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メリー・オ世話シマス!? 石神1話

石神
どこまでそそっかしいんだ、お前は

サトコ
「い、石神さん!?」

滑り込み状態で私をキャッチしてくれたのは、秀樹さんだった。

サトコ
「すみません!石神さんは、大丈夫ですか?」

石神
この程度の受け身を取れない俺だと思うか

サトコ
「ですよね···ありがとうございました。おかげでクリスマスに病院送りにならずに済みました」

秀樹さんは私を下に降ろしてくれる。
そして軽く身なりを整えてくれるのが、いかにも彼らしい。

石神
これを持って行け

差し出されたのは男性用の折りたたみのカサ。

石神
この寒さでは、少し濡れただけで風邪を引く

サトコ
「ありがとうございます」

(さすが、秀樹さんは隙がない···私も見習わないと)

有り難くお借りしようと手を伸ばすと、秀樹さんの手に触れる。

(手、熱い···?)

サトコ
「石神さん···」

石神
なんだ

顔を上げて、その顔を見る。
一見、いつもと同じ厳しい秀樹さんのように見えるけれど···

(眼鏡の奥が···潤んでる)

サトコ
「失礼します!」

石神
おい···っ

手を伸ばして秀樹さんのおでこに触れると、気のせいではなく熱い。

(給湯室でも咳をしてたし···)

サトコ
「石神さん、風邪引いでますね?」

石神
大したことじゃない

サトコ
「これ、微熱じゃありませんよ!大したことです」
「私も気を付けますけど、石神さんも気を付けなきゃダメです!」

石神
いや、しかし···
けほっ

サトコ
「ほら、今だって···帰らなきゃいけないのは、私じゃなくて石神さんの方です」
「加賀さんに連絡して、帰ってもいいか聞いてみます」

石神
自分のことは自分でやる。お前はもう帰れ

サトコ
「こんな石神さんを放っておけません!」

(お節介なのは重々承知だけど。よく見れば、38度くらい熱ありそう···)

スマホを持つ私を止めようとする秀樹さんに、キッと鋭い視線でけん制する。

石神
······っ

サトコ
「加賀さんですか?氷川です」

加賀
あ゛?今、クソ眼鏡がてめぇのこと追ってたろ

サトコ
「その石神さんに熱があるんです。このまま帰ってもいいでしょうか?」

加賀
···
テメェが責任もって連れ帰れ。この年末年始、仕事は山積みだ

サトコ
「はい!私が責任を持って送り届けます」

津軽
送り狼になっちゃダメだよ~

加賀
おい。顔を近づけんじゃねぇ!

ガヤガヤとし始める向こうの声を聞きながら、そっと電話を切った。

サトコ
「このまま帰っていいそうです」

石神
···わかった。俺も帰るから、お前も帰れ

サトコ
「ダメですよ。加賀さんに責任を持って送り届けるように言われたんですから」
「ちゃんと送ります。ひとりで歩けますか?」

石神
病人扱いするな

サトコ
「わかりました。でも、熱があるのに電車ってわけにもいかないから。タクシー呼びますね」

石神
······

秀樹さんの眉間にシワが寄せられる。
クリスマスの夜でも、幸運に一台すぐに来てくれることになった。
大きなお世話になりつつあるあるのは十分わかりながらも、秀樹さんをタクシーに押し込んだ。

(送ってきて正解だった···)

石神
······

サトコ
「大丈夫ですか?」

石神
ああ

警察庁を出て気が抜けたのか、タクシーの中ですっかり熱が上がっていた。

サトコ
「座ってください」

石神
俺のことはいいから、お前はもう帰れ。送ったんだから、いいだろう
ここにいても、お前にうつるだけだ

サトコ
「頑丈が取り柄なのは知ってますよね?まずは体温計を」
「その間に着替えとホットタオルを準備しますから」

用意している間に、ピピッと体温計の音がする。

石神
······

サトコ
「何度でしたか?」

石神
38度8分

サトコ
「高熱じゃないですか!今すぐ横にならないと!」

石神
そうだな···

高熱で気力が弱くなっているのか、秀樹さんは素直に頷く。
ネクタイを緩め、ホットタオルで顔と髪を拭き始めた彼に背を向けた。

サトコ
「着替え、手が必要だったら言ってください」

石神
そこまで重病じゃない

サトコ
「夜に食べたのケーキを少しだけですよね?薬を飲まなきゃいけないから···」
「お粥、作ったら食べれますか?」

石神
ああ。だが、適当に冷蔵庫にあるものを···

サトコ
「風邪の時はお粥ですよ。火を使えば部屋の加湿にもなりますし」

石神
······

少しして振り返ると、秀樹さんは部屋着に着替えたようだった。
ソファに座って目を閉じている。

(本当に辛そう···給湯室で会った時に、もっときちんと話してればよかった)
(明日まで熱が下がらなかったら、病院に行った方がいいよね)

コトコト音を立てるお粥を見つめながら、いろいろな段取りを考えていると···
後ろから腕が回された。

サトコ
「え···」

石神
······

顔だけで振り返ると、秀樹さんが私の頭に顔を寄せながら抱き締めている。

サトコ
「どうしました?救急車呼びますか!?」

石神
いや、しばらくこのままで···

サトコ
「秀樹さん?」

熱い体温は服越しにも伝わってくる。

(どうしたんだろう···これも熱のせい···?)

サトコ
「本当に平気ですか?」

石神
···ああ

秀樹さんは私を抱きしめたまま、目を閉じ続けている。

(秀樹さんがいいって言うなら、いいのかな···)

とりあえず、しっかり立っている姿に安心してお粥の鍋の火を止めた。

サトコ
「出来ました。ベッドで食べましょう」

石神
ああ

そう答えながらも、私の身体に腕を回したままの秀樹さんに。
支えるようにしながら、一緒に寝室に向かった。

秀樹さんをベッドに寝かせ、トレイにお粥とすりおろしたリンゴを乗せて持って行く。

サトコ
「食べられそうですか?」

石神
ああ。迷惑をかけて、すまない

サトコ
「···こ、恋人ですから。こういう時は頼って欲しいです···」
「あ、いえ、こういう時じゃなくて、いつでも···!」

石神
···そうだな
美味い

サトコ
「よかったです。食べ終わったら、薬を飲んでください」
「明日も熱があったら、病院に行きましょう」

石神
ああ

秀樹さんは全部食べてくれて、薬も飲む。
それだけで少し顔色が良くなったように見えた。

サトコ
「じゃあ、私は片付けたら、これで」
「ミネラルウォーターとタオル、帰る前に寝室に持ってきますね」

石神
···待て

その手が伸びてきて、私の手を取った。
口元に運ばれ、指先にキスをされる。

(秀樹さん···?)

石神
お前の手は冷たくて心地いい···

サトコ
「水仕事をしてたから」

私の掌にその頬を押し付ける。

(熱い···)

私にはその熱さが気持ち良くて、頬に手を添える。
お互いの体温が馴染んで同じになる頃、ゆっくりと話された。

石神
···タクシーを呼べ。もう終電も終わってる

サトコ
「あ···いつの間にかクリスマスも終わっちゃってますね···」

石神
先に帰すつもりが、結果的にこうなって悪かっ···げほっ!けほけほっ!

サトコ
「大丈夫ですか!?」

大きく咳き込む背中をさする。

サトコ
「今夜は傍にいさせてください」

石神
そんなに風邪を引きたいのか

サトコ
「それで秀樹さんが良くなるなら。私の方がきっと治りも早いですし」

石神
全く···

言い出したら聞かないことを知ってるように、秀樹さんが目を閉じて頷く。
そして枕に背を預けると、大きく息を吐いた。

サトコ
「眠ってください···」

石神
ん···

その額にそっと口づけると、秀樹さんはすぐに眠ってしまった。

数時間後。

石神
······っ

サトコ
「秀樹さん···」

寝ている彼の体温を測ると、38度9分。

(薬が切れると熱が上がるみたい···)

汗をかいている身体を拭いて、シャツを着替えさせる。
冷える枕を取り替えて、様子を見ることしかできない。

(ただの風邪ならいいんだけど、疲れが出たのかな)

前髪を流すようにその額に触れると、秀樹さんの手が重なって来た。

石神
ん···

(起きた···?)

石神
······

私の手を握ったまま、苦し気な寝息を立てている。

サトコ
「ここにいますから···」

手を握り返すと、眉間に寄せられていたシワが少し和らぐようで。
朝になるまでずっとそのベッドサイドで寄り添っていた。

石神
···サトコ、サトコ

サトコ
「ん···」

(秀樹さんの声···)

目を開けると、眼鏡をかけていない秀樹さんが私を覗き込んでいる。

サトコ
「すみません!いつの間にか寝ちゃったみたいで···今、何時ですか?」

石神
朝の5時だ

サトコ
「よかった···」

遅刻にはならない時間で、ほっと胸を撫で下ろす。

サトコ
「具合はどうですか?」

石神
37度4分まで下がった

サトコ
「よかった···」

確かに顔色もよく、同じ言葉を繰り返してしまう。
身体から力が抜けると同時に、手に温もりが触れていることに気が付いた。

(手、もしかして、ずっとつないだまま···?)

石神
ずっとそばにいてくれたのか

サトコ
「起きて具合を見ていたかったんですけど、結局···」

石神
いてくれただけで充分だ

ぐっと手を引かれ、ベッドの上に持ち上げられた。

石神
そこで寝たのか。身体、痛いだろう

サトコ
「これくらい平気です。張り込みの時は、もっと固い場所で寝たこともあるので」

石神
だが、ここは俺の部屋だ
俺がベッドで寝て、お前を床で寝かせるなど···

ベッドの上で、後ろから緩く腕を回される。
手はつないだまま。

サトコ
「秀樹さんは病人だったんですよ。今は熱が下がってるみたいですけど」
「まだ微熱はありますし、朝だから油断しないでくださいね」

石神
わかっている

握っている手を開いたり閉じたりしている。
もう私たちの手の温度に差はなく、互いの体温が良く馴染んでいた。

石神
眠りが浅くて、何度か目が覚めた
ずっとお前が手を握ってくれていて···

安心した、と耳へのキスとと共に甘い言葉が落とされる。

サトコ
「···風邪のせいですか?」

石神
何がだ

サトコ
「今朝の秀樹さん、なんだかすごく甘いから···」

石神
昨日、頼って欲しいと言っただろう
それとも、こういう俺は嫌か

サトコ
「そんなこと···頼ってもらえるのも、こうしてもらえるのも、すごく嬉しいです」

回された腕を抱きしめると、髪にキスが落とされる。

石神
それなら、もう寂しくないか?

サトコ
「え···?」

石神
しばらく実家に帰れずに寂しがっていただろう

サトコ
「そうですけど、こういうことには慣れなきゃいけないって···」

厳しいけれど、もっともなことを言われたばかりだった。

石神
それは公安刑事としての言葉だ
今は恋人として言っている。お前に頼っているのが、その証拠だ

サトコ
「秀樹さん···」

(あんなに熱がある時も、言ったことをちゃんと覚えててくれて···)

秀樹さんは私の話をきちんと聞いて、胸にとどめておいてくれている。
それは愛情に他ならない。

石神
お前を甘やかしたかったんだが···
甘やかされたのは、俺の方だったな

サトコ
「一晩、傍にいただけですよ?」

石神
···寝込んだ時に、誰かが一晩中傍にいてくれた記憶は、ほとんどない
熱で頭が痛んで目が覚めた時···

秀樹さんが私の手を握り直す。

石神
傍にいてくれるのは、こんなに嬉しいものなんだな

額が肩に預けられ、やっぱり熱が少し彼を素直にしてくれているのかもしれないと思う。

サトコ
「嬉しいのは私の方です。いっぱい甘やかされました」

石神
···いつ?

サトコ
「今です。秀樹さんが嬉しいと、私も嬉しいし」
「秀樹さんが安心してくれると、私も安心できるから」

石神
「···そうか」

熱のせいか、少しかすれた声。
背中から伝わってくる鼓動も昨日よりはゆっくりで、ほっとする。

サトコ
「今日は休みますよね?」

石神
この時期にウィルスをばらまくわけにはいかないからな

サトコ
「じゃあ、帰りにまた寄ってもいいですか?」

石神
それは駄目だ

サトコ
「でも、昨日からいたんですから、うつる心配はもう···」

石神
昨日からいたから、お前も休みだ

サトコ
「え!?」

石神
うつっている可能性は十分にある
だから今日1日、ここで様子を見ろ

すでに連絡済みだという秀樹さんには敵わない。

(秀樹さんの体調も心配だし、いいかな)

サトコ
「年末年始の分の充電、今のうちにしておきます!」

石神
俺もだ

秀樹さんの風邪が元だけれど。
雪が降る中、暖かな部屋にこもって。
予期せぬクリスマスプレゼントのような甘い1日を私たちは過ごしたのだった。

Happy End

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