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本編③(前編) 津軽2話

津軽
ウサちゃんは俺のこと、サボって帰って来たって思ったでしょ

サトコ
「え?は?別に···」

そんなこと思ってません、とそう答える前に、手を差し伸べてくれる。

津軽
大丈夫?

サトコ
「はい···お尻がちょっと痛いです」

津軽
見てあげよっか

サトコ
「だ、大丈夫です!」

津軽
お尻割れてない?

サトコ
「最初から割れてますよ···」

津軽
うわ、やらしー

サトコ
「何でですか!?」

帰って来た途端アクセル全開の津軽さんに笑いながら助け起こされる。

津軽
は~、やっと帰って来れた

上着を脱ぐと、隣の席に座ってギッと背もたれを軋ませた。

(ここにいて当然って顔してるけど)

サトコ
「サボったとは思ってませんけど、帰ってくるの明日でしたよね?」

津軽
うん。だけど早く会いたくてさ
お仕事頑張ってきちゃった

サトコ
「!」

(わ、私に会いたいとは一言も言ってない!)

どんなにそう言い聞かせても、心臓が脈打つのを止められない。
津軽さんの目が真っ直ぐに私を見てたから。

サトコ
「そ、そうですか」

津軽
褒めてくれないの

サトコ
「褒めて欲しいんですか?」

津軽
人ってね、褒められるから生きていける生き物なんだよ?

サトコ
「···のわりに、私、あまり褒められてない気が···」

遠い目になりかけた時、保育園の手伝いに行ったときに使ったハンコが目に入った。

サトコ
「じゃ、この『よくできました』ハンコ押してあげます」

津軽
えー、『大変よくできました』じゃないんだ?

サトコ
「貯まるとジュース奢りですよ」

津軽
はいはい

津軽さんが左手を出してくる。

(本当に押していいんだ?)

ペタンと手の甲にスタンプを押すと、それを乾かすようにフーッと吹いている。

津軽
おっさんの顔ばっか見てきたから、ウサのお間抜け顔見てると癒されるよね~

サトコ
「お間抜け顔···」

(顔赤くなってないかなって思ったけど、心配する必要なかった···)

ガッカリ感と共に目を逸らそうとすると、ガッと両頬をつかまれる。

サトコ
「な、なんですか!?」

津軽
ウサちゃんのほっぺ、“焼きウサギ” ぷにぷにマスコットに似て来たよね

サトコ
「ひゃめてくらはい···」

(帰って来た途端、おもちゃ扱い···)
(そうだよね。ちょっと見つめてくるくらい、他意はないんだよね。この人に!)

<選択してください>

ほっぺをつねり返す

(やられてばっかりだと思わないでください!)

津軽
ちょ、なにすんの

サトコ
「おひゃえしれす」

津軽
俺の顔と、ウサちゃんの顔を同列で語らないでよね

津軽さんの手が離れて、私は頬を軽くさする。

頬を膨らませて対抗する

(こうなったら!)

津軽
あ、鼻の穴まで膨らんだ!へーーーっ!

サトコ
「そう感心されると恥ずかしいですよ···」
「というか人の顔をおもちゃにすると、ロクな目に遭いませんからね、きっと···」

津軽さんの手が離れて、私は頬を軽くさする。

じっとその目を見つめる

(少しは重い汁がいい!片想いの目力を!)

津軽
世界ビックリ人間で目玉飛び出す人いたよね

サトコ
「なんですか、それ···」

(恋は往々にして伝わらないものなんだ···)
(伝わったら伝わったで困るんだけどね)

津軽さんの手が離れて、私は頬を軽くさする。

サトコ
「寄ったのは、何か用事あったからなんですよね?」

津軽
まあ、ちょっとね
それより、まだかかるの?

顎で指すのは、私の机の上。

サトコ
「いえ。そろそろ切り上げようと思ってたところです」

津軽
じゃ、一緒に帰ろっか

サトコ
「いいんですか?」

津軽
同じマンションなのに別々に帰る理由ある?

上着を片手に立ち上がる姿は、若干の疲れを滲ませているのがまたカッコよくて。

サトコ
「お供させていただきます···」

津軽
行こ

掴まれた手に、今度こそ頬が熱くなった。

サトコ
「わ、雨降ってる···」

津軽
ウサちゃん、ラッキーだね~。今日俺、車だよ

サトコ
「ほんとですか?助かりました!」

津軽
すぐそこに停めてあるから走ろ

津軽さんの手が肩にかかった。
強く引き寄せられると同時に走り出す足。

津軽
うわ、霧雨。1番嫌なやつ

サトコ
「あの、近いと走りづらいんですが!」

津軽
濡れないようにしてあげてるんだから、贅沢言わないの

前に言われた通り身長差はいかんともしがたいもので、
確かに津軽さんの身体は雨よけになってくれている。

(水も滴るいい男って実在するんだな···)
(すごい···ずっと見てられる···)

津軽
ちょっと水たまり踏まないでよ

サトコ
「引っ張ってるの津軽さんですよ!?」

津軽
お姫様抱っこして走って欲しいの?

サトコ
「誰もそんなこと言ってません!」

(ふざけたこと言いながらも、濡れないようにしてくれてる···)
(これだって他意はないない!)
(津軽さんが自動的に女の子扱いしてくれてるだけなんだから)

そう、この上司は顔がいいだけあって、とんでもなくモテるのだ。
だからこそ、女性の扱いにもとびきり慣れているーー

翌日のお昼、受付から来客だと言われて行ってみると。

ノア
「わーい、ママ!」

周囲
「ザワッ」

サトコ
「ノ、ノア!おねえちゃんでしょ?」

ノア
「えー、ママがいいー」

声A
「なあ、あれって···」

声B
「ワケアリなんだろ···」

(注目集めすぎ!)

サトコ
「ノア、ほらこっち。お話しできるようにあっち行こ」

ノア
「いいよー」

ノアの手を引いてロビーの端へと移動する。

サトコ
「どうしたの?急に来るなんて何かあった?」

ノア
「あのね···おねえちゃん、移動遊園地って知ってる?」

サトコ
「移動遊園地···ああ!うん、都内に来たばっかりっていう。ニュースで見たよ」

ノア
「ノアね、幼稚園の作品展で “家族の思い出” っていう絵をかかなきゃいけないの」
「それでね、ノアは···おねえちゃんと行きたいなって···」

ノアは遺伝科学から生まれたデザイナーベイビーと呼ばれる存在で、この子には肉親がいない。

(家族···か。それで私を思い出してくれたんだ)

上目遣いに尋ねてくるノアが可愛くて、嬉しくなる。

サトコ
「うん、いいよ。行こう!」

ノア
「パパも来てくれるかな?」

サトコ
「その、パパって言うのは···」

ノア
「たかおみパパ」

サトコ
「だ、だよね···聞いてみるね」

ノア
「うん!パパとママと一緒に行きたい!」

(津軽さんがパパで、私がママ···)

意識したら負けなの確定なので、ノアの為と言い聞かせる。
ニコニコと笑うノアの顔を見れば、3人で行ってあげたかった。

ノアを車まで送り、課に戻ると。

津軽
こりゃ、土日は死んでるな···

百瀬
「乗り切りましょう」

耳に入ってしまった2人の会話。

(土日は死んでるって···平日はかなり忙しいってこと?)

サトコ
「あの、津軽さん。事件ですか?」

津軽
今回ウサちゃんはいいよ

サトコ
「でも、お手伝いできることがあるならさせてください!」

(土日死ぬくらい忙しいんですよね?)

津軽
いやいや、ほんといいから

百瀬
「用ナシなんだよ」

はんっと鼻で笑われた。

(くっ、前の『置いてきぼり』発言を根に持って!)

津軽
ウサちゃんは任せてる仕事があるでしょ。そっち片付けてて

サトコ
「はい···」

任せてる仕事とは、津軽さんが出張中に駆り出されていた手伝いや書類作成の残り。

(これもちゃんと片付けなきゃいけない仕事だけど)
(手伝いくらいだったらできると思うんだけどな)

と言っても班長命令に逆らうわけにもいかず、百瀬さんのマウント圧に屈する羽目になった。

(土日死んでるなら、遊園地は誘いづらいな···)

午後の始業前にお茶を淹れながら、ノアのことを考える。

(津軽さん、ノラクラだけどあれでいて面倒見いいから)
(誘ったら無理してでも来ちゃいそうだし)

ノアの保育参観も、私との映画の約束も。
仕事があったのに頑張って駆けつけてくれた人だ。

(ノアと2人で行こうかな。でも、それだとかえって寂しくなる?)
(遊園地だから、家族連れが多いだろうし···)

後藤
津軽班は忙しそうだな

サトコ
「あ、後藤さん」

コーヒーを淹れに来た後藤さんに、場所を譲る。

サトコ
「いろいろあるみたいで···今回は私は二軍なんですが」

後藤
休める時は休んでおけばいい。出番が来たときに全力で出られるようにな

サトコ
「はい!」

(後藤さんの言葉はいつも元気づけてくれるな···)

サトコ
「石神班の方は、どうですか?」

後藤
こっちはようやく片付きそうだ。予定のない土日を迎えるのは久しぶりだな

サトコ
「そうですか···」

(予定のない土日···後藤さんだったら、きっとノアも懐くよね)

サトコ
「あの、後藤さん。もし日曜日空いてるなら、一緒に遊園地に···」

後藤
遊園地?

???
「ふーん」

(え···)

頭上から降ってきた声。
次に肩にあごが乗せられる気配。

津軽
楽しそうな話してんじゃん

サトコ
「!」

(つ、津軽さんー!!??)

心臓が一度、死んだ。

to be continued

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