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本編③カレ目線 津軽6話

引っ越しの開梱は桂木班の手伝いもあり、手早く終わった。
残るのは仕上げだけ。

津軽
これは、ここでいい?

サトコ
「え?ちょ、それ···!置いていってくださいってお願いしたのに!」

津軽
新居には花くらいないと。な?ノア

ノア
「お花きれいだねー」

津軽
ほら、ノアも喜んでる

サトコ
「···そこでいいです···」

プリザーブドフラワーを飾って、何故か引っ越しうどんを食べる。
それからノアと風呂に入って布団へと連れて行く。

ノア
「ねー、こういうの川の字っていうんだよね」

津軽
だな

ノア
「家族は川の字でねるんだよね~」

津軽
らしいな

ノア
「パパは川の字で寝たことある?」

津軽
······

寝付く前の独特の静かな空気。
記憶の欠片が弾ける。

津軽
ねぇ、お腹の赤ちゃんにも『おやすみ』言ってもいい?

ええ、もちろんーー

津軽
おやすみ。早く、会いたいな

津軽
······

ノア
「パパ?」

津軽
·········

ノア
「パパってば!」

津軽
あ···なに?

ノア
「もー、パパが先に寝ちゃわないでよね!」
「寝る前は、お話して」

津軽
はいはい。昔々、あるところにモモ太郎がいました
モモ太郎はオトモにウサギと狂犬兵吾丸とサイボーグ秀樹を連れて
鬼が島へ誠二くん退治にーー

ノア
「えー、そんな桃太郎聞いたことなーい」

ブツブツ文句を言いながらも、その小さな背をポンポンしているうちに、
ノアはくーくーと小さな寝息を立て始めた。

缶ビール1本で酔えるわけもないけど。
記憶の断片を遠ざけたくて、2本持ってベランダへと向かう。

津軽
お疲れ

サトコ
「飲んでいいんですか?」

津軽
1本なら酔わないでしょ。新生活に乾杯しよ

(家族ごっこ···できんのか?俺に)

この家族っぽい空気が、すでに息苦しい。

津軽
家族団らん知ってんのウサちゃんだけなんだから、頼むよ。ウサ先生

サトコ
「任せてください」

(ま、仕事なんだから、きっと上手くやれる)

今までの潜入捜査と同じ。
そう割り切って、話題を別の気になることに変える。

津軽

どうして捨てたなんて嘘ついたの

サトコ
「そ、それは···っ」

理由を知りたくて。
気持ちを知りたくて。
逃がさないというように見つめ続けると、彼女の眉はどんどん下がっていく。

(まさか、深い意味はない···?)

困らせているだろうか。
それともーー

サトコ
「···大事にとってるって知られたら」
「津軽さんのことが···」
「···っ」

ウサの唇が震える。
その肩を掴んで先を聞きたい衝動に駆られた時。

サトコ
「津軽さんこそ、どうしてあの花のことそんなに気になるんですか?」
「嬉しいって···言ってくれましたよね?どうして···」

思わぬカウンターを受けた。
今度は反対に彼女の強い視線に貫かれる。

津軽
そんなの···

(···決まってんだろ)

君が好きだから。
贈った花を好きな子が大事にしてくれてたら、嬉しいに決まってるじゃないか。

津軽
俺が嬉しいのは···

ドクドクと心臓が脈打ってるのがわかる。

(やめとけって)
(言ってどうするんだ)

職業柄、都合の悪い話を流す術はいくらでも持っている。
質問に質問で返してきたウサのやり方は基本中の基本だ。
だから、また問い返せばいい、ノラクラとかわすのは得意だろう。
だけどーー

サトコ
「······」

雲が切れて、一筋の月明かりが彼女の頬を照らした。
妙に赤い。
意地のようにこちらを見つめる瞳には期待と躊躇いが浮かぶようで。
それが俺の口を惑わせた。

(顔が赤いのは、酒のせいだって)
(なら、全部ぶちまけても)

酒が言わせたことだと、朝にはなかったことにできるだろうか。
溢れた気持ちが喉でつかえている。
それを吐き出してラクになりたい。

津軽
······

口を開く。
自分でもどんな言葉が出るのか分からずにいると。

ノア
「パパ。ママ、目がさめちゃったー」

緊張の糸を切ったのはノアだった。
ウサが寝かしに行き、ベランダの手すりに背を預ける。

津軽
はあぁぁ···

(···助かった)

余計なことを言わずに済んだ。
自分でも彼女の特別になれるんじゃないかと、バカみたいな期待をしそうで。
また月が雲に隠れる。
俺の気持ちもずっと隠しておいてくれ。
あのウサギに見つからないように。

to be continued

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