カテゴリー

メリー・オ世話シマス!? 難波1話

下敷きになってくれたのは、難波室長だった。

サトコ
「室長···!」

難波
間一髪だったな···

私を見上げて苦笑いする顔に、慌てて飛び退く。

サトコ
「すみません!すぐ退きます!」

難波
ケガはねぇか?

サトコ
「はい。室長のおかげで。室長こそ大丈夫ですか?」

難波
見くびるなよ。いくら歳でもお前ひとりぐら···
イッ!?

身体を起こそうとした室長が、突然ビキッと固まった。

サトコ
「し、室長···?」

難波
···まずい

サトコ
「どうしたんですか?」

難波
腰の爆弾が···

サトコ
「ええ!?」

慌てて身体を支えようとすると、すかさず手で制された。

難波
いてててっ、動かすな!

サトコ
「そんなこと言われましても」

(どうしよう、私のせいだ。冬になって食べ過ぎて重たくなってたし)

サトコ
「どうすればいいですか?なんでも言ってください」

難波
タクシー呼んで···

サトコ
「はいっ」

スマホを取り出す横で、ぶつぶつ呟く声が聞こえる。

難波
···痛いと思うから痛ぇんだ。無の境地だ。羊が一匹、羊が二匹···

(大変!支離滅裂なこと言い出してる···!)

現実逃避し始める室長を心配しながら、急いでタクシーを呼んだ。

サトコ
「ゆっくり座ってください」

難波
ああ

顔をしかめながら後部座席のシートに背もたれる室長を、ハラハラと見守る。

タクシー運転手
「どちらまで?」

サトコ
「えっと···」

室長の自宅の住所を口にすると、横から遮られた。

難波
いや、そっちじゃなくて···

別の住所を運転手に伝えられ、首を傾げる。

サトコ
「どこに行くんですか?」

難波
着けば分かる。もうちょい付き合え

(そりゃ、こんな室長をひとりで置いて帰るつもりはないけど)

訝しむ私に構わず、室長は痛みに耐えるように目を閉じてしまった。



タクシーが横付けされた場所を見た途端、目を丸くする。

サトコ
「···本当にここで合ってますか?」

難波
ああ

それは都内でも今人気の、ラグジュアリーホテルだった。

(どうしてこんなところに···)

クリスマスとあって、ロビーにいるホテルの客はほとんどがカップルばかり。
イチャイチャとホテルに入って行く恋人たちを見送りながら、突然ハッとした。

(もしかして、これは室長なりのサプライズ···!?)

だって、そうでなければ、失礼だけど室長とこんなオシャレなホテルが結びつかない。

(私のために···?)

胸を高鳴らせていると、室長が私の肩を抱き寄せた。

(!)

難波
入るぞ

(やっぱり、クリスマスのサプライズなんだ···嬉しい)

期待を込めて隣を見上げた途端。

難波
ちょっと、つかまらせて

ずん、と肩に重みが加わった。

サトコ
「う」

難波
悪ぃな···まだひとりじゃ歩けねぇ

サトコ
「い、いえ」

(サプライズ···だよね?)

通されたのは、夜景の一望できる広々とした部屋だった。

サトコ
「わあ、素敵···」

顔を輝かせて窓辺に向かおうとすると、グッと引き留められる。

難波
夜景なんか後だ。ベッドに行くぞ

サトコ
「えっ!?」

難波
限界なんだ
······
············
腰が···

(ですよね···)

一瞬でも勘違いしそうになった自分が恥ずかしい。
室長を支えながら歩き、ベッドの傍まで来た途端。

難波
もう無理···

室長がどさりとベッドに倒れ込んだ。

サトコ
「ちょっ、大丈夫ですか!?」

難波
やっと横になれた···

腰に手を当ててぐったりする姿を見下ろすうち、不安がよぎる。

サトコ
「あの···どうしてこのホテルに?」

おずおずと確認してみるとーー

難波
部屋が水漏れしてな。修理が終わるまで、家に帰れねぇんだよ

(全然クリスマス関係ない···!)

色っぽい期待を打ち砕かれ、がっくりと項垂れた。

(そうだよね、室長がサプライズなんて···)

落胆していると、うつ伏せの室長が小さく呻いた。
しんどそうな姿に、なんだかかわいそうになる。

(···私を助けて、こんな目に遭ったのは事実だもんね)

サトコ
「近くに薬局ありましたよね。湿布買って来ます」

難波
いいのか?

サトコ
「はい。安静にしててくださいね」

気持ちを切り替えて財布を取り出すと、急いで部屋を出た。

買い物を済ませて急ぎ足でホテルに帰って来る。

(う~、外寒かったー)

震えながらロビーを通りかがり、思わず足が止まる。
吹き抜けとなった中央広場に、巨大なクリスマスツリーが飾られていた。

サトコ
「きれい···」

美しいオーナメントがキラキラと輝き、聖夜をロマンチックに盛り上げている。
ツリーの下では、仲睦まじい恋人たちが愛を語り合っていた。

(いいなぁ。かたや私は、湿布の買い出し···)

と、いじけそうになる自分を慌てて叱咤する。

(室長が待ってるんだから、早く戻らなきゃ)

部屋に戻ると、ベッドルームに向かう。

サトコ
「湿布買って来ました」

難波
おお、サンキュ

ゆっくりと身を起こす室長を、慌てて支える。

サトコ
「起きて大丈夫ですか?」

難波
ああ、だいぶ落ち着いてきたわ

サトコ
「湿布貼りますね。シャツを···」

難波
脱がせてくれんのか?

サトコ
「脱がなくていいので、めくってください!」

難波
別に脱がせてくれてもいいんだなが

からかうように笑う室長を呆れて見遣る。

(ちょっと元気になった途端これだもん···)

腰に湿布を貼り付けていると、なんだか少し笑えて来た。

(まさか、クリスマスにまでこの作業をするとは思わなかった)
(でも···これが私と室長らしいのかも)

お決まりのやりとりが愛しくて、貼り付けるフリをして、湿布の上から腰を優しく撫でた。

難波
···

サトコ
「病院に行かなくていいんですか?」

難波
そこまで大袈裟じゃねぇって。それより···

突然腕をつかまれ、引っ張られる。

サトコ
「きゃっ」

室長は私をベッドに引きずり込むと、腕の中に閉じ込めた。

サトコ
「え、あの···腰大丈夫ですか···?」

心配して身じろぎすると、さらに強く抱きしめられる。

難波
こうしてた方が、治りが早い

(そうなの?)

難波
お前、冷えてるなー。外寒かったろ

あっためるように背中をさすられ、思わず笑みが零れる。

サトコ
「ふふ、はい」

甘やかされるのが嬉しくて、大人しく腕の中におさまった。

難波
ケーキは美味かったか?

サトコ
「はい、ありがとうございました」

難波
お前が好きそうなの選んだからな

サトコ
「皆さんも喜んでましたね」

難波
うちの連中にクリスマスを楽しみにする可愛げがあるとは思えねぇが
あんまりむさ苦しいのも可哀想だからな

サトコ
「黒澤さんは、人一倍クリスマス楽しみにしてましたよ」

難波
あいつは例外だ

抱き合って、密やかに笑いながら、今日の出来事を話す。
こんななんの変哲もない時間が、私を満たしてくれた。

難波
それにしても、あいつらも意外とガキだよな。今どき王様ゲームとは

サトコ
「室長もノリノリだったじゃないですか」

王様の命令で、加賀さんに膝枕しながら子守唄を歌っていた姿を思い出すと、笑いが込み上げる。

難波
笑い過ぎだろ

サトコ
「ふふふ、しばらく思い出すたびに笑っちゃいそうです」

(楽しかったな)

家族に会えない寂しさも、皆さんといると紛れるような気がした。

サトコ
「賑やかで、ああいうクリスマスもいいですよね」

微笑む私を、室長がじっと見つめた。

サトコ
「なんですか?」

難波
···寂しいなら、寂しいって言っていいんだぞ

サトコ
「え」

難波
帰れてないんだろ?実家

戸惑いながら、目の前にある顔を見つめ返す。

(私が寂しがってること、気付いてた···?)

難波
年末年始ぐらいは、家族に会いたいよな

不意の優しい声に、言葉に詰まる。

(去年も帰れなかったし、本当は会いたい···でも)

サトコ
「いえ、公安にクリスマスも、年末年始もありませんから」

難波
随分といい子だな

サトコ
「これは、自分で選んだ道ですから」

表情を引き締めると、室長が苦笑しながら私を抱き寄せた。

難波
そう片肘張らんでもいいだろう。寂しいなら素直に言え
今は···ただの恋人だ

頭をぽんぽんと撫でられ、張り詰めていた心が緩む。

(そんな風にされると···)

あやすような優しい手つきに、思わず本音が零れた。

サトコ
「···本当は、家族の顔···見たいです」

難波
そうだな

サトコ
「寂しい···です」

難波
よしよし、一緒にいてやる

包み込むように抱き締められ、私も素直に寄り添った。

(あったかい···)

うっとりしていると、突然室長が身体を離した。

難波
···お前、ちょっと風呂入ってこい

サトコ
「え?」

難波
まだ手足が冷たい

サトコ
「もう平気ですよ。そのうちあったまります」

(それに、今離れたくないし···)

しかし、そんな乙女心に構わず、無情にもベッドから追い出される。

難波
いいから入って来いって。風邪ひくだろ

せっかく甘い雰囲気になりかけたというのに、お預けにされた気分だった。

(もうちょっと、抱き締めてて欲しかったな···)

後ろ髪を引かれながら、渋々とバスルームに向かった。

お風呂を出てベッドルームに向かうと、なぜか室長の姿がなかった。

サトコ
「あれ?室長?」

難波
こっちだ

(奥の部屋?)

声に導かれ、遠慮がちに奥の部屋を覗き込んだ瞬間、息を飲んだ。



キャンドルの置かれたテーブルには、ルームサービスの料理とシャンパン。
大きな窓いっぱいに広がる夜景の前で、室長が花束を抱えて佇んでいた。

難波
急きょ用意してもらったもんで悪いが···

少しだけ恥ずかしそうに、花束を差し出された。

難波
メリークリスマス

サトコ
「···っ」

胸がいっぱいになり、思わず瞳を潤ませる。

難波
いやー、ちょっとベタだな
おっさんにできる精一杯ってことで、大目に見てくれ

照れくさそうに顔をかく室長に、慌てて首を横に振った。

サトコ
「そんなことありません。嬉しいです」
「クリスマス、一緒に過ごせるなんて思ってなかったから···」

難波
···

(まさか、こんなサプライズまでしてもらえるなんて)

サトコ
「ありがとうございます···!」

顔を綻ばせる私を見つめ、室長が真剣な顔で口を開いた。

難波
サトコ···

サトコ
「はい」

難波
好きだ

サトコ
「!」

突然の言葉に、驚いて目を見開く。

(ど、どうしたんだろう、急に)

嬉しいけれど戸惑っていると、室長がふっと目を細めた。

難波
お前が頑張ってるのは知ってる
忙しい時も、寂しい時も弱音を吐かないお前を、偉いと思ってるよ

サトコ
「あ、ありがとうございます。これからも···」

難波
だがな、俺に対してはもっとワガママになっていい

サトコ
「え···」

難波
会いたいなら会いたいって言っていいんだ
クリスマスだって、お前予定すら聞いて来なかったろ

(だって、それは···)

サトコ
「···忙しいのは分かり切ってますし。実際、忙しかったじゃないですか」

すると、室長が苦笑した。

難波
まあ、確かに叶えられない時もある
···だが、お前の気持ちを受け止められるぐらいは大人だからさ

(室長···)

難波
ま、大人っつーか、オッサンっつーか

おどけた軽やかな笑顔に、包み込むような優しさを感じる。

難波
年の功だ。遠慮せず、もっと振り回せ

サトコ
「···そんなこと言って、連絡つかない時もあるじゃないですか」

拗ねてみせると、室長は笑いながら私の頭を撫でた。

難波
いじけて文句言う必要も可愛いよ

サトコ
「···っ」

照れて言葉に詰まると、笑いながら抱き締められる。

難波
それだけ、惚れてんだ
お前のワガママぐらいどうってことないから。···信じろ

その言葉に、思わず顔を上げる。

(···だから、さっき「好きだ」って言葉にしてくれたんだ)

真摯な眼差しが、愛されていることを実感させてくれた。

サトコ
「···そんなこと言っていいんですか?本当に困らせてやりますよ?」

照れ隠しに言うと、室長がニヤリとした。

難波
おう、やるもんならやってみろ

見つめ合い、同時に小さく吹き出す。
甘えるように抱きつくと、室長も私の背中に腕を回した。

(室長の前だけでは、素直になってもいいんだ···)

じんわりと幸せを噛みしめていると、髪に口づけられる。
顔を上げると、室長が優しく私の唇を塞いだ。

サトコ
「ん···」

何度も口づけを交わすうち、互いの吐息が熱を帯びる。
薄く開いた唇から舌を絡ませていると、室長の手が艶っぽく私の腰回りをなぞった。

サトコ
「は···」

私からも、求めるように室長の首に腕を回す。

難波
···飯はいいのか?

キスの合間に尋ねられ、夢中だった意識がふと引き戻された。

サトコ
「あ、先に食べます」

その途端、室長がわずかに目を丸くして絶句する。

サトコ
「し、室長が聞いたんですよ」

難波
いや、そりゃ聞きはしたが、一応っつーか。今の流れでお前···

(た、確かに。いい雰囲気だったのに、私ってば···)

恥ずかしくなっていると、小さく笑う気配がした。

難波
まったく···本当に俺を振り回してくれる

室長が笑いながら私を抱き寄せる。

難波
ま、せっかくシャンパンも用意したことだし、乾杯するか

サトコ
「ふふ、はい」

そうして、もう一度唇を合わせたなら、
素敵なクリスマスの夜はきっと今から始まる。

Happy End



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする