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本編③(後編) 津軽7話

意識が朦朧とする。
金縛りにでもあったように動けないなか、口をこじ開けられて何かを突っ込まれた。

サトコ
「ぐっ···」

サトコ
「···っ、げほっ!」

咽そうになってカッと意識が錯覚した。
同時に冷たい金属の床の上に身体が突き飛ばされる。

(ここ···観覧車のゴンドラ!?)

バンッとドアが締められると同時にガコンと動き出すゴンドラ。

(どうしてこんなところに···)
(百瀬さんとコンテナにいたら、煙で···意識を失ったんだ!)
(ということは!!)

私をここに放り込んだのは犯人ーーこれ以上ない証拠だ。

サトコ
「ーーっ」

誰···と言いたかったのに、声が出しづらかった。
足にも力が入らなくて、窓枠につかまって何とか立ち上がる。

(犯人はどこ!?)

真っ暗な窓の外を目を凝らして見ると。
ザッとゴンドラ内のスピーカーから音が聞こえてきた。

新玉次雄
『···目が覚めたようだね』

(新玉の声!やっぱり、あいつが···!)

ゴンドラ内を見回し、緊急用の通話ボタンを見つけ押す。
それから会話を録音するためにポケットの小型レコーダーのスイッチを入れた。

(指先に力が入らない···息苦しいし、何を飲まされたの?)

サトコ
「やっぱりあなただった。新玉次雄」

新玉次雄
『ボクを覚えててくれたのは光栄だけど、残念だね。もう少しでお別れだ』
『隣のゴンドラにいる君のお仲間と一緒にね』

サトコ
「!」

(百瀬さん!?)

窓に張り付いて上下を見ても、ゴンドラの中は見えない。

サトコ
「···何を飲ませたの?」

新玉次雄
『遅効性の毒。君、警察官だね?ポケットの手帳見たよ。もっと早く片付けとくべきだった』

サトコ
「どうしてわざわざ遅効性の毒を?」

新玉次雄
『最後に遊園地の楽しい思い出を残してあげようと思って』
『大体、そうだな···頂上になったら死んじゃうくらいかな』
『ロマンチックだね』

スピーカー越しの声は笑っている。

(人を殺すことに躊躇いがない···)
(毒の話も本当だ)

観覧車は4分の1ほど上がったところだ。
症状は脱力、眩暈、呼吸困難···確かに毒は回っている。

(ゴンドラからの脱出方法はない···と考えていい)
(生き残る可能性としては、ゴンドラが下に着いた時に救助が来てくれることだけ···)

それまで毒の回った身体が保つ可能性がどれくらいあるのか···は、わからない。

(せめて新玉の自供を···)

サトコ
「子どもだけを残しての殺害事件···犯人はあなたなんでしょう?」
「どうして、親だけを殺すような真似を?」

新玉次雄
『あの子たちのためだ』
『あんな親に育てられる子どもは不幸だろう!』

被害に遭った家族は、子どもが泣いていて親がひどく叱責していた。

(だけど、それが不幸かどうかなんて···外野が口を出すことじゃない)

余程ひどい虐待を受けているなら、また別の話だけれど。
そこまで行かないなら、あの歳の子どもたちにとって親の存在は大きいはずだ。

サトコ
「たとえ真実がどうであっても···それを裁くのは法であって、あなたじゃない」
「たったひとり生き残った子どもが、これからどう生きていくのか···」
「······想像したことあるの?」

新玉次雄
『知らないよ、そんなの。でもこれで誰も不幸にならない』
『僕が子どもを守ってあげたんだ』

拳を握り、毒で回らない頭が言葉に勢いをつけた。

サトコ
「···馬鹿じゃないですか?」

新玉次雄
『···何?』

サトコ
「そんなことしても、子どもたちのヒーローになんてなれない」
「あなたがしてるのは、ただの殺人」

新玉次雄
『お前にわかるのか!虐待された子どもの気持ちが!』
『お前なんかに······!!』

(そういうこと···)

激昂した声に、事件の背景が見えてくる。
動機自体はシンプルなものかもしれない。
新玉の同機はーー

<選択してください>

無差別殺人

(無差別殺人···)
(違う、新玉は子どものいる家族だけを狙ってるから無差別とは言えない)
(新玉は自分の境遇から、今回の犯行を企てたんだ···)
(新玉についてはわかったけど、大事なのは公安監視対象との関わり···)

自分の境遇を重ねている

(新玉は親から虐待されていた···だから、高圧的な親が許せない)
(新玉は自分の境遇から、今回の犯行を企てたか)
(新玉についてはわかったけど、大事なのは公安監視対象との関わり···)

子供を憎んでいる

(子どもを憎んでる···?違う、苦しめるために子どもを生かした訳じゃない)
(子どもを守る為って言ってた···)
(新玉は自分の境遇を重ねて、犯行に及んだんだ)
(新玉についてはわかったけど、大事なのは公安監視対象との関わり···)

サトコ
「···あなたの言う通り、私に辛い子どもたちの気持ちは分からない」
「仮にあなたが子どもたちを救っていたとして、こんなことひとりじゃできないでしょう?」
「他の奴らに手柄を横取りされたら、どうするの?」

新玉次雄
『その心配はないよ。僕らは奴らが隠している薬物をちょっと借りてるだけだから』
『向こうだって薬物実験になると思って目を瞑ってるんだ』
『遊園地の運営企業が殺しに荷担してるなんて、自分たちから言うはずはない!』

(証拠として、どれくらい使えるのかわからないけど)
(とりあえずの関りは引き出せた···!)

サトコ
「あなたはやっぱり被害者に自分の親を重ねて、憂さ晴らしをしてるだけの子どもです」

新玉次雄
『···っ、黙れ!!』

ぶつっと切れた通信。

(図星を突かれたからって···)
(でもこれで新玉の自供は取れた)
(物証は···私が死んで、私の身体の残留物で物証が出てくれれば···)

関係者の指紋でも、髪の毛でも、服の繊維でも何でもいい。
揺れるゴンドラの中で、膝から崩れ落ちる。

(これが毒で死ぬってこと···)
(朦朧とするけど、苦しいな···本当に死ぬのかも···)
(今まで、なんだかんだで生きて来られたんだけどな···)

震える手でレコーダーを確認する。
新玉との会話は全部とれていた。

サトコ
「津軽さん···」

(これで事件を解決してください···)
(これで少しでも早く楽になってくれたら···)

サトコ
「好きな人に嫌われたまま死んじゃうのか···」
「それはちょっと悲しいなぁ」

視界がぼやけてくる。

(百瀬さんは大丈夫かな。私より強そうだから、きっと大丈夫だよね)
(津軽さんのこと、頼みます···)

指先が痺れて冷たくなってくる。

(死ぬの···怖いな···)
(···やりたいこと、まだいっぱいあるのに)
(·········)
(いやいやいや!万分の一でもいい!)
(毒に打ち勝って生き残る可能性に賭けたい!)

意識的にゆっくりと呼吸を繰り返していると。
再びスピーカーからザッという雑音が聞こえた。

新玉次雄
『ぐぎゃっ!』

百瀬
『新玉確保!!』

サトコ
「······!!?」

(百瀬さんもゴンドラの中にいるんじゃ···!?)

あの人のことだから、どうにかして脱出したのかもしれない。
無事でよかったと安堵すると同時に私にも生存の可能性が出て来る。

(頂上までの時間が約15分だとすると地上に戻るまで30分)
(ここから病院まで運ばれて15分、服毒してから胃洗浄までの時間は確か···)

くらりと視界が霞み、思考が遮られる。

(······確か、1時間以内なら希望はあるはず)
(それまでこの身体が持てば···!)

また津軽さんに会える。
たとえ嫌われていても、まだ部下でいられるかもしれない。

(生きろ!生きるんだ、私!)

サトコ
「津軽さんに、会いたいから···!!」

全身で叫んだ、その時。
ガンッとゴンドラのドアが揺れた。

津軽
···らあっ!!

サトコ
「!?」

無理やり蹴破られたドア。
強い風に髪を揺らしながら乗り込んできたのはーー

津軽
俺のこと、呼んだ?

サトコ
「···!?」

声にならない声が叫ぶ前に、腰を抱かれて引き寄せられた。

(え!?)

迫る睫毛が震える顔。
顎を掴まれた、その瞬間。

津軽
······

サトコ
「んっ···」

唇を塞がれたと気付いたのは、息が上手くできなくなったから。
ーー津軽さんのキスのせいで。

to be continued

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