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メリー・お世話シマス!? 颯馬1話



颯馬
け···怪我はありませんか?

サトコ
「颯馬さん!?」

雪の上で私の尻に敷かれていたのは、颯馬さんだった。

サトコ
「す、すみません!大丈夫です!」

颯馬
···よかった

慌てて立ち上がると、颯馬さんもゆっくりとその身を起こした。

サトコ
「颯馬さんこそ、大丈夫ですか!?」

颯馬
ええ、大丈夫ですよ

そう言ってにっこり微笑んだ瞬間、
颯馬さんの頭からたらーっと赤い筋がーー

サトコ
「···っ···血···?」

颯馬

サトコ
「血!血が出てます!!」

微笑んだまま僅かに首を傾げ、そっと頭に手をやる颯馬さん。
その指先が真っ赤に染まる。

颯馬
···

サトコ
「全然大丈夫じゃないじゃないですか!!」

颯馬
これくらい大したことないですよ

サトコ
「いやいや···」

颯馬さんは再び微笑むも、真っ赤な雪の上にぽたぽたと赤い水玉ができていく。

(これはもはや、ホラー···!)

サトコ
「とにかく、病院へ行きましょう!」



サトコ
「4針も縫うなんて···本当にすみませんでした」

夜間対応の救急病院で手当てを終え、ロビーでタクシーを待つ。

颯馬
貴女が謝ることないですよ。これくらい···

サトコ
「大したことです!十分大ケガですよ···」

颯馬
お陰でこうして貴女に付き添ってもらえました

優しく笑って言ってくれるも、責任を感じる私は笑えない。

サトコ
「痛みますか?」

颯馬
大丈夫ですよ。レントゲンも異常なしでしたし

サトコ
「でも、頭を打ってるので数日は注意しないと」
「仕事もちゃんと休んでくださいね」

颯馬
そこまでは···

サトコ
「ダメです!お医者さんにも言われたじゃないですか」

颯馬
···そうでしたね

諦めたように言う颯馬さんの向こうに、車のヘッドライトが光った。

サトコ
「タクシー来たみたいです。家まで送ります」

颯馬
それは嬉しいな

あくまで優しく微笑む颯馬さんに、かえって胸が痛んだ。



颯馬
ふぅ···

家に着くと、颯馬さんはホッとしたようにゆっくりと息を吐いてソファに身を沈める。

サトコ
「お茶でも淹れますね」

颯馬
···

キッチンへ向かおうとするも、そっと手を掴まれた。

颯馬
サトコも座って

サトコ
「すぐ戻ります。身体が冷えてるからあったかいお茶でーー」

颯馬
いいから

掴まれた手を引かれ、やや強引に隣に座らされた。
触れ合う肩に、颯馬さんはゆっくりと頭をもたせかけてくる。

颯馬
こうしてる方があったまります

サトコ
「そう、ですね···」

少しドキドキしながら、しばらくそのままの状態で過ごす。
雪のせいか、いつもより静かな夜に、ふと窓の外に目を向ける。

サトコ
「雪、止んだみたいですね」

颯馬
···ええ

ワンテンポ遅い返事があるも、その目は閉じられ窓の外など見ていない。

(やっぱり痛むのかな···)

だらりと力の抜けた颯馬さんの手に、そっと自分の手を重ねた。

サトコ
「本当にごめんなさい」

颯馬
···貴女に怪我がなくてよかった

目を閉じたまま呟くその顔は、穏やかに微笑んでいる。

(颯馬さん···)

その優しさが嬉しいと感じるのと同じくらい、切なくもなる。
それほど颯馬さんの優しい微笑みが儚く見える。

サトコ
「もっと自分のことも大事にしてください」

(私のことばっかりじゃなくて···)

颯馬
···

目を開けた颯馬さんは、ただ静かに微笑む。
その目は、少しとろんとして眠そうだ。

(鎮痛剤が効いてきたのかな)
(このままゆっくり休ませてあげた方がいいかも)

サトコ
「今日はもう帰りますね」

颯馬
でも雪が···

サトコ
「もう止んでますし、タクシーで帰ります」

颯馬
では送ります

サトコ
「もう、それじゃ私がここまで送った意味がないじゃないですか」

颯馬
···

サトコ
「颯馬さんはもう休んでください。仕事も休むんですよ!」

颯馬
···はい

颯馬さんは眠そうな目をさらに細めて頷いた。

(なんか可愛い···)

サトコ
「じゃあ、明日また来ますね」

颯馬
待ってます

(颯馬さんのお世話は、私がしっかりやろう)

柔らかな微笑みにそう誓い、颯馬さんの家をあとにした。



翌朝ー

石神
確かに颯馬の離脱は想定外であり痛手だ
そのせいで逃す事件もあるかもしれない

石神さんに事の経緯を報告して謝罪すると、もっともなことを言われてしまった。

サトコ
「···本当に申し訳ありませんでした」
「ですのでお願いします。せめて颯馬さんの分の書類仕事等は私にやらせてください」

石神
その必要はない

サトコ
「でも、颯馬さんは私のせいでー」

石神
他班の者に回せる仕事などない

サトコ
「捜査に直接関与しない雑用とか、そういう類の仕事なら」

石神
手は足りている

言い切られたその時、黒澤さんたちがわさわさと机の上を掻き回し始めた。

黒澤
あれ?石神さん、例の書類ってどこでしたっけ?

石神
例?

黒澤
あー、あれです。先週終わった捜査のー

後藤
黒澤、頼んでおいた備品は?

黒澤
あっ!注文忘れてた!!

石神
ところで後藤、午後の会議資料はできてるな

後藤
···これから、です

黒澤
えっと、終了案件の書類整理と備品注文と、それから···

サトコ
「あの···とても手が足りてると思えませんが」

石神
···

後藤
そういえば周さん、数日休むとか

黒澤
サトコさん、思いっきり尻に敷いちゃったそうですね···!

石神さんを説得できそうかと思えた途端、話の矛先が私に向けられた。

津軽
真っ白な雪の上に周介くんの鮮血が飛び散ったんだって?

サトコ
「え···」

加賀
血まみれのクリスマスか

東雲
···血塗られたイブ

百瀬
「スプラッターだな」

(うぅ···全て事実ですけども···)

サトコ
「そうなった責任を取るためにも、颯馬さんの分の雑用は私にやらせてください!」

石神
···相変わらず突っ走るタイプだな

呆れたように言うと、石神さんは伺いを立てるようにちらりと津軽さんを見る。

津軽
うちのウサちゃんはいつもやる気満々だから

石神
それなら、これを頼む

ドサッ

(うわっ!こんなに···!?)

津軽
はいこれ。 “我が津軽班” の書類仕事もよろしくね

サトコ
「えっ···」

これ見よがしに津軽さんにも書類の山を机の上に置かれてしまった。

津軽
因みにうちのは雑用じゃないよ

サトコ
「わ、分かってます!」

嫌味な笑みを残し、津軽さんは立ち去った。

(この量···)
(なんていうか···逆に燃えてきた!)

サトコ
「う~ん!」

大量の書類仕事を黙々とこなし、気付けば22時半。
大きく伸びをしつつ区切りをつける。

(今日はここまでかな)

エナジーゼリーで誤魔化していた空腹感も、そろそろ限界に来ている。

(残りは明日にしよう!)



(さむ···何か温かいものでも食べて帰ろう)

そう思ったその時、駅前に見覚えのある人影が。

颯馬
遅かったですね

サトコ
「颯馬さん!どうして!?」

颯馬
来ると言っていたのに来ないので

サトコ
「すみません!ちょっと残業になってしまって」

颯馬
もしや、私の分も···などと頑張っていたのでは?

サトコ
「いや、その···」

颯馬
やっぱり

(どうしてわかっちゃうんだろう···)

颯馬
言っておきますが、貴女に無茶されても私は嬉しくありません

サトコ
「···!」

『嬉しくない』というストレートな言葉が、胸に刺さった。

颯馬
今夜も冷えます。早く帰りましょう

淡々とした口調で言うと、颯馬さんは駅前で待機するタクシーに手を挙げた。

颯馬
···

一緒にタクシーに乗り込むも、お互いに黙ったままの気まずい時間が続く。

(怒ってると言うより、呆れてるんだろうな···)

石神さんにも『突っ走るタイプ』と言われたことを思い出す。

サトコ
「···居ても立ってもいられなかったんです」
「私のせいで怪我をさせてしまったので」

颯馬
···

サトコ
「少しでも手助けできたらって···」

(でも結局、こうして寒い中わざわざ迎えに来させてしまった···)

よかれと思ったことが裏目に出てしまい。
居たたまれない気持ちになる。

サトコ
「余計なことしてごめー」

颯馬

サトコ
「え?」

颯馬
また降り始めました

サトコ
「あ、本当···」

颯馬さんの家に着く頃、
外はまた雪模様になっていた。

サトコ
「あったかい」

リビングに入ると、部屋の暖気にホッとした。

颯馬
エアコンをつけっぱなしで出ましたから

サトコ
「···心配かけてしまってすみません」

颯馬
謝ってばかりですね

切なそうに微笑むと、颯馬さんはぐったりとその身を預けるように私に寄り掛かって来た。
咄嗟に支えるようにその身体を抱きしめる。

サトコ
「大丈夫ですか?」

颯馬
貴女こそ大丈夫ですか?
こんなに寒い夜に、人の分まで残業をして

サトコ
「···力になりたくて」

立ったまま抱き締め合う格好でいると、やがて颯馬さんの手が離れた。
その手でそっと頬を包まれる。

颯馬
こんなに冷たくなって

サトコ
「···」

颯馬
貴女が責任を感じる気持ちは分かります
でもそれは、違う

サトコ
「···」

優しく頬を包まれたまま言われ、何も言い返せない。

颯馬
貴女に怪我がなくてよかった···それが全てです

満足そうに微笑んで、颯馬さんは漸く頬から手を離した。

颯馬
この怪我は俺にとっては名誉の負傷
貴女が後悔することでも責任を感じることでもないんです

サトコ
「···颯馬さん」

颯馬
こんなことでもないと、ゆっくり休めませんしね

わざと悪戯っぽく言って私の気持ちを解そうとする優しさに、胸が詰まる。

颯馬
思いがけないクリスマスプレゼントをもらった気分です

サトコ
「プレゼントが4針の大怪我なんかでいいんですか?」

颯馬
ええ。お陰で今夜もこうして貴女と一緒にいられる

手を取られ、いざなうようにソファに座らされた。
並んで座ると、昨夜のようにまた颯馬さんが頭をもたせかけてくる。

サトコ
「傷、痛みますか?」

颯馬
大丈夫ですよ。でもーー
もっとカッコよく助けたかったなぁ···

サトコ
「え?···ふふ」

ぽろりと零した本音が可愛くて、思わず笑ってしまったもののーー

颯馬
そうしたらサトコが辛くなることなんてなかったのに

サトコ
「···!」

(私のことを思って言ってくれた言葉だったんだ)
(なのに私ったら、“可愛い” なんて思って笑ったりして···)

颯馬
もっと笑って

サトコ
「え?」

見透かされたように言われ、ドキッとする。

颯馬
良い音色だなと思って

サトコ
「?」

颯馬
肩越しに響くサトコの笑い声···もう少し聞かせて

(颯馬さん···)

思いもよらないことを言われ、少し戸惑いつつも笑ってみる。

サトコ
「ふふふ···」
「こんな感じでどうですか?」

颯馬
最高です

私の肩に頭を預けたまま、颯馬さんは嬉しそうに目を細めた。

(こんなことで喜んでくれるなら、いくらだって笑ってあげたい)

そう思いながら窓の外を見ると、降り始めた雪が少し強くなっている。

(今夜も静かな夜···)

サトコ
「ホワイトクリスマス再び、って感じですね」

颯馬
今夜はこのまま泊って欲しい

サトコ
「···」

颯馬
いい?

預けていた顔を上げ、顔を覗き込まれた。

(今夜は雪も止んで、颯馬さんも薬が効いて眠そうだったから帰ったけど···)

サトコ
「はい···今夜はしっかりお世話します!」

颯馬
ほら、また···

サトコ
「え?あ···」

颯馬
俺はただ、傍にいて欲しいだけ

フッと微笑まれ、そっと唇にキスされた。
触れるだけのキスは、徐々に深くなっていく。

サトコ
「ん···颯馬さん、まだあんまりー」

颯馬
キスくらいは大丈夫
激しい運動は、もう少しお預けだけど

サトコ
「んっ」

颯馬さんの身体を案じながらも、甘いキスと微笑むに酔わされる。

颯馬
年末年始もこうして一緒に過ごしたいな
ご実家に帰れないのであれば、なおさら

サトコ
「!」

(この前、紅茶を淹れてくれた時に話したこと···ちゃんと覚えてくれてるんだ)
(当然だよね。何でもお見通しの颯馬さんなんだし)

颯馬
貴女の肩越しに聞く除夜の鐘も、きっといい音色でしょう

颯馬さんらしいどこか怪しい微笑みに、なんだかとてもホッとした。



数日後ー

石神
颯馬、この施設の防犯カメラの位置は

颯馬
把握済みです。後ほど該当箇所記載のデータを送ります

無事に仕事復帰した颯馬さんが忙しそうにしている。

(すっかり元気になって、よかった)

以前と変わらない様子に安堵するとともに、嬉しくなる。

黒澤
周介さん、書類仕事が片付いていて助かったって言ってましたよ

サトコ
「え?」

黒澤
てか、石神班自体が助かりましたよ~

(···少しは役に立てたのかな)

そう思っていると、出先へ向かう颯馬さんがこっちに歩いてきた。

サトコ
「お出かけですか」

颯馬
ええ

サトコ
「今日も外は寒そうですよ」

颯馬
そうですね

サトコ
「···だから今夜はシチューです」

そのまま通り過ぎようとする颯馬さんにこっそり伝えるとーー

颯馬
···行ってきます

崩れそうな頬を限界まで我慢したような笑顔を見せ、真冬の街へと出掛けて行った。

Happy End



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