カテゴリー

本編③(前編) 津軽8話



迎えた引っ越し当日の土曜日の朝。

黒澤
おはようございます!イケメン引越センターでーす!

秋月海司
「その恥ずかしい名前はなんとかならなかったのか?」

藤咲瑞貴
「誰も聞いてませんよ」

桂木大地
「洗濯機の取り外しと取り付けは任せてください」

一柳昴
「台所周りはオレがやってやる」

末広そら
「昴さんに言われたから、替えの靴下ちゃんと用意してきたよ」

黒澤さんが連れて来てくれたのは、なんと警護課の桂木班の皆さんだった。

サトコ
「まさにイケメン引越センター···って、皆さん、本当にいいんですか···?」

一柳昴
「後藤に泣いて頼まれちゃ仕方ねぇだろ」

後藤
無駄口を叩いている暇があったら、さっさとダンボールを組み立てろ
氷川、追加のダンボールや資材も持ってきたから、必要なら使ってくれ

サトコ
「桂木班の皆さん、後藤さん、黒澤さん、本当にありがとうございます」

広末そら
「困ったときはお互い様だよ」

黒澤
石神さんがちゃんとお手当出るように手配してくれましたので!

後藤
来られなくて悪いと言っていた

サトコ
「そんな···こんなに手伝っていただいて感謝しかないです!」

桂木大地
「手順はマルタイの引っ越しの時と同じだ」
「1時間で搬出を終える」

桂木班
「ウス!」

(皆さん、動きが速い!)

そこにパーフェクトな連携が加われば、まさにプロの引っ越し屋さんだった。

津軽
ウサちゃん、そのギョウザクッションも持ってってね

サトコ
「津軽さん!?」

(いつの間に部屋に···)

津軽
へえ~、あの···班長?家電の扱いが上手いって噂、本当だったんだ~

サトコ
「あの、何しに来たんですか?」

津軽
様子見に

サトコ
「手伝ってくれないなら、邪魔なだけなんですけど」

津軽
こんなに顔がいいのに邪魔なんてことある?

サトコ
「ありますよ」

津軽
仕方ないじゃん。俺も自分の引っ越しがあるから余計な体力使いたくないし

サトコ
「ならさっさと自分音引っ越しを進めてくださいよ!」

津軽
進んでるよ

窓から外を見ると、下には軽トラと津軽さんフレンズの姿が見える。

サトコ
「なるほど···全部人任せと···」

<選択してください>

自分でも動いてください

サトコ
「自分でも動いてくださいよ」

津軽
うわ、それセクハラ?

サトコ
「なっ!ど、どっちがですか!」

どっちにしろ体力使ってない

サトコ
「どっちにしろ体力使ってないじゃないですか···」

津軽
現場を監督するって、それなりに大変なんだよ?
下っ端のウサちゃんには分からないと思うけどね

(ほんとにめんどくさがりな人だな···)

ほんとめんどくさがりですよね

サトコ
「ほんとめんどくさがりな人ですね」

津軽
体力温存してるって言って

サトコ
「物は言いよう?」

津軽
最近のウサ、反抗期じゃない?

(荷物が少ないんだから、自分でやればいいのに···)

何しに来たのか、ただ突っ立っているだけなのに帰ろうとしない。

(いったい、この人は何をしに···)

藤咲瑞貴
「サトコさん、このブリザードフラワーはどうしますか?」

サトコ
「!」

津軽

藤咲さんが指差しているのは、津軽さんに貰った花束。

津軽
それ···

(ど、どうしよう!捨てたって言ったのに!)

津軽
捨ててないじゃん、俺のこと好きすぎない?(笑)

(って言荒れる!絶対!)

サトコ
「こ、これは···っ」

津軽
捨ててないじゃん···

(え···)

笑ってる声じゃなかった。
横を見ればーー

津軽
······

(て、照れてる···!?)

サトコ
「なっ、な···っ!?」

津軽
···嬉しいよ

サトコ
「~っ!ギョウザクッション!!」

津軽
は!?

カーッと血が上った頬と津軽さんの照れた顔がまぶたに焼き付いて。
ギョウザクッションに突っ伏した。

津軽
なにやってんの···

サトコ
「ギョウザクッションを運ぼうと思いまして···」

顔に押し付けたままの状態で、ギョウザクッションを恥んでいく。

藤咲瑞貴
「あの」

サトコ
「そ、その花は置いておいてもらって大丈夫です!」

(早く津軽さんの傍から離れなくては!!)

こんな顔を見られたら、誤魔化せそうにない。
今にも溢れそうな好きって気持ちが。



イケメン引越センターのおかげで、引っ越しは驚くほど順調かつ素早く終わった。

サトコ
「さっきまで私の家にあったものが、ここに···」

ノア
「わーい!新しいお家だー!」

新居で合流したノアは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。

津軽
お腹空いたねー。なんか出前でもとろっか

サトコ
「それだったら、引っ越しうどんの用意してますよ」

津軽
うどん?フツウ蕎麦でしょ

ノア
「わたしがおうどんがいいっていったの」

津軽
なんで?

ノア
「おうどんって白くてやわらかいんだよ?」

津軽
子どもって、どうしてこうワガママなのよ

ノア
「子どもだから」

サトコ
「加賀さんが讃岐うどん送ってくれたので、ちょうどいいかなと」

津軽
兵吾くんってうどん派なの?

ノア
「ノアのにはカマボコいっぱい入れてー」

津軽
お前、そっちが目当てなんじゃないの?

ノア
「ぶー、ハズレでーす」

(ノアと津軽さんのやりとり、永遠に見ていられそう···)
(どうしよう、楽しい。捜査なのに···)

束の間の幸せを凝縮したような時間に、胸には痛みと甘さが去来した。

ノアと一緒の夜は賑やかで、あっという間に過ぎて行った。
時計は午後9時を過ぎている。

津軽
あれだけ寝ないって言ってたのに、布団に入れたら即落ちだったよ

サトコ
「はしゃいで疲れたんですね」

寝かしつけた津軽さんがリビングに戻って来た。

津軽
そんなところで月見て跳ねてるの?

サトコ
「周囲の様子を見てたんです。記録のために」

津軽
お仕事してたってわけね。えらい、えらい。ご褒美あげないと

キッチンに言った津軽さんは缶ビールを2本持ってベランダにやって来た。

津軽
お疲れ

サトコ
「飲んでいいんですか?」

津軽
1本なら酔わないでしょ。新生活に乾杯しよ

缶を渡されながらそんなことを言われれば、偽装だとわかっているのにドキッとしてしまう。

(津軽さんと一緒に暮らしたら···こんな生活が···)
(いやいや、夢見ない見ない···むなしいだけなんだから···)

津軽
家族団らん知ってるのウサちゃんだけなんだから、頼むよ。ウサ先生

サトコ
「任せてください」

一瞬の胸の痛みを表には出さずに微笑んだ。
横に来た津軽さんとの距離は肩先がぎりぎり触れ合わないくらい。
プシュッと缶を開け、ビールを流し込む音が妙に良く聞こえる。

(こんな静かな時間が心地いいなんて···)
(この任務、想像以上にしんどいかもしれないな···)

疼く恋心にさらにビールを流し込んでいると。

津軽

サトコ
「ぶっ」

津軽
ちょ、ビール噴かないでよ。雰囲気ぶちこわし

サトコ
「セ、セーフですよ。噴いてませんから!」

無理やり呑み込んだせいで、ちょっとばかりむせているけれども。

津軽
どうして捨てたなんて嘘ついたの

サトコ
「そ、それは···っ」

視線を感じて顔を横に向ければ、じっと見つめられていた。
月明かりを弾く瞳に魅入られる。

(ご、誤魔化せない···)

そう思わせる目だった。

サトコ
「···大事に取ってるって知られたら」

津軽
知られたら···?

サトコ
「津軽さんのことが···」
「···~っ!」

(ダメ、これ以上は···!)

アルコールと雰囲気に流されそうな自分を必死に戒める。

サトコ
「津軽さんこそ、どうしてあの花のことをそんなに気にするんですか?」

津軽
それは···

サトコ
「嬉しいって···言ってくれましたよね?どうして···」

津軽
そんなの···

ここで初めて視線が逸らされた。
決まってんだろーーと唇が動いたように見えたのは、私の気のせいなのか。

津軽
俺が嬉しいのは···

津軽さんがその唇を軽く舐めるのがわかった。
もう一度こちらに向けられた顔は、そこか余裕がないように見えて。

(な、なに、この空気···っ)

見つめ合っているだけで心臓が爆発して息が止まりそうだ。

津軽
······

サトコ
「······」

呼吸だけが聞こえて、どちらが先に話し出すのかーー互いの言葉を待ち続けていると。

ノア
「パパ、ママ、目が覚めちゃったー」

サトコ
「!?」

リビングにやって来たノアに空気が弾けた。

津軽
···ったく

サトコ
「今度は私が抱っこしてあげるよ」

ノア
「うん···」

津軽さんの顔は見られずにリビングに戻る。

(なんて言おうとしたんだろう···)

『俺が嬉しいのは···』の続きを聞きたいのに。
時間が経ってから、踏み込む勇気はなかった。

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする