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本編③(後編) 津軽8話

津軽
······

サトコ
「ん、う···っ」

生暖かい舌が奥まで入り込んでくる。
突然現れた津軽さんに与えられる深すぎるキス。

(な、なんでこんな···)

夜と汗と津軽さんの匂いが混ざって感じられる。
彼の心臓が激しく脈打っているのも伝わってきて、思考が焼き切れそうになる。

(これ···死ぬ前の幻覚じゃないよね···?)

おでこに触れている津軽さんの前髪の感触が徐々にしっかりと感じられてくる。
そして冷たくなっていた指先に血の流れが戻ってくるのも分かった。

(もしかして···解毒剤を飲ませてくれてる···?)

サトコ
「···ぷはっ!」

津軽
しっかり飲んだな?

サトコ
「は、はい···」

唇が話されると同時に『間もなく頂上です』という定型のアナウンスが流れてきた。
津軽さんが親指と人差し指で私の両目をカッと開いてくる。

サトコ
「な···っ!?」

津軽
目の反射あり

次に首筋に2本の指をあてられた。

津軽
脈も速いが正常の範囲内
名前は?

サトコ
「え?」

津軽
名前、言える?

サトコ
「氷川···サトコです···」

津軽
意識もクリア···大丈夫そうだな···

観覧車がちょうど頂上に着いた。

津軽
···間に合った

喉の奥から絞り出すような声だった。
強い力で抱き締められれば、津軽さんの顔は見えなくなる。
代わりにぎゅっと私のシャツの背が握られているのが伝わって来た。

(助けに、来てくれた···)

何がどうなってこの状況になっているのか全く把握できないけれど。
津軽さんがいることだけは分かって目の奥が熱くなった。

百瀬
『津軽さん、そっちの様子は!?』

津軽
間に合ったよ。ウサちゃんにも解毒剤飲ませた。とりあえず大丈夫
下は任せた

百瀬
『了解』

短く百瀬さんとの通信を切る。

サトコ
「あ、の···」

津軽
とりあえず座ろっか

津軽さんは私を膝の上に乗せて座った。

(どうしよう···落ち着かない···)
(でも···)

ちょっと身じろぐも、回されている腕が緩む気配はなく大人しくしていることにした。

サトコ
「横に···」

津軽
ん?

膝から降りようとするも、回されている腕はびくともしなかった。

(落ち着かない!)

もぞもぞと動いてみるも、回されている腕が緩む気配はない。

(ど、どうしよう···)

横抱きにされているので、端正な横顔は目の前だ。
何から話そうか、この状況をどうしようかーー考えがまとまらない。

サトコ
「どーー」

どうしてここに···と、まずそれから聞こうとしたのに。

(あ、あれ?声が出ない!)

サトコ
「ひゅっ···」

津軽
ああ、声が出ないなら無理しない方がいいよ
解毒剤の副作用で喉が腫れてるから

(よりによって、こんな時に話ができないなんて!)
(どうして津軽さんがここに···?)

津軽
ああ、どうしてここにいるのかって?
上のゴンドラから飛び移るのって結構大変だったよ
命綱付けて、足場見つけてさー。移動遊園地の小型だったからギリ?
身体って動かさないと動かなくなるって本当だね

サトコ
「······」

(聞いてるのは、そういうことじゃなくて···!)

ポンポンと胸を叩くと、ふっと笑われた。

津軽
···そういうことじゃないよな。わかってるよ
俺がここに来た理由を知りたいんだろ

顔を上げると目が合う。
細められた瞳に茶化す色はなく、ただ私を見つめてくれている。

津軽
モモからSOSの連絡があったんだよ。君らがコンテナから連れ出されるときに

(さすが百瀬さん···私は意識を失ったのに、百瀬さんは耐えたんだ)

非常時の訓練がもっと必要だと小さく唇を噛む。

津軽
あとはウサちゃんが予想してる通り

(それって···どこかで百瀬さんと入れ替わって···)
(上のゴンドラから降りて来たってことで合ってる?)
(面倒臭がりな津軽さんにしては、ものすごいアクティブな···)

津軽
めんどくさがりのクセにって思ったね

サトコ
「んっ」

(こ、心が読まれてる!)

私はエスパーじゃないから思ってることは言葉にしてもらわなきゃ···なんて思ったのに。
津軽さんは私が思ってることをバンバン当ててくる。

(でも、私が1番聞きたいのは···)

津軽
ウサの考えはお見通し
わざと嫌われようなんて···バカ

肩口に顔を伏せさせられた。

津軽
···変わらないでいてくれて、ありがと

(え···?)

津軽
君はずっと、そのままでいて

サトコ
「······」

懇願にも似た声で、ドクッと心臓が脈打った。
津軽さんがしているように、私も彼のシャツを強く握る。

(それって···)

思い出すのは、あの夜のことーー

津軽
で、今度は俺に同情?
怖い?それとも気持ち悪い?

あの時は必死だったから深く考えられなかったけれど。
今ならわかる。
事件後、取り残された子どもが周囲からどんな目で見られ、腫れ物のように扱われたのか。

(私には想像できないような辛いことも、きっと···)

津軽さんが抱えるものを分かるなんて言えない。
だけど胸が塞がれるように苦しくなるのも本当だった。

サトコ
「······」

津軽
ウサギは我慢強いって本当だな

私の気持ちがまた伝わっているようで、鼻先をキュッとつままれた。

サトコ
「んーっ」

津軽
俺のためにウサが我慢することなんてないのに
でも···嬉しいよ

(え?え···この空気って、その···)
(嫌われてない···?)

今、声を出して聞けたら···と、声の代わりに見つめ続けていると。

津軽
え?解毒じゃないキスして欲しい?

サトコ
「!!!?!??」

(そんなことは思ってませんけど!?)

津軽
あっはっは。顔ゆでダコ
こうするともっとタコになる

両頬をムニュッとされれば、タコの口になった。

(さ、さっきまで真面目な話をしてたのに!)
(津軽さんに嫌われてないって分かって、私だって···っ)

サトコ
「う···」

津軽
う?

サトコ
「う···っ」
「嬉しかったんですからね!!」

(声、出た!!)

津軽
うわ、サルの断末魔みたいな声

サトコ
「~っ」

(ほんとに津軽さんは津軽さんで津軽さんなんだから!)

痺れた唇と、決して離されない身体。
それなのにデリカシー0の気配へ消えてなくて。

サトコ
「······」

津軽
ちょ、どうしてそんなに胸叩くの!

サトコ
「ゴリラ!」

津軽
は?なによ、それ···

こんがらかった気持ちに振り回されながらも、頬が緩みそうで。
その胸にギューッと顔を押し付けた。

to be continued



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