カテゴリー

本編③カレ目線 津軽4話

遊園地でノアは思い切りはしゃいで遊んだ。
遊び疲れて帰りの車で眠りこけている姿は完全に、あの歳のフツウの子どもだった。

(随分、変わったような)

ノアは無感情だったわけじゃない。
だけど、この数ヶ月で多くの感情が備わったのも事実だろう。

津軽
ノアのこと、莉子ちゃん何か言ってた?

サトコ
「特には···時々なら、こうして出掛けてもいいそうです」

津軽
じゃあ、時々なら連れ出してやるか

(ノアを変えたのは環境であり、ウサの影響も大きいんだろうな)

今日、遊園地で迷子になったノアを叱ったサトコ。

サトコ
「そうじゃなくて、勝手にどっかに行ったりしたら、危ないよ」
「誰かに連れて行かれるかもしれないし、ケガだってするかもしれない」
「ノアに何かあったらって······すごく、怖かったんだよ···」

ノア
「ママ···」

怒るのではなく、叱った。
遠い記憶を掘り起こすような声だったが、色褪せ過ぎた時間は戻らない。

(人と正面から向き合える。真っ直ぐに、正直に)
(傷つく怖さを知っていて、それでも逃げない)

傷を治す方法を知っていて、それができる環境に恵まれているからだ、と思うのは僻みだろうか。
運転をしながら、会話とは違うことをあれこれ考えていると。

サトコ
「助手席···って、私が座って大丈夫でした?」

津軽
どうして?

サトコ
「その彼女とか···」

チラッと助手席を見ると、ウサがやたら瞬きをしている。

(ウサなら気にするか、律儀な子だもんな)

サトコ
「よりどりみどりだろうに···つくらないんですか?」

『じゃあウサちゃん彼女になってみる?』ーーそう頭の中では答えてたはずが。

津軽
いらない

口から出たのは抑揚に欠ける硬い声だった。

(あ、ヤバ···)

ウサが全身を強張らせたのが気配だけで伝わって来た。

(これじゃ、意味深みたいじゃん)
(ワケアリで女作れないみたいな、めんどくさい感じに···)

津軽
······
俺、恋愛って1番疎かにしちゃうんだよねー
向いてないんだろうな、多分

サトコ
「そう、ですか···」

慌てて言い訳をするように言葉を付け足す。
よそ見するわけにはいかないから、ウサの様子をよく見るわけにはいかなかったけれど。
気を遣わせた空気になったのは分かった。

サトコ
「······」

津軽
眠くなった?

サトコ
「は、はい。少しだけ眠ってもいいですか?」

津軽
おやすみ

(あー···失敗した)

車内で寝たフリをしなきゃいけない空気にしてしまった。
こんなこと今まであっただろうか。
彼女の有無を聞くのは、彼女になりたいからーーその法則から外れるウサだから、答えをミスった。

(そこは君の場所だって、俺も言いたいよ)

狸寝入りだから、まぶたの下で眼球が動いているのがわかる。
そんなことも愛おしいと思ってしまう相手。
だけど、伝えたいことの十分の一も言葉にできない。

(公安刑事なら、上手くタヌキになりなっての)
(まあ、ウサちゃんなら、すぐに···)

いくつか信号を通り過ぎた頃には、寝息が2つ聞こえている。
窓の方を向いていた顔も今では力が抜け、ヘラッと緩んだいつものものに戻っていた。

(彼女···か)

つくらないのかと聞かれた時、正直ドキッとした。
その単語に、君を当てはめかけたから。

(···疎かにしてたから、怖いんだよな)

サトコとは違い、ちゃんとした人間関係を築いて来なかった。
いろいろあって腐れ縁になったヤツらもいるけれど。
それは決して俺の努力ではなく、向こう側の力だ。

(俺と違うから、惹かれるし欲しい)
(けど、それが痛くて、違うことが怖い)

2つに分かれる車線。
それは交わらない俺と彼女の未来のようだった。

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする