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本編③(後編) 津軽6話



部屋を追い出された翌日。
津軽さんが顔を見せたのは午後からで、夜の遊園地への潜入捜査を命じられた。

サトコ
「はぁぁ···」

(完全に終わった···嫌われた···)

百瀬
「キノコ生やしてんじゃねぇ」

サトコ
「え、東雲さんがどこかに?」

百瀬
「うぜぇっつってんだよ!」

サトコ
「本気で怒らないでください!場を和ませようとしただけなのに···」

百瀬
「さっきから溜息ばっかり」

サトコ
「吐いてました?」

百瀬
「いっそのこと呼吸困難にしてやるか?」

サトコ
「勘弁して下さい···」

(溜息出てたんだ···気を付けよう)
(わかっててやったことなんだから···)
(全ては事件を早期解決するために!)

ここでじめじめキノコを生やしている場合ではないと気合を入れ直す。

百瀬
「小さな手掛かりでも見過ごすんじゃねぇぞ」

サトコ
「はい!」

私と百瀬さんは深夜の遊園地を注意深く歩く。
囮捜査は結局無くなったけれど、銀さんからのお達しで遊園地への強行潜入が決まった。

(新玉の動きを待たずに、直接公安監視対象企業と繋がる証拠品を探し出すこと···)

サトコ
「有力な情報もないのに証拠を探して来いって···大きな賭けに出ますよね」
「銀室はこういう捜査はしないかと思ってました」

百瀬
「···滅多にねぇよ」

サトコ
「じゃあ、どうして今回は?」

百瀬
「···銀室長は今、公安内でも不利な立場にいんだろ」

サトコ
「そう···なんですか?」

(そんな話、全然知らない···)

上層部の権力争いに関する話は、当然ながら末端までは回ってこない。

(難波室が凍結されたことで、何かが動いているんだろうとは思ってたけど)
(それは公安学校を潰す話だと···)

サトコ
「課内で銀室長の力は絶大なんじゃないんですか?」

百瀬
「そう簡単に行くか。警視正は銀さんだけじゃねぇんだ」
「銀さんの方針に不平不満を抱く刑事も少なくねぇ」

サトコ
「そうなんですか···」
「上層部は公安学校を潰す派閥で一致団結してるのかと思ってました」

百瀬
「やっぱりバカだったか」

サトコ
「し、知らされない情報なんだから、仕方ないじゃないですか」

(でも、あの銀さんの立場が悪いなんて···考えられないな)

百瀬
「急いでんのは、圧力がかかれば津軽班も動きづらくなるからだ」
「その前に、この山を片付けなきゃなんねぇんだよ」

津軽さんのためにーーそれは言葉にされなかったが、十分わかった。
話ながら各アトラクションのバックヤードに入り込んで探してみるも、何も出て来ない。

(銀さんから指示が出たってことは、可能性はある)
(今夜中に進展させたい···!)

床や地面に這いつくばりながら、手がかりを探す。

サトコ
「そういえば今夜、津軽さんは?」

百瀬
「別のトコだ」

サトコ
「百瀬さんはどんな時でも津軽さんの居場所を知ってるんですね」

百瀬
「まぁ···大体な」

百瀬さんの眉がぴくっと動いた。
苦笑が浮かんだ横顔には、どこか切なさが滲む。

(百瀬さんが津軽さんの変化に気付かないわけがない)
(いつだって百瀬さんは津軽さんのことを見てきたはずなんだから)

サトコ
「···百瀬さんと津軽さんって、いつから知り合いなんですか?」

百瀬
「俺が14、津軽さんが18の時だ」

サトコ
「え···」

百瀬
「何だよ」

サトコ
「いえ···」

(てっきり『うるせぇ』で片付けられるかと思った···)

百瀬
「言いたいことがあんなら言え」

<選択してください>

百瀬さん、思ったより歳ですね

サトコ
「百瀬さん、思ったより歳だったんですね」

百瀬
「あ゛?どういう意味だ」

サトコ
「何となくもっと若いイメージだったんで···」

百瀬
「甘く見るんじゃねぇ」

サトコ
「褒めてるんですよ。少年っぽさがあるって意味です」

百瀬
「チッ」

(あ、蹴りが飛んでくる!?)

ーーかと思いきや、百瀬さんは何もしてこなかった。

『うるせぇ』って言われるかと

サトコ
「『うるせぇ』って言われるかと」

百瀬
「うるせぇ」

サトコ
「いつもだったら、そう言うじゃないですか」
「どうして素直に教えてくれたんですか?」

百瀬
「別に隠すことでもねぇだろ」

(津軽さんに関しては隠したがりの百瀬さんが···こんなこともあるんだな)

ヤンキーだったんですか?

サトコ
「ええと···ヤンキーだったんですか?」

百瀬
「あ゛?」

サトコ
「津軽さんが元ヤンみたいなこと言ってたことがあったし、お友だちもそんな感じなので」
「百瀬さんも、そうだったのかなーと···」

百瀬
「···聞きたきゃ津軽さんから聞け」

サトコ
「え···」

(隙あらば津軽さんから排除しようとする百瀬さんが、こんなこと言うなんて···)

百瀬
「今夜、何か見つけなきゃ帰れねぇからな」

アトラクションの配線盤まで開けて調べている百瀬さんの額には汗がにじんでいる。

(津軽さんのために必死に···)
(本当にもう時間がないんだ)

全てのアトラクションの周辺を調べたが、収穫はなし。

サトコ
「何も出ませんね···」

百瀬
「移動遊園地なんて犯罪の隠れ蓑に格好の施設はねぇ」
「絶対何かあるはずだ」

サトコ
「はい。もう一度情報を見直しましょう」

近くのベンチにパークの見取り図を広げる。

百瀬
「調べたのは···」

百瀬さんが見取り図にチェックを入れていく。

サトコ
「あとは···遊園地の移動に使うコンテナですね」

百瀬
「やっぱここが本丸か」

遊園地の敷地の端にあるコンテナの列に、百瀬さんが表情を曇らせる。

サトコ
「ここだとも問題があるんですか?」

百瀬
「密室は狙われた時に身動きがとりづらい」
「機材を積むコンテナなら、中を調べんのも注意が必要だ」

サトコ
「明るくなるまで、まだ4時間はあります。これから始めましょう」

百瀬
「ああ。夜が明ける前に決着つけてやる」

いつもは何だかんだと対立しがちーーというか、一方的に敵視されてしまう私だけど。
今だけは心を合わせられた。
津軽さんという共通の目的のために。



薄暗い倉庫の中は、アトラクションの機材や小道具等々···物が溢れかえっていた。

サトコ
「ここで4つめですね。後残りは2つ···」

百瀬
「窓もねぇコンテナの中だ。とにかく見落とさねぇように集中しろ」

サトコ
「はい」

懐中電灯片手にコンテナの中を調べていると···着ぐるみが重なっておいてある場所があった。

サトコ
「着ぐるみ···!」

百瀬
「何かあったのか?」

サトコ
「着ぐるみの山があります」

百瀬
「それがどうかした」

海賊アトラクションの宝箱に頭を突っ込んでいた百瀬さんが、こちらを振り返る。

サトコ
「移動遊園地について調べた時、キャストの求人についてもチェックしたんです」
「遊園地の案内キャストは着ぐるみの中に入ることもあるって」
「新玉もウサギの着ぐるみに入ってたことがあります!」

百瀬
「着ぐるみを着てれば、園内で家族連れを物色しても怪しまれねぇ」

サトコ
「迷子センターに子どもを誘導することもできる」

百瀬
「何をするにも便利っつーことか。着ぐるみの隅々まで調べろ」
「シッポひとつ見逃すんじゃねぇぞ!」

サトコ
「はい!」

私がウサギの、百瀬さんがイヌの着ぐるみの頭を手に取った時だった。

百瀬
「!」

横にいた百瀬さんがびくっと跳ねるように背筋を伸ばした。

サトコ
「百瀬さん?」

百瀬
「今すぐそれを被って伏せろ!」

サトコ
「!?」

反射的に百瀬さんの指示に従った、次の瞬間。
視界の隅に筒状の何かがコンテナ内に放り込まれるのが見えた。

(煙が···!)

着ぐるみの頭に顔を突っ込んでも、完全に逃れることはできなかったーー

to be continued



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