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子供と戯れる彼が見たかったので 加賀1話

目的地に着くと、加賀さんが声をかけてきた。

加賀
おい、次のスケジュールは

サトコ
「はい。子供たちが全員揃ってるか確認後、親御さんと一緒に···」

加賀さんの厳しいチェックに、持っていた工程表を確認しつつ淀みなく答える。

(とにかく、この日に漕ぎつけられて本当に良かった···)
(銀室長から任された任務を加賀さんたちに相談をした時は、絶対ムリだと思ったけど)

これからのスケジュールを確認しながら、思い出すのは先日のことーー

サトコ
「保育士、ですか?」


「そうだ」

コーヒーカップに口をつけながら、銀室長が静かに頷く。


「警察官の働く環境を整えるため、保育園を新設することが決まった」
「そこで利用者に接触し満足度を調査しろ」

(言い方がもうすでに『事件』っぽい···)

サトコ
「でも接触って、具体的にはどうすれば···保育園に潜入するとかですか?」


「近々、園で親子遠足がある」
「イベントで利用者が満足してるかどうかのデータを取ってこい」

サトコ
「保育士に扮して先生のお手伝いをしながら調べる、ということですね」


「どういったメンバーで行くかは任せる」

サトコ
「はい···!」

こうして、銀室長から初めて直々に任務を言い渡された私は、張り切って公安課ルームに戻り···

サトコ
「···というわけで、みなさんのお力をお借りしたいんです!」
「さすがに私ひとりじゃ、全員の満足度を調べるのは厳しそうなので」

東雲
パス

石神
日程的に厳しいな。ほかの捜査も人手が足りない

サトコ
「そんな···!そこをなんとか!」

颯馬
後藤、手伝ってあげたらどうですか?

後藤
···なんで俺に言うんですか

颯馬
後藤が保育士をしているところを見たいからです

黒澤
それはオレも同感です!
子供たちに囲まれて右往左往する後藤さん、可愛くないですか!?

ゴン!と後藤さんの拳が黒澤さんの頭上に降り注いだのは、言うまでもない。

黒澤
オレ、いつかこのゲンコツに殺される気がする···

後藤
そう思うなら喋るな

黒澤
最近、後藤さんの言動が加賀さんに似て来たような···

サトコ
「とにかく、どなたかひとりでも協力して下さるとありがたいんですけど」

希望を込めて、チラリと加賀さんを見る。

サトコ
「あの、加賀さ···」

加賀
寝言は寝てから言え

サトコ
「まだ何も言ってないのに···」

津軽
ちょっとちょっとウサちゃーん、誰かお忘れじゃない?

肩を抱き寄せられ、慌てて逃れようとしたけど無駄だった。

サトコ
「つ、津軽さん!離してください···!」

津軽
ねえ、ウサちゃんってうちの子だよね?
だったらまずは、俺とモモに相談するのが筋じゃないの?

サトコ
「だって、保育園の遠足に一緒に来てくださいなんて」
「津軽さんはアレですけど、百瀬さんは絶対···」

百瀬
「行かねぇ」

サトコ
「ほら、やっぱり」

津軽
そっかー、残念だな
じゃあ俺とウサちゃんだけで行こっか

サトコ
「えっ?」

津軽
だって可愛い部下の頼みだし、断るなんてありえないだろ?
それにほら、俺たちも将来お世話になるかもしれないしね

(お世話になる?保育園に?)

津軽
アッハッハ!鈍!

サトコ
「え?」

百瀬
「俺も行きます」

サトコ
「うわぁ···百瀬さん、津軽さんが行くって言ったら手のひら返した」

百瀬
「うるせぇ。『うちの子』って言われたくらいで調子に乗んなよ」

加賀
おい

後ろから首根っこを掴まれ、ぐいーっと津軽さんから引き剥がされた。

サトコ
「ぐえっ!加賀さん、苦しっ···」
「それ、結構首締まるんですよ···!?知ってます!?」

私の主張などまったく効く耳持たず、加賀さんは津軽さんと対峙している。

津軽
あれれ~?どうしたの兵吾くん、めずらしく突っかかってくるね~
何か嫌なことでもあった?たとえば···
大事な大事なオモチャを取られたとか

加賀
テメェは保育園からやり直してこい

津軽
いやいや、それはオモチャ取られて苛々する兵吾くんの方じゃない?

黒澤
相変わらず、面白いくらいバチバチですね!

東雲
前は石神さんと兵吾さんだったのにね

石神
······

眼鏡を指で押さえながら、石神さんがすくっと立ち上がる。

石神
氷川、我々もその任務に協力しよう

サトコ
「えっ?いいんですか?」

津軽
ん?秀樹くん、さっきは人手が足りなくて忙しいって言ってなかった?

石神
いくらでも都合はつけられる。問題ない

サトコ
「あ、ありがとうございます!助かります···!」

(でも、なんで急に···?)

颯馬
班長が参加するなら、私たちが行かないわけにはいきませんね

後藤
石神さん、なんだかんだ言って氷川のこと可愛がってますからね···

黒澤
ですよね~。津軽さんが『うちのウサちゃん』って言うたび
もー加賀さんと石神さんのこめかみがピクピクするから、見てるだけでハラハラしますよ

東雲
兵吾さんが行くなら問答無用でオレもか···

結局私だけが状況を把握できないまま、ありがたいことに公安課全員の参加が決まったのだった。

そんなわけで、保育士に扮して保育園の親子遠足に参加したものの···

男の子1
「ねー!あの子が僕の水筒取った!」

男の子2
「ママぁ、もう疲れたぁ」

女の子1
「えーん、ミサちゃんと同じグループがいいよぉ」

好き勝手に騒ぐ子供たちと、それをなだめるママたちで大混乱だ。

(す、すごい···!これがリアルな現場···!)
(先生も走り回ってるけど、子供たち全然話聞いてない!)

サトコ
「とにかく、私も少しでも手伝いをしないと···!」

加賀
テメェに保育士なんざ出来んのか

サトコ
「くっ···で、できますよ!こう見えても小さい子には慣れてるんです!」
「みんな!これから出発するから、まずは並ぼっか!」

女の子2
「うわーん!髪がほどけちゃったよ~」

男の子3
「せんせー!トイレいきたい!」

女の子3
「ママー、もう帰ろうよぉ!」

加賀
······

まったく話を聞いてくれない子供たちを見て、加賀さんが無言で私を見る。

(『誰もテメェの相手なんざしてねぇな』って言いたそう···)
(これなら、直接言われた方がいい···!)

先生
「はーいみんな、今日はお手伝いの先生たちもたくさん来てますからね~」
「みんなが上手にできるところ、見せてあげましょうね~」

男の子4
「せんせー、まだ行かないの~?早く行こうよー」

人数が多いこともあり、先生ひとりでは手に負えないらしい。

(まさか、こんな大変だなんて···)
(私ももっと手伝いたいけど、一体どうしたら)

加賀
ふん···テメェの本気はそんなもんか

サトコ
「え···」

加賀
仕方ねぇ···俺が直々に黙らせてやる

石神

加賀···待て!

津軽
兵吾くん、いくらなんでも子ども相手に···!

バサッ···と脱いだ上着を私に投げてよこすと、加賀さんは子供たちの方へ歩いていきーー

女の子1
「キャー!すごいすごい!」

男の子1
「ねー、次は僕!僕も肩車して~!」

加賀
続きは遠足の目的地に着いてからだ
もっと遊んで欲しけりゃ、さっさと並べ

子供
「はーい、かがせんせー!」

肩車したり俵抱きしたりと、加賀さんの激しい遊びに子供たちは大はしゃぎで···
絶大な信頼と支持を集めた『加賀先生』の言葉に、子供たちは素直に言うことを聞き始めた。

津軽
あれ、いろんな意味ですごくない?

石神
子ども相手に容赦も遠慮もないな···

颯馬
ですが、子供はそういうほうがいいのかもしれませんね

百瀬
「ただの怖いもの知らずじゃねぇか···」

ひそひそ話す私たちの近くで、ママたちは目をハートにしている。

ママ1
「あの保育士さん、素敵···!うちの旦那より子供をあやすのが上手···」

ママ2
「ちょっと怖い感じだけど、それがまたいいじゃない···!今日だけと言わず毎日来て欲しいわー」

(加賀さん、すごすぎる···子供だけでなく奥様たちまで虜に···)
(にこりともしてないのに一気に信頼を勝ち取るって、どういうスキル···!?)

まるで花ちゃんをあやしてるときと同じような姿に微笑ましく思いながらも、少しだけ寂しい。

(ああいう顔、私しか知らないはずだったのにな···)
(···でも、子供たちも喜んでるし、加賀さんも満更でもなさそうだし···いっか!)

子供たちの負担にならない程度の距離を歩くと、自由時間になった。
加賀さんだけでなく、私たちにも子供たちが群がる。

子供1
「ねーおにーちゃん、あっちのおにーちゃんみたいに肩車して~」

石神
何···?肩車だと?

加賀
そいつはダメだ。ひ弱だからな
テメェにゃガキなんざあやせねぇだろ、サイボーグ

石神
ふざけるな。肩車ぐらい、いくらでもできる

子供2
「じゃあこっちのおにーちゃん、飛行機やって飛行機!」

津軽
ん?飛行機?

百瀬
「両手を持って、わーってやるやつです」

サトコ
「百瀬さん、語彙力がひどい···」

百瀬
「ならオマエは説明できんのかよ」

サトコ
「バカにしないでください。こう···両手を持って、わーっとやるやつですよね?」

東雲
情報がひとつも増えてないんだけど

百瀬
「人のこと言えねえじゃねーか」

津軽
まあまあ、こういうことは若い子たちに任せて
せっかくだし、俺たちは奥様方と親交を深めようよ

加賀
要するに、ガキの相手はテメェにゃ荷が重いってことか

津軽
いやいや、そんな安い挑発には···

加賀
なら負けを認めるってことでいいな

津軽
······

石神
···いいだろう。誰が一番子供たちを喜ばせられるか、勝負だ

津軽
そうだね。言われっぱなしっていうのも性に合わないし

腕まくりしながら、石神さんと津軽さんが加賀さんとともに子供たちと遊び始める。

(津軽さん、あっさり加賀さんの挑発に乗った···)
(···というか、あんなにはしゃぐ班長たち初めて見たかも)

いつの間にか広間は、笑い声が響き渡り始めたのだった。

(···なんか、いろいろとすごいものを見た気がする)

子供たちと戯れる班長、子供たちの言いなりになる先輩たち···
そして、それを見て歓声を上げるママたちの姿。

(今朝は4時に起きて、全員分のお弁当を作ってきたけど)

ママ1
「加賀先生、これも食べてください!私の自信作なんですよ~」

加賀
······

ママ2
「石神先生も、デザートはいかがです?プリンなんですけど:

石神
いただきます

ママ3
「津軽先生~!娘と写真撮って下さい♡」

津軽
ええ、もちろん

ほかの先生たちもすっかり子供やママに人気で、レジャーシートの上は満漢全席状態だ。

(私のお弁当じゃ足りなかったかもしれないし、助かったな)

それでもみんなひょいひょいと私が作ったお弁当を食べてくれて、重箱は綺麗に空になった。
片付けていると、遠くで子供の泣き声が響く。

子供1
「そっちが先にやったんだろー!」

子供2
「違う!横入りしたのはそっち!」

先生
「こらこら、どうしたの?」

どうやら、大人たちがちょっと目を離したすきに喧嘩になってしまったらしい。
仲裁に入る先生の前で、男の子が相手の子を叩いた。

サトコ
「あっ···」

加賀
······

子供2
「何するんだよー!」

やり返そうと拳を振り上げたもうひとりの子の腕を、加賀さんがそっとつかむ。

加賀
テメェは、やられた分だけやり返すつもりか

子供2
「えっ···」

加賀
んなことやっててもキリがねぇだろ

子供1
「かがせんせー、怖い···」

子供3
「怒ってる···かがせんせーって怖い人なの?」

サトコ
「みんな···」

子供4
「ねえ、あっち行こう···」

(そんな···確かに子どもには、今の加賀さんはちょっと怖く見えたかもしれないけど)

ひとり、またひとりと加賀さんの周りから子供が去っていくのを、止めることができなかった···

to be continued

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