カテゴリー

本編③(後編) 津軽4話

事件解決のためには、新玉を引っ張るのが最速の解決方法だとーー
勇気を出して銀さんに掛け合ってみれば。


「囮捜査の継続を許可する」

驚きつつも、有り難い一言をもらうことができた。

津軽
デートの約束してたっけ?

その日の夜、私は津軽さんの部屋を訪れた。
追い返されるかと思いきや、いつものノラクラした顔で中に入れてくれる。
踏み込ませるつもりがないから、この余裕なのかもしれない。

サトコ
「約束はしてないですけど、用はあります」

津軽
ん?

腕を組み、軽く首を傾げてくる。

サトコ
「囮捜査、もう少し続けましょう。銀室長の許可は取れてます」

津軽
銀さんの···

そこで一瞬だけ目が見張られた。
けれどすぐに薄い笑みが戻る。

津軽
あのね、ウサは勝手なことしなくていいんだよ

ぎゅーっと人差し指が私のおでこの真ん中を推してくる。

(いった···!)

<選択してください>

おでこで押し返す

(ここで負けるわけにはいかない···!)

気持ちを折られないためにも、ぐーっとおでこで指を押し返した。

津軽
なになに?どういうこと?

手で振り払う

(津軽さんのペースで進められるわけにはいかない!)

その手を軽く振り払う。

津軽
なに、反抗的じゃん

サトコ
「最近反抗的なんです」

されるがままでいる

(下手に反応すれば、引っ張られるだけ···)

動かずにいると、津軽さんの片眉が軽く上がった。

津軽
察してちゃんとかやめてよね?

津軽
ウサちゃんはおマヌケな顔がちょうどいいんだから、そんな顔しないの
悪いようにしないからさ

サトコ
「···誤魔化そうとするのは、やめてください」

津軽
別に何も誤魔化してないでしょ。ちゃんと捜査の方針は立ってる
自分のお仕事しなさいよ

サトコ
「······」

(まさに暖簾に腕押し···このままじゃ煙に巻かれ続けるだけ)
(埒があかない···)

津軽さんの過去を知った日の翌日から、
可能な限りの時間を使って犯罪被害者のケアについて調べた、
付け焼刃の知識だとわかっている。

(幸い過去を刺激するようなことを言うのは決していいことじゃない)
(だけど、1日でも早く日常を取り戻す必要があるなら)

津軽さんが過去を重ねていないわけがない。
それなら多少強引にでも、その事件を一刻も早く解決するべきなのでは···と思ってしまう。

(銀さんに囮捜査の許可を取り直したのは、この考えが間違っていないか確認するためでもあった)
(あの銀さんが気付かないはずがない)
(OKを出したのは、銀さんも早期解決が望ましいと考えてるから···だと思いたい)

正しいという確信は得られない。
それでも···リビングで立ち尽くしていた背中に手を伸ばしたいと思う気持ちを抑えられない。

サトコ
「···囮捜査を拒否するのは、事件を思い出すからですか?」

津軽

固い声になったのは自分でも分かった。
ドクドクと心臓が脈打つのが耳の中でこだまする。

津軽
······

サトコ
「すみません。津軽さんの過去、調べました」

津軽
···あっそ

瞳こそひどく冷めたものだったが、頬がかすかに強張っているのは見逃さなかった。
それが無意識の反応だということも伝わってくる。

津軽
で、今度は俺に同情?
怖い?それとも気持ち悪い?

(同情···?怖い?気持ち悪い···?)

想定外の言葉が帰ってきて一瞬戸惑った。
私の反応に津軽さんも同じく一瞬だけ怪訝な顔を見せる。

サトコ
「同情なんかしてません。怖くもないし気持ち悪くもありません」

(難波さんの言う通り···私の痛みじゃない)
(同情なんて···気持ちを重ねられるなんて思うなら、それは驕りだ)

津軽
じゃあ、なに?

サトコ
「次の犠牲者が出る前に事件を解決したいだけです」

津軽
······

その唇が薄く開き···けれど、言葉は発せられない。

(もっと···焚きつけるようなことを言わなきゃ動かない、か···)

これ以上踏み込めば、津軽さんは私を一生許さないかもしれない。
だけどどうせ、元々望みのない恋だ。

(捨てなきゃいけないなら、砕けたって同じ)
(ごめんなさい、津軽さん)

これから本人がコ画しなくても、彼の心を押し潰すことを言う。
一度唇を噛み、覚悟を決めた。

サトコ
「私とノアと、ごっこでも家族になるのが怖いんですよね?」
「ドアを開けようとすると、あの日のことを思い出しちゃうんですよね?」

津軽
······

彼の瞳が一気に遠くなった。
迫る過去に目を見開き、ひゅーっと細く息を吸う声が聞こえるようだった。

(あと、一声···)

私も息が止まりそうだ。
それでも気力を振り絞る。

サトコ
「もう同じような思いをする子を出すわけにはいかない」
「だから···私情捨てて、とっとと仕事しろって言ってるんですよ!」

叫んだ瞬間、視界が揺れた。

津軽
······

覆い被さる身体。
ソファに突き倒すように押し倒されたとわかったのは、少し遅れてからだった。

津軽
···役割は夫婦だったっけ?

聞いたこともない地を這うような声。
ぐっと右手で頬をつかまれた。

サトコ
「···っ」

(怖く···ない)
(今1番怖がっているのは···過去を目の前に戻した津軽さん、の、はず···)

怯みそうになる自分を必死に奮い立たせる。

津軽
なら···好きだって言ってみろよ

サトコ
「······」

(···言えない)

それを口にしたら···本心を隠しきれなくなる。
現状から抜け出させるために、無理やり背を押していることが。

津軽
···捜査、したいんだろ。だったら
嘘でもいいから······言えよ

指先に力が込められて痛い。
だけど、ここで負けるわけにはいかない。
もう引き返せないのだから。

(嘘なら···なおさら、言えない)
(嘘で好きなんて言えないよ···)

本当に好きだから。
口にすれば隠せない。
誤魔化せるほど、嘘は上手くない。

サトコ
「···言えません」

声が震えないように、涙が溢れないように。
必死に堪えて強く拒む目で見つめ返せば。

津軽
···帰れ

外された手、頬が痛む。
ゆらりと離れていく身体。
顔も見ずに、家から追い出された。

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする