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メリー・オ世話シマス!? 東雲1話



東雲
···痛いんだけど

サトコ
「!!」

(歩さん···!)

サトコ
「す、すみません!」

慌てて、歩さんの上から身体を起こす。

サトコ
「ケガは···」

東雲
ない。キミは?

サトコ
「歩さんが助けてくださったおかげで大丈夫です」

東雲
···ありえないよね、ほんとに転ぶとか
注意力散漫

(うっ···)

東雲
被害がオレの下敷きだけで済んでよかったね

(笑顔が怖い···)
(いや、仕方ないよね、私の不注意だし)
(とにかく、歩さんにけががなくてよかっ···)

サトコ
「!」

突然、手首を掴まれた。
驚く私を、歩さんの色素の薄い瞳がじっと見つめている。

(な、なんで無言···?)

サトコ
「どうしたんですか?」
「まさか、どこかケガし···」

ゴンッ!!

サトコ
「い、痛···!!」

(な、なんで頭突き···!?)

東雲
37.6℃

サトコ
「え···」

東雲
熱、あるよね

(そういえば、なんか身体が熱いような···)

東雲
気付いてなかったの?
こんなに脈、速いのに

(あ···なるほど。脈を測ってたんだ)

おでこを離した歩さんは、私の腕を引き···

東雲
行くよ

東雲
はい、乗って

サトコ
「えっ、でも···」

東雲
乗れ

そのまま、タクシーの後部座席に押し込まれる。

東雲
じゃあ、お大事に
お願いします

歩さんが運転手さんに住所を告げると、バタンとドアが閉まる。
後部座席の窓から見える歩さんの姿はどんどん遠くなっていった。

(···なんか、転んでからタクシーに乗るまで一瞬だったような)
(歩さんの手際が良すぎる···)

ブルッ···

(津軽さんからLIDE?)

ーー『明日は休みでいいよ。お大事に』

(···これって、歩さんが伝えてくれたんだよね)
(ほんと、手際がいいなぁ)

津軽さんに返信を送ると、スマホをギュッと握りしめる。
熱さでぼんやりしてきた頭の片隅に歩さんの姿が浮かんで···

(歩さん、私が体調悪いこと気付いてくれてたんだ)
(そういえば···)

今思えば、大福を用意してる時から気にかけてくれていた。
私自身より先に、微かな変化にも気付いてくれたことが嬉しかった。

サトコ
「でも、もしあのまま一緒に乗ってくれたらもっと···」

(···って、ダメだ!熱で弱気になってるから心細く感じるんだよね)
(歩さんのおかげで体調不良に気付けたんだし、今日は早く寝よう···!)

(ご飯、何か食べた方がいいかな)

ベッドの上で体温を測りながら、視線だけをキッチンへ投げる。

ピピピ···

サトコ
「38℃超えてる···」

(さっきよりも熱があるって分かった途端、本格的にしんどくなってきた気が···)
(うん···今日はもうこのまま寝てしまおう···)

眠りに落ちて少し経った頃。

ピンポーン···

サトコ
「···ん?」

ピンポーン···

(チャイム···?)
(今は···22時か。こんな時間に誰だろう)

東雲
···

サトコ
「!」

(うそ、どうして歩さんがここに···)
(もしかしてまだ夢の中?)
(違う、今日はクリスマスだから···)

サトコ
「サンタさんだ···」

オートロックを解除し、重い身体を引きずって玄関へ向かう。
インターホンの音にドアを開けると、会いたかった人がそこにいた。

東雲
ちゃんと寝てーー

サトコ
「歩さん···」

東雲

ちょっと···っ

熱のせいでふらついた私を、歩さんが抱き止めてくれる。

東雲
あつ···
ご飯は?薬は?

サトコ
「まだです···」

東雲
だと思った
ほら、とりあえずベッド行くよ

歩さんがそっと私の手首を握る。

(えっ···まさか、お姫様抱っこで運んでくれたり···)
(いや、いくらサンタさんでも歩さんがそんなこと···)
(良くておんぶとか俵担ぎとか···)

サトコ
「!!」

掴まれた腕のを持ち上げられたかと思うと、一瞬して歩さんの肩に担がれていて···

サトコ
「あの、この体勢は···」

東雲
ファイヤーマンズキャリー

サトコ
「いや、それはいいんですが、なぜ···!」

東雲
輸送だから
なに。期待した?

サトコ
「···」

東雲
正直に

サトコ
「······しました」

東雲
······

サトコ
「ちょ、ちょっとだけですよ!?」

東雲
へー···くだらないこと考える元気あるんだ

サトコ
「!!」

(あ、ちょ···揺れ···)
(き···気持ち悪さが······)
(揺らさないでくださいー!!)

まるでサンタさんが持つプレゼント袋のように担がれたけれど、
ベッドに降ろす時の歩さんの動きは丁寧すぎるほど優しかった。

サトコ
「ありがとうございます···」

東雲
とりあえず寝て
用意してくるから

サトコ
「はい···」

お布団を口元まで引き上げて、キッチンへ消えていく背中を見送る。
いつも以上に、歩さんの優しさが胸に染みた。

(やっぱり熱で心細いと思ってたからかな)
(歩さんが来てくれただけで、クリスマスプレゼントだ···)

傍にいてくれるだけで、大きな安心感に包まれた気がした。
そんなことを考えている間に、意識は遠のいていって···

(ん···)
(なんかいい匂いが···)

東雲
ああ、起きたんだ。おはよ

サトコ
「おはようございます···」

東雲
食欲ある?

私の額にそっと触れ、歩さんが問いかけてくる。
傍にはたまご粥と桃の缶詰、そして薬が乗ったおぼんが置かれていた。

(···そうだ!)
(歩さんが薬を用意しに行ってくれてる間に寝ちゃったんだ)

サトコ
「もしかして、作って来てくれたんですか?」

東雲
うん、食べられる?

サトコ
「はい、眠ったからかだいぶ楽になりました」
「お粥と桃缶見ていたらお腹も空いてきましたし···」

東雲
じゃあ、はい

(歩さんの手作りお粥···なんて幸せ···)
(サンタさん、ありがとうございます···)

湯気の立つお粥とレンゲを受け取ろうとして、はたと止まる。

(···せっかくだし、このままあーんして食べさせてもらえたり···)
(さすがに欲張りすぎ?でも···)

東雲
なに?

<選択してください>

無言で見つめて念を送る

(歩さん···)
(どうですか、このまま食べさせてくれたりなどは···)

サトコ
「······」

東雲
······
······キモ

サトコ
「!?」

東雲
その目見てたら急に寒気がした
邪念でも飛ばした?

(うっ···)
(全然伝わってない···!)

サトコ
「違います!どちらかと言えば···」
「いえ、どちらとでもなく完全に愛の念です」
「お粥を食べさせてもらえたら嬉しいなという···」

東雲
······

『食べさせて欲しい』と伝える

サトコ
「歩さん」

東雲
却下

サトコ
「!?」
「まだ何も言ってません···!」

東雲
イヤな予感がした

サトコ
「せめて聞いてからご判断を!」
「もしかするといい話かも···」

東雲
へぇ、『食べさせろ』って話が?

サトコ
「!」

東雲
分かるから。キミの考えてることくらい

諦める

(食べさせて欲しいけど···)
(作ってもらった上にお願いしてもいいのかな···)

東雲
···あのさ、書いてあるから。顔に
お粥、食べさせて欲しいって

サトコ
「えっ、ど、読心術ですか···!?」

東雲
キミが分かりやすいだけ

歩さんがはぁぁ···とわざとらしく溜息をつく。

(ダメか···)

東雲
···はい

サトコ
「!」
「えっ、い、いいんですか···?」

東雲
···一応、看病しに来たし

促され口を開くと、優しい味が喉の奥に流れていく。

サトコ
「美味しい······」

東雲
よかったね

サトコ
「はい、ほんとにありがとうございます」
「歩さんの愛情がたっぷり入っているおかげですね···」

東雲
······

サトコ
「そこは肯定してください!」

こうして、歩さん手作りのお粥と桃の缶詰を食べ···

サトコ
「ごちそうさまでした」
「お粥も桃も美味しかったです」

東雲
はい、薬

サトコ
「ありがとうございます」

(今夜はまさにクリスマスマジックかも···)
(今年の運、今日で全部使い果たしちゃった気がするな···)

薬を飲み終えたところで、歩さんが立ち上がった。

東雲
さて···と
じゃあ、これ片付けたら帰るから

サトコ
「えっ」

東雲
なに?

(帰っちゃうんだ···)
(でも確かに明日も仕事だし、うつしてもダメだし)
(疲れてる歩さんを引き留めるのは···)
(うん、ここまで来てくれただけで十分すぎる)

東雲
···
らしくなさすぎ
あるなら言いなよ。言いたいこと

サトコ
「え···」

東雲
大体さ、お粥は無理やり食べさせたくせに
なんで帰らないでって言葉は言えないわけ

サトコ
「それは···」

(歩さんに悪いな、とかいろいろ考えちゃって···)
(心細いのも、熱があるせいで···)
(って、うん?)

サトコ
「帰らないでって···」

東雲
ほんと、いつもうるさいくせに変なところで我慢するよね
でもさ···

歩さんは一歩私に近づくと、ベッドに腰掛けた。
低くなった歩さんの視線と身体を起こした私の視線が近くで重なり合う。
汗で張り付いた前髪をそっと払われ、おでこに手のひらが当てられた。

東雲
熱がある時に、心細くなるのは当然
···実家にも、ずっと帰れてないみたいだし

サトコ
「···!」

(それも気付いていたんだ···)

心細くなっていたことも、実家のことを気にしていたことも。
その寂しさに『歩さんに迷惑をかけたくない』とか『仕事が忙しい』とか···

(歩さんにはお見通しだったんだ)
(もしかして···それもあって家まで来てくれたのかな)
(あ、どうしよう。なんか胸がいっぱいで苦しく···)

東雲
バカなこと考えてないで今日は甘えたら?

サトコ
「え···」
「い、いいんですか···?」

東雲
なんで?

サトコ
「じゃあ、遠慮なく···!」

東雲
!?
ちょ···苦し···っ
なにいきなり抱きついて···っ

サトコ
「だって、今、甘えたらって···」
「ありがとうございます、歩さん···!」

東雲
···は?
違···オレは『寝たら』って言っただけで···
って、なんでさらにきつく···っ

(『寝たら』でも『甘えたら』でもどっちでも嬉しいんです)
(寂しいって気持ちを歩さんが気付いて、大切にしようとしてくれたことだけで···)

東雲
···潰されるかと思った
熱があるくせに、なんでそんな力強いの?

サトコ
「すみません、甘えていいと言われてつい···」

東雲
ニヤニヤするな
大体聞き間違いだから、それ

サトコ
「でも、どっちでも嬉しいです」

東雲
···あっそう
じゃあ、今度こそ言いたいこと言えるよね
···今、欲しいものは?

見透かすような瞳が私を捉える。

サトコ
「···それって何でもいいんですか?」

東雲
言っておくけど、オレはサンタじゃないから
まあでも、一応は聞く

考えながら、布団の中でぎゅっと手のひらを握り締める。
いつもより熱く感じる指先は、どこか行き場をなくしているようで···

サトコ
「今夜はこのままここで···」
「私が眠るまで手を繋いでくれませんか?」

東雲
···
······子ども

ふっと笑った歩さんが、私の手を掬い取る。
呆れを滲ませた物言いなのに、その笑顔は穏やかだった。

(歩さんの存在が、何よりの薬かも···)
(歩さん、サンタさん、ありがとうございます···)

繋がれた手にギュッと力を込めると、握り返してくれる。
まるでお互いの温もりを確かめ合うように···

東雲
それじゃ、そろそろ行くから

サトコ
「はい。ほんとにありがとうございました」

東雲
お粥と缶詰の残りは冷蔵庫。薬はそこ
今日はおとなしく寝てなよ

(歩さんの優しさが沁みる···)

東雲
なに、その顔

サトコ
「歩さんの優しさを噛み締めてました···」

東雲
怖···
熱のせいでますますおかしくなったね

歩さんが確認するように私のおでこに手を伸ばす。
ぐっすりと眠ったおかげで熱は昨夜よりも下がっていた。

東雲
じゃあ、今度こそほんとに行くけど

サトコ
「はい」

東雲
······

サトコ
「歩さん···?」

(どうしたんだろ、唇をジッと見て···)
(はっ···!)
(まさかこれは、いってきますのキッス···!?)

(大丈夫です、いつでも準備OKで···)

東雲
···やっぱ、やめた
早く治せ

サトコ
「!」

(今···)

キスが落ちてきたのは唇···ではなく頬。
瞼を上げた先には、意地悪に目を細める歩さんがいた。

東雲
うつされると困るし

サトコ
「あっ、ですよね···」

東雲
······
···こっちは治ったらね

サトコ
「!!」
「絶対に早く治します!頑張ります!」

東雲
え、やっぱムリ···

サトコ
「何でですか!期待していてください!」

引き気味の歩さんを見送って、治すために布団を深くかぶる。
そしてーー



サトコ
「ご迷惑をおかけしました」

津軽
もう良くなった?

サトコ
「はい、完全復帰です!」

3日が経ち、全快した私は久しぶりに登庁していた。

津軽
よかったよかった
ってことで、はい

サトコ
「!?」

ドサドサと両手いっぱいに書類が乗せられる。

サトコ
「あの、これは···」

津軽
ん?ウサちゃんの休みで溜まった書類の一部

(はっ···)
(まさか···まさか···)

ドサドサドサッ!

津軽
こっちは捜査会議の資料。1時間後までに用意よろしく
で、これは···

(ど、どんどん増えていくんですけど···!!)

津軽
じゃ、よろしくね~

(仕方ないよね···休んでいた分を取り返さないと)
(とりあえずデスクに運んで···と···)
(うう、重っ···)

東雲
···

(あ···)

目が合った瞬間、歩さんは愉しそうに唇を歪ませた。

(まさか、私の状況を見て楽しんでる···!?)
(ひどい···これじゃサンタじゃなくてサタンだよ···)

それでも、頑張ろうと思えるのはきっと···
3日前にもらった甘い薬がまだ心に残っているからなのだ。

Happy End



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