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本編③(後編) 津軽 Good End



その日の午後。
訳も分からないまま津軽さんの車に押し込まれて向かった先はーー

サトコ
「綺麗なお花畑の公園···」
「これがデートですか?」

津軽
そう思えばデートだよ。スーツでもね

給湯室で『デートしよう』と言われたのは、ほんの1時間ちょっと前のこと。

(なぜ突然デート···)
(私には時間が必要って、この時間のこと?)

津軽さんと『デート』という名目で出掛けたことは何度もあるけれど。
それがいわゆる恋人同士のデートに当てはまるのか···は、未だに不明だった。

サトコ
「津軽さんが、こんな場所に連れて来てくれるなんて···」

広がる鮮やかな花々に感動しつつも、ふと気が付く。

(デートって言う時は、おしゃれな店だったり、髪の毛をセットしてくれたり···)
(一応ちゃんとそれらしくして来てくれたっけ···)
(まあ、お店は警察内の女の子に誘われていった場所ばっかりなのかもしれないけど)

津軽
だってウサちゃんは捨てられないくらい花が好きなんでしょ

サトコ
「う···」

隣に立った津軽さんにチラッと視線を向けられ、頬に血が上る。

(初めて貰った花束のことですか!!)
(私が好きなのは、花っていうよりあなたのことなんですけど!?)

当然それが口に出されることはない。

(助かるけど、変な勘違いされてる···)
(津軽さんの中で、私は花好きの女になってしまった···)

津軽
どう?嬉しい?

横からにゅっと顔を覗き込まれた。

(勘違いはともかく)
(津軽さんと2人で出かけて、こんな景色見られるのは嬉しいな)

もうこんな時間は訪れないと思っていたから。

サトコ
「どこの課の子に教えてもらったんですか?」

津軽
は?

サトコ
「刑事課?交通課?」

津軽
俺が自分で調べたんだけど?

サトコ
「え、あ···そ、ですか···」

(津軽さんが自分で···どうしよう、ますます嬉しい···)

サトコ
「嬉しい、です···」

津軽
そ、よかった

津軽さんが笑う。
いつかのーー浜辺で話をした、あの朝みたいに。

(······)
(今なら聞けるかな···聞いてもいいかな)
(私を嫌ってないか···)

デートなんて言うくらいだから、そう思いたいけれど。
津軽さんばっかりは聞いてみないと分からないどころか、聞いても分からないことがある。

サトコ
「あの···っ」

勇気を出して、その横顔を見上げると。
ふわっと湿った風が吹き、ぽつっと頬に水滴が落ちてきた。

サトコ
「雨···?こんなに晴れてるのに!?」

津軽
前もウサちゃんと帰った時、雨降ったよね
ウサちゃんって雨ウサギ?

サトコ
「おかしなあだ名つけないでください!」

津軽
通り雨だと思うけど、雨宿りしよ

サトコ
「わっ」

肩を抱かれたと思った時には、引き寄せられて近くの東屋に駆け込んでいた。

津軽
ウサちゃんが結婚の話なんてしたから、狐が嫁入りしてるんじゃないの

サトコ
「公安課の給湯室の話を狐が聞いてるんですか?」

津軽
聞いてるかもよ

晴れた空から降る雨が花畑を濡らし、幻想的な景色になりつつある。

(この背景で濡れ髪の津軽さんはずるい···)

直視するのも躊躇うほどの色気なのに、私の肩から手が外されることはない。

(近い···近い···!)
(いや、でも他意はないんだから···!)
(だけど、この状況で『嫌ってないですか?』なんて言ったら、告白みたいに思われるかも···)

別の話題にしなければと、必死に頭を回転させる。

サトコ
「あの、助けてくれてありがとうございました」

津軽
何の話?

サトコ
「観覧車で助けてくれた話です。きちんとお礼を言えてなかったので···」
「まさか興味ないから忘れた···なんて言いませんよね?」

津軽
忘れた

サトコ
「!?」

津軽
···なわけないでしょ

肩から手が外されたかと思ったら、今度は頬に息がかかる距離で、ふっと笑われた。

サトコ
「つ、津軽さんの場合、冗談になりませんからね!?」
「前科があるんですから、前科が···」

津軽
さっきのお返し

サトコ
「結婚の話ですか?」

(やっぱり結構ねちっこい···)

津軽
それに、それくらいもうわかりなよ

サトコ
「わかりませんよ···私は津軽さんと違うんですから···」

津軽さんの考えてることはわからない。
言葉にしないとわからない。

津軽
あれくらいお礼を言われるようなことじゃないよ
俺は君の班長なんだから

サトコ
「そうですけど、上のゴンドラから移動してくるなんて無茶ですよ」
「津軽さんはその死にたがり、本当直してくださいね」

津軽
人を厨二みたいな言い方しないでよね

サトコ
「だってそうじゃないですか。研究所の時だって危なかったし」
「解毒の時だって一歩間違えれば、津軽さんが毒を摂取する可能性だってあったのに···」
「もっと命を大事にした方がいいです」

津軽
あっはっは、俺が簡単に死ぬわけないじゃん

サトコ
「あっけらかんと!何を根拠に···」

津軽

サトコ
「え?」

少し身体が話され、津軽さんが身体ごと向き直ってくる。

津軽
諦めないよ、簡単には
君がいるから

サトコ
「!」

差し出される手と真っ直ぐに見つめてくる瞳。
昂揚感のようなものをたたえた目がなにを意味するのか、私には見えない。
だけど、わかるのはーー

(···津軽さんはズルい)
(何とも思ってないくせに、こんなこと言って)
(そりゃ簡単には諦めないって、刑事としては頼れる嬉しい言葉だけど!)
(私は、津軽さんが好きだから···)

津軽
ねえ、こういう時は手を取るもんじゃないの?
俺のこの手、所在ないんだけど

サトコ
「だって···」

その手をじっと見つめてしまう。

(私の心をぐちゃぐちゃにして···この手を取ったら、部下の枠に収まれる?)
(あんなキスまでして···)

口の中が痺れるような感覚と一緒に思い出されるのはーー

津軽
え?解毒じゃないキスして欲しい?

サトコ
「~っ」

(部下でいなきゃって思うのに。好きだって気持ち、隠さなきゃいけないって思うのに)
(津軽さんに、その線を曖昧にされたら···)
(本気かそうじゃないかなんて、私にはわからないから···!)

サトコ
「私だってあきらめられなくなります···津軽さんのこと···」

津軽
え?

サトコ
「!」

(···え?)
(今···心の声出た!?)

津軽
今···

戸惑うような声に顔を上げれば、思い切り目が合ってしまった。
津軽さんの瞳には、どう見ても『好き』全開にした自分が映っている気がして。

(い···言っちゃった···!?)

血の気も引くのに、同時に眼中に熱が集まるのがわかった。

津軽
諦めないって、何を?

サトコ
「な、なんでもないです···」

(ご、誤魔化さなければ!!)

サトコ
「そういえば夕方から会議でしたよね!」
「そろそろ戻らないと!」

津軽
ちょ、引っ張らないで!いたたっ

その手首をつかむと、顔を見られないように津軽さんの前をズンズンと歩いた。



会議の時間に間に合うように帰って来ると。


「······」

前方から銀さんが歩いてきた。
その鋭い目は確かに私たちを捕らえている。

(サ、サボりがバレた!?)
(どうしよう···一応上司と一緒だったということで、何とか···っ)

廊下の端に寄り、小さく頭を下げていると···通り過ぎることなく、私たちの前で立ち止まった。

(やっぱり不在時の説明を求められる···!)


「··· “あれ” は、いつ来る」

降って来た声に顔を上げると、ギロリと睨まれた。

(あれって、なに?)

津軽
しばらく来ませんよ


「···そうか」

津軽さんが答えると、銀さんは静かに立ち去っていく。
硬い靴音を鳴らす背中を訳も分からず見つめる。

サトコ
「“あれ” って、何ですか···?」

津軽
ノアだよ

サトコ
「ノア?」

(あ!私にもノアのこと “あれ” って言ってたっけ)

サトコ
「また何か捜査に関わらせるつもりですか?」

反射的に厳しい顔をしてしまった私に津軽さんが苦笑で首を振った。

津軽
あはは
いやぁ、あれは···見たいだけじゃない?

サトコ
「見たいって···ノアを?」

津軽
 “おじいちゃん” って呼ばれるのも満更でもなかったってことかもね

サトコ
「え···」

(あの鋼鉄の銀さんの心をノアが溶かした!?)

サトコ
「い、意外と子煩悩?よくわかりましたね···」

津軽
これでも長い付き合いだからね

(ノアも会いたいって言ってたし···また会える機会があったらいいな···)

黒澤
サトコさん!探してたんですよ!

サトコ
「わっ」

課に戻るなり、黒澤さんが前方に飛び込んできた。

黒澤
退院後初の登庁だから、心配してたんです
今回は事件のことも全然情報入ってきませんでしたし···

サトコ
「はは、ご心配ありがとうございます。もう大丈夫です」

東雲
朝から元気有り余ってたでしょ。昼過ぎから急に姿消したけど

颯馬
津軽さんも見かけませんでしたね

サトコ
「え、あ···」

いつの間にか黒澤さんの左右に東雲さんと颯馬さんが立っている。

(2人で抜け出していたと!分かっていて聞いている顔···!)

百瀬
「チッ」

大きな舌打ちが聞こえてきて、百瀬さんに思い切り睨まれている。

(あああ、少しは話してくれるようになったのに!)
(また嫌われた···)

後藤
無理はするなよ

私に突き刺さる視線を気にせず、励ますように肩を叩いてくれるのは後藤さん。

サトコ
「はい」

加賀
サボる余裕があんだ。無理なんかしてねぇだろ

石神
長すぎる昼休みだったな

サトコ
「ひっ」

ぬっと現れた両班長が腕を組みながら私と津軽さんの前まで来る。

加賀
傍にいなきゃいけねぇもんな。クソホクロの

石神
ひとりじゃなにもできないらしいからな。津軽は···

サトコ
「なーっ!!」

(ほ、本人の前で言うことですかー!!)

2人の口を塞ぎたくとも、両班長が簡単にそれをさせてくれるわけもない。

サトコ
「ち、違うんです!津軽さん、これは···!」

後ろ斜めにいる彼を振り返ると。
頭の上に手が乗せられた。

津軽
わかってるよ

サトコ
「はい!?」

ふっと微笑む余裕に満ちた顔。
それが示す事実は、ひとつ。

サトコ
「なっ、な···っ、知ってるんですか!?なんで!?」
「盗聴器!?百瀬さん!?」

津軽
はは、なんでだろうね

頭をわしゃわしゃと撫でられた。

加賀
······

石神
······

サトコ
「え、あの!?」

伸びてくる加賀さんと石神さんの手にも同じことをされる。

津軽
うちの子なんだけど

加賀
知るか

石神
だから何だ?

サトコ
「わ、私の頭をオモチャにしないでください!」

東雲
完全に鳥の巣

サトコ
「このあと会議なんですがー!!」

(それに、おしくらまんじゅう状態!)

なぜか入れ代わり立ち代わり髪が乱れるほど頭を撫でられ、さながら撫仏になっていたのだった。

Good End

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