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本編③カレ目線 津軽7話

疑似家族捜査が始まって数日。

津軽
······

帰宅する度、ドアノブに触れる前に一度止まってしまう自分に気が付いた。

(···?)
(何でだ?)

雷雨の前の湿った風が心に吹くような。
ざわめきが胸を通り過ぎた。

津軽
ただいま

ノア
「パパ、おかえりー!」

パタパタとノアが走って飛びついてくる。

ノア
「きのうよりおそいー」

津軽
ほとんど変わんないだろ

サトコ
「おかえりなさい!ちょうどご飯の支度終わるところです」

奥から出て来るのはエプロン姿のサトコ。

(なんだ、これ···)

絵に描いたような家族の風景。
頬が緩むべき場面で、込み上げる吐き気のような塊。

津軽
······

ノア
「パーパ、お風呂にする?ご飯にする?それともノア?」

津軽
······

ノア
「ノアだね。じゃ、いっしょにお風呂入ろー」

サトコ
「お風呂の用意しますね」

津軽
···うん

(疲れてんのかな)

捜査続きで、家も仕事の延長。
溜まった疲労のせいだと、重い足を引き摺るように家に上がった。

(なんで連絡つかないんだよ···)

ノアの迎えで今日は早めに退けると、デスクにメモが残されていた。
幼稚園に行って買い物をしても、もう帰っていていい時間だ。
何度電話をかけても『電波の届かないところにいるか電源が入っていないため』が繰り返される。

津軽
「······」

耳の奥から蘇るのは、子どもの声。
学校、黒板に書かれた、『お誕生日おめでとう』の文字。

先生
「津軽くん、今日、下校時間遅くなるって親御さんに連絡し忘れたんだよね?」
「学校の電話使っていいから連絡しておきなさい」

津軽
はい

学校から家に電話をかける。
つながらない。
呼び出し音すら鳴らない。

動悸がする。
全身から冷や汗が噴き出す。
ぎこちなく視線を動かせば、目にはいるデスクの書類の文字。

ーー『一家惨殺』

津軽
······

息を吸い損ねて、喉がおかしなふうに鳴った。
口が渇いて、そこにあるカバンをひったくるようにつかむ。

百瀬
「津軽さん?帰るんですか?」

誰の声も音も届いていなかった。
公安課の廊下を走っているはずなのに、あの通学路を見てる。

(頼む······頼む、から···)

今回はーー間に合ってくれ。

タクシーに乗ってる間、何を考えていたのか記憶にない。
家の前に立って、どれくらいの時間が経ったんだろうか。
数十秒なのか、数分なのかーー時の流れさえわからない。

津軽
······」

玄関のドアノブに伸ばす手が震えていた。
じっとり汗ばんだ掌が気持ち悪い。

(開けろ、早く)

開けたくないーー
一刻も早く開けなきゃいけない。
意を決して、ドアを開けば···懐かしい、家に匂いがした。

サトコ
「·········」

ノア
「·········」

······
·········
ああ。
間に合わなかったーー

津軽
·········

血の匂い。
冷たい肌。
真っ赤に染まる両手。
乾いた血。
一度目を閉じれば、全ては消える。
見えるのは夕日に染まったリビングの景色だけ。

津軽
···電話、借りなきゃ
隣の、家······

(なに言ってんだ···)

過去と現在が錯綜する。
なにが本当なのか見失いかけた、その時。

サトコ
「···津軽さん?」

津軽

(······生きてる)

かろうじてつかめた事実はそれだけ。
それからサトコと何を話したか、ほとんど覚えていない。
逃げるように家を去ってーーその日からもう、あの家には帰れなかった。
誰かが待つ家に『ただいま』と帰ると。
またあの血の海を見てしまいそうで。

to be continued

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