

サトコ
「ふー···」

(また、最後のひとりになってしまった···)

デスクには帰り際に後藤さんが置いて行ってくれた缶コーヒーとカロリーブックがあった。

(残業切り上げてもいいんだけど···)
(明日、津軽さんが帰って来るなら、明日の分もやっておこうかな)
(いや、帰って来たからって別に何ってことは···)
(あーもー···構ってもらえること、期待してる?)

気恥ずかしくて、ガンッとデスクに頭をぶつける。

(1週間会わないって、今まであったかな)
(『顔も見たくありません』なんて言ってた頃が懐かしい···)

机に突っ伏したまま、明日いかに平静を装うか考えていると。

???
「残業ウサだ」

サトコ
「!?」

(幻聴!?)

パッと顔を上げれば、至近距離に顔があって。

津軽
また目の下にクマつくる気?

サトコ
「ぎゃー!?」

驚きのあまりに背が反り···イスごと後ろに倒れ込んだ。

サトコ
「いった···」

津軽
ただいま

<選択してください>

おかえりなさい

サトコ
「お、おかえりなさい···」

津軽
うん

(本物?いくら好きだからって幻覚見てないよね!?)

夢かな···

(津軽さんが帰ってくるのは、明日のはず···)

サトコ
「夢かな···夢だよね、うん」

津軽
······

サトコ
「ちょー!いたっ!ほっぺ思い切りつねらないでください!」

(夢じゃなかった···)

気を失ったフリしよう

(は、恥ずかしい!気を失ったフリしよう···)

津軽
······

サトコ
「ぐっ···」

(鼻と口を塞がれた!?)

サトコ
「ぶはっ!な、なにするんですか!」

津軽
ははは、相変わらず面白い顔

津軽
お仕事頑張ってるみたいだね

(あ···)

顔を見た瞬間、好きが膨れ上がる。
『会いたかった』という言葉が無意識に喉まで込み上げてきた。

津軽
そんな顔で俺のことを見て
もう誤魔化せるなんて思わないでよ

サトコ
「え、え、え···」

津軽
ウサちゃんは、俺のこと···

その薄い唇が···私の秘密を暴くように動いた。

to be continued

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