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本編③カレ目線 津軽9話

揺れる、動き出したゴンドラ。
スピーカーから聞こえるのは、ウサと新玉の声。

(とりあえずは戻ったことに安心すべきか)

新玉次雄
『ボクを覚えててくれたのは光栄だけど、残念だね。もう少しでお別れだ』
『隣のゴンドラにいる君のお仲間と一緒にね』

(いるのは、モモじゃなくて俺だけどね)

この状況でウサはモモと組ませた方がいいという判断が功を奏した。
モモからの通信のあと、駆けつけた倉庫で感じた刺激臭。

(ガスが充満する前によく気が付いた)
(鼻のいいモモにはキツかっただろうな)

俺が倉庫に着いた時には、サトコは新玉に運び出されたあとで。
その隙をついて倉庫の外でモモと入れ替わった時には、くらくらとした様子だった。
それでも今、新玉確保のために動いている。

津軽
モモ、聞こえる?

百瀬
『はい。あと数分で観覧車乗り場に到着します』
『そっちはどうですか』

津軽
こっちも順調。ここからが勝負だけどね
ウサの救出に行く。新玉を確保次第、連絡して

百瀬
『了解』

モモとの通信を終え、命綱となるワイヤーの準備をする。
聞こえてくる、ウサの声。

サトコ
『たったひとり生き残った子どもが、これからどんな気持ちで生きていくのか···』
『······想像したことあるの?』

津軽
······

逆上した新玉が通信を切る。

(この状況で、よく証言を取った。あとで褒めてあげないとね)

そのためにも助けなきゃいけない。
頂上までの時間を計算し、自分のゴンドラのドアを蹴破った。

ゴオッと強い風が叩きつけるように吹いてくる。
移動遊園地の観覧車だから多少小型だが、それでも高度はかなりのもので足場は通常より悪い。

(1つでもミスれば、死ぬのは俺だな)

いや、俺だけじゃない。
ウサも道連れにしてしまう。

(それだけは絶対にさせない)
(ウサだけは···俺の側に引っ張らないって決めただろ)

だから何がなんでも、この任務は成功させなきゃいけない。

(1番の難関は、どう下のゴンドラに飛び込むかだよな···)

ドアは内側から外に開かれる仕組みになっている。
外から入るには力づくで蹴破るしかない。

(ワイヤーで反動つければいけるか)

風に煽られながら、慎重に足を運んでいく。
ワイヤーを握り締めれば、手袋をしていても皮膚が強く擦れた。

(って~···)

少しづつ、下のゴンドラの窓が見えてきた。
ぐったりと座っているサトコが見える。

(まだ目を開けてる)
(大丈夫、あと少しだから)

君が俺を好きじゃなくても。
ただの上司でも。
俺にとっては特別だから、とっくに。

(住む世界が世界が違うのはわかってる)
(だけど、手を伸ばすくらいならいいだろ)

月のウサギは遠くにあって届かないけど、皆、手を伸ばすじゃないか。
だから、夢の欠片を握り締めるくらいなら。
君があんなことを言ったならーー

サトコ
「津軽さん、何でもできるのに実は何にもできないじゃないですか」
「頼れるんですけど、妙に危なっかしい時があるので」
「···傍にいなきゃって思います。嫌われてでも」

君が安心して傍にいられる男になれるように。
不安だから傍にいなきゃとかじゃなくて、ちゃんと。
初めてのちゃんとした関係を、君と。

(ここまで来れば蹴破れるな)

解毒剤のカプセルを口に含み、反動をつけて飛ぶ。

津軽
···らあっ!!

思い切りドアを蹴れば、ジン···とした痺れが脚を伝った。

サトコ
「!?」

見引かれる瞳に映る、自分の顔。
悪くないーーこんな俺でも生きて行けそうだ。
君が傍にいたいと思えるような、少しでもマシな男になりたいから。

津軽
······

サトコ
「んっ···」

脱力した身体を引き寄せ、解毒剤を口の中に押し込む。
何度だって、助けて見せる。
惚れた女の命くらい、一度でも二度でも守れなくてーー何が『好き』だよ。

to be continued

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