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本編③(後編) 津軽3話

何でも言うことを聞いてくれるという那波さんを連れて来たのは、警察庁のPCルーム。
ここからあらゆる事件がデータベース化されて管理されていると、以前東雲さんが言っていた。

難波
ほ~、なんかおっさんには苦手そうな場所だな

サトコ
「でも、室長じゃなきゃダメなんです」

難波
ん、いいもんだな。そういうセリフも

難波さんはまるで初めて来たような顔で、モニターをぐるりと見回した。

難波
で、ここで何をしたいんだ?

サトコ
「それは···」

一昨日、帰りの電車でサラリーマンの会話を聞いてから。
津軽未央さんのことを調べた。

(津軽さんの過去に勝手に踏み込むようで躊躇いはあったけど)
(今起きてる事件と、今の津軽さんを見れば止められなかった)
(······でも···)

ネットで “津軽未央” や約20年前の一家惨殺事件を調べたが、
ほとんど情報が出て来なかったのだ。

(今でも思い出す人がいるくらいの事件なのに)
(事件情報がことごとく出て来ないなんておかしい)

話をした後藤さんに聞けば何かわかるかもと思ったが、今出張中で。
かと言って他の人に聞きまわるような真似はできなかった。

サトコ
「警視正以上の権限がないと見られないことが知りたいんです」

難波
ほう···

何を考えているのかーーお叱りの言葉がくるかと思いきや。

難波
悪い女になったなぁ。そういうの好きだぜ

サトコ
「え」

<選択してください>

叱らないんですか?

サトコ
「···叱らないんですか?」

難波
何でも言うこと聞くっつったのに叱るのはフェアじゃないだろう
それに正義感の塊みたいなお前が、何も考えずに言うわけもねぇ

サトコ
「室長···」

楽しんでます?

サトコ
「もしかして···楽しんでます?」

難波
規則のひとつやふたつ、破ってからが本物の刑事だって教えなかったか?

サトコ
「あまり教えられてないような···」

難波
なら、今回で学べたじゃねぇか。な?

迷惑かかりませんか?

サトコ
「頼んでおいて何ですが···迷惑かかりませんか?」

難波
心配すんな。今の俺は忍者同然だからな

サトコ
「忍者···?」

難波
どこで何してたって、誰も文句言わねぇってことだ

ニヤッと事態を楽しむような顔で、自分のIDを使ってくれた。

(公安学校時代から型にはまらない人だと思ってたけど)
(銀さんのもとにいる今だと、なおさら···)

難波
ほら。で、何を調べる?

サトコ
「······」

場を譲ってくれる難波さんの隣でモニターの正面に立つ。
そして入力するのは “津軽未央” の名前。

難波
······

情報は一気に表示された。
21年前に起きた、目黒区の夫婦殺害事件。
被害者の弟が兄夫婦を殺害、被害者女性は妊娠6ヶ月。
第1発見者は小学校から帰宅した長男。
隣家の電話を使った通報があったのは16時12分。
通報から10分後に警察が到着。
推定犯行時刻からは5時間近くが経過していた。

(津軽未央は精神鑑定の結果、心神喪失が認められ無期で服役中)
(長男のみが生存)
(生き残った子どもの名前は···)

ーー高臣。

(ああ···)

視界が夕暮れ色に染まった。
家でひとり佇んでいた彼の背中が思考の中で大きくなったり小さくなったりする。

サトコ
「······」

難波
······

サトコ
「······」

難波
···泣くな

頭の上に手が置かれた。

難波
その痛みは、お前のもんじゃねぇ
刑事は人の痛みを自分のもんにすんなって教えたろ

サトコ
「は、い···」

浅い呼吸で歯を食いしばり、熱い目の奥をぐっと堪える。

(そうか、そういうことだったんだ···)

これまで謎だったことが紐解けていく。
津軽さんと経験した大きな2つの事件。
ひとつ目は『遺伝科学生物物理学研究所』の事件。

(あの事件が解決した時···)

テレビ
『所属研究員である五ノ井慧悟さんが逮捕されたことにより···』
『近日発表される予定だった新説についても学会は取り上げないとのことです』

津軽
······

津軽さんの目がテレビに釘付けになっている。

(真剣な顔···)

津軽
······

次にテレビから視線を外した津軽さんは下を向き、小さく息を吐いたように見えた。

(今、ほっとした···?)

津軽さんの髪がその表情を覆い隠す。
薄く開いた唇が何かを呟くように···僅かに動いた気がした。

(あの時、津軽さんは捜査会議でも五ノ井博士の逮捕にこだわってた)
(五ノ井博士が発表していたのが、遺伝学の新説···)
(それから、もうひとつは花巻監督の殺人未遂事件)
(代わりに娘の芹香さんが狙われて、その結果養女だったことが分かって···)

花巻富士夫
「芹香がそんなことを···私の才能を···」

サトコ
「芹香さんの父親は、花巻監督しかいません」

花巻富士夫
「···ありがとう」

津軽
······

花巻監督と私が話している間、津軽さんは一言も発しなかった。

(叔父さんに両親を殺されたから···)

ノアに言っていた『お兄さんはねー、殺されちゃうからな~』の意味が分かった気がして。
怖さ、哀しみ···言葉では言い表せない感情に胸が押し潰された。

難波
銀がいるから、津軽はここまできた
多少のことは大目に見ねぇとな

サトコ
「難波さんは···知ってたんですね」

難波
まあ、なんとなく、な

(そう、銀さん···津軽さんを救ったのは銀さんなんだ)
(だから津軽さんは···)

私は、なんて浅はかだったんだろう。
あの人が失ってしまったものを埋めたは、銀さんだ。

津軽
銀さんがいなかったら
俺は逮捕する側じゃなくて逮捕される側だった
だから···
あの人の不可能を、俺が可能にしてあげたいと思ってる
あの人が黒だって言うなら、俺は白を黒く塗りつぶすよ

(津軽さんへの気持ち···私は、私のために言えないと思っていた)

だけど違う、言っちゃいけないんだ。

(銀さんが疎む公安学校卒業生である私の恋心なんて、迷惑にしかならない)
(言わないとか隠さないととか、そういうことじゃない)
(諦めなきゃいけないんだ)

津軽さんのために。
たとえ、嫌われてでも。

難波
似たような事件、最近起きてんな

サトコ
「···はい」

難波
そういった事件の被害者は警察の保護プログラムや支援団体のもとに
カウンセリングを受けてるはずだ
だが···

多くの事件の被害者たちを見て来ただろう難波さんの目に翳りが落ちた。

難波
心の傷は···なかなか癒えねぇさ
似た状況に陥れば、簡単にフラッシュバックする

サトコ
「······」

(今回の事件···自分の過去を思い出さないわけがない)

それが彼の態度の急変に通じているのかどうかは断言できないけど。

難波
過去はどうしようもなくても、目の前の事件は片付けられんだろ
ひよっこ···
いや、俺が育てた刑事なら、できるはずだ

サトコ
「···はい!」

過去はどうすることもできない。
だけど、目の前の事件は片付けられる。
私が津軽さんのためにできる、数少ないこと。
それは少しでも彼の救いになるだろうかーー

to be continued

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