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メリー・オ世話シマス!? 津軽1話



津軽
ウサちゃんなんだから、跳ねるならともかく
スベるのは人生だけにしておいてよね

サトコ
「スベってますか?私の人生···」

見事に抱えてキャッチしてくれたのは津軽さんだった。
けれど、お礼を言う前に自分の人生が走馬灯のように流れていく。

(自分なりに頑張ってきたつもりなのに···どの辺がスベってるの?)
(クリスマスに彼氏もいないあたり?)

上の空になっている、ほんのわずかな間だった。
いつの間にか津軽さんの顔が目の前まで来ている。

サトコ
「な、何ですか!?」

津軽
そのままキスじゃない?ここは

サトコ
「!?」

いつものようにふっと鼻先に息をかけられた。

サトコ
「え、津軽さんって、人の人生スベってるって言いながらキスする人ですか?」

津軽
俺がスベり止め?

サトコ
「いや、津軽さんと一緒だと人生だだスベりに···」

津軽
やっぱりそのお口、塞いでほしいみたいだね

サトコ
「ひ、必要ないです!」

さらに近づく顔に慌てて立ち上がる。

(顔だけはいいんだから、ほんと不用意に近づけないで欲しい···)

サトコ
「助けてくれて、ありがとうございました。じゃ、私はこれで···」

津軽
ちょっと、俺がここに来た理由聞かないの?

サトコ
「あ、そうでした」

津軽
君はね、もうちょっと俺のこと気にした方がいいよ?

(気にする間もないほど、津軽さんがすぐ視界に入って来るんですが···)

サトコ
「それで、どうしてここにいるんですか?」

津軽
ついでだから、一緒に帰ろうよ

サトコ
「え、でも、皆さんはまだ、仕事とか片付けとか···」

津軽
俺、そういうのは、ちょっと

サトコ
「ちょっとって···いいんですか?抜け出したりして」

津軽
難波室の集まりじゃん

サトコ
「あ···」

(もしかして、津軽さんにも居づらいとか、そういうのあるのかな···)

津軽
じゃ、相合い傘しよっか

サトコ
「ちょ、私のカサ持って行かないでください!」

津軽
隣においでよ

サトコ
「カサ忘れたから、私を追いかけてきたんですね!?」

津軽
あー、さむさむ···
ほら、行くよ

カサを差す津軽さんの横に引っ張り込まれ、雪の中に踏み出すことになった。

津軽
はぁ~っ、うわー、すっごい息、白っ
積もったら、明日、雪合戦しようっか

サトコ
「明日と言えば、今日抜け出したの、大丈夫なんですか?」

津軽
雪だるまの方がいい?雪だるま作っちゃう?

サトコ
「難波さんはともかく、石神さんと加賀さんは···」

津軽
2人とも俺の為なら喜んで働いてくれるでしょ

(お2人の性格を知ってるのに、よく言う···明日が津軽さんの最後の日かも···)

遠い目をしているうちに電車に乗り、津軽さんと最寄りの駅で降りた。



津軽
アイス買おっか

サトコ
「この寒いのにアイスですか!?」

駅からマンションに帰る途中のコンビニに立ち寄ると、
津軽さんが直行したのはアイスケースだった。

津軽
白い息吐きながら食べるからいいんじゃん

(そこはコタツに入りながらじゃなく?)
(白い息吐きながら食べるんだ···)

津軽
ウサちゃんも食べるでしょ?

サトコ
「私はあったかいものの方が···」

津軽
じゃ、“ガリゴリくん” のヤキソバ味2本ね

サトコ
「それ、ものすごいマズいって噂の!私は結構です!」

津軽
あとは···炭酸おしること···チキンにかける調味料も欲しいよね
何がいっかなー

津軽さんはカゴにぽんぽんといろいろなものを放り込んでいる。

(全然聞いてない···まあ、いつものことだけど)
( “ガリゴリくん” ヤキソバ味は冷凍庫に眠らせて、忘れた頃に津軽さんに差し入れよう)

津軽
ウサちゃんは、何も買わないの?

サトコ
「私は返って寝るだけなので···って、そんなに買うんですか!?」

(買い物カゴにいっぱい···大人買いにも程がある!)

津軽
ほら、俺って余裕のある大人だから

サトコ
「大人って無駄遣いしない人だと思います···」

津軽
荷物持ってくれるって?
俺、カサ持ってるもんね~

サトコ
「荷物持ちがいると思って、好き放題買いましたよね?」

津軽
お駄賃に “ガリゴリくん” のカルビ焼肉味も付けてあげるから

サトコ
「······」

(これ以上、我が家の冷凍庫を守るためには、口をつぐんでおこう···)

両手にコンビニの袋を持たされ、雪の降る外へと戻った。

(アイスの袋が入ってる袋が脚に触って冷たい···!)

サトコ
「ナンデ雪の日にアイスなんて買うんデスカ···」

寒さのあまりに唇が震えると。
肩に手が置かれ、ぐっと引き寄せられる。

サトコ
「なっ!?」

津軽
もっと寄らないと濡れるよ
濡れたいの?

サトコ
「い、いえ···」

(ちかっ!歩きづらっ!)
(でもこれで、津軽さんもアイスが入った袋の冷たさをしるがいい!)

津軽
外出たときは寒いなって思ったけどさ~
寒さって慣れるよね

サトコ
「私は今でも、かなり寒いですが···」

津軽
そう?
俺、けっこう平気になって来た。アイス食べながら、少し散歩する?

サトコ
「おひとりで、ドウゾ···」

津軽
えー、それじゃ寂しいじゃん

(味覚だけじゃなくて、寒さを感じる感覚まで、おかしいの···?)
(でも前に、寒さに弱いとか言ってた気が···あれはウソ?)

津軽
ジングルベール、ジングルベール♪雪がっ降るー♪

サトコ
「寒い···」

謎のクリスマスソングを聞かされながら、やっとマンションの灯りが見えてきた。



サトコ
「え···ウソでしょ!?水道管破裂!?」

マンションの共用部に貼ってある張り紙を見て、呆然と固まる。

津軽
ウサちゃんの階だけみたいだね。じゃ、俺の部屋は平気だ
部屋、水浸しなの?

サトコ
「部屋は平気ですけど···明日修理がくるまで水が出ないって書いてあります···」

(ってことは、この寒いのにお風呂も入れないってこと!?)
(また雪の中、ミネラルウォーターを買い出しに行くって···)

津軽
ウチ、おいでよ

サトコ
「え」

津軽
何もしないから

サトコ
「···何かする人ほど、何もしないって言うの知ってます?」

津軽
なに、そういう経験あるの?

サトコ
「それは···」

(だって、去年のクリスマス···)

津軽
たまには七味唐辛子を使わないで食べるのも悪くないよね

(近い!本当に近い!)

サトコ
「意味が···わかりません···っ」

自分の頭の中も含めて出た言葉に、津軽さんがフッと笑った。
その表情だけ妙に色っぽくて視線が吸い寄せられる。

津軽
こういう意味

ふわっと津軽さんの香りがした。
同時に感じたのは額への柔らかな感触。

津軽
「メリークリスマス」

(去年のクリスマスはウソついて部屋に上がって、あんなことを···)

津軽
階ごと水道がダメになってるってことは、電気もダメかもよ?
クリスマスに部屋で凍死するの?

サトコ
「それは避けたいです···」

(クリスマスの深夜にホテルは取れないだろうし)
(警察庁まで戻って、仮眠室を使う···?)

津軽
察庁に戻ったら、仕事に駆り出されるだけだよ
もう眠たいでしょ

サトコ
「う···」

(確かに寒さのせいか、疲れてすごく眠い···)

津軽
初めてでもないんだし
ほら、おいで

サトコ
「······」

笑顔で両手を広げる津軽さんの向こうに、温かい部屋が幻が見えるようで。
誘惑に負け、コクリと頷いていた。

津軽
はい、これ俺の服。お風呂入っといで

サトコ
「あの、部屋着はあるから持ってこなくていいって言った着替えって···津軽さんの服ですか?」

津軽
そうだけど?

津軽さんの部屋に行く前に、歯ブラシやら着替えやらを取りに部屋に寄った。
その時に『部屋着はいらない』と、なぜか強く言われて持ってこなかったのだけれど。

(津軽さんの服を借りるなら、部屋着持ってきたのに···)

津軽
お客さん用のタオル、洗濯機の横の棚の1番上にあるから

サトコ
「お客さん用のタオル···」

(女の子を部屋に泊める時のためのタオル?)

部屋はそこそこ綺麗だけれど。
基本雑な津軽さんがお客さん用のタオルを分けている理由は大体察せる。

(まあ、これだけ顔のいいエリートなんだから、女の子なんて泊め放題だって知ってたけど!)

津軽
もしかして···一緒に入りたいの?

サトコ
「なっ···」

津軽
仕方ないなー。そういうのは、もっと仲良しになってからって思ってたんだけど
ウサちゃんが温めて欲しいって言うなら···

サトコ
「お風呂、お借りします!」

着替えを受け取り、背を向ける。

(仲良しになってからって···津軽さんって、一緒にお風呂とか入っちゃう人なの!?)

バスルームを前にすると、生々しさやらモヤモヤやら気恥ずかしさやら。
色々なものが胸と頭でごちゃ混ぜになって、全部熱いシャワーで洗い流す羽目になった。

津軽
はー、あったまったー

交代でシャワーを浴びてきた津軽さんがリビングに戻ってくる。

津軽
女の子が俺の服着てるって、なんかくるものがあるね

サトコ
「半ば強引にですが···」

(美形のお風呂上り···)
(本来なら直視できない姿なのに、言うことがほんと残念な人だな···)

サトコ
「あの、じゃあソファお借りします。おやすみなさい」

津軽
寝るにはまだ早いでしょ。クリスマスの夜なのに

サトコ
「でも、もうクリスマス終わってますよ」

0時を過ぎた時計を指差すも、津軽さんは全く目もくれない。

津軽
コンビニのだけど、オードブルあるよ。ケーキもチキンもね
難波室のパーティーは物足りなかったから、俺たちでもっと盛り上がっちゃお

サトコ
「って言いながら、なにふりかけてるんですか!?」

(ああ、せっかくのオードブルが!)

津軽
シャンパン開けるね。俺は誠二くんみたいに粗相しないから安心して

サトコ
「はぁ···」

(そういえば、後藤さんにシャンメリーのコルクを···)
(数時間前のことなのに、かなり前のことのような気がする)

津軽
···何考えてんの

サトコ
「え」

瞬きをすると、津軽さんが両手を床について、四つん這いのような体勢でぐっと顔を近づけてきた、
その顔はいささか不機嫌ーーのようにも見える。

津軽
誠二くんにナデナデされた時のこと思い出してるんでしょ

サトコ
「いえ、別に···」

(後藤さんは思い出したけど、撫でられたことは特に···)

津軽
ねぇ、君···自分が誰のものかわかってる?

課内で聞くことはない、低めの男っぽい声が鼓膜を震わせる。
睫毛の擦れる音が聞こえそうなほど、顔が近い。

サトコ
「···私は私のものですが」

津軽
ぶー、ハズレ
君は···

津軽さんの手が伸びてきて、私の髪に触れる。
ジリジリと後ろに下がれば追いかけてきて···ついにソファにぶつかった。

(に、逃げ場がない!)

サトコ
「あ、あの···っ、パーティーは···せっかくいろいろ買ってきたんですし!」
「食べないと、もったいな···っ」

津軽
そんな慌てまくって顔して
そういうのが逆に男を煽るんだ

サトコ
「ぁ···」

あと数センチで唇が触れてしまう。
頭が真っ白になって息を止めた、その時ーー

サトコ
「ひゃああっ!?」

突然、部屋が真っ暗になった。

サトコ
「な、な···っ!?」

津軽
ただの停電でしょ

急に視界が暗くなったことで津軽さんの顔は見えない。
けれどその声と鼓動が耳のすぐ傍で聞こえてくる。

(だ、抱き締められてる!?)

津軽
言ったろ?水道がダメになったら、電気だってわかんないって

サトコ
「ず、ずっとこのままなんですか?」

津軽
わかんない

頭の後ろと腰に回っている手。
同じシャンプーの匂いと耳にかかる吐息に神経のほとんどを持って行かれる。

(ど、どどどど、どうしよう!!)
(このままでは心臓が破裂死する!!)

サトコ
「あの、その、い、息が···っ」

津軽
···息が苦しい?

サトコ
「え?」

津軽
···俺も苦しい

サトコ
「え···」

目が暗闇に慣れて来たせいで、津軽さんの顔が徐々に見えてきた。

(あ、あれ?なんか、津軽さんも様子が···)

津軽
······

サトコ
「······」

カーテンの隙間からわずかに入る光が、彼の顔を照らし始めて。

(ほんと···息が止まるほど顔がいい···)

頭が沸騰したあとの考えなんて、そんな当たり前のつまらないことで。
吸い込まれるように津軽さんの瞳に映り込む光を見つめてしまう。

津軽
······

(このままじゃ···)

キスーーの二文字が脳裏を過った時。
パッと部屋の明かりが点いた。

津軽
···なんてね

サトコ
「!?!?」

明るくなると同時に離れる津軽さん。
その顔は赤くもなっておらず、変然としたいつもの顔。

(か、からかわれた!)

心臓が止まりそうで息が苦しかったのは、やっぱり私だけ。

津軽
ウサちゃんも一応は女の子なんだし、ご家族にあまり心配かけさせないようにね

サトコ
「部屋に連れ込んだのは、そっちじゃないですか!」

津軽
え、ウサちゃんったら、そういうつもりなの?俺、襲われちゃう?

サトコ
「食べるもの食べて、さっさと寝ますよ!明日も仕事なんですから!」

津軽
サンタさん、来なかったねぇ

窓の外をチラッと見ながら、いつものように呑気なことを言う。

(サンタさん···か。ロマンチックなデートじゃなかったけど···)
(好きな人と一緒にいられたわけだし···)

この夜がサンタさんからのプレゼントだとしたら。
それはそれで悪くないーーかもしれない。



津軽
なに、これ···

サトコ
「さ、さあ···サンタさんからのプレゼント···?」

クリスマス明けの26日。
登庁した津軽さんのデスクにうず高く積まれているのは、未処理の書類たち。

(昨日、抜け出したりするから···!)

津軽
秀樹くんと兵吾くんは···?

サトコ
「お2人とも、今日1日外だと···」

津軽
じゃあ、この書類···

サトコ
「サンタじゃなくて、いしがみさんと加賀さんからのクリスマスプレゼントでしたね!」

津軽
なに上手いこと言ってんの。これはウサちゃんのお仕事

サトコ
「そ、そんな···っ。百瀬さんは!?」

津軽
モモは休み。これだから彼女持ちは

サトコ
「······」

上司の命令に逆らえるわけもなく。

津軽
今日も夜まで···いや、明日の朝まで一緒だね···

サトコ
「······」

好きな人と一緒なら、どんな状況でも嬉しい···なんて。
多分きっと絵空事だ。

Happy End



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