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本編③(前編) 津軽10話



週明けは朝イチで捜査会議が開かれることになった。

津軽
第一容疑者は、この男

サトコ
「!」
「その男は···」

ホワイトボードに貼られたのは、迷子センターのキャストの写真だった。

(新玉さん···!?)

昨日、私たちに笑顔で声をかけてきた男だ。

津軽
新玉次雄、24歳。高校卒業後、アミューズメント施設などのスタッフを転々とし···
約1年前から、この移動遊園地でスタッフを勤めている

(最初からこの男に目を付けてたんだ)
(もっと早く教えてくれたら···)

教えたら私が警戒心を出してしまうと危惧したのだろうか。

(信用···されてないのかな)

と思うけど、私には捜査会議で感情的になってしまった一件がある。

(ノアが一緒なら、少なからず態度に出してしまった可能性もある···)

津軽さんが見極めた結果なのだと思えば、正しいと思う一方で未熟さを痛感した。

津軽
俺と百瀬の捜査で容疑者を絞ることができましたが、物的証拠が得られていない状況です


「奴を逮捕するには現行犯で押さえるか、物証を入手するしかない」
「ただ新玉を逮捕しただけでは、関連企業を引っ張るには弱い」
「新玉から関連企業に関わる自供を引き出すか、つながりを示す証拠が必要になる」

津軽
俺と氷川での囮捜査は続けるが、同時に24時間体制で新玉の監視を始める

新玉の行動に関する資料が配られ、あとは津軽さんが分けたチームで対応することになった。

容疑者である新玉の犯行動機については現段階では不明だった。

(検出されている薬物は医療関係者が特殊なルートでしか入手できないモノ)
(遊園地のキャストである新玉がどうやって手に入れたのか···)
(そこの公安監視対象の企業が絡んでる?)

様々な仮定をしながら、資料を読み込んでいると。


「氷川」

サトコ
「は、はい!」

突然私のデスクに現れた銀さんに周囲に緊張が入った。


「今日は返っていい。 “あれ” の迎えの時間だろう」

サトコ
「 “あれ” ···」

<選択してください>

何のことでしょう?

必死に頭を回転させたけど、分からなかった。

サトコ
「何のことでしょうか···?」


「幼稚園の迎えだ」

サトコ
「あ!」

(ノアのこと “あれ” 何て言うから···)

津軽さんのこと?

サトコ
「あの···津軽さんのことでしょうか···」


「幼稚園の迎えだ」

サトコ
「幼稚園···あ!ノアのことですね!」

ノアのこと?

サトコ
「···ノアのことでしょうか?」


「幼稚園は6時までだろう」

サトコ
「はい」

ノアは幼稚園の延長保育を利用していて6時にはお迎えに行かなければならない。

(いつもは施設の人が引き取りに行ってくれてるんだけど)

サトコ
「施設の人が迎えに行ってくれることになっていますが」


「より家族らしく振る舞え」

サトコ
「は、はい!」

(捜査のためだけど、仕事を切り上げていいって銀さんに言われるとは思わなかった!)

直々に指示を出されたのも初めてだ。

(それだけこの事件に力を入れてるってことかな)

銀さんの指示に従い、16時前には退庁させてもらった。



ノア
「ママのおっむかえうっれしいな~♪」

サトコ
「お買い物して帰らないとね。引っ越しで冷蔵庫カラにしちゃったから」

ノア
「小っちゃいビンはいっぱい入ってたよ」

サトコ
「それはパパの調味料だから、絶対に使ったらダメだよ···」

ノア
「ふ~ん」

幼稚園と捜査用住居の間にあるスーパーで買い物をし、まだ慣れない道を歩いていると。

山本コースケ
「あ、ウサちゃん」

サトコ
「皆さん···」

前方から歩いてきたのは津軽さんフレンズだった。

佐内ミカド
「その子ども···ウサちゃん、子持ちだったのかよ!」

高野マツオ
「ぶっふ、高臣くんの子?」

阿佐ヶ谷タクヤ
「すげーパツキンだな。たかおみらし」

サトコ
「いやいや!親戚の子を預かってるだけなんです!」

山本コースケ
「へー、確かにウサちゃんの子っぽくないもんね」

(それは遠回しに、私からこんな美少年は生まれないという···?)

佐内さんがノアと視線を合わせるようにしゃがむ。

佐内ミカド
「嬢ちゃん、名前は?」

サトコ
「あ、男の子なんです」

阿佐ヶ谷タクヤ
「へぇ、女の子みたいに可愛いじゃん。昔の俺みたい」

佐内ミカド
「わりいわりい···坊主か」

ノア
「ぼーずって?」

阿佐ヶ谷タクヤ
「ミカドは昭和過ぎんだよ」
「お前の名前は?」

ノア
「ノア!」

高野マツオ
「キタ!キラキラネーム!」

山本コースケ
「最近はそうでもなくない?」

ノア
「ねぇ、おじさんたち、だれ?」
「ウサちゃんをナンパしようとか思ってるなら、ノアがゆるさないんだからね!」

ノアが私の前に出て、ぱっと手を広げる。

山本コースケ
「おにいさん、ね?」

佐内ミカド
「ねぇ、そのちびっこさで俺たちにケンカ売るとは、いい度胸してんな」

ノア
「大きさでしか勝負できないの?かわいそう···」

阿佐ヶ谷タクヤ
「それ、ミカドが嫁に言われた···」

高野マツオ
「ぶおっほ!」

佐内ミカド
「う、うるせえ!大きさで勝負できるだけいいだろ!」

サトコ
「あの、私たち買い物の帰りなので···」

(このメンバーで立ち話してると、すごく目立ってしまう···)

佐内ミカド
「買い物?」
「ああ、そうだ!客先から野菜たんまりもらったからやるよ!」
「うちの事務所近くだから、取りに来いって」

サトコ
「いいんですか?今日、キャベツもトマトも高くて買えなくて···」

佐内ミカド
「たかおみ、プチトマト嫌いだから差し入れてやってくれ!」

サトコ
「え、そうなんですか?初耳···」

ノア
「子どもだねー」

山本コースケ
「ねー」

阿佐ヶ谷タクヤ
「ははっ、おもしれーな、こいつ!」

佐内ミカド
「じゃ、行こうぜ!」

ノア
「肩車してー」

佐内ミカド
「仕方ねーなー」

(百瀬さんといい、津軽さんフレンズは子ども受けいいんだな···)
(ノアも楽しそうだし、まあいっか)

野菜をもらうため、ちょっと寄り道して予定より少し遅く帰ることにした。



予定より少し遅くなり、おまけにノアは途中で抱っこと言い眠ってしまった。

(荷物が重い···スマホの充電も切れちゃって、津軽さんに連絡も出来なかったけど)
(そんなに遅くなってないし、大丈夫だよね)

玄関の鍵は開けっ放しで、津軽さんの靴もあった。
夕方になれば廊下にはあまり光が届かず、中は薄暗い。

(もう帰ってるんだ?でも、リビングの電気点いてないな)

サトコ
「···っと」

買い物の荷物を廊下に置き、ノアを寝室に寝かせる。
それからリビングに向かうと。

サトコ
「津軽さん?」

呼びながらリビングのドアを開ければーー

津軽
······

サトコ
「うわ!」

入ったところ、すぐの場所に背中があった。

サトコ
「津軽さん?」

津軽
······

帰ってきた音も聞こえていただろうに、ぴくりとも反応しない。
庭に面した大きな窓に身体を向け、ただ立ち尽くしている。

サトコ
「···津軽さん?」

回り込んで、その顔を覗き込むと。

津軽

びくっと一瞬、その肩が震えた。
差し込む夕日と暗い室内のせいで、その端正な顔がくっきりと浮かび上がった。
唇が戦慄いて、視線が惑っていて。

ーーけれど表情が、ない。

サトコ
「···どう、したんですか?」

ただ事ではない様子に声をかけると、何度か細く息を吸う音が聞こえた。

津軽
···遅かったね

サトコ
「すみません。途中で津軽さんのお友だちに会って、野菜いただいたんです」
「連絡しようと思ったんですけど、スマホの電源が切れちゃって···」
「すぐに夕飯の支度しますね」

津軽さんは前を見たままで、一度もこちらに視線を寄越さない。
様子を見ながらとりあえず説明をしたものの。

津軽
俺さ
···仕事がまだ残ってるから、2人で食べてていいよ

サトコ
「え···」

横を通り抜ける津軽さんの顔が見えなかった。
手を伸ばすとギリギリのところで空を切る。

サトコ
「津軽さん!?」

彼は振り返らなかった。
そして二度とーー
この家に足を踏み入れることは、なかった。

to be continued

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コメント

  1. ヨウコ より:

    30代主婦です、
    いつも楽しく拝見しております。
    津軽編の更新とても嬉しいです。
    これからも楽しみにしております!
    お身体には気をつけてください

    • sato より:

      ヨウコさん

      コメありがとうございます(^^)/
      楽しんでもらえて嬉しいです♪
      お互い身体には気を付けてがんばりましょう(#^^#)

      サトコ