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本編③(前編) 津軽5話



夕方まで目一杯遊び、津軽さんの車で帰路に就く。

津軽
よく寝てるねー

サトコ
「思いっきりはしゃいでましたもんね」

(楽しんでくれたかな)

ノアは後部座席のジュニアシートで、くうくう寝ている。

津軽
ノアのこと、莉子ちゃん何か言ってた?

サトコ
「特には···時々なら、こうして出掛けてもいいそうです」

津軽
じゃあ、時々なら連れ出してやるか
親と出掛ける時期なんて限られてるし、中学がギリ?

サトコ
「かもしれないですね。ノアも来年には小学生···中学、高校、大学···」
「···大きくなってくれるといいですね」

津軽
そうだね

特殊な生まれのノアが問題なく育つ保証はどこにもない。
だからこそ健やかな成長を願う。

サトコ
「大学と言えば、津軽さん、大学は京都だったんですね」

津軽
莉子ちゃんから聞いたの?

サトコ
「はい。“京の女” の話と一緒に···」

津軽
ん?

サトコ
「あ、い、いえ!」

(口が滑った!知らない方がいいって分かってるのに!)

サトコ
「えーと、その···」

話題を逸らそうとして、今自分が座っている場所が口に出る。

サトコ
「助手席···って、私が座って大丈夫でした?」

津軽
どうして?

サトコ
「その彼女とか···」

津軽
いるって言ったっけ?

サトコ
「いないとも聞いてません···」

(あああ!なんでこんな話題振っちゃったの!)

心臓が急にバクバクと脈打つ。
ここで彼女の存在を肯定されたら、平気な顔をできる自信なんてないのに。

津軽
いないけど

サトコ
「そ、そうですか···」

(よ、よかった···)

サトコ
「よりどりみどりだろうに···つくらないんですか?」

脈打つ鼓動はそのままに、横目で運転する津軽さんを窺い見る。

津軽
いらない

前を向いたまま、返された答え。
その横顔に表情はない。

(あ···)

聞いちゃいけなかったーーそう思ったところで遅い。

津軽
······
俺、恋愛って1番疎かにしちゃうんだよねー
向いてないんだろうな、多分

サトコ
「そう、ですか···」

定型の答えを返されたのだとわかった。
“今” は···とか、そういうことではなく、津軽さんが切り捨てたもの。

(公安刑事でいるために)

サトコ
「······」

つくづく馬鹿なことを聞いた。
津軽さんはずっと、その身を以て示していたのに。

(研究所に行ったときだって、巨大冷蔵庫に閉じ込められた時だって)
(部下としての私の命を守ろうとしてくれた)
(緩いように見えて、いつだって仕事が最優先···)

義理堅く駆けつけるのも、その前提として仕事があるからだ。
言えない。
好きだって、絶対にバレちゃいけない。
もしそんなことになったら、私は “いらない” 存在になってしまう。
津軽さんの部下として得られている、こんな特別な時間だってなくなる。

サトコ
「······」

津軽
眠くなった?

サトコ
「は、はい。少しだけ眠ってもいいですか?」

津軽
おやすみ

津軽さんから見えないように左を向いて、きゅっと唇を引き結ぶ。
動揺を隠すには、それしか方法がなかった。

サトコ
「今日はありがとうございました」

車はマンションの前に着いていて、痛む胸を抱えたまま車を降りる。

津軽
···どうしたの、サトコちゃん

サトコ
「!」

一度わざわざ車を降りてくれた津軽さんに顔を覗き込まれた。

(今、名前を···)

久しぶりに呼ばれたこともあり、痛みにドキドキが追加される心が瀕死に近い。

<選択してください>

どうもしてないです

サトコ
「ど、どうもしてないですよ?」

津軽
まだ眠いなら、部屋でゆっくり寝なさいよ

サトコ
「はい。津軽さんも今夜は休んでください」

何で名前を···

サトコ
「何で名前を···」

津軽
え、名前間違ってるとか言わないよね?」

サトコ
「それはないですけど、どうして急に···」

津軽
呼んじゃいけなかった?

サトコ
「そんなことはない、ですけど···」

(このタイミングで心拍上げさせないでください···!)

楽しかったです

サトコ
「いえ、その、楽しかったなって···今日、楽しかったです」

津軽
そ、よかったね

(津軽さんは···って、今は聞けないよ···)

サトコ
「運転ありがとうございました」

津軽
ん。じゃ、ノア送って来るから

サトコ
「お願いします」

寝ているノアは起こさずにお別れしようと顔を見ると。

ノア
「ん?ママ···?」

サトコ
「あ、起きちゃった?」

津軽
ウサちゃんとは、ここでお別れだよ。お前は送ってくから

ノア
「パパとふたりぃ~···?」

津軽
嫌な顔しない。ほら、とっととバイバイ言いな

ノア
「待って。ウサちゃん、これ」

津軽さんに窓を開けてもらったノアが、その手を差し出してきた。
中にあるのは迷子センターで貰った飴。

ノア
「あげる」

サトコ
「いいの?」

ノア
「うん。今日は泣かせちゃってごめんね」

サトコ
「な、泣いてないよ!?」

(今の心は泣きそうだけれども!)

ノア
「すぐに泣いちゃうからウサちゃんなんだよって、パパが···」

サトコ
「人を泣き虫みたいに言わないでください!」

津軽
ウサちゃんは涙より鼻水派だもんね

サトコ
「失礼なことを···」

ノア
「おねえちゃん、またね~」

津軽
またね~

ノアを乗せた車が再び遠ざかっていく。

(今みたいな何でもないやりとりだって、好きだって知られたらできなくなる···)

隠せばいい。
隠し通せば、津軽さんのウサちゃんでいられるのだから。



休み明け、朝イチで招集がかかった。


「百瀬、説明を」

百瀬
「はい」

銀さんに指名された百瀬さんが手元のファイルに視線を落とす。

百瀬
「この数ヶ月、都内での空き巣が多発。そのうち2件で殺人が発生」
「どちらの殺人事件も大人のみが殺され、子どもは生き残っています」

(ニュースで聞いたことのある事件だ)

百瀬
「一連の事件の犯人は同一だと推測できます。そして、この事件の容疑者と···」
「公安監視対象の企業が運営している移動遊園地が関与している可能性が出てきました」

サトコ
「!」

(移動遊園地って···)

津軽
······

津軽さんの方を見ると、彼は真剣な顔で資料に視線を落としている。


「監視対象となっている運営企業を引っ張るため、津軽班は殺人事件の捜査に当たれ」

津軽
「はい」

配られる空き巣と2件の殺人事件の資料。
それを見れば、すでに捜査が進んでいたことがわかる。

(最近、津軽さんと百瀬さんが出てたのは、きっとこの事件)
(遊園地に行ったのだって、仕事が絡んでたから···)

様々な点が線になって繋がる。
津軽さんが私とノアと出掛けたいと思ってくれたのかもなんて。

(なに甘い考えしてたんだろ···)

生暖かい空気に浸かり、慣れて、溺れていた。
本当は全然、近くになんていないのに。

to be continued

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